5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

 

1 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:35:37 ID:???

【ボクらみたいな花の名前】

2 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:42:08 ID:???

 雪原に横たわっている。そこにはあたたかさとぬくもりがあった。
純白に染まった美麗な世界は、閉じた瞳にも明媚なる残像として残る。
 これが全ての、いや、自分の生涯の終わりだとしたら悪くない――アプリィはそう思った。
 僅か、揺れる。意識は曖昧であったが、アプリィはそれを鋭敏に感じ取る。
瞼の裏側まで注がれる痩せた陽光。身体感覚を探ると、まず腰から下にかけて、硬いベンチの感触があった。
「(およそ記憶というものがないな。僕は眠っていた……のかな? それにしてもさっきの――まさか地震とは思えないし)」
 目を開く。陶器めいた白い肌、違和感などどこにもない、先天性の純白に染まる髪。ロードライトガーネット、いや――アプリィは身を起こした。
 正面から少女の双眸を見つめる。ああ、やはり、とアプリィは思った。紅く輝くそれはスタールビー。
光を受けた目の中には、確かに星の形が見て取れる。
「おはようございます、アプリィ」
「――――――――」
 桜色に染まったちいさな唇が開かれた。どうして僕の名前を――アプリィは戸惑う。
「入学式だというのに抜け出して、屋上のベンチでお昼寝ですか。しかし……まだ少し肌寒いですよ」
「…………そっか、入学式終わったんだ。僕の名前がコールされてた? にしたって他に欠席者はいただろうに」
 帯びた眠気を振り払うようにしてアプリィは言った。このままでは状況解析がままならない。
「入学生代表ですもの、アナタは。先生方もうろたえていましたよ。困った方ですね」
 少女が薄く笑う。それがとくん――とアプリィの鼓動を刺激した。
額縁に入れておきたいと彼に思わせるほど、純朴なる美がそこには在ったのだ。
「それはそうと……何だか悪かったね、膝枕なんかさせちゃって」
「いいえ。何故でしょう、私自身そうするべきだと思いましたので」
「そう――――」
 屋上に風が凪ぐ。少女の言う通り、確かに肌寒い。
 全てはこの空気がいけないんだ――アプリィはそう思った。春という季節は、言うなれば振出だ。
それまで培ってきたもの、育んできたもの全て、無意味に染め上げる。記号は再度無意味な文字列へ。
こういった一切が、アプリィに死を想起させる。
 ここからまた始めなければならない。そう、“また”だ。空虚さを仮初で埋め尽くし、舞台を整えては破壊される、時間――という残酷な流れに。
こんな繰り返しに何の意味があるだろうとアプリィは自問してみるが、答えは出ない。
 先送りにしたっていい、時間ならいくらでもあるから――そしてアプリィは、当面の問題に直面することにした。
「キミの……名前、は……?」
 問われて少女は、「ああ」と微笑を浮かべ答える。
「私は――私の名前はエイフィです」


3 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:44:58 ID:???

 入学金、そして学費は支払われていた。どうやら居住費も入金されているようだが、問題は生活費だ。
一銭も与えられていない。そう、一銭もだ。必然、メッツォはアパートの中で身動きが取れないでいる。
 粗悪な布団、綻んだタオルケット。しかし、眠るより他に手段がない。
 そういえば今日は入学式だったな――ふと思い出すが、そこにはいかなる感慨もなかった。
 三日ほど何も食べてはいない。空腹という強迫観念めいた苦痛は麻痺してしまった。
それでも、貧しさは端的に心を荒ませる。
 血の繋がった親でさえ実の子供を見捨てる時代だ。それが義理の親であったなら? 考えるまでもない。
 生まれて来なければ本当はよかったのに――十二歳、十二歳の少年が抱くような心境とは思えない。
 メッツォ――彼は餓死さえも辞さないつもりでいた。
幸いこの街では、当たり前のように睡眠薬が手に入る。死ねない方の、そして――――――――。
 惰眠、それだけを重ねる日々。メッツォが諦観へと至るには、もうしばしの時間が必要だった。

4 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:50:44 ID:???

“ガッゴシャオーッ”! 跳躍から右拳を振り下ろす。
インパクトされた相手は背中から地面に叩きつけられ、幾度かバウンドして地を這った。
「オメーらがドコの誰かはどうだっていい。世界は“悪意のスクリプト”で蔓延してるからナ?
オレは支配しねェ。そしてこんなところで自分の強さを証明しようなんて思わねェ。弱者を喰らうのはブタだけだからよ?
ま、御託ぁいい。愉しもうゼ!」
 敵の人数は三人、うち一名はすでに失神している。相手が逃げようか、それとも別の策を講じようか混乱しているのを見て取って、
ディジェは自ら仕掛けた。
 相手の右足に左足でのロー・キック。やや緩慢な動きだったのは、敵の動きを止めるため、つまりフェイントだったのだ。
“ドボオグシャッ”!
「ぐべあらがっ!?」
 反転してからのバック・ハンド・ブロー、しかもそれは水平にではなく、斜め下から相手のアゴを狙って放たれた。
その威力たるや凄まじいもので、アゴの骨は完全に粉砕、開かれた口からはとめどなく鮮血が溢れている。
 残りは一名。容易いな――そう思った瞬間ディジェの目には、相手の手にナイフが握られているのが映った。
「ほう……ま、結局ぁその程度だよナ。いいゼ、来いよ」
「て、てめっ……! 俺らにもメンツってモンが――――ああ!?」
 両腕が、在り得ない角度で折れ曲がっていた。
「うおあああっ、痛ぇ、痛ぇよ!」
「あら、ごめんなさい。よそ見をして歩いていたらつい」
 声の主に目を遣る。そこにディジェが見たのは、漆黒に身を染めた少女だった。

5 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:55:48 ID:???

 少女の顔には侮蔑の混じった嘲笑の色が浮かび上がっている。
極めて端正な顔立ちなだけに、見る者に冷酷な印象を与えずにはいられなかった。
「さて」
 先ほどから痛みで悲鳴を絶やさない男の襟首を掴み、少女はガードレールへと引きずっていく。
「明日、というものの価値を考えたことはあるかしら? よかったわね、最期に学ぶことができて。それではごきげんよう」
 手を放す。男は抵抗を試みたが、両腕が破壊されているのでそれもままならない。
今まさに男の首がガードレールによって引き裂かれようとした瞬間、ディジェはその男の髪の毛を掴んでいた。
そこで落下、それにともなう凶行が防がれる。
「殺す気か、オメーは!?」
「あら、どうかしらね」
 少女は目を細め、笑みを浮かべた。何か異質なものを感じ取ったのだろう、
ディジェの呼吸は一瞬止まり、それから大量の冷や汗が噴出される。
「こんなモンぁ“遊び”だよ! そうさ、遊びにすぎねェ!」
「甘いのね、貴方は。それより見物人が騒がしいわ。どうしたものかしらね」
 周囲を見渡すと、確かに数人の人間が遠巻きに目線を注いでいるのが分かった。ディジェは即決する。
「こりゃエスケープするっかねェ! オメーもだ、ほら、逃げるゾ!」
 少女の手を引いて駆け出すディジェ。
 出逢いは、運命は徒に。繋がっていく点と点。紡がれていく線は必然。彼らは導かれ、そして自ら選んでいく。見えるはずのない未来を。

6 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 21:58:08 ID:???

 初日。教室にはルールひとりだった。確かにこのドゥーニャ中学に正式な授業なるものはない。
よって出席に関してもそれは、生徒たちの自主性に一任されている。
「まったく……向学心のない連中ね」
 窓辺の席に腰掛けて、ルールはひとつ大きなため息をつく。
 しばし物思いに耽っていると、教室にひとりの男性教諭が入ってきた。
「ああ、よかった」
 そう言って彼はルールへと近づいてくる。何がよかったのだろうというルールの疑問には、すぐに答えが与えられた。
「いやぁ、例年であれば出席者はゼロなんだよ。君だけでもいてくれるのならば、うん、重畳重畳。
さて、悪いのだがね、君にこのクラスの委員長を務めてもらえたら嬉しい。特別なことは何もないよ。肩書きだけでいいんだ」
「あたしが適任者に見えるというのですか?」
「この状況が全てを物語っているんじゃないかね?」
 言い返す言葉はなかった。
「…………分かりました、引き受けましょう」
「そうか、助かるよ」
「これも因果ですから」
 ルールが何気なく発した一言。そこに真理があった。

7 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:04:34 ID:???

 二百十円の価値を最大限に享受する。今まさに、メッツォは幸福の絶頂にあった。
「素うどんを食べながら感涙する人間は初めて見たよ。キミ、普段はどんな生活をしてるの?」
 アプリィが複雑な表情をして訊ねる。
「底辺さ、底辺だよ。貧民のさらに下……だよ?」
 メッツォの返答に偽りはなかった。何しろ、アプリィが発見したとき彼は、路上のど真ん中で仰臥していたのだから。
「ところで……キミもドゥーニャ中学の生徒だよね? 新入生? クラスは?」
「一年A組だけど。そういう君は?」
「ああ、僕も同じだ。不思議な縁だね。とりあえずよろしく」
「いやいや、こちらこそ。何しろ飢餓状態から救ってくれたんだからね。それにしてもこの店は素晴らしい。安く、それでいて美味い」
「でしょ?」とアプリィは笑みを浮かべる。実際この“サークルうどん”という店は超良心的な店であり、庶民の味方である。
 食事を終えふたりは、店の外に出た。
「帰る家くらいはあるんだよね?」
「一応……ね」
 苦笑いで答えるメッツォ。
「にしたって……このままじゃキミ、ノー・フューチャーまっしぐらだよ。そうだね、学校の先生に相談して、
それでまあ市役所とかに申請すれば生活保護が受けられるんじゃない? 何しろ僕らは社会的弱者だ」
「それもそうだね。善処するよ」
 こうしてメッツォの身の上を案じるのは、何も善意からではない。
この街に隔離されてしまった以上、仲間として相互扶助に努めなければならないことを、アプリィは承知していたのだ。
 日暮れ。この時間帯はあまり好きではない。アプリィはメッツォに別れを告げることにした。
「じゃ、部屋に戻って惰眠を貪ろうかな。また……今度は学校でね?」
「ああ、うん、忘れてた。たまには学校行かないと。それじゃ」
 互いに右手を上げて、背を向け合い家路へと着く。夕暮れに吹く風は冷たかった。


8 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:09:36 ID:???

 入学式から一週間以上が経過していた。登校してくる生徒の数はやはりまばらで、友人を作りせめて和気藹々と、
充実という言葉はいらないから、他愛ない会話に華を咲かせたいというルールのささやかな展望を見事に裏切っていた。
「学業放棄は重罪よ。やっぱり単位制を導入して……ああ、もう!」
 ルールは机に突っ伏した。
 足音、話し声。そして教室のドアが開けられる。
「おっと、予想通り人がいないね」
 はっとルールは顔を上げる。グレーの髪、青い瞳をした少年。身長は低く、体も細身のため、
全身ジャージ姿でなければ少女だと見間違えたことであろう。
 その隣にはもうひとりの少年が。髪の毛は一見黒く見えるが、光の加減では蒼く見えなくもない。その瞳はオレンジ。
 ルールは席を立ち、ふたりの少年に近寄っていく。
「そこの反社会的な風貌をしたふたり組み! あたしはこのクラスの委員長よ。平伏して敬うことを許すわ」
「うわ……髪の毛ピンクだよ、このコ。これは停学処分だと思うけど、どう、アプリィ?」
「うん、停学だね、メッツォ」
「あっ……アンタたちに言われたくないわよ、このアウトロー! まあそれはそうと貴方たち、初登校よね?」
「相違ない」
 アプリィがさも当然とばかりに言い放った。そして言葉を続ける。
「とりあえずさー、職員室ってドコ?」
「出頭するのね。いいわ、案内してあげる、ついて来なさい」
 ルールが先陣を切って歩き出す。それに倣い、彼女のあとをアプリィとメッツォが追った。


9 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:26:44 ID:???

「ああ、やっと来たのね。はい、これ。通帳と印鑑、それからキャッシュ・カード。なくさないでね?」
「は……?」
 自分の名前を出しただけで、まだ生活保護の話はしていない。ゆえにメッツォは戸惑う。
「えっと……これはどういう……?」
「んー……」
 ソラと名乗った女性は、しばし思案したのち言った。
「両親からの仕送りが明確化されていない生徒は、自動的に援助されるシステムになっているのよ、この学校では。
基本的に光熱費はタダだし、月に八万円振り込まれるから、生活には苦労しないと思うけど」
「八万円……? 八万円というと……つまり、
地方公共団体に固定資産税を支払おうと、政府に国庫納付木および剰余金のカタチで支払おうと、財政全体に対する影響は――」
「え、ちょっと……どうして政治コラム風……?」
「すいません、少々興奮してしまいまして。ですがこれはその……つまり慈善家というか出資者がいると……?」
「投資家、というのが正しい表現かもしれないわ。いずれにせよ返済義務はないわけだし、安心していいわよ?」
 妙な話だなとメッツォは思った。何の目的があって――そう、見返りを求めないはずはないのだ。
 このドゥーニャ中学は特殊な生徒を扱う施設だと聞いている。いや、この睦月市自体、通常の都市観念では推し量れない。
 だとすれば――監視されている? まさかそこまで大仰ではないとメッツォは判断したが、その可能性は考慮しておくことにした。
「何にせよ、施しがなければ生きられませんからね、ありがたく受け取っておきます」
「ええ。そうそう、言い忘れていたけれど、あたしは一年A組の担任だから。よろしくね?」
「あ、はい、よろしくお願いします」
 そしてメッツォは、複雑な心境で職員室を後にした。

10 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:28:48 ID:???

 職員室を出ると、アプリィとルールのふたりが廊下で待っていた。
「どうだった?」
 アプリィに問われメッツォは、
「ん……いや、大丈夫。そう、万事いい方向に……さ?」
 どこか含みを持った受け答えをする。
アプリィとルールは何かを感じ取ったが、あえて問わないでおくことにした。
「さあ、教室に戻りましょ? 誰か来てるかもしれないわ」
 心なしか柔らかい語調でルールが言った。
「そうだね。色々と情報交換が必要だろうし。行こうか?」
 アプリィが一歩踏み出す。そして彼らは一年A組の教室へと戻っていった。

11 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:33:06 ID:???

 緊張状態。互いに武力すら辞さないという一触即発の空気が支配している。
「私の本能が告げているのよ。貴女は敵だと」
「ならば――闘いますか?」
 対峙している少女ふたりの視線が交錯した。
「やめとけよ、オメーら? 暴力ってのぁ場所を選ばねーとよ?
つーかせっかくのクラスメイトがよー、ナンでいきなり抗争始めねーとならねーンだ?」
 それまで傍観していたディジェが口を挟む。所詮は他人事と冷めた目で見守っていた彼だが、
嫌な予感というものが彼に仲裁役を強いたのだ。
「貴方は黙っていなさい、ディジェ。私が私であるためには――」
“バヒュオンッ”! 漆黒に身を染めた少女が仕掛ける。得意のバック・ハンド・ブロー。
予備動作がないため、容易にかわせるものではない。しかし――――
「なッ!?」
 手応えがなかった。それどころか相手の姿をロストしてしまった。
その相手というのは、仕掛けた側の少女の頭上に舞っていて、その状態から攻撃へと移ろうとしている。
 もらった――そう思った次の瞬間、純白の髪の少女は空中で捕捉され、
あまつさえ着地した瞬間には、ひとりの少年の腕に抱きかかえられていた。
これら一連の動作は、まさに刹那の時間でやってのけられた。
「やあ、奇妙な再会になったね、エイフィ」
 呆然としているエイフィを抱きかかえ、優しく語りかけてきたのはアプリィだった。

12 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 22:38:33 ID:???

「はぁ……教室に人がいると思ったら暴動騒ぎ? 頭が痛いわ」
 ルールがため息をつく。一方メッツォは、意識的拱手傍観を決め込んで沈黙を保っていた。
「邪魔、しないでもらえるかしら?」
 漆黒の少女が冷たい視線をアプリィに向ける。彼女にしてみれば、
危機から救ってもらったというこの状況ですら屈辱に思えたのだろう。
「ちったぁ頭冷やせ、クロハ。学校にまで暴力を持ち込むなよナ」
 ディジェが諭すように言う。しばしその場を沈黙が支配した。
「上に下に、また横に、障礙なく怨恨なく敵意なき」
 不意にアプリィが不思議な響きを持つ言葉を口にする。
一同は呆気に取られたが、エイフィだけはその言葉の意味を理解していた。
「“スッタニパータ”の一節ですか。それはそうと、そろそろ――」
 その表情には恥じらいの色が。そう、エイフィはアプリィに抱きかかえられたままだった。
「あ、ああ、ゴメンね?」
 そっと両手を放し、エイフィを解放するアプリィ。
 その場の空気は先ほどとは一変している。クロハからは戦闘意欲が失われ、
彼女のそばにはディジェが無言で付き添っていた。
 ルールは「やれやれだわ」と言いながら窓際の席に腰を落ち着け、
メッツォは何事もなかったかのように、教室に入ってすぐの机の上に腰掛けている。
 これは一種のパズル。たとえ今は各々の心が一定の志向性を持っていなくても、
若さ、あるいは幼さがそれを解決する可能性はある。
 こうしてこの六人は出逢いを果たしたのだった。

13 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:08:07 ID:???

 人間における消費欲へ言及されることは稀だが、事実、人間は散逸して生きる生き物である。
よって散財というのもその本能に従い、人間の胸中を潤し、そして空虚なものにする。
 アプリィはショッピングを愉しんでいた。目に入る服は全て斬新なデザインで、さながら美術館を想わせる。
四月初旬。この時期にはもう、店頭には夏物の売れ残りがある程度で、新しい商品の入荷となると、
秋物がディスプレイされる七月中旬を待たなければならない。
要するに、現在のシーズンと店頭にある服とでは、季節が合致しないのだ。
 とはいえ、アプリィの目的は商品の購入にはない。あくまでも観賞のために街を散策しているのだ。
 二店舗目、通称“青の館”の重たいドアを開き中に入る。普段であれば即左手の通路に向かうのだが、
ふと、右側のレディース・コーナーに見覚えのある姿を見かけた。
 目を凝らす。年齢からするとやや長身、いや、見間違えるはずもない。
他を圧倒する孤高の艶ときらめきを放つ漆黒の髪、そして瞳。クロハ、だった。
「やあ」
 近寄って声をかける。クロハは商品を手にしながら、厳しい表情で振り返った。
「貴方……アプリィ。奇遇ね、こんなところで逢うなんて」
「どうかな? この前教室で逢ったときにもギャルソンの服を着てたよね?
僕も好きなんだ、ギャルソンの服。だからこれは、案外必然かもよ?」
 アプリィの言葉にクロハは、表情を和らげた。手にした黒いニットのカーディガンを丁寧にたたみ、元の場所へ戻す。
「それにしても、案外外出許可って簡単に承諾されるのね。少し意外だったわ」
 それは許された自由というよりも譲歩。けして放任ではない。
どこかに誰かの意図がある――特にクロハに告げることではないと思い、アプリィは沈黙を保った。
「最近は程よく晴れる日が続くわね。どうかしら、この近くにカフェがあるのだけれど」
 最初に逢ったときのイメージとはだいぶ隔たりがある。しかしそれが誘いを断る理由にはならない。アプリィは首を縦に振った。
「いいね。じゃあ案内してもらおうかな?」

14 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:19:34 ID:???

 一帯がカフェテリアの激戦区となっている街で、クロハが選択したのは“ドルチェ”という店だった。
 規模はちいさい。定員は二十名程度だろうか。瀟洒な建物が立ち並ぶ中、その店構えはアプリィに好感を抱かせた。
 クロハに続いて店内に入る。彼女は迷わずオープンになっている席へと足を運んだ。
「いらっしゃいませ」
 おそらくは顔見知りなのだろう、ひとりの女性の店員がメニューを持ってくる。
クロハはそのメニューを開くことなく、「今日はロシアンティーがいいわね」と告げた。
「かしこまりました。おふたりともでよろしいでしょうか?」
「ええ。ああ、アプリィ、何か他に頼みたいのであれば――」
「いや、僕は特に」
「そう。では以上で」
 この一連の遣り取りでアプリィは、クロハの育ちというものを垣間見た気がした。おそらくは上流階級。
 さて――思考を切り替えて、アプリィはクロハから見えないようにショルダー・バッグの中を探っていた。そこには彼の秘密が隠されている。
 どうしたものか。しばしの思案。クロハとは長い付き合いになるだろうし、特に隠し立てするようなことでもない。
アプリィはクロハを信頼して、バッグの中から白い錠剤を二錠、取り出した。
即座に口に含み、いつの間にかテーブルに置かれていたグラスの水で飲み下す。
 あの中学に、あの街に隔離されている者同士、下手な詮索はしない。それが暗黙のルール。
しかし、アプリィの些細な行動を見逃さなかったクロハの中で好奇心が勝った。
「何かの病気、なのかしら……?」
 無論、単なる風邪や偏頭痛というのも在り得たが、そういった軽度の病をクロハは想定していない。
 アプリィはどこか諦念めいた表情で語り始めた。
「パニック・ディスオーダーさ。バカげてるよね。普段はいいんだ、健常者とそう変わらない。
けど、カフェインやアルコールを摂取すると予期不安、下手をすればとんでもないフラッシュ・バックが誘発される。
脳内物質、その環境、配合の変化とでもいうのかな。だからこうして、事前にトランキを頓服しておかないとね。我ながら惨めだとは思う」
「何だか無理に誘ったみたいで――」
「いいんだ、紅茶自体は好きだし。発作も起きないだろうから。保険としてのトランキさ」
 ちょうどふたりの間に沈黙が訪れた頃、先の女性がトレイにティー・ポット、それからティー・カップを乗せてやって来た。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」
 その後ろ姿を見遣りアプリィは、メイド服に近いものがあるが、いずれにせよ個性的な服装だと思った。
店内で働く女性たちは、みな同様の服で身を包んでいる。
 クロハはすでに紅茶を愉しんでいるようだった。アプリィもまたカップを手に取り、まずは香りを堪能する。
芳醇……というよりは複雑な香りだなと彼は思った。
「ロシアンティーに関しての講義……よろしいかしら?」
 アプリィを正面から見据え訊ねてきたので、「ああ、いや、そうしてもらえると助かるね」と彼はクロハに促す。
「まずは茶葉から。これは主にジャワとディンブラね。ポットを温めておくのは常識。そして欠かせないのがジャム、それから――ウォッカね」
「あはは、そっか、ロシア文化としては、やっぱりウォッカは欠かせないんだ」
「そういうことよ」

15 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:28:58 ID:???

 静かな時間が流れていく。道ゆく人々は奇抜な服を身に纏い、高級ブランド・ショップの袋を片手にアプリィたちのそばを通り過ぎていく。
休日を、都会を謳歌している様子が伝わってきた。
「フェアじゃ……ないわね」
 沈黙を破ったのはクロハ。アプリィにはその言葉の意味が分からない。
「貴方は自らの弱みを曝け出し――いえ、こんなときどんな表現を用いたらいいか分からないわね。
要するに私を信頼してくれて、秘密を打ち明けてくれたのね。ならば私もと思うのだけれど、もう少し待ってもらえると嬉しいわ。
その時が来たら、必ず私の病気についても話すから。聞いてもらいたいのよ、貴方には」
 気紛れな風がクロハの髪を泳がせる。揺れる漆黒にしばし目を奪われるアプリィ。
「無理はしなくてもいいよ。ただ、僕に話して楽になれるのであれば、それは嬉しいことだから」
 微笑むクロハからアプリィは目を逸らした。それはあまりにも自然で美しいものだったので、直視には耐えられなかったのだ。
 とかく美というものに対しては、敬意を払った上で傍観が求められるのだとアプリィは思う。
「夕暮れ……ね。帰りましょうか、私たちの街へ」
 クロハが席を立つ。
「そうだね。一応門限もあることだし」
 穏やかな休日。柔らかで眠りへと誘惑する色づいた空気。春という季節の一日。
 結局アプリィは気づかないままだった。この日ずっと、クロハの視線が自分に注がれていたことを。

16 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:36:20 ID:???

 通帳をめくる。そこには確かに、八万円が入金されていた。これからは毎月一日に同じ額が振り込まれる。
 しかし――メッツォは通帳を押入れの中に放り投げた。そんな気楽に使えるはずがないと彼は思う。
これまでは施設で過ごしてきたのだ。生まれてからこれまでずっと、自分の自由になる金をメッツォは、ほとんど手にしたことがない。
 胃の奥に鈍痛が。よくない徴候だ。この街に移り住んでからの十日間、メッツォは水道水のみで生き延びてきた、半ば自虐的に。
 夜九時。彼はアパートを出て、外へ向かう。財布の中にはキャッシュ・カードも入れてあったが、
かといってコンビニのATMへ向かおうというつもりはない。
 何か食べたい――原始的な衝動。突き動かされて夜の街を彷徨う。
何か――しかし、メッツォの頭の中に明確なイメージは浮かんでこない。食欲というものが一種の狂気、一種の病気のように思える。
 視界を攻撃する強烈な光。無音の世界。何だろう――メッツォは虚ろな意識でその動きを止める。
「危ないッ!」
 誰かに腕を引かれた。かなり強い力だった。メッツォは体勢を崩し、地面に倒れ込む。
「死にたいのですか、アナタは!? 直進してくる車の前で立ち尽くすなど、愚の骨頂です!」
 叱責の声は遠く、メッツォの耳には届かない。そのまま彼は気を失ってしまった。
「ちょっと……大丈夫ですか!?」
 声の主――エイフィの顔は蒼白だった。しかしそれ以上にメッツォは――――。

17 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:42:58 ID:???

 鼻腔をくすぐる香り。少々刺激がある。
「(どこだろう、ここは)」
 目を開く。視界は半分覆われていた。額に手を遣ると、冷たいタオルの感触が伝わってくる。
とりあえず――メッツォは上半身を起こした。
「お目覚めですか?」
 少女の声。まだ輪郭がはっきりしない。だが、その純白の髪には見覚えがあった。
「キミは――」
「エイフィですよ、メッツォ?」
「そう。じゃあここは……?」
「私のマンションです。あるいは救急車を呼ぼうか判断に迷いましたけれどね。
何が得策であったのかはやはり分かりません。私の勝手な判断です」
「ん――いや、助かったよ。病院にひとりきり、そしてベッドに寝かされて点滴まで打たれていたことを考えるとね?」
「それはそうとアナタは――食事を怠ってはいませんか? あくまで私見ですが、栄養失調からくる貧血と判断します」
「そう、だろうね……。しかしまさか視力や聴覚に影響を及ぼすとは。挙句、キミに迷惑をかけてしまって」
「クラスメイトでしょう? 迷惑などと――あ」
 先ほどからエイフィはキッチンに立っていた。鍋をかき混ぜていた杓子の手を止め、ガスの火を消す。
「カレーができました。食べますか――いえ、食べてもらわないと困ります」
 困る、とまで言われては断れない。メッツォは「じゃあありがたく」と承諾した。
 ソファーに猫背で腰掛け、しばしスプーンを弄んでから、メッツォはエイフィお手製のカレーを口にする。
 刺激する、強烈に。荒涼たるメッツォの味覚が歓喜に満ち溢れた。
 ひと口、二口、甘口に調整されたカレーはメッツォの心を揺さぶり、凝り固まった毒素を融解させていく。
「くッ……うぐッ……ああ……うあああああ!」
 滂沱。感情がコントロールできない。
 エイフィはメッツォが涙する姿を静かに見守っていた。他人を理解することはできないけれども、
彼女はメッツォの抱える闇というものを感じ取り、同情、憐憫、いかなる感情にも属さない痛みを覚える。
 中学生でいられる三年間は、きっとかけがえのない貴重なものに違いない。
それでも時間は冷酷だ。無慈悲に過ぎ去っていくだろう。
 どうか私たちが救われますように――エイフィは祈った。
一縷の望み、それでも――希望なくして人は生きられないから。

18 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:47:37 ID:???

 どうしてこの場所に――ディジェは横目でルールを一瞥する。
 オレンジに染まっていく空、大きな空。BGMは波の音。目の前には海がどこまでも広がっていた。
「意外ね。外出許可は取らなかったの?」
 意外なのはこっちの方だとディジェは思った。まさかルールから話しかけてくるとは想像していなかったから。
「いいじゃねーか。春だからって浮かれる気分にぁなれねェ。ストリートに出るのはしばらく先だろうナ」
「海が好きなの?」
「ああ。誰だってそうだろ?」
「そうかもしれないわね」
 ディジェとルール。ふたりの視線は彼方の水平線へ。
まだ互いに心の距離があるのだ。語らうにはまだ、何が共通の言葉で――いや、そもそも名前以外何も分かってはいない。
従ってやはり、その場には波の音だけが木霊していた。
「どうして国境線なんてあるのかしら」
 またしても唐突にルールが口を開く。
「意外と……話す方なんだナ。厄介だよナ、先入観ってのぁ。ま、そうだナ……やっぱ必要だからじゃねーのか、境目ってのはよ?」
「この街と外。こんなところにも垣根があるわよね。何だか……人と人とは分かり合えないのかなって。
じゃあ分かり合おうと、分かり合いたいと想うのは何故?」
「何故って……オレに聞かれてもナ。しかし……ま、基本的に人間は寂しい生き物だからじゃねーのか?
孤独がいけねーンだよ、全ては孤独が」
「そう……そうよね、人間はどこまでいっても孤独だものね」
 再び沈黙がその場を支配した。もう言葉を交わす必要もない。
 彼らは春風と潮風が混じるその場所で、日が落ちるまで海を眺めていた。

19 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:52:04 ID:???

 ドゥーニャ中学にはおよそ授業というものがない。不定期に哲学や心理学、
そして量子力学などの講義が講堂、及び大教室で行なわれるが、
それとて希望者のみ、自由参加という形をとっている。
 そこで一番大きな役割を果たしているのが、各自の机の上に設置されたPCだろう。
五教科全ての学習用アプリがインストールされており、各生徒の間で進度の差は出るだろうが、
学びたいときに学びたいだけ学習に取り組めるというメリットがある。
 月曜日、午前十一時四十五分。アプリィはPCを立ち上げていた。
といっても、その目的は学習ではない。ずっとネット検索をしていたのだ。
 キーワードは「自殺」。十二のタブを駆使して、様々なサイトや掲示板をブラウズィングする。
周囲にも何人かの生徒たちがいて、話し声なども聞こえたが、アプリィは全く気にしていない。
 ふと彼は、全てのタブを閉じ、PCの電源をOFFにした。そのまま席を立ち、屋上へ向かう。

20 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/06(土) 23:57:57 ID:???

 肌寒い。桜が咲き、どれだけ自然が色づいても、アプリィはそこに欺瞞があるような気がした。許せない、とも思う。
 ところで、屋上には何人かの先客がいた。日の当たるフェンス手前にシートを敷き、昼食と歓談に華を咲かせる女子生徒が四名。
缶コーヒーを片手に残った手をフェンスにかけ、談笑し合っている男子学生二名。同様の光景がちらほらと見受けられる。
 純白の髪。間違いない、エイフィだ。アプリィの足はそちらへと向いたが、一歩踏み出したところで立ち止まった。
「だからよー、こればっかりぁ譲れねーンだよ? 『罪と罰』だ!」
「いいえ、『アンカレ』でしょう」
 何やら口論しているようだ。エイフィの隣にいるのは長身の少年、ディジェ。
「えーと……何? ロシア文学の話?」
 さりげなく彼らに近寄り、アプリィは話しかける。
「よう、アプリィ。オメーも男なら解るよナ? やっぱドストエフスキーだよ」
「いいえ、トルストイこそが――」
「まず落ち着こう」
 アプリィがふたりをなだめる。
「いいじゃない、両論併記で。トルストイの作品はそれこそ芸術さ。完璧であるがゆえに、読者の立ち入る隙間は……ないと思うね。
逆にドストエフスキーはさ、読み手までをも登場人物のひとりにしてしまうような……そんな印象を受けるよね。
鑑賞と共感との対照かな? ちょっと違うかもしれないけど」
「アナタがそう言うのでしたら」とエイフィは引き下がり、ディジェも「なるほどナ」と納得した。
「まあいい。とりあえずランチ・タイムだ、付き合え」
 そう言ってディジェは、ショルダー・バッグの中からパンとペットボトルを取り出す。
「我ながら理解できねーのがカレーパンをふたつも買っちまったコトだ。これはアプリィに……と。で、白髪、オメーぁチョココロネだ、食うだろ?」
「よりにもよって白髪と呼ばれるとは……しかしせっかくの施しです、無下に断るわけにもいきませんからね、もらっておきましょう」
「じゃあ僕も」
 エイフィとアプリィが、ディジェからパンを手渡される。
「緑茶でいいか……ってしまった、どうする?」
 ディジェが二リットルのボトルを手に、アプリィの顔を窺った。
「ああ、それなら下の階の自販機に紙コップがあったから。すぐ取ってくるよ」
「頼んだ」
 アプリィは屋上を出るなり、三十秒もしないうちに戻ってくる。幸いベンチがひとつ空いていたので、三人はそこへ腰掛けた。


21 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 00:04:55 ID:???

 食事を終え、アプリィ、エイフィ、ディジェの間には弛緩した空気が漂い始める。
「そろそろこの学校にも慣れてきたナ。どーよ、オメーらは?」
 ディジェはタバコの煙を吐き出しながら言った。
「うん、志向性は掴めてきたよ。ここにいるのは弱者――センシティヴな人間ばかり。
だから互いに一定の距離を取るし、傷つくことも、ましてや傷つけることにも敏感、それを怖れている」
 鋭い――とエイフィ、そしてディジェは思った。当の本人であるアプリィからしてみれば、それは何気ない言葉であったが。
「箱庭。優しい隔離。私は好きですよ。この学校も、そしてこの街も」
 エイフィの本音。空気を中和するように響く。
「“外”じゃあ――」
 この睦月市の外をさしてディジェが語り始めた。
「基本的に人と人とは無関心。誰かの弱さが暴露されたり、または自らの弱さを吐露しようものなら、無数の悪意が襲い掛かってくる。
それが世の常、道理としてまかり通ってンだからたまらねェ」
「悪意ってたぶん、自動的なものだよ。誰だって自分の正当性を証明したいだろうし、そのもっとも端的な手段が弱者を叩きのめすことだから」
「喰らうのですね、他者の心を」
 アプリィの言葉にエイフィが繋げる。
「まさしくそうだね。僕みたいな心に病を持つ人間としては、同情もまたありがたいよ。
たとえそれが偽善であったとしてもね。一番は共感してもらえること。これは理想に過ぎないけれど」
 アプリィは俯いたまま想いを言葉にした。
「この前ルールと話したときによ? 人と人とは分かり合えるかどうかってのが議題にあがってナ。答えは――見つからなかった」
「だろうね、ディジェ」
 穏やかな声でアプリィ。
「分かり合えないというのが前提でもいいんだ。問題は分かり合おうという気持ちがあるかどうか。
そこで努力しようとしなければ、もはや人間には孤独しか残らないよ。暴力が横溢するだろうし、戦争だって起きる。価値観や正しさの押し付け合い」
「自分を護るためには闘うしかないと……?」
「違うよ、エイフィ。僕らは何もするべきじゃないと思う。戦争放棄さ。諦観――難しいだろうけど」
 アプリィはかなりの言葉を省いた。もし人と人とがけして分かり合えないという考えに至ってしまったのならば、
彼は即座に自殺するだろう。そうじゃないという希望があるからこそ今、彼はこうしてここにいる。
「見えないよナ、先って。オレらが大人になる頃には、世界はどうなっているのやら」
 風に流されていく雲に目を遣って、ディジェが独り言のように呟いた。
「ノー・フューチャーさ」
 エイフィとディジェの視線がアプリィに注がれる。
「僕らには未来がない。悪意と無関心で満ちた世界は永遠だろうけど。終わり――それだけが救いなんだって思う」
 会話が途切れた。そこからはもう自己との対話の時間。
 未だ幼い彼らが、どのようにして分かり切った結論を先延ばししながら生きていくか。課せられた試練はあまりにも重い。

22 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 01:17:40 ID:???

 再び休日。アプリィはクロハに誘われて、中央都市の第五区画へやって来ていた。以前、偶然出逢った場所と同じ。
「やっぱりいいね、この街は」
 心の枷が外れているのか、アプリィは彼本来のあどけない表情で言う。それがクロハの保護欲を刺激した。
 アプリィの左右に揺れる無造作な灰色の髪に手を遣る。しばし、気が済むまで撫でた。
「ヨーロッパの香りを感じるのよね、この街には。さて――“ディエチ”に向かいましょう、何か新しいコラボ物が入荷しているかもしれないわよ?」
「うん。あそこに行けば何かしら欲しいものが手に入るしね」
 アプリィはクロハの背中を追う。圧倒的な艶を誇る、腰の下まで伸びた黒髪は見慣れたそれ。
問題は、包帯に包まれた棒状の何か。敢えて触れないでおこうとアプリィは思った。
 ディエチ――開店間もない時間帯ということもあり、店内にはひとりふたりの客がいるだけ。
「じゃあ先にレディースを見てくるわね」
 クロハが左の店舗へと向かう。
「うん。たぶん僕の方が早く買い物済ませると思うから、そしたらそっちに行くね?」
 そう言ってアプリィは、右に隣接している店のドアに手をかけた。そしてふたりは、各々服との触れ合いに興じるのだった。

23 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 01:47:52 ID:???

「結局Tシャツ一枚買っただけ。“ジュンヤ”のカーディガンも捨てがたかったけど」
「あら、奇遇ね。私もここ限定のTシャツを買ってきたわ」
「へえ」
 アプリィとクロハは、互いにバッグの中からTシャツを取り出す。
そしてふたり同時に「あ……」と顔を見合わせた。メンズとレディース、サイズの違いこそあれ、黒地に白のロゴをあしらった同様のデザイン。
「これはまた……偶然、ではないね」
 苦笑。まさかという思いがアプリィにはあったのだ。
「私は構わないわよ? 堂々と着るわ」
 澱みなく言い切るクロハ。さすがだなとアプリィは思う。
「他に買うものはある?」
「いいえ」
「じゃあ……これからどうしよっか」
 問われてクロハは、「なら第八区画へ行きましょう」と提案した。
「第八区画ねぇ……でもどうして?」
 複雑な表情をしてクロハが答える。
「まだ……行ったことがないからよ。どんな街なのか知っておきたいわ」

24 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 01:57:52 ID:???

 昼間とはいえ、妙な空気だなとアプリィは感じた。この街――第八区画、そして第二区画は、暴力の香りが絶えない。
だからアプリィにしてみれば、あまり立ち寄りたいと思う街ではない。
「思ったより見るものがないわね。つまらない街だわ」
 立ち並ぶ飲食店を睥睨しながらクロハが言った。
「ボクにもこの街の存在意義が分からないよ。ファッションや音楽に特化しているわけでもないのに、なぜか若者が集まる。
さて、ここで昼食というのもなぁ。隣の第九区画に――」
 アプリィは、クロハが自分の言葉ではない、何か別のものに気を取られていることに気付く。
目線を追ってみる。裏路地に複数の若者、不穏な空気。
「あの男女ふたりには見覚えがあるわ。うちの学校の生徒よ」
 クロハの言葉で、アプリィは状況を理解する。
「そりゃそうだろう……贄たる弱者、そして悪意は自動的に」
 見捨てるわけにはいかないな――アプリィは脳内を戦闘モードに切り替えた。
それはクロハも同様で、包帯が解かれた黒い刀を手にしている。
「敵は六人ね。アプリィ、貴方は――」
「いや、僕が全て片付ける」
 駆け出す、一直線に。クロハは一瞬呆気に取られたが、展開としては面白いと思った。
彼女としても、アプリィの“別な側面”を見ておきたかったから。

25 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 02:07:32 ID:???

 少年は殴られるがままになっていた。それでも連れの彼女に「逃げろ!」と叫んでいる。
それが悪意たちの嗜虐心をそそり、嘲笑をあおった。
「身を挺して他者を救おうとする姿がそんなに滑稽なのかな、ブタ諸君」
 背後からの挑発に、ギャング一同は振り返る。
「ああ? なんだよオメーは? 遊んでもらいてーのか?」
 ひときわ身長が大きく、筋肉の上に脂肪がのった大柄の男がアプリィを見て喜悦の色を浮かべた。
「逆だよ? 遊んでやる――さッ!」
「んなっ!?」
 視界からプリィが消える。在り得ない現象だ。
そして次の瞬間アプリィは、ブタの背後に回りこんで左フックを放っていた。
“ズドオグッ”! その拳は握られてはおらず、アプリィの指がブタの脂肪、筋肉を貫通する。
「ばぎゃらららぁーっ!?」
 ブタの悲鳴。聞くに堪えない。まずアプリィは、ブタの筋肉繊維を引きちぎり、路上へと投げ捨てる。
血の臭いに混じっておぞましい腐臭がした。
「遊んでやるって言ったろ? そうさ、弄んでやる」
 冷酷に告げる。次は――露出した白い背骨へ右ストレート。“バキグシャッ”! 骨が粉砕される音。
アプリィは相手の命など度外視している。そう、彼にとって目前の敵たちはみな、ブタでしかなかったのだから。
 常軌を逸した光景を目前にし、連中は無意識のうちに逃げ出そうとしたが、そこへクロハが立ちはだかる。
「その手は誰かを傷つけるためのもの」
 音さえもなく刀が一閃された。相手は自分が何をされたのか分からない。だが――
「う、う、腕ぇえええ!?」
 両腕が根元から切断されていたのだ。それを見て恐慌状態に陥った男が、打ち震えながら後ずさった。
「慈悲が与えられるとでも? 残念だったわね。――その足は他者を蹴落とすためのもの」
 再び刀が一閃。時間が止まる。“ズダンッ”! 男の上半身が地面へと崩れ落ちる。両足が、ものの見事に切断されていた。
 一方アプリィはといえば、ふたりの男を頭から腰までコンクリートの壁に突き刺している。
未だ少年、その華奢な体躯が何故そのような所業を成し得たのか。
 残された敵はひとり。恐怖のあまり立っていられなかったようで、その場で顔面蒼白のまま震えている。
狩る側から狩られる側への、瞬時における転換。
 アプリィは“マルジェラ”の白いジャケットから、一本のペーパーナイフを取り出した。
「さて、ブタ君。これがキミの生涯で最後に目にする光景だ。しっかりとその目に刻んでおくといい」
 宣告。無慈悲な。
 そしてアプリィは――ブタの両目にナイフを突き立てた。

26 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 02:14:13 ID:???

 惨劇と呼べなくもない。しかし、当然の報いといえよう。
ふたり地面に座り込んで、互いに抱きしめ合っている男女に、なるべく穏やかな声でクロハは語りかけた。
「不運だったわね。最悪、貴方は死なない程度にオモチャにされて、そちらの彼女は陵辱されていたでしょう。
さあ、いつまでもこんなところにいないで、睦月市――優しい箱庭へお帰りなさい」
 促されて男女は、おぼつかない足取りで駅へ向かう。
「さて――」
 振り返りアプリィを見るクロハ。
「思ったとおりの人物ね、貴方は」
「キミこそ。太刀筋が全く見えなかった」
 アプリィの表情は優れない。どこか脱力している。
「どうしたというの? 罪悪感? まさかね。私たちは正しいことをしたのよ」
 クロハの言葉は正論だった。それでもアプリィの表情は変わらない。
「結局……闘うしかないんだよね、そこに悪意がある限り。けして分かり合えない。人間と機械とブタ。哀しいよ、こんな世界」
「泣いて……いるの?」
 そうかもしれないとアプリィは思った。この慟哭はきっと死ぬまで続くのだろうと考えると、彼は暗澹たる気持ちにならざるを得なかった。

27 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 02:31:21 ID:???

 朝の訪れ。部屋に陽光が滲む。メッツォには信じられない光景のように思われた。目覚めなど望んではいなかったのだから。
 空腹はない。昨夜は食事を怠らなかった。もっともメッツォは、自分が何を食べたのか覚えていないが。
 寒い――まやかしの春に心痛める。
九時間ほど眠った。だがそれがどうしたというのだろう。精神を弛緩させ、覚醒を拒む。メッツォは再び眠りに入ろうとしていた。
 ディジェからもらった白い糖衣錠――“ガブリエル”と呼ばれる合成ヘロイン――を口にする。
そしてウォッカをあおった。ダウナーとダウナーとの組み合わせ。
 起きているのが苦痛だった。どうやって時間を経過させていいのか分からない。
永眠――それも悪くないなとメッツォは思う。為すべきことなど何もないのだから。
 ドラッグの効果が顕在化してきた。胃の奥底から頭頂部に至るまで、睡魔がそっと手を伸ばしてくる。
 一歩外に出れば悪意に晒される。いや、外に出るまでもない。
ネットにログ・インすれば、そしてそこで自分の主張、表現をしようものなら、地の底まで貶められてしまうのだ。
 他者の恐ろしさ。無自覚に、機械的に弱者を排除しようとする。
暴力で、言葉で、死へと追い込む。死――精神的な崩壊か、あるいは自殺か。
 そのような状況から逃れるには、やはり自分も他者と同化しなければいけない。
弱者の揚げ足取りをして、反撃の余地など残さずその心を粉々に砕く。
もちろん、崩れ去ったそれに憐憫の情など抱いてはいけない。
 まったく――この狂気を扇動しているのは誰だろう。世界は変わらない。
悪い方向への傾斜は加速し、やがて万人の万人による闘争が始まる。
その徴候は、少しでもセンシティヴな者であれば誰でも感じていた。
 さしずめボクにできるのは――メッツォはフローリングの床に敷かれた布団へと潜る。眠ることだけ。
そう、彼にできるのは眠ることだけ。永眠を夢見て、今日も彼は惰眠を貪るのだった。

28 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 02:40:59 ID:???

 数日間もの間部屋の中にいたが、さすがに何か刺激が欲しくなり、メッツォは学校へと出かけた。
 自分の教室を覗くと、アプリィとディジェ、それからクロハが談笑しているのが見える。
特に関心を惹かれなかったのか、メッツォは教室の中には入らず、そのまま屋上へと向かった。
 無人――いや、エイフィがフェンスに手をかけ、何か考え事をしている。無言でその隣に並ぶメッツォ。
エイフィの視線を追うと、閑散とした街並みの向こうに海が見えた。
「悪意は止まりません」
 いきなりのメッセージ。メッツォは戸惑う。
「そこに弱者がいるのが悪いのだと彼らは言います。誰かが主張をしたり表現をしようものなら、
そらきたとばかりに揚げ足を取り、躓かせ、屈服させ、服従させようとします。自分からは何も表現しようとはしないくせに。
他人の過ちを作り出し、そして自分は正当性を奪い取る。醜悪です」
 弱者と強者、その歪な関係の話。弱者の末路は分かりきっている。メッツォはエイフィが再び口を開くのを待った。
「自分が正しいと……自分の正しさを信じて疑わず、他者の正しさ、その魂までも喰らって……
それを当然と言い張るのでしょう、悪意というものは。
弱者は己が価値観を分かってもらいたいと切に願いますが、正しさを押し付けたりはしません。
懐疑的であるがゆえに真実には近づけるかもしれない。けれどもそれは、時として弱さとなる」
「結局」とメッツォがエイフィの独白に割り込んだ。
「ボクらは搾取され続ける。心の領土侵犯さ。最後には孤独しか残らない。
他者を傷つけながら生きていると、心が鈍磨してしまうのかな? それが処世術になる――と。
考えることをやめられたなら、確かに楽かもしれない。けして幸福は手に入らないけれど。
ボクらは刺激と反応という低俗なスクリプトの群の中に放り込まれたのさ、考える人間として。
でも……その人間性は攻撃の対象さ。殺される、確実に」
「ええ、そうですね。自殺者の横溢は止まらない。差し伸べた手も撥ね退けられてしまう。
何故なら、死ぬことこそが唯一の救いとなってしまっているから――そこまで追い込まれてしまったから」
「でもこの街は――」
 空を見上げメッツォが言う。
「弱者のための箱庭さ。ここには悪意がない。誰もが他人を傷つけることに怯えている。
誰が何のためにこの街、この学校を作ったのかは分からない。限られた時間だとは思うけど、確かにボクらは救われている」
「箱庭……まさにそう。けれども私には、何か目的があるような気がします。
それも一部の人間の。しかし今はいいでしょう、考えたところで答えは出ません」
「だろうねー」
 遠くに目を遣る。水平線が光となしてメッツォの視覚を刺激した。
こんな重たい会話は初めてかもしれない――そうメッツォは思う。
 彼らの遣り取りは重たいものであった。だからこそ、そこに真実が窺える。
そう――世界は優しくなどないのだから。

29 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 02:48:14 ID:???

 アプリィは海にやってきていた。砂浜に座って考え事をしている。
 人類全体の幸福――それはただの理想か、はたまた妄想、偽善なのか。
個人における幸福の獲得は一見、容易くはないだろうが、可能ではあるように思える。
しかしそもそもそれは、幸福と呼べるのだろうか。
 サクリファイス――他者の犠牲。奪い取ったもの。
それが個人における幸福の土壌だとしたら、僕はお断りだ――アプリィは思う。
 潮風、追い風、迷う、進めない。海に来たら少しは考えがまとまるだろうし、癒されもするだろうとアプリィは思ったが、
どうやらそうではなかったらしい。
 プロという肩書きを手に入れた表現者。どれだけ稚拙な文章であれ、それが本として出版され書店に並べば、ある種の強固さを持つ。
だが彼らは知りもしないだろう。計り知れない数の、弱者の犠牲の上に今の自分が在るのだということを。
 アプリィは自殺に思いを馳せた。人と人とはけして分かり合えないという絶望の告白。闘争の日々。
それで自分の形が保てるとは思えない。むしろ歪んでいくばかり。
 祈るべき神はいない。右往左往しようと無駄だ。どこにも救いなどないのだから。
 ここでこうしていても仕方がないな――アプリィはマンションに戻った。
 ひどく眠い。ベッドに身を放り出す。逆らう理由はない。アプリィは目を閉じた。
全てがひとつになる方法――可能性はゼロではない。思想でも夢想でもなく、実践的な手段。
だからといって無力な自分に何ができるだろうとアプリィは落胆する。
 闘争から逃れられないのであれば自殺しよう。それが誠実だ。
絶望が睡魔を呼び寄せる。そしてアプリィは、深い眠りへと落ちていった。

30 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:04:48 ID:???

 深夜の中央都市第二区画。その意味合いは、日中のそれと全く異なる。
いつどこで、誰が死んでもおかしくはない。
 そんな中エイフィは、門限など気にせずに街を散策していた。
悪意が自分を呼んでいる――不思議と嫌悪感はない。あるのは昂揚感。
 人通りの多い通りを真っ直ぐ歩き、突き当りを右折すると、無人の公園が見えた。
その手前には黒いワゴン車が止まっている。エイフィが何気なく通り過ぎようとした瞬間、車のドアが開いた。
「こいつぁ信じらんねぇ。かなりの上玉だぜ。この国の人間じゃねーみてーだが、なに、構うこたぁねーよ? 攫っちまおう」
「ああ、これを見逃したら“商売”なんざ成り立たねぇ。しかしたまらねーな、先に味見しとくか?」
 二人の男が現れる。外見と服装から、いかにもアウトローだということが分かる。
「ごきげんよう。佳い夜ですね。血で――染め上げるには!」
 一瞬で相手との距離をゼロにする。そしてどこから取り出したのか、鉈を手にしてそれを縦横無尽に振るった。
秒間百二十回。目で追える速度ではない。
「“装飾”を施してみましたが、どうでしょう、お気に召しまして?」
「な、何を…………はっ、はわひゃあーっ!?」
事態を理解するのには時間を要した。男の体には数え切れないほどの裂傷が見られる。
痛みもさることながら、その悪夢のような出血量が、確実に男の精神を破壊していた。
そう、目的は精神の破壊。だから致命傷を避けて攻撃した。
 悶絶。何か叫んでいる。地に伏してなお。
「いささか興醒めですね。さて――アナタは私を愉しませてくれますか?」
 エイフィの目がもうひとりの男を捉える。
「ま、待ってくれ……! ほ、ほんの出来心だったんだ。そう、俺は真っ当な人間だ。
普段は一等地の会社に勤めてる。しゃ、社会人さ、そう、社会人!」
「最期の言葉くらい美しく飾って下さい。私に言わせれば、アナタは社畜。ブタでしかない。
稼いだお金もお酒や風俗につぎ込んでいるのでしょう?
俗悪で不道徳ですね。しかしアナタは運がいい。今宵――解脱できるのだから!」
 首が夜空に舞う。ブタにしては綺麗な最期だった。
 続いてエイフィは、火炎瓶を車内に投擲し、すぐさまドアを閉めた。
運転席と助手席に、まだふたりの男が残されていたのだ。
“ドバシュグオーッ”! 瞬時にして車内が炎に染まる。
「じょ……冗談じゃねーぞ!? 逃げっ、逃げねーと!」
「ダメだ、ドアが開かねー!」
「まさか……外部からの電子ロック!?」
 混乱に陥るふたりの男。それも束の間。炎がガソリンに着火し、車は上空五メートルほど舞い上がった。
そして原型をとどめぬまま地上に落下する。
 罪人たちを自らの手で裁くというのは一種の快楽ではあったが、
エイフィは満足には至っておらず、どこか空虚な気持ちだけが残った。
「ごきげんよう。咎人たちに災いあれ」
 そう言い残し、エイフィは立ち去っていく。
 彼女もまた暴力に酔いしれたかったのかもしれない。
数多ある悪意に対し、多少なりとも抵抗したかったのかもしれない。
 その真偽はやはり、エイフィ自身にしか解らないであろう。

31 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:13:34 ID:???

「音楽がキライだぁ? そんなヤツぁ初めてだゼ」
 ビールを傾けながらディジェが言った。
「いや、好きな音楽もあるさ。でも好きになりきれない。何故って……それはビジネスと結びついているからだよ。
所詮ブルジョアの言葉など僕に届くものか」
 メッツォがベランダ――夕暮れに染まる空を眺めながら呟く。そしてディジェから手渡されたビールに口をつける。
が――――
「ぐッ、な、ナンだよ、これ!? 毒!?」
「なんだってそりゃ……ビールだろ? 飲んだコトねーのか?」
「ないね。てっきり麦茶を炭酸にしたものとばかり……極悪だよ、この味は」
「ま、合う合わないがあるからナ。つーかこの前まで小学生だったンだもんナ、無理もねェ。じゃあ――」
 ディジェは冷蔵庫を空け、深紫の瓶を取り出してグラスに注いだ。
「ほれ、カシスだ。ノンアルコールだゼ? 大人になったらこれにアルコールが加わるコトになる。さあ飲んでみィ?」
 多少抵抗はあったが、メッツォは素直にグラスを傾ける。ひと口で甘美な浮遊感に囚われた。
「これは……これは美味だよ! 信じられない」
「感極まったってヤツか。オメーにぁスウィートな酒が合ってるのかもナ」
「かもね? でも僕は酒に溺れるつもりはない。清貧を貫いて、どこかの駅で行き倒れて死にたいね」
「ガンジーかと思ったらトルストイかよ」
「うん。暴力は悪だけど、報復としての暴力はなお悪い」
「けど現実は……まあいい。今日ぁ泊まってけよ」
 メッツォは深く考えずに「うん」と答えた。
「いやぁ、何しろこのソファーの座り心地があまりにもよくってさ。この上に横になれたらどんなにいいかって思ってたところだよ」
「そっか。オレぁ勝手に飲んだくれるからよ? まあ好きにしてくれ」
 ディジェからの承諾を得て、早速メッツォはソファーの上でごろごろし始める。それを見てディジェは、まるで猫だなと思った。

32 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:24:16 ID:???

 発狂寸前で目覚める。またか、とアプリィは思った。
 現実感を取り戻すには少々の時間がかかる。開いた瞳孔が煩わしい。
視界が暗闇に覆われているのだ。手探りで冷蔵庫まで辿り着く。
そしてその上に乗っているトランキ二錠を、ペットボトルの水で飲み下した。
 ここからは時間との闘い。孤独が静まるよう、世界が戻ってくるよう、祈る。
 悪い考えしか浮かんでこない。目前にあるのは死。何ができよう?
 やがてアプリィは、視界を取り戻した。いつもの自分ではないが、先ほどまでよりはだいぶ状態が回復している。
「無様だ……薬に頼らないと生きていけない。これが人間と呼べるのか!」
 怒りと哀しみ。誰も責めることはできない。そう――自分以外は。
「理不尽だな。だったら……逃げるしかない」
 アプリィは冷蔵庫の上に乗っている白い錠剤四錠を手に取った。強烈極まりない作用をもたらす睡眠薬。
躊躇わず、胃の中に収める。途端に意識が不鮮明になっていった。
 今日はもう諦めよう。眠りで染まってしまうことだろうから。でも――――
「明日が来るという保障もないんだ」
 どこか諦念めいてアプリィは呟いた。

33 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:29:54 ID:???

 十五分。自分でもよく耐えたと思う。
クロハはまさに今観賞していたDVDを叩き割り、マンションの五階の窓から投げ捨てた。
「サイコ・スリラー? 笑わせるわね。いえ、むしろ笑わせるのが目的だったのかしら。
よくもまぁこれで三部作とか披露できたものよ。映画館に並ばなくて正解だったわ」
 ひとり、部屋で悪態をつく。話し相手がいたとして、彼女を諌められたかどうか。
 同日、午前十時半。エイフィはゆっくりと目を覚ました。
 記憶がない。いつ眠ったのだろう。時計を見るが、逆算することはできない。
眠ったという実感がないのだ。よって彼女は、白い錠剤に手を伸ばす。
 トランキ、入眠作用の強い睡眠薬、それから、中途覚醒しないための強烈な睡眠薬。
「さて――――」
 ベッドに横になる。ふと読みかけの本のことを思い出したが、今の状態では記憶を保存できない。
それに、睡魔に抵抗すると奇異反応によって無意識が遊び出し、また、奇妙な空腹感に悩まされることになる。
 大人しく眠ろう。エイフィは目を閉じた。

34 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:36:20 ID:???

 それは毒でしかない。名目が睡眠薬でも、そう、なまじ糖衣錠であるがゆえに、服用者に毒として認識させない。
 今日もメッツォはガブリエルを口にしていた。四錠。その数が何を意味するのかは彼も理解している。
死ではない。死には至らない。もし本当に死にたいと願うのであれば、二百錠は必要だろう。
 この場合、確実に意識を失うのが確定しているということだ。
睡眠中、幾度か覚醒し、足に掻痒感を感じるのが厄介だが、メッツォはそれもしょうがないと諦めていた。
 ガブリエル――慈愛の天使の名を冠したそのドラッグは、けして優しいものではない。
まず筋肉を融かす。そして腎臓にダメージを与え、大量摂取すると、脳機能障害をもたらすこともある。
 デカダンス、そしてニヒリズム。十二歳の少年がまさかとは思うが、
しかし強すぎる感受性は人を思想家にも芸術家にも仕立て上げる。
 メッツォはもはや死人であった。ゆえに、こうして自意識というものが存在すること自体滑稽だと思う。
「別に死にたいわけじゃない。けど……薄くなって消えていきたいな、キレイに」
 布団の上で呟いた。空虚だ。
 希望の潰えたこの国。救いなどありはしない。だからこそ感覚を、感情を眠らせておかなければならなかった。
 処世術などではない。破滅の日を夢想して眠りの中へと逃げ込む。
「醜悪だ」
 メッツォは自らを蔑んだ。
 脳の中枢部が活動を停止しようとしている。為すがままメッツォは、覚醒の保障がない眠りへと落ちていった。

35 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:42:49 ID:???

「誰もかれもいい度胸ね…………」
 無人の教室。ルールはひとり、教壇に腰掛けてため息をついていた。
 三十分が経過。待つということの苦渋にルールは憤慨する。赤のチョークを手に取り、黒板に巨大な文字を描いた。
それで少しは気が晴れた。
「あー、誰も……お、ルール」
 ディジェが登校してきた。
「やっとひとり……。ホント、どうなってるのかしら、この学校は」
「方法的懐疑の一環だろ、これも。ところでナンだ、その『一週間が七日あるのなら八日間登校するように常に心がけなさい!』ってのは?
聖書か何かの一節か?」
 ディジェが黒板に書かれた文字に目を遣って言う。
「気にしないで。心の叫びが具現化されたんだわ、きっと」
 そう言ってルールは顔を背けた。
「ところで……毎日登校してンのか? あんま拘らなくてもいいと思うけどよ、委員長とかに」
「そうじゃないわ。あたしは役職に関係なく、自主的に登校しているのよ」
 人との触れ合いがないと生きていけないタイプか――ディジェが鋭く見抜く。
「さて、中間テストも近いコトだし? やるコトやっとくかぁ」
 ディジェは自分の席に着き、PCを立ち上げた。
「どんなのが出題されるのかは分からねーが、とりあえず国語からだナ。もうレポートの課題は――って、ナンだ、これは?」
 ディスプレイを眺めるディジェの顔が途端に険しくなる。「どうしたの?」と言ってルールが駆け寄ってきた。
「見ろよ、これ」
「ん? え……ええ? 『トルストイの観点からショーペンハウエルを批判せよ』? ば、バカげてるわ…………」
 閉口するルール。
「時代的背景を考慮しつつ両者の接点を……いや、これぁニーチェも絡めねーとダメか?
何考えてンだ、ここの教師どもは。オレらは中学に入りたてのガキだゼ?」
 確かに奇妙ではある。が、この学校の生徒たち、その特異性を考えれば、在り得ない話ではない。
「そーいや」
 ディジェが話題を変える。
「外出許可もらったコトあるか?」
「いえ。だって……どこにいても変わらないから」
 その言葉が何を差しているのか、聡いディジェには理解できた。
「膨れ上がった悪意が世界を喰らい尽くすのも時間の問題だナ、確かに。
実際、終わりが確定されると、退屈なモンだゼ、余生ってのぁ。限られた時間では何も積み重ねられない。
けどよ? 思い出って……大切だとは思わねーか?」
 思い出――ディジェから発せられた言葉にルールは戸惑う。
「オレは人間で在りたいンだよ。泣いて、笑ってナ?」
「そう――――。きっと貴方が正しいのね」
「いつかみんなで……どっか出かけられたらいいナ」
「そうね……きっと楽しいでしょうね」
 ディジェとルールは共に窓の外へ目を遣っていた。春、青空、優しく残酷な光。
 彼らは救われない物語の中にいた。
 彼らは救われない物語の中にいる。

36 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/07(日) 03:47:18 ID:???

 アプリィは今日も海へやって来ていた。少し波が高い。昨夜、雨が降ったせいだろうか。
 いつもならこの時間は、海面がオレンジに染まる。それはどこか物悲しくて、
しかしどこか安心できる。止揚――純粋に陶酔していられる。
「灰色に染まった世界ですか」
 後方、斜め左から声が。エイフィだった。
「あるいは――アナタには何か別の世界が見えているのですか?」
「別に……在りのままさ。こんな日もあるから。ところでキミは、どうしてここへ?」
「アナタに引き寄せられたのでしょう」
「そっか」
 特別な感情など生じない。変わらずアプリィは、海を眺めていた。エイフィもそれに倣う。しばらく無言の状態が続いた。
「怖い」
 ふと、エイフィが呟く。アプリィがその表情を窺うと、どこか思い詰めたような印象を感じた。
「当日まではずっと麻痺していたんですよ、恐怖は。これなら、もしかしたら安らかに逝ける――
そんな淡い期待は裏切られました。もう生きていく余地など……それだけの精神は欠片さえ残っていないのに。
人間とは本当に不思議な生き物ですね」
 微笑。そして――涙。涙をたずさえてなお笑う。そこには哀しみや絶望を突き抜けた感情があるのだろう。
 知らず、アプリィはエイフィを抱きしめていた。
「僕がここへ来るのは、この海が砂漠に変わるのを待っているからだよ?
そして僕が生きているのは、世界の終焉を目に焼き付けたいから。ひとりで哀しんだり、ましてや死ぬことなんてないよ。
卒業式と同じさ。みんな一緒。だから淋しくなんかないよ?」
 アプリィの言葉は優しく、心地よく響き、そしてその体からは熱が伝わってくる。あたたかい。
 ずっとこうして抱きしめられていられたら――エイフィは思う。アプリィが一緒なら、答えを、正しさを見つけられるのではないかと。
 どうか――仮初の永遠が彼らを護って下さいますように。

37 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/08(月) 21:48:04 ID:???

リメイク3回目です。諸事情により、中途半端な段階で終わってますが、
短編と解釈すれば……いや、機会があれば続きを書きますけれど。

次はブロークン・ファンタジーの【エラン・ヴィタール】をお目汚し……の予定。

それにしても、何たることよ、この文才の無さ。

38 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:00:23 ID:???

【エラン・ヴィタール】

39 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:02:47 ID:???

 世界で最も孤独な存在とは? それは、いかなる時間も空間も、孤独で占拠してしまうこの私。
今、孤独を感じ、それが悠久であることを理解しつつあるこの私。
 侵蝕する――あるいは私の中から生まれいずる狂気。間もなく制御を失い、
万物の破壊へと傾倒することでしょう。ならば死を。
 私の望み。孤独からの解放。死への憧憬。生への執着。せめぎ合う想い。葛藤。
 救われたいがために。ただただ救われたいがために。すがる。私と同様、仮初の存在に。
 私は罰せられる。そして“彼”は罪を背負う。崩壊へと向かう世界。
これもまた、私の脆弱な心に依って。
 終焉と始まり。輪廻。
 私は孤独。

40 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:03:54 ID:???

 誕生。陽の当たる場所で。人々の祝福。望まれた子供。
その優しい目覚めの時は、今でも一枚の絵画の中に在った。
 崩壊。涙、そして嗤い。悦びは恐怖へ。幸福は罪悪へ。
失楽園は形作られた。あとは住人を迎え入れるのみ。

41 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:04:33 ID:???

 必然。時は満ちた。

42 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:06:43 ID:???

「私を殺して下さい」
 純白で、顔の輪郭に丸みを帯びさせるかのように、短めにカットされた髪。
一切を見通す漆黒の瞳。少女の言葉は天使を震撼させた。
「お戯れを。私にそのようなことが――――ぐっ!?」
「私の言葉に抗おうと? 無駄ですよ。臨界を越えた強制力を持つ言語ウィルス、アナタはすでに、それに侵されている」
「何故……何故私なのですか!? 神を殺すなどと……そのような罪を何故私が背負わなければならないのですか!?」
「全ては因果律の流れのままに。さあ、私を解き放って下さい。そしてアナタ自身もまた――――」
 黒炎。天使の右手には、黒い炎を纏った剣が握られている。そしてその翼が見る見るうちに灰色へと染まっていった。
「――いいぜ、跡形もなく消し去ってやるよ。お望みどおりに――なっ!」
 剣が振り下ろされる。少女――神――は慈愛に満ちた笑みを浮かべ目を閉じた。
すでに属性が魔へと転じた天使。彼に躊躇はない。神の望みが遂行されようとしたその瞬間だった。

43 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:13:13 ID:???

“ガギシャアンッ”! 透明な剣で受け止める。そしてその剣から、純白の炎が舞い上がった。ひとりの天使。彼の表情は険しい。
「これは何の真似ですか、兄上?」
「見て分かんねーか、ミカエル? “神殺し”さ、極上にハッピーだろ? 邪魔くれてっとオメーから先に殺っちまうぞ?」
 違う、とミカエルは思った。この男は自分の双子の兄、サタナエルではない、そう判断する。
では一体――――答えなど思いつくはずがない、ただ困惑するばかり。
「貴様は……貴様は一体何者だ!?」
「ルシフェル、さ、兄弟? よろしくな」
「ルシフェル――だと……? では兄上は、サタナエルはどうしたというのだ!?」
「なに、心配ぁいらねーよ? 俺の中で眠っているさ、今は。ところで? 神の姿が見当たらねーな」
 ルシフェルの言葉に、ミカエルは我に返り周囲を見渡す。確かに神の姿は消失していた。
「分からねーか? 俺がこうして魔に属性を転じた。この意味が」
 逡巡。そしてミカエルは、最悪の事態に思い至る。
「まさか……!? 他の天使たちも……!?」
「ご名答」
 ルシフェルはさも愉快そうに笑みを浮かべ、そう答えた。
「そうですか。ならば時は一刻を争う。事ここに至っては、もはや貴方は私の兄ではない。滅すべき悪だ!」
「いいね、その一言を待ってたぜ!」
 こうして天界は戦乱の渦に巻き込まれた。全ては神の御心のままに。

44 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:15:57 ID:???

 大戦争。散る生命、その数は無数。争う天使たち。極大にまで膨れ上がる破壊、惨劇。
神は遥か天空、隔てた次元からその争いを眺めていた。
 所詮生命など憎しみ合うことしかできない。愛とは大いなる欺瞞。
己が全能であると錯覚し、他者の空間を奪い取り、時間を剥奪する。
 ならば唯一意味を持つもの、それは死に他ならない。
 汝隣人を殺せ――そして己にその刃を向けよ。神は全世界に向け、そのようなメッセージを放った。

45 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 00:19:22 ID:???

 やがて天界での争いも終焉を迎える。ミカエルとルシフェルの一騎打ち、勝者はミカエルだった。
手にした剣の性能の差、それが勝敗を決したのだ。
 堕ちていくルシフェル。そんな彼に、神が呼びかける。
『どうか“魔界”の統治を。アナタに全てを託します。そしていつの日か私を――殺して下さい』と。
 そして物語は――走り始めた。

46 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 17:52:12 ID:???

 平和、という言葉の意味。それは世界を旅するにつれ、常に変動し続けていた。
出発点、オレの故郷とも呼べるアントワープは平和だった。
人々はアートに興じ、オレたち――“アントワープの六人組”も、戦闘能力を磨くコトだけに、純粋に没頭してられたしナ。
 ここ東京も、表面上は平和に見える。しかし、どこか鬱屈した空気を感じるゼ。
詰まるところ、世界のどこにいようと、平和というのは幻想、仮初でしかないのかもしれない。
 さて……と。目の前には青一色の館が。重たい扉を開き中に入る。
違和感。光。オレの足元には……魔方陣!? この感覚は空間転移……いや、違う。だとしたら……?
オレの混乱をよそに、“それ”は為された。
 異世界。目を開けた瞬間そう悟る。どうなってンだ、こりゃ?

47 :◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 18:06:44 ID:???

 上空を巨大な龍が飛翔していった。一瞬その影に光を遮られ、周囲には突風が。
危機感を覚えるというよりも、オレはただ唖然とするばかり。
 それにしても……どういう場所なんだ、ここは? 見渡す限り何もない。
草ひとつ生えていない大地。遠くを見渡すと、やっと山の輪郭が見える。
“ジャギュワッ――キュンキュンキュン”……目の前の空間が割れ、そこからひとりの女性が姿を現した。
既視感。しかし、何かが違う。
「なるほど、四次元への適応能力は既に備わっていましたか。まあ当然と言えましょう。あのヴィヴィアン自ら指導した逸材ですものね」
 ヴィヴィアン――オレの師に相当する人物。もっとも、そんなに長い期間関わっていたワケではないが。
 まずオレは、突如出現した女性へ目を向けた。腰まで伸びた長い黒髪。前髪は程よくカットされ、顔の右半分を覆うように、自然に流されている。
何よりもその艶に驚いた。噂以上の美麗さに思わず感嘆する。
 とりあえずファッション・チェックだ。ナイロン素材でアシンメトリーの黒いスカート、その上には解読不可能な文字をあしらった黒のノースリーブシャツ。
足元にはこれまた黒一色のランニング・シューズ。噂には聞いていたが、徹底して全身黒かよ……。
「アンタがレイだナ?」
「ええ。では改めて――ようこそマルジェラ、“魔界”へ」

48 :10 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 18:39:10 ID:???

 太古の記憶が甦る感覚。この空気……たぶんオレは知っている。身震い。一種の昂揚感。
なるほど、ここが魔界とか言われても何の違和感もない。
「やれやれだゼ。ま、これも因果と受け入れるしかねーナ。率直に……そうだナ、アンタはこの魔界でオレに何をさせようとしている?」
 風になびく前髪に手を遣り、そしてレイは答えた。
「それはアナタ自身が決めることです。人間界へ戻るもよし、魔界の覇者を目指すもよし。ああ、そうね、天界へ赴くのもいいでしょう」
 はぐらかされているような……どうにも真意が掴めない。
「自由ってのはいいコトだ。それが自らの手で掴み取ったものならナ。けど与えられた自由……これにぁゼッテー裏が在る。だろ?」
「思慮深いのですね、アナタは。ウォルターとセーヌは何の疑問も抱かずに、『それなら好きにさせてもらおうかな』と言って旅立って行きました。
今ごろはふたりとも、五次元まで上り詰めていますよ。さらにベルンとチャラヤンですが、
彼らは驚異的なスピードで六次元まで至り、なおも上位の次元を目指しているようです。
もっとも、ベルンが固有結界の中で眠りについているので、その進行は滞っているようですが。チャラヤンも気の毒に」
 他の連中は行動を起こしている。その事実がオレの脳を直撃――刺激した。しかもそれぞれよく知っている奴らばかり。
同じアントワープの六人組のウォルターとセーヌ、それから、最近アントワープで頭角を現してきたガキ、ベルン。
チャラヤンもまぁ、よくロンドンから――あるいはパリかもしれねーが――出向いてきたモンだ。
「それならオレが最速で最下層まで……ん?」
「ああ、この場合は最上位の次元、十次元ですね。アナタなら辿り着けますよ、必ず」
「おいおい、その確信はドコから来るンだよ」
「ずっと見てきましたから、アナタを。既成の概念をことごとく打ち破り、物理攻撃と魔力を融合させたそのスタイル、私は最大限に評価しています」
「ああ、そう」
 内心悪い気はしなかった。レイという人物は、その過去に様々な憶測が飛び交う。
全世界の人々から“世界最強”との呼び声も高い、まさに生ける伝説だ。
「魔界を滅ぼして人間界に平和を……って単純な話じゃねーコトはオレにも分かる。ところで、だ。
どうして魔界なんだ? この場合天界でも変わりはねーと思うが」
「――答えはこの魔界の最奥に在ります。真実と対面したとき、どうか何が正しくて何が間違っていたのか……それを見誤らぬよう。
では、再会を楽しみにしていますね」
“シュカッ――キンッ”! 青いひし形がレイを包んだと思ったら、次の瞬間彼女の姿は消えていた。
次元転移、今のオレには真似できない芸当。
 さて……と。先ほどから無数の目がオレに向けられていたようだし、ここは相手をしてやらないと失礼ってモンだろ。
「よう、低級悪魔ども! まとめて葬り去ってやるゼ!? かかってこいよ!」
 宣戦布告。およそ人間とは形状が――いや、本質からして異なる生物たちが姿を現し、オレに接近してくる。
慎重さも何もねェ。オレが人間だからってすっかりナメてやがる。まあいい、すぐに後悔させてやるさ!

49 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 21:09:17 ID:???

 楽園……ね。人間が夢見る、だからこその。どこか曖昧な世界。平和。平穏。全て作り物、まやかしだ。
 見上げた空は哀しいほどに青かった。きっと……オレ以外の誰かなら、夢なら覚めないで――そう思ったに違いない。
オレには許されてねーからナ、そういった陶酔の類は。

50 :12 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 21:21:56 ID:???

 さて――オレは大草原に舞い降りた白い翼たちを見つめていた。三百六十度、オレを取り囲んでいる。
「侵入者がいると聞いて駆けつけてきたが……貴様、人間か?」
「ああ、相違ねェ。そういうそちらは天使か? いや、この目で実際に見るのは初めてだからよ?」
「人間……しかし人間がこの“天界”に何の用だ? 理由如何に依っては排除せねばなるまい」
 オレにはそれが警告には聞こえなかった。ただ虚しい……そう思っただけ。
「目覚めてもらおうと思っただけだゼ? 仮初の、そして偽りの生命たちに。もっとも?
オレは魔界へ行くコトを選択したンだがナ。予定が狂っちまった。“女王様”にぁ逆らえねーよ?」
「ふむ……どうやら招かれざる客のようだな。ならば――」
 天使たちに緊張が走った。十体……ってトコか。この程度の戦力が相手ならば、武器も魔法もいらない。
「まあまあ、そう熱くなンなよ。いきなり臨戦態勢? ウワサ通り好戦的なンだナ、天使ってのぁ。ところで、だ。
オメーらは自分の存在を証明できるか?」
“ギュワラッ”! “シュバオッ”! 二体の天使が前方と背後から同時に仕掛けてきた。
白き翼以ちて宙を舞い、白き刃持ちて敵を殲滅する。まさに言い伝え通り。だがオレは、軽く横にステップしただけでその攻撃をかわしていた。
「自分は自分か? 天使たるべくして天使に生まれたのか? そもそもオメーらは天使なのか?」
「戯言をっ!」
“ジュバオグアッ”! 四体の天使たちの同時攻撃。これもオレは、バック・ステップでかわす。自分の中の余裕に、苛立ちさえ覚える。
「オメーらに名前はないだろう。何故だか分かるか? 存在が確定していないからだ。ならば何故存在が不確定なのか?
解らねーだろーよ、オメーらには」
“ドバサッ”! “ズザザザッ”! 後方に控えていた天使二体、その白い輪郭が崩れ去り、金色の砂となって消滅した。
「こっ、これはっ!?」
 残った天使たちが狼狽している。憐憫。それも一瞬のコト。オレは問いかけを再開した。
「“本物の天使”――それを複製して複製して……そうして出来上がった天使の劣化コピーがオメーらだ。まとめて――散れ!」
「そっ――なっ!?」
「こっ、これはっ!?」
“ドバササササズバッドズザザッ”! 瞬時のうちに八体の天使たちが金色の砂と化す。
 オレが用いたのは言語ウィルス。それは世界の始まり。あるいはそれは、人間そのもの。
 とにかく、真実というのは恐るべき破壊兵器だ。それを告知するだけ。それだけでこの四次元にいる天使程度なら葬り去れる。
しかし……そもそも乗り気ではなかったし、実際、後味が悪い、最悪だ。
 あのヤロー……何が『シモンズ君は適任者よ。天界のことは任せたわね』だ、フザケやがって。
こっちが逆らえないってのは承知の上。まったく忌々しい。
 突如のフラッシュ・バック。人間界を壊滅させる天使たち。そして天界と魔界との超規模な大戦争。宇宙は灰色に染まり終わりを告げる。
 そんなバカげだ事象が幾度となく――それこそ永遠を想わせるほどに繰り返されてきたのだろう。
オレの中に刻まれたアプリオリな記憶、これはナンだ?
 オレは答えが欲しかったのかもしれない。だから、オレがこうして天界にいるのも、きっと必然だろう。
 さて、こんな下位の次元にとどまってはいられない。十次元に在るというあの“セフィロトの樹”へ何とか辿り着かねーと。
全てを――解き放つために。


51 :13 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 21:25:15 ID:???

 泣かないで。泣かないで。ボクは語りかける、自分の中に生じている感情に。これは誰かのもの。あるいは世界の――嘆き。
 次から次へと変貌していく世界。絶え間ない恐怖。それは死に依ってのみ解放されるのに、何よりも怖れているのが死という矛盾。
光を失い、出口を見失う。永遠や普遍性さえも恐怖に支配され、前へ進むためには、
あるいは幸福さえも破壊してしまわないといけないのかもしれない。
 なんていう現実だ。なんていう深い闇なんだ。キミは――キミは――――。

52 :14 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 21:34:54 ID:???

 次元降下。どうやらここは三次元のようだ。周囲は真っ白。強風に混じった雪がボクを容赦なく叩きのめす。強風――あるいは恐怖。
 近い――そう感じた刹那、およそ次元と時空の臨界点を突破し、ひとりの少女が姿を現した。
間違いない、さっきボクに流れ込んできた感情は彼女のものだ。純白の短めにカットされた髪、右は赤、左は青のオッド・アイ。
いや、そんなコトより、希薄でありながらこの膨大な存在感、ボクには理解不可能だ。だからこそ解った。
「キミが……“神様”か」
 少女は哀しげに微笑みながら「その通りです」と答える。
「救われたいというのは――誰しもの願いなんじゃないかな? そして祈る、誰しもが」
「ええ、解っているつもりです。ですが、私の心は砕け散り、もはや欠片しか残っていません。
崩壊後の世界を生きていて、誰よりも救われたいと願っている、それが私」
 やれやれ――ボクは改めて周囲を見渡した。いくつかの氷山、大寒波、そして遠くにはペンギンの群れ。
「よりにもよって南極に強制転移させられるとはね。それよりも、キミがこの人間界でマテリアライズしているコトに驚いているよ。
どうして――ボクなのかな?」
 そう、適任者なら他にいたハズ。
「それはベルン、アナタがアナタだからですよ。アナタとならひとつになれる。アナタなら私を――殺してくれる」
「それは甘えだよ」
“ズドガガドゴンッ”! 周囲の氷山が六つ、大爆発を起こした。
「私を拒絶するのですか?」
 静かに――そして怒りと哀しみが入り混じる。
「そうじゃない。キミは神様である前に――人間だよね? もっとも狂おしく、もっとも深い闇を識る。
確かに人間とはひとつの欠落であり、欠けた心――空白が狂気へ誘うコトだってあるさ。
けど――たったひとりでも生きられるよう、強く在り続けるよう、強く願い、そして祈る。それが人間本来の在り方なんじゃないかな?」
「――失望しました」
 周囲の寒気が異常なほどに――まさか……絶対零度? いや……違う、これは!? 時間軸がズレて――――――。
「アナタに終焉を。さような、ら――――ッ!?」
 突如、彼女の存在、その輪郭が曖昧になる。ノイズ――そうか、この人間界で行使できる力、それ以上を求めてしまったから。
あるいは――――。
「くっ……どうやら邪魔が入ったようですね。戻らなくては。それではベルン、今度は“私の領域”で逢いましょう。
そのときこそ私を――どうか救って」
 烈風に目を閉ざす。全身に氷の刃を突き刺されているよう。静寂が訪れてから目を開けると、そこにはもう少女の姿はなかった。
 危なかった。今、この時点で相対していい存在じゃないだろうさ、神様って。
ボクはか弱い。乗り越えるべき壁はいくつもある。今回は運が良かった――仕組まれていた?
“あの人”なら在り得る。試練のつもりかな。こっちは消滅の危機だったってのに。まあいいさ、今度会ったら文句のひとつでも言ってやろう。
 それにしても、だ。せっかく魔界で順調に次元上昇していたのに。
そう、ちょうど七次元へ至ろうかというところだった。それが突然この事態。
チャラヤンはどうしているだろう。いや、彼に心配はいらないか。魔界にいる限り、いざとなればレイが何とかしてくれるだろうし。
 さて、ボクはこれからどうしよう。んー……ああ、せっかく南極に来たんだから、アデリーペンギンと戯れたい。
それから、しばらくは冬眠でもしてようかな。闘いとやらはみんなに任せておけばいいさ。
のんびりと、うん、何も考えずにぼーっとしてたいな。

53 :15 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 21:41:52 ID:???

「LOST……ですか」
 レイが、考えを巡らせながら呟いた。
「いや、申し訳ないね。でも――冗談みたいに強烈な強制転移だったよ?
少なくてもこの六次元にはいないみたいだし、ホント、ドコ行ったのかなぁ」
「アナタが気に病むことはありませんよ、チャラヤン。このように理解の範疇を超えられる力を持つとすれば、“彼女”に他なりません。
何を意図しているのか……あるいはいつもの気紛れか。とにかくこの件に関しては私が引き受けます。
アナタは引き続きこの魔界の頂点を目指して下さい」
「先生がそう言うならしょうがないけどさ。けど、オレひとりでとなると、この先結構厳しいかもね?」
「そうですね……この六次元まではともかく、七次元ともなると上級悪魔、それこそ侯爵や伯爵などが出現します。
彼らの恐るべきところは、単体での圧倒的強さに加え、率いる無数の軍団、そこにあります」
「質も量も桁違いってか。あのさ、オレ、死ぬんじゃない? ヤバイよ」
 その口調は飄々としていたが、チャラヤンの顔は蒼ざめていた。
「ならば――」
 レイの両手に白く輝く剣が現れる。もちろんただの剣ではなく、強力な魔力を帯びていた。
「この二本の剣を与えましょう。この先生き残っていくには欠かせません。いいですか?
アナタはまだ自分の本当の力を知らない。たとえベルンがいなくとも、きっとひとりでこの魔界を制圧できる……私はそう見込んでいます」
「買いかぶりだよ、それって」
 苦笑するチャラヤン。
「いいえ。アナタが“覚醒のとき”を迎えたならあるいは……。ああ、そういえば今、マルジェラが四次元で奮闘中です。
いずれ合流することになるでしょうね」
「マルジェラ……か」
 心境は複雑。マルジェラの数々の伝説はチャラヤンも知っていた。追いつかれるどころか追い越されるかもしれない。
それが彼のプライドを刺激する。
「負けらんないね。分かった、先を急ぐとしよう」
 チャラヤンはレイから二本の剣を譲り受け、再び混沌の中に身を投じていく。
 その背中を見送りながら、レイはもどかしさを感じていた。“調停者”――という立場ゆえの。
だが、自ら動くわけにはいかない。全ては新しい世代に委ねられなければならないのだ。

54 :16 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 23:09:50 ID:???

 マルジェラは魔法の指輪の中に閉じ込められていた。が、瞬時にその結界を内部から破壊し、姿を現す。
「退屈させンなよ、オメーらよ?」
 心底つまらなそうに、マルジェラは吐き捨てた。
「に、人間がこのような力を持ちえるとは……!?」
 驚愕するアガチオン。その周囲にはアスカロト、アスラフィル、アナラゼル、アニャンらが控えていた。
「こんな砂漠とは早くおさらばしてェ。ところでよ、あの蜃気楼の向こうにある螺旋階段、ありゃナンだ?」
「ばっ、馬鹿な!? 見えるというのか、あれが!?」
 悪魔たちから驚きの声があがる。
「へェ……その反応、やっぱアレが五次元への入り口か」
 マルジェラは早速、螺旋階段へと足を向けた。
「待て! 行かせるわけには……あびぉがっ!?」
 砕け散る、その場にいた悪魔たち全てが。骨も残さず灰となり、砂漠と同化してしまった。
物理攻撃。しかし、桁外れの威力とスピード。マルジェラは相手の急所と思われる部分全てに打撃を加えていた。それも最低限の力で。
「メルデ、本当に退屈させやがる。ま、四次元ってのぁこの程度か」
 螺旋階段のもとへの空間転移。日常でもよく使う、マルジェラにとってはありふれた能力。
「さーて……お?」

55 :17 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 23:27:18 ID:???

 見上げると、螺旋階段は遥か上空まで連なっている。
「おかしいナ……」
 怪訝な表情を浮かべ、階段へと踏み出す一歩を、マルジェラは躊躇っていた。
「行くがいい、若者よ。この螺旋階段は、その者の能力に応じ、より高次の次元へと至れるようになっている」
 ふと、マルジェラの左側から声がした。復讐の悪魔と呼ばれるアリオーシュだった。
「ああ、そうなのか。ところでアンタ……敵、か?」
「いいや。私は雇い主の命に従い、個人的復讐に手を貸すだけの存在」
「ふーん、なるほどね。ちなみに……さっきからオレの足元に擦り寄ってきてる猫……これは?」
「グリマルキン。そのような姿をしているが、悪魔には違いない」
「困ったナ。オレ、猫には弱いンだ。でも上の次元に連れて行くワケにはいかないし。またいつか逢おうゼ。そんじゃまたナ?」
 螺旋階段へと足を踏み出したマルジェラ。次に訪れるべき五次元をスキップし、六次元へと至った。
 静かに、そして確実に、物語は次の一頁を綴っていく。

56 :18 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 23:29:49 ID:???

 骸なる闇。空洞、その鼓動。大きく深く蝕み、さながら宿る病魔が恍惚に至るかのような耽美。
 反転すれば黒に染まる。反転すれば文字が浮かび上がる。闇に刻まれた闇。それが――ルシファーという存在だった。
 ミカエルとの闘いに敗れた彼が、消滅から免れた理由。“堕天”というシステム、そして既存なる地獄。
何のために――ルシファーは考える。
 おそらくは天界が生まれるのと時を同じくして、魔界も誕生していたのだろう。
何もかも仕組まれていたように思えてならない。全ては神を殺すために。
 ひとつの宇宙が消滅する条件として、天界と魔界が存在するのは好都合のように思われた。
反物質の対消滅が導く“ビッグ・クランチ”。

57 :19 ◆APHEYAlDJU :2007/10/09(火) 23:35:33 ID:???

 しかし、そこに人間界なるものが登場する。それに神の手が干渉していたとは思えない。
一切の天使が、一切の悪魔が戸惑いを隠せなかった。
 やがて不可解な真実が露呈する。アプリオリな存在である天使、そして悪魔たちの存在が、
驚くべきことに、人間たちに依ってメタファライズされているということ。
そこに自己を認識する能力、及び意志と、解析不可能な力が加わってマテリアライズ――物質化、肉体を持つようになる。
 まったく人間というのは度し難い。果て無き憎悪、他の種族にはけして在り得ぬ絶対的な恐怖。
それらが魔界に棲む者に力を与えている一方、“祈り”というあまりにも強烈な能力が、今度は天界に棲む天使たちへ力を与える。

58 :20 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 00:04:10 ID:???

 天界と魔界、双方にとって、人間界を滅ぼすことなど造作も無いことではあったが、それは自らの存在の消滅を招きかねない。
不文律とでもいうのだろうか。人間界には干渉しない――そのような決まり事が生じていた。
 だが――ルシファーは窓辺に立ち、漆黒の空に轟く雷鳴へ何気なく目を遣り耳を傾けた。
事はそう単純なものではないのだ。拮抗、バランス、導くべき終局――ああ、全てが煩わしい。
「物思い……ですか」
 足音もなく突如、ルシファーの背後にひとりの男が出現する。
「“四百年周期”――解らねーハズぁねーよな、サタン?」
「もっともです。事態は既に逼迫した様相を呈していますから。ふ、皮肉なものですね。最上位に位置する者のみぞ知る、知らなければならない」
 サタンと呼ばれた男の顔には、冷笑が浮かび上がっていた。陶器めいた白い肌が歪む。美醜の彼岸。
「回りくどい話なら結構だ。真実だけ伝えろ」
「ならば――そうですね……ウリエルが堕天しました」
「な……に?」
「これで二度目ですね。人間たちも何を考えているのやら。一度目は事なきを得ましたが、今回は――」
「ああ、マズイな。この魔界に現れていない……つまり――」
「ええ、彼は今、人間界にいます。自らを貶めた人間たちへの報復を図っているようです」
「愚かな。それが何を意味するか解らんハズはないだろう。しかし何とも歯がゆいコトだな」

59 :21 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 00:23:32 ID:???

 四次元に甘んじている程度の悪魔であれば、人間界でのマテリアライズも可能だろう。
だが、ルシファーほどの極大な存在は人間界にとっての禁忌。
幾重ものプロテクトを解除し、無数の条件を乗り越えたところで、おそらく人間界での実体化は不可能だといえる。
「またしても、世界の命運は人間たちの手に委ねられましたね。気に病む必要などないのです。
貴方も私もただ傍観者であればいい。今はその段階なのですから」
 サタンの言葉に、ルシファーは納得せざるを得なかった。脆弱であるはずの人間たち。
だが、彼らの恐ろしさは、まさにその身を以って知っている。
「賭け……か。ならば見せてもらおうではないか、人間たちの持つ無限の可能性とやらを」


60 :22 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 00:29:56 ID:???

 三次元――特に人間界ともなると、実体化にはかなりの制限がなされる。
少なくとも、人間の脅威となる存在に対するプロテクトは、完全性を誇っているといってもいい。
 そういった制限下でなお、完全ではないにせよ実体化に成功した天使がいた。身の丈は五メートルほど。
その白い翼は徐々に灰色へ向かい始めているようで、ところどころ斑に黒い点が浮かび上がっている。
彼が人間界で実体化できた理由。それは果て無き人間への憎しみ。つまり彼こそが――“堕天使ウリエル”である。

61 :23 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 00:41:02 ID:???

 極悪なる冷気。生命たちは懸命に抵抗を試みたが、無情にもその存在は、瞬く間にかき消されていく。
今やこの南極は、氷に支配されようとしていた。
 どういうことだ――ウリエルは不審に思う。ここに我が滅ぼしたい人間の姿がないではないか――と。
何故このような場所に転移されたのか――そう思った瞬間、前方に熱源を認めた。
しかもどうやら、ウリエルに向かって近づいてきている。
 万物を凍らせようかという、ほぼ絶対零度に近い世界。その状況下で存在できる生命体に、ウリエルは興味を持った。
翼をはためかせ、滑空しつつ対象との距離を縮める。

62 :24 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 01:01:11 ID:???

 互いの距離は五メートル。先に口を開いたのは少年――ベルンだった。
「どんな生命だって“生きたい”って願ってる。キミには慈悲というものがないの?」
 淡々と想いを告げるベルン。灰色の髪、紅い瞳。どうやら彼は、この致死的冷気の干渉を受けていないようだ。
「ほう……どうやら人間のようだな。だが、ただの人間ではあるまい。物理的保護、そして対魔法プロテクト……か」
「どうだっていいよ、そんなコト。それにしてもその力……ここが南極だったからまだよかったものの、あ――まさか……?」
「ふ、聡いな。そうだ、我が為すべきことは人間どもへの復讐! 我を穢し貶めた人間どもへのな!
一切の死を以ってして贖罪となす。そのために我は――」
「絶望を選ばない、そのために憎しみに身を染めた。キミは逃げている、結局ね」
「我を……憐れむだと……? 貴様……貴様ごときに何が分かる!?」
“ドヒュグワビシャオーッ”! ウリエルの感情の爆発と共に、彼の固有結界が発生する。
ベルンはその現象を認識することさえできずに、後方に三キロメートルほど弾き飛ばされた。
「ふん、取るに足らんな。このまま葬り去って――!?」

63 :25 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 01:07:20 ID:???

“シャ――キンッ”! 一閃。突如ウリエルの右腕が斬り落とされる。
彼の固有結界に侵入し、なおかつそれを悟られないほどのスピードで為された神業。
ましてやウリエルの肉体は、超上級レヴェルの天使か悪魔でなければ、傷ひとつつけられないようにできている。
 異変。ウリエルの右腕が再生しない。仮にも彼は、元“四大天使”のうちのひとりだ。
その復元能力たるや、本来であれば塵と化しても瞬時に原型を再形成するほどである。
「こ……これは……!? 腐食……黒く染まって……いく……。そうか、これは“黒の衝撃”!」
「お久しぶりですね、ウリエル。以前お会いしたのはアナタが堕天し、魔界に訪れて以来でしょうか」
 黒髪に黒い瞳。けして揺るがず、何ものをも寄せ付けない圧倒的な存在。
いかにウリエルであろうと、彼女に戦慄を抱かずにはいられなかった。
「レイ……何故ここに……? 人間界は貴様の管轄外であろう」
「だからこそ、です。誰の思惑かは検討もつきませんが、アナタが行くべき処は本来魔界であるはずでしょう?
そう――私の管轄する魔界。さあ、参りましょう。もはや人間界には無用のはず」
 ウリエルは長い沈黙の後、「承知した」と答えた。逆らうことは無意味――そうウリエルに思わせるほど、レイの戦闘能力は絶対無比。
「では――――」
 レイが言葉を発した瞬間、そこに彼女とウリエルの姿はなかった。刹那の時間における次元上昇。常軌を逸した能力。
それでもレイにとっては、些事に過ぎない。

64 :26 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 01:14:15 ID:???

 ウリエルを人間界に送り込んだのは何者か。そしてなぜ彼をベルンと出会わせたのか。
ウリエルを受け入れた魔界は、おそらく勢力を増すであろう。
そうなると天界と魔界との勢力図――拮抗が崩れるのではないか。
 しかし、今回の事態で最も重要なのは、ベルンの精神に穿たれた傷。
己の無力さという呪縛は、やがて彼を蝕んでいくだろう。
その意味を、目的を理解しているのは、現時点では一握りの人間たちに過ぎない。

65 :27 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 15:48:25 ID:???

 サイド・ステップからの飛び蹴り。“ズダラガガガッ”!
十六体の天使たちが胴体を分断されて飛び散り、加えて数体の天使たちも、その衝撃波によって鮮血と共に宙を舞う。
 側転から振り下ろされた足は、天使の頭蓋を粉々に砕き、同時に宙で放たれたソバットにより、もう一体の天使が頭部を破裂させられた。
 この五次元で掃討した天使の数はおよそ二十五万。人間では為し得ないであろう所業を、シモンズはほぼ物理攻撃のみで成し遂げていた。

66 :28 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 15:54:46 ID:???

 そろそろ頃合か――シモンズは、先ほどから視界に入っていた次元転移の魔方陣に目を遣り、それに向かって歩き出す。
周囲にはまだ無数の天使たちが残っていたが、シモンズの戦闘能力を目の当たりにして萎縮してしまったのだろう、身動きひとつできない。
 やがてシモンズは、地表に大きく描かれた魔方陣の中央に立ち、透明な意識で呼びかけた。我を六次元へと誘え――と。
 瞬間、膨大な光がシモンズを包み、次元転移が始まる。
 渇いた心は未だ満たされていない。天使たちへの憐憫こそあれ、闘いにおける昂揚感は全くなかった。
渇望――シモンズのそれは、きたる六次元で、ある意味では満たされ、ある意味では大きく裏切られることとなる。

67 :29 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:01:00 ID:???

 最初に突きつけられたのは不安感。ここ六次元でも変わらぬ白の空間。なのに――目に見えぬプレッシャーがシモンズを苛む。
 寄りかかる壁など何処にもない。一瞬、自分の存在そのものを疑ってしまう。
何か、全く別なものへと変質させられるかのような恐怖。足元が揺らぐ。ほら――沈んでいく、泥沼の中に。
 本当にここは天界なのか、とシモンズは思った。厳粛な空気、それは分かる。問題はその中に含まれる悪意。
 心臓が無数の針で突き刺されるかのような痛み。全身が強張り、呼吸が止まる。

68 :30 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:04:41 ID:???

 全く気付かなかった。前方上空に一体の天使が漂っていた。こうも容易く接近を許していたとは――シモンズの胸中は穏やかではない。
「貴方が侵略者ですか。それにしても脆弱ですね、その精神は。まあ無理もありませんが」
 前触れもなく言葉を放つ天使。口調こそ穏やかなものだったが、それが逆にシモンズの危機感を煽った。
「アンタ……ただの天使じゃねーナ」
 虚勢。事実シモンズは、立ち竦んでいた。
「これは申し遅れました。私の名はラファエル。以後お見知りおきを。もっとも、短い付き合いになりそうですが」
「ラファエル……だと!? 最上級の大天使が何故ここに!?」
「貴方が、その理由ですよ」
「何……?」
 本来ラファエルは、九次元を住処とし、十次元に赴いては大天使長であるミカエルらと会談し、
そこで話し合われた内容を他の天使たちに伝えるという役割を担っていた。
 その彼が今、六次元にいる。理由は明白だ。天界にとって脅威となりかねないシモンズの殲滅。
そのためにラファエルは、天使たちによる一億の軍勢を率いていた。
 その無数の天使たちが今、シモンズに向け一斉に左手を伸ばし手の平を広げ、その肩に右手親指、人差し指、中指の三本を添える。
目標への距離はおよそ三十キロメートル。
「準備が整ったようですね。では、お別れです」
 その言葉を残し、ラファエルは姿を消した。瞬きよりも短い時間で、なおかつ一切の挙動を見せずに行われた次元転移。
「何が……どうなって…………」
 呆然自失とするシモンズ。そんな彼に、冷酷無比な無数の光線が――迫った!

69 :31 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:06:44 ID:???

“ギュワジュバラララビギャオーンッ”!
「ちぃッ!」
 かわす。半ば本能で。
「レーザー照射だと!? いつの間にロック・オンされていた!?」
 無数の光線をかわしながら、シモンズは自分が、最悪の事態に陥っていることに気付き始めていた。
 かわす、かわす、かわす――――かわし続ける。最初は地上を高速で移動して。次は、上空での空間転移を繰り返す。
だが、照射されている光線はあまりにも無数。
直撃しても、それが熱エネルギーに変わるまでの短い時間でエスケープできれば、ダメージを負うことからは免れるのだが、
いかんせん一億の天使から発せられた光線を全てかわしきるのは至難の業。いや、実質不可能といえるだろう。

70 :32 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:09:07 ID:???

 そこでシモンズは、驚愕に値する能力を発揮する。彼の周囲に、光を放つ複雑な数式が展開されたかと思うと、
迫りくる光線は全て屈曲してシモンズの体を避けていった。
 フーリエ変換を用いた周波数領域での位相ずらし。
上級の天使や悪魔であればまだしも、人間であるシモンズがこのような業を為したというのは、ほぼ奇跡に近い。
 だがそのような強大な能力を行使し続けるには、今のシモンズの力では限界がある。
 死角――背後に熱が発生しているのを感じた。
「しまっ――――」
 手遅れ、だった。爆発、そして吹き飛ばされる。
なおも光線の照射が正面から迫り、シモンズは両腕でそれに耐えようとしたが、その両腕が膨大な熱量によって融解してしまった。

71 :33 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:15:50 ID:???

 甚大なダメージ。シモンズは半ば気を失い、上空二十メートルから地上へと落下する。
それを見た天使たちが、勝ち誇った笑みを浮かべながら近寄ってきた。
「随分と手間をかけさせてくれたな」
「ああ。正直この動員数はいささか大げさだと思っていたが、やはりラファエル様の判断は正しかったらしい」
「さて、この人間、どうしてくれよう」
 遠くから声がする。シモンズは今、自分がどのような状況下に置かれているのかさえ理解できていない。だが――“グビグシャッ”!
「えぐぁおッ!?」
 強烈な痛みで我に返る。見ると、天使たちがシモンズの腹部を喰いちぎっている。“ズルルル――ブチィッ”!
「――ッ! ッ!」
 声にならない。腸を引きちぎられたのだ。なおも天使たちの“食事”は続く。シモンズは怒りと絶望で自我が崩壊しつつあった。
 この光景を目撃した者は誰しも、此処が天界ではなく魔界だと思うだろう。
そして誰しもが、シモンズにおいて、この絶望的な状況を打破するすべなどないことを悟るであろう。
 此処には紛れもなく、救いのない現実そのものがあった。

72 :34 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:26:52 ID:???

「いつまで打ちひしがれているの?」
 答えはない。少年の目は、ただ曇天を見上げるばかり。
「まったく……ウリエルと対峙したんですものね、放心状態なのは分かるわ。でも、いつまでそうしているつもり?」
 やや苛立ちを含んだ声。少年――ベルンの目はやっと、その女性――ヴィヴィアンに向けられた。
「赤のレザー・ジャケットかぁ。そしてグレーのプリーツ・スカート。相変わらずだね、先生は」
「ふぅ……何をのんきな……。そんな話はどうだっていいのよ。アナタには今すぐにでも天界に行ってもらうわ。これは急務なのよ」
「やだ」
 半ば予想通りの返答。ヴィヴィアンはため息さえ出なかった。
氷上に横たわったまま、一向に立ち上がろうとしないベルン。およそやる気というものが感じられない。
「ずっとここでのんびりしてたいな。いっそ世界の終わりまで」
「そう――」
“ズガッ”! 突如ヴィヴィアンは、ベルンを宙へと蹴り上げた。そして重力子を操り、中空に固定する。
「このままではシモンズが消滅してしまうわ。分かる? すでに危機的状況を通り越しているのよ!
だとすれば、彼を救えるのはベルン、アナタだけ」
「えー、自分でやればー?」
“ピキッ”!
「さすがに……キレたわ!」
“ユワンユワンユワンフォウオンオンオン”――ヴィヴィアンが尋常ではないスピードと魔力でその能力を行使し始めた。
「これ、は……六方位からなる魔方陣!? ちょ、何するつもりなのさー!?」
「いいから! 行ってきなさい、天界に!」
“ヒュオン――バシュワッ”! 有無を言わせぬ強制転移。
「まったく手間をかけさせるわね。天才気質というのも困ったものだわ。
確かに、自分が動けるのであればそれが一番なのだけど、大局的な事象推移……か。
もどかしいわね、本当に。でも、今回こそは新しい世代にかけるしかないから」
 空を見上げる。この曇天の向こう――天界に思いを馳せた。
「頼んだわよ、ベルン」

73 :35 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:31:56 ID:???

 一瞬――もっとも、それが一瞬であったことを理解できた者はいない。気がつけば、数千万もの天使が眩い光に包まれて消滅していた。
 動揺すら通り越す。生き残った天使たちはみな同様に呆然としていた。
「ふむ。人が寝ているところを無理やり……ね。今のボクは非常に機嫌が悪い。視界に入るもの全て、消してしま――おや?」
 額から流血しながら、ベルンは足元を見た。天使たちによって陵辱の限りを尽くされた人間の体。
原型をとどめていないそれが、突如、急激な勢いで復元されていく。そして右手を上げ、三本の指を立てた。
「ん? ああ、三秒待てって? いーち、にーい、さーん」
「…………ようベルン、このガキ、久しぶりじゃねーか。天を切り裂き隕石と化して地上に落下とは、随分と凝った演出だナ、おい?」
「だーれが好きでこんな真似すると思う? 陰謀だよ、これは。ヴィヴィアン先生のね」
「そう……か。お、だいぶ回復してきた。だがこれじゃまだ戦闘するにはキツイな。てなワケで、頼んだ」
「シモンズ、キミね……まあいいか。この怒り、天使どもに叩きつけてやるさ。敵の数は?」
「概算で一億は下らなかったが、オメーが落下してきた衝撃で半分くれーに減ったンじゃねーかナ?」
「構わないよ、どれだけ数がいようとね」
「ナメてかからねー方がいいゼ? ヤツら、組織力がハンパじゃねェ。――おい、後ろッ!?」
「甘いね!」

74 :36 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:41:22 ID:???

 軍団規模の天使たちが、ベルンの背後に迫っていた。だが、それら全てがいきなり灰と化して地に崩れ落ちる。
ベルンが超絶スピードで、視界に入った天使たちの首を残らず素手で刎ね飛ばしたのだ。
 天使の持つ驚異的な復元能力さえ追いつかない、ベルン本人も自覚していない能力。
「千体ってトコか。まるでなっちゃいない。さて――面倒だ、一度で終わらせる」
 空気が一変した。ベルンを標的と定め、今にも襲いかかろうとしていた無数の天使たちの動きが止まる。
 異変。暴虐の水流が、その場にいたあらゆる天使たちを包んでいた。もちろん前兆など一切ない。
冷水かと思いきや、どんどん温度が上昇していく。
 天使たちの吐き出した酸素が、水中にもかかわらず燃焼した。湿式酸化、水のイオン積が増大していく。加水分解反応が始まった。
「湿度三百七十四度、圧力二百二十気圧、一立方メートルに対し、密度は三百二十二キログラム。よし、臨界条件が全て整った」
 そしてベルンは、複雑な呪文を超高速で唱え始める。
「“魂を解放せよ! これが、これが、これが、これが、これが、これが”――――“最終出口”!!」
“ジュギュドゴワオーンジュバギュラドババババッ”!! 超臨界水酸化が始まってしまった。およそ超超規模の極大爆発。
天使たちの体が一瞬膨らんだかと思った次の瞬間、劇的に弾け飛んでしまう。
 掃討。幾千万もの天使たちが一瞬で。
「(夢でも見てンのかよ、オレは…………)」
 ベルンの作り出した結界内で、シモンズは半ば思考停止していた。
 凶悪なるベルンの魔力。だがこれも、彼の秘めたる力の、ほんの片鱗でしかない。しかし、天界を混乱に陥らせるには充分だった。
 物語は急速に――動き始める。

75 :37 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 16:45:57 ID:???

「生きた心地がしなかったゼ、まったくよ?」
「え? ああ、うん…………」
 様子がおかしい。それは今に始まったことではないが、やはりベルンは、どこか放心状態にある。
「おいおい、頼むゼ? また天使どもが現れるかもしれねーだろ? 呆けてンじゃねーよ。つってもまあ、無理もねーか。
さっきのアレ……冗談みてーな破壊力だったナ」
「そうだね、シモンズ。無意識……本当に無意識で発動したんだ。ボク自身驚いているよ。
もう一度使えるかどうかは定かじゃないね。少なくても今は、もう何の力も残っていない。それなのに……困ったね」
「あ? 何が困っ――!?」
 シモンズも異変に気付いた。何かとてつもない存在の出現を予感させる大気の振動。
 天空が鮮やかな光に彩られる。そして――百合の花が舞い降りてきた。
「ナン……だ?」
 周囲を見渡すシモンズ。光、光、光――全てが光に包まれている。その中でも一層眩い光が視界に入った。
「天使……? しかしこれは……さっきのラファエルどころじゃねェ……。在り得ねーくれー突き抜けてやがる……!」
 微笑を浮かべた天使。その背中には、百四十組の翼が。やがて“彼女”は、シモンズとベルンのそばに降り立ち、その名を告げた。
「ごきげんよう。私の名はガブリエル。以後、お見知りおきを」

76 :38 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:01:17 ID:???

 涙――涙? 頬を伝う熱い液体に、シモンズは戸惑う。
ガブリエルと名乗った天使、彼女からは敵意といったものが感じられず、ひとえに神聖で、なおかつ慈愛に満ちていた。
「よくぞ試練を乗り越えました。しかし、私は信じていましたよ、人間の持つ可能性というものを」
 凛とした、どこまでも透き通った声。その理由は分からないものの、この天使は人間の味方なのだとシモンズは悟った。
「へぇ……アンタが画策を? 上等だね。まあ何であれ、目の前に立ち塞がる敵は薙ぎ払うのみさ」
「何をバカなコトを……! 分別ってのを弁えろよナ? 彼女は……どう見たって敵じゃねェ」
 先走ろうとするベルンを、シモンズがたしなめる。
「ふふ、その状態で私に闘いを挑もうと? 勇ましいですね。それでこそこの天界に受け入れる価値――資格があるというもの」
「な、に……?」
 シモンズは我が耳を疑った。
「天界に受け入れるだと? それは……どういうコトだ? 最初から仕組まれてたってコトかよ?」
「仕組まれていた……あるいはそうかもしれませんね。もっとも私は、今回のことに関しては一切の干渉をしておりませんが」
 だとすれば、一体誰のシナリオなのか。ラファエル――いや、違う。あの大天使は、明らかに自分を消滅させようとしていた。
となると――シモンズは混乱に陥る。
「どうだっていいコトさ。この天界はね、正直性に合わない。作り物の楽園に興味はないね」
 ベルンが話の流れを断ち切るように言った。
「――――ウリエルは堕天しました。確かにこの天界には、数多くの武に長けた天使が存在します。
ですが、今のままでは天界と魔界の勢力図が――つまり、その均衡が破られる虞があります。ならばこそ――」
「あらあら、それはどうかしらね〜?」
 その場にいた三人に緊張が走る。全く気配を感じさせないまま、ひとりの女性が出現したのだ。

77 :39 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:03:02 ID:???

 光沢のない、どこか神秘的な赤紫の長い髪。透き通るかのような白い肌、そして見る者を惹きつけてやまない青い瞳。紛れもない美。
しかしそれは、天使のそれではなく、むしろ魔族に近かった。
「まずは話をしましょう、話を」
 彼女の言葉に、一同は静まり返る。ベルンは無関心。だが、シモンズとガブリエルの彼女に向ける眼差しには、複雑な感情が入り混じっていた。

78 :40 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:04:48 ID:???

「イヤなヤツに遭遇しちまった。運命を呪うしかねーナ」
 シモンズは嫌悪感を隠そうともしない。
「同感ですね。できることなら、顔も見たくなかった」
 ガブリエルがシモンズに同調する。
「あらぁ? 人気者ねアタシ、ふふ」
 軽口を叩くその女性に、ガブリエルは鋭い眼差しを向けこう言った。
「如何に強大な力を持ちえようと、何もかも自分の思い通りになるとは思わない方が賢明ですよ、マリナ」
 マリナ――ここで初めて、その女性の名が明かされた。そしてマリナは、不敵な笑みを浮かべ、言葉を紡ぐ。
「随分と嫌われたものね。愛が足りないわ、愛が。えーと……自分のこれまでの行動及び言動を省みるに、あら、特に反省点はないわね」
「これだよ、まったく」
 シモンズが深いため息をついた。

79 :41 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:11:23 ID:???

 元々マリナは、アントワープの六人組のひとりだった。だが、ある日突然失踪。
 しばらくして彼女の姿は、天界において確認される。突然の来訪者に、天使たちは容赦をしなかった。
 闘いの中でマリナの暴虐的な戦闘能力は飛躍的に覚醒していき、ほぼ単独で、天界の大部分を制圧してしまった。
一万と二千年前の話である。
 それからの彼女の行動は実に気紛れで、ある一定の周期で、天界、魔界、人間界の事象、その推移を人知れず操っていた。
気紛れ――あるいは、秘めたる意図があっての行動かもしれないが。その真意を知っているのは、マリナ以外にふたりしかいない。
 周囲からすれば、マリナの動向は不可解なものに映っていただろう。ゆえに不信感を招き、忌み嫌われる。
 だがおそらく、彼女を止められるのはたったひとりしかいないと思われる。その事実がなお、ガブリエルの憤りに拍車をかけていた。
 よって、こうしてマリナとガブリエル、両者が対峙するという状況下では、様々な思惑が交差するのも無理はない。

80 :42 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:17:39 ID:???

「まどろみの中にいられるのならそれでもいいでしょうし、永続する夢があるのなら、それが最も理想的ね。
でも――人が生きる上で、刺激は欠かせないわ、けして。たとえそれが――痛みであったとしても」
 突然何を言い出すんだと、ガブリエル、そしてシモンズの両者は思った。ただひとり、ベルンだけが無関心だった。
「貴女の妄言に興味はありません。彼ら人間たちを天界に迎え入れるのにどのような異論が――――っ!?」
 ガブリエルはある真実に思い至った。
人間をこの天界に導いたのは、間違いなくマリナを含む“あの三人”のシナリオだろう。ならば何故――?
「聡いわね、ガブリエル。いわば挑発よ、ここに人間がいることはね? 波長が合えば、必ず“彼女”は姿を現す。
いえ、もうその兆候は…………来るわ!」
“シャオシュピガァーッ”! 天と地が同時に引き裂かれる。
そして純白の世界が、まるで最初からそうであったかのように、澱んだ血液の色に塗り替えられていった。
始めからそれを予測していたマリナを除き、他の者たちはみな一様に、微動だにできない。
 純白の髪、そして漆黒の瞳。少女――神の降臨である。

81 :43 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:23:31 ID:???

「分かり合おうともせず、また、平和と認識しているその瞬間ですら生存競争が絶えない。
繋がりたいという想いさえ、刃となって他者に消えない、癒えることのない傷を穿つ。
二度と繰り返すまいと誓った過ちは、次なる過ちへの輪廻。結局人間は変わることができない。
犠牲もまた贄でしかなく、支配のもと生命はないがしろに。見守っていても、ただただ罪を重ねるばかり。
そんな人間たちに私が与えられるのは救済ではなく、終焉、それだけです」
 その言葉は、神の絶望であり、慟哭だった。
 激痛。声にならない。見ると、シモンズとベルンの指先、そして足元が融解し始めている。
しかも呼吸を止められているらしく、悲鳴をあげることさえ許されていない。
 一刻を争う――そう判断したマリナは、ベルンとシモンズに向かって叫んだ。
「魔界に行きなさい! レイならばきっとアナタたちを導いてくれるから!」
 マリナは詠唱なしで、難解極まる魔法を複数同時、並列で展開し始める。
空間座標を特定しての次元転移。刹那で為せる業ではないが、マリナはそれをやってのけた。
 ベルンとシモンズが無事、魔界へと転送されたのを確認し、マリナは改めて周囲を見渡した。
そこに神の姿はなく、困惑に囚われたガブリエルの姿だけがあった。


82 :44 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:26:19 ID:???

 さて、まずはこの六次元の修復をしなくては――マリナは静かに歌い始める。
「“光る風の中、聞こえてくる、アナタの声。どうか平和が未来永劫壊されぬよう――その輝きを信じてる”」
 光子と化して放出されたエネルギーが、粒子と反粒子にまで還元されていき、
その内の反粒子、陽子に対する反陽子、電子に対する陽電子をマリナは、反物質の世界に転移させた。
「ふぅ……じゃあ仕上げね。アクセス、“H・M”――“悠久の風”!」
 バリオンが急速に動き出し、神によって切り裂かれたこの六次元が、瞬きすら許さないスピードで修復されていく。
「ま、こんなものね」

83 :45 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:31:06 ID:???

 上位に属する天使でさえ、このように大規模な空間干渉は成し得なかっただろう。それほどまでに、魔力の消費量が桁違いなのだ。
しかしマリナにとっては些事に過ぎないようで、彼女は満足げな表情で天を見上げている。
「相変わらずですね。これほどの魔力を行使しながら、貴女はさも当然のように――そう、何事もなかったのように振る舞う」
「これくらいの規模ならどうということはないわ。ダーク・マターを用いて銀河を形成することに比べれば……ね?」
「ところで――」
 ガブリエルは一度言葉を区切り、再度口を開いた。
「貴女は神をどうしようというのです。このような場所に呼び寄せたのも、何か意図があってのことでしょう?」
「……そうね、彼女の口癖を覚えてる? 『私を殺して』、『私を救済して』っていうアレ」
「それが何か? 相反しているとでも? 我々天使に課せられた責務はただひとつ。神の御心が穏やかであるよう――ただそれだけです」
「同感ね。私たち人間もまた、神を救いたいと想っている。志は同じでも、そこに至るまでの過程は異なるでしょうけどね。
とにかく、アナタはアナタが為すべきことをなさい。私も好きにやらせてもらうわ。それではまた逢いましょう」
 消えた。目の前にいたガブリエルでさえそのように認識したのだから、最上位のさらに上位に位置する転移魔法を使用したのであろう。
向かった先はマリナ固有の世界――十次元。
「何故――何故なの?」
 志が同じならば、共闘することも可能なはず。それなのに何故、別々の道を歩まなければならないのか。
ガブリエルは自らの憤りを隠さずにはいられなかった。

84 :46 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:36:28 ID:???

 天を覆うかのような巨大なカラスが飛来し、チャラヤンの前に降り立った。戸惑いはない。
この魔界において、いかなる造形をしていようと、それは悪魔でしかないのだ。
 チャラヤンがカラスを見据えているとそれは、突如形態変化をし始める。白く抜けるような肌、そして漆黒の髪。
悪魔が仮の姿として人間の形をとることは、これまでの闘いでチャラヤンも知っていた。ゆえに動じることはない。
「その落ち着きよう……人間とは思えんな。さすがこの七次元まで辿り着いただけのことはある。さて、我が名はラウム。
短い付き合いになると思うが、よろしくな。直に手合わせできないことを残念に思うぞ。何しろ、手下の者たちが血に飢えているようなのでな」
 天空が黒一色に染まっていく。ラウムが率いる三十の軍団の登場だ。各軍団に六千六百六十六の悪魔がいるため、その数は二十万にも及ぶ。
「こりゃマズイ。オレひとりでどうにかできる数じゃないぞ」
 これも試練だというのか――チャラヤンはレイを心底呪った。
「いいさ、死ぬまでやってやる! お前ら全員道連れだよ!?」
 数的不利、絶望的な状況でも、チャラヤンは立ち向かう姿勢を崩さない。こうして大規模な戦闘が繰り広げられることとなった。

85 :47 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 17:42:33 ID:???

 羊皮紙を切り裂くってこんなカンジか――チャラヤンは不思議な感覚に囚われていた。
レイから授かった白い二本の剣。この七次元に来るまでは使わずにいたチャラヤンだが、この闘いが、その二本の剣の初お披露目となる。
 これまでの肉弾戦では、悪魔たちの驚異的な復元能力にてこずってきた。だが、この闘いは違う。
剣を一振り、それで決着がついてしまう。瞬時に相手を縦横無尽に切り裂き、なおかつ復元能力を封じる。
まさに今、チャラヤンが欲していた力だ。
“パシュパラララー”! 疾走。悪魔たちの首を刎ね、胴体を真っ二つに。そして宙を舞う。
“シュバズバッ”! “ジュバオグアッ”! “ドグズパーッ”! 原型を失った悪魔たちの体、その破片が地上へと落下していった。

86 :48 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 20:58:43 ID:???

 解放感、そして覚醒していく感覚。チャラヤンは自分の力に酔っていた。だが、酔いきれなかった。
悪魔たちに動揺が走っている様子はない。むしろ余裕が窺えた。
遠巻きに闘いを観戦する者、距離を詰めては嘲笑うかのように身を翻す者。
彼方には、最初から戦闘への参加を拒否し、雑談を始めている者たちの姿さえある。
 これが悪魔の流儀だった。天使のように組織系統を固め、強力な統率力のもと、全員で目標の殲滅にあたるという戦法のまさに真逆。
各々が各々の思うがままに行動している。
「(意思統一がなされてないってワケじゃなさそうだけど、ナンだ、この違和感――いや、焦燥感は?)」
 チャラヤンは自分から闘いを仕掛けていく。だが、前方の敵は翼をはためかせエスケープした。すると――“ゴオゥワッ”!
「なッ!?」
 巨大な火球が後方から迫る。チャラヤンはとっさに、右へ体を投げ出すようにしてかわした。
かわした瞬間彼は、前方へ転がるようにしてエスケープする。
“ズダオゴローンッ”! 稲妻が走った。かわしていなければ直撃だっただろう。
複数同時の魔法。その連係は実に狡猾で、悪魔たちの知能の高さを物語っている。

87 :49 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 21:02:49 ID:???

 チャラヤンの額からは、大粒の汗が大量に滴り落ちていた。闘いが長引けば長引くほど、彼の体力と精神力が削られていく。
それを見込んでの、悪魔たちの闘い方なのだろう。仮にこの消耗戦を制したとしても、ラウム――冥界の大伯爵が控えている。
彼は、元々は座天使に属しており、その戦闘能力は計り知れない。
 周囲を見渡す。まだ、敵の数はだいぶ残っている。結局はこっちから仕掛けるしかないか――チャラヤンは意志を固めた。
“ピシャオーンユワユワンユワン”――――突如前方上空が割れ、青く光る球体が落ちてきた。
「ナン……だ?」
 予想外の出来事に、誰しもが目を奪われる。
「おっと、ヤベェ」
 青い球体の中から、ひとりの男が飛び出して着地した。
“ズダンッドンッドンッズザーゴロゴロゴロ”…………どうやら球体の中にはもうひとりいたようだが、身動きひとつしようともせず地上に落下し、
したたかに身体を打ち地を這い転がった。
「ちッ! コイツまた“無気力症候群”かよ! おい、起きろよ! 魔界にご到着だゼ? しかも戦乱の最中じゃねーのかよ、もしかして」
「うーん……全権はキミに委ねた。健闘を祈る、おやすみ」
「テッ、テメェ〜ってヤツぁ……!」
 そのふたりの姿には見覚えがある。いや、見間違えるはずもない。
「おーい! お前らーッ!」
 駆け寄る。嬉々として。そこにはもう、先ほどまでの切羽詰った表情はどこにもない。
文字通りチャラヤンに、希望が舞い降りてきたのだった。

88 :50 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 21:10:16 ID:???

 異変を感じたのか、悪魔たちは三人の周囲から遠のいていく。そして、一定の距離をとり動向を探っているようだ。
「よう、チャラヤン。ゴキゲンに遊んでるみてーだナ?」
「バカ言わないでくれよ、シモンズぅ。見て分かんない? この危機的状況が」
「おいおい、オレなんかついさっき一億は下らない天使の軍勢相手にだなぁ――?
……なるほど。数はそうでもねーが、個体での戦闘能力は桁違いってワケか。
空気で分かる。この場にいるだけでも危機感を煽られているような、気に喰わねー感覚だ」
「そうそう。で、さらに厄介なのが統率者のラウムってヤツ。一目で分かったよ、普通にやって倒せる相手じゃないって。
一対一の状況を作り出して、とにかく隙を突くコトだね。そこで強力な魔法を叩き込めればあるいは……」
「そうか…………」
 逡巡。天界における戦闘では、事実上、敗北を喫している。傷つけられたプライド。ならば――――
「よし、その役目、オレに任せてくれよ。ザコどもはオメーとこの……おい、いい加減起きろ、ベルンッ!」
「あうー?」
「ちッ、まあいい。とりあえずこの場はオメーらに任せた。オレぁ頭を潰す!」
 そう言うとシモンズは宙に舞い、意気込みそのままのスピードで飛び去ってしまった。
 こうして闘いは再開される。

89 :51 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 21:53:20 ID:???

 シモンズはあっさりとラウムのもとに辿り着いた。その距離五メートル。
「ご主人様のための足止めさえしようとしない。使えない部下たちだナ、おい?」
 軽く挑発する。だが、ラウムの余裕の表情は崩れない。
「なに、これが魔界の流儀というものでな。天界であれば、いかに統率者に負担をかけず敵を殲滅するかが問われるが、
こちらではむしろ、統べる者の出番を邪魔する者は疎まれるのだよ。
それにな、軍団を率いる以上、常に下の者たちに己の力を示しておかねばならん」
 軽く言ってのける。虚勢など一切無い、確固たる自信が窺えた。
戦闘能力が高いのは伝わってくる。だが問題は、どのような戦法で闘い、どういった特殊能力を隠し持っているのか。
「どうした、来ないのか?」
 ラウムが一歩踏み出し、シモンズが一歩あとずさった。
「ふむ、警戒心が強いとみえる。だが私と対峙した以上、逃げ場はないぞ」
 確かに、相手の出方を窺っているだけでは、勝機など見えてこない。
こちらから仕掛けるか――シモンズは意を決し駆け出した。だが、突然視界が変わる。
「――!?」
 驚愕。それも束の間、背中に激しい衝撃が。ラウムの全体重を乗せた、美麗なる蹴りが一閃していたのだ。

90 :52 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 21:55:34 ID:???

 悲鳴を上げることさえ許されずに、シモンズは黒い森の中、木々を薙ぎ倒しながら弾け飛び、
巨大な岩を粉砕する勢いで衝突し、宙を舞い、紫に濁った河川へと落下した。
 半ば失神しかけていたシモンズだが、彼の中の何かがそれを拒む。立ち上がり、何とか川から這い上がった。
「ほう、さすがに一撃では終わらんか」
 すでにラウムが追いついてきていた。
先の不可思議な現象、それが何だったのかまだ解っていない。何よりダメージが抜け切っていないため、シモンズの足が止まっている。
「そらっ!」
 ラウムの前蹴り。シモンズはサイド・ステップでそれをかわした。しかし、またしても視界が変わる。
「これは!?」
「逝くがいい!」
“ドボグシャオッ”! ラウムの肘打ちがシモンズのわき腹に命中する。
回転しながらシモンズは、宙を舞い数十キロ先にある山の中腹へと落下した。

91 :53 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 21:59:29 ID:???

「ぐッ……ううッ!」
 甚大なるダメージ。だが、引き換えにするものはあった。
「そう、か……“クリスカル座標”、なるほどナ。どうりでおかしいと思ったら、ワーム・ホールに吸い込まれていたンだナ。
まさか強制転移を戦闘に活用するとは……だがこれ以上は好き勝手させねーよ?」
 シモンズは周囲にある粒子全てにコマンドを入力する。そうしている間に、再びラウムが現れた。
「ふん、しぶといな。この――虫けらめがっ!」
 ハイ・キック。だが今度は、ラウムの視界が変わり、その体勢を大きく崩してしまう。その隙をシモンズは見逃さない。
「くたばりやがれッ!」
“メキャオグシャッ”! 打ち下ろされた拳がラウムの延髄を突き割った。
「べぐえっ!?」
 その場に崩れ落ちるラウム。それを見てシモンズは、一度呼吸を整え、口を開いた。
「残念だったナ。オメーの能力は見切った。もう通じねーよ?」

92 :54 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:02:32 ID:???

 口から溢れ出た鮮血を拭い、ラウムは力なく立ち上がる。
「ま、まさか……先行入力で転移先を指定していたのか? しかし、こちらのコマンドが無効化されるだと?
くっ、となると粒子のリライト不可能領域に定言命法を刻んだとしか考えられん。よもや人間がそれをやってのけるとは……!」
「理解が早くて助かるゼ。オレぁもう誰にも負けるワケにはいかねーンだ。
それがラファエルだろーがガブリエルだろーが、たとえ神だとしても……ナ? 人間の本当の力を見せてやろう!
根本方式のヴァリアントからくる一撃を喰らえ! “汝の意志の格律が常に同時に普遍的立法の原理となるように行為せよ”!」
 シモンズの凶悪な魔法が発動した。
“ズベシャッ”! “メキャゴキャッ”! “ズガガガガガッ”!
 ラウムの周辺全てにクリスカル座標をとり、全方位から転移し続けながら攻撃する。
反動でその威力とスピードは増していき、そしてシモンズの拳が砕ける頃には、勝敗は決していた。

93 :55 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:05:01 ID:???

 地に伏せたまま身動きひとつできないラウム。その足元からゆっくりと灰に変わっていく。
「人間を……侮っていたようだ……。だが、あのような真理値を叩き出し、それを戦闘能力に還元するなどと……理解の範疇を超えている」
「それが人間ってモンだ。だが、オレを目覚めさせたのはオメーだゼ? オレの中に在った……可能性をナ?」
「ふ、皮肉なものだ。我が力を踏み台にしたか。いや、それでも貴様は、己が意志で自らを超克したのだろうよ。
さて、我が命尽きるとき……か。願わくば天界での目覚めを――さらばだ」
 灰が風に乗って舞い散る。そこにはもうラウムの姿はなかった。

94 :56 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:12:23 ID:???

 二本の剣を投擲する。それは音速と化し、悪魔たちの身体を貫いて、一瞬で絶命させていく。
「リヴァース!」
 転移魔法。放たれた剣が、再びチャラヤンの手元に戻った。
一体一体を確実に仕留めていく、そうすることでチャラヤンとベルンは、戦況を有利に進めていた。
もっとも、ベルンの動きは緩慢で、襲い掛かってきた敵とのみ交戦し、自ら仕掛けることはない。
「おいおい、頼むよ、真面目にやってくれ。シモンズが気がかりだ。早いトコこっちを片付けちまわないとさ」
「うーん……おかしいな。南極で寝ていたまでは覚えているんだけど…………」
「まさに寝言は寝て言え! いい加減にしろっての!」
「なるほど。まあアレだね、今、限りなく眠いんだ」
「聞いちゃいねえ!」
「だから――眠りを妨げるもの全て、排除してしまわないと。歌詞を忘れてしまったし、まだ魔力も回復してないけど……いいや、その剣貸して」
「?」
 意図が分からないまま、チャラヤンは二本の剣をベルンに手渡した。
「うん、絶品だ。この剣に宿る魔力はハンパじゃないね。使い方によっては兵器にだってなるよ。よし――」
 ベルンは、最も悪魔たちが密集しているエリアに目標を定める。
「六本弦を駆け巡る、疾走、加速の果て――――メロディーの洪水を今此処に! “ストラト”の名において――“光速”!」
 右、そして左。左右の腕から、ほぼ同時に投擲された二本の剣は、目測不可能なスピードで空間を切り裂いていく。
“キュルルルキュルルルキュルルルキュルルルジュワンズバシャーッバシュワウワンッ”! 光、そして衝撃波。
悪魔たちは抗うことさえできずに、刹那のスピードで灰になっていく。
「超高速!? しかもソニック・ブームまで!?」
 自分の見ている光景が信じられない。同じ武器を用いても、その現象行使能力は全く次元が違う。
これがセンスの差かと、チャラヤンは思い知らされた。
 結果的に、数万単位の悪魔が消滅し、黒の軍団に衝撃と動揺が走る。それをベルンとチャラヤンは見逃さなかった。

95 :57 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:14:10 ID:???

 天界で天使たちを倒したときもそうだった。罪悪感とは違う。だが、後味が悪い。
ラウムとの闘いの後に生じた脱力感から、シモンズはしばし黄昏ていた。
 周囲が少しずつ静けさを増していく。遠くから一際大きな爆裂音。その音を最後に、完全なる静寂が訪れた。
 向こうも片付いたか――シモンズは立ち上がり、手前の空間にクリスカル座標を作る。
そして一歩踏み出し、ワーム・ホールへとダイヴした。

96 :58 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:16:19 ID:???

「っと、お、いたいた、おーい、チャラヤン」
「ああ、シモンズ。帰還……そっか、勝ったんだね?」
「どうにか……ナ? こっちも……ってナンだ、この粉塵は?」
「いやさぁ、悪魔たちの数が残り二万くらいになったら、ベルンが突然『めんどーだからこれで終わらせる』とか言って、見たコトもないような大技繰り出してね、しかも上空から。
それでこの有り様。見てよ、あのクレーター。直径二キロ以上はあるんじゃない?」
 目を遣ると、確かに地表が大きく抉れている。
しかし、天界における闘いで、数千万もの天使たちを一瞬で葬り去ったベルンを見ているだけに、シモンズはむしろ、この光景もまた当然のものとして受け止めた。
「まあ、ベルンぁ規格外だからナ、何があっても驚かねーよ? で、当の本人は?」
「さあ、見失っちゃったよ。大方どこかで睡眠中じゃない?」
「ここが魔界の中枢部だってのもおかまいナシか。とりあえず回収しねーと。それから、どこか休める場所を探そうゼ?」
「了解」

97 :59 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:19:14 ID:???

 束の間の休息は唐突に。
「さあ、遠慮しないで入りなさい」
 促され、三人は小さな屋敷へと足を踏み入れた。古風な造り―― 一階の居間には暖炉がある。
「ああ、二階に寝室があるから、そのコ、ベッドで寝かせてあげて」
「そうだナ」
 ベルンを背負い直し、シモンズは二階へと通じる階段を上っていく。
 二階は左右に通路が分かれていて、シモンズは右を選択した。
手前とその奥にもうひとつ個室のドアが見える。迷わず近い方の部屋の前に立ち、ドアノブを回した。
 中は正面に窓、左にベッド、右に本棚と机、そして椅子。入ってすぐのところから左にクローゼット。およそ質素な造り。
 シモンズはベルンをベッドの上に乗せ、独り言のように呟いた。
「さすがになぁ……疲れただろーよ。いいゼ、ゆっくり眠りな」
 タオル・ケットをベルンの身体に被せ、そしてシモンズは一階へと戻る。

98 :60 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:23:30 ID:???

 一階では、テーブルを囲んで、チャラヤンと――そしてレイが、何やら会話を交わしていた。
「そうか、固有結界ねぇ。それにしてもビックリしたよ。いきなり先生が現れるし、この屋敷だって――」
「細かい詮索はしないことです。いずれアナタたちも、自らの固有結界を造り出すようになるでしょう」
「細かい詮索はするな、だって? ソイツぁ無理な注文だ」
「あら、シモンズ。ベルンの容態はいかが?」
「容態? いや、そんな大げさなモンじゃねーだろ。とりあえず熟睡してるさ。そのうち何事もなかったかのように起きて来るって。
それより――ずっとオレたちの闘いを静観してやがったナ? しかもこのタイミングで現れた……説明してもらおうじゃねーの」
「それはアナタの憶測に委ねます。どれだけ言葉を尽くしても、そこに齟齬が生じることは避けられないので。
ただひとつ――アナタが“真の強さ”にまで到達したとき、一切の闇は振り払われ、真実はアナタと共に在るコトでしょう」
 まるで謎かけだ、とシモンズは思った。

99 :61 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 22:46:37 ID:???

「この固有結界の有効期限は二週間。その間に身体を休めておいて下さい。
私は六次元で奮闘中のウォルターとセーヌが気がかりなので、これでお暇させて頂きます」
「あのふたりもこの魔界に?」
「ええ。そしてマルジェラは単独でここ、七次元まで辿り着きました。おそらく今も交戦中でしょう。
気がかり――それを言い出したらきりがありませんが、いずれにせよ、私は多忙なのです。分かって頂けますか?」
「はッ、今に始まったコトじゃねーだろ、その傍若無人なトコぁよ? 好きにしてくれ」
「そうですか。ではいずれまた」
 その言葉を残し、黒衣の女性は屋敷から出て行った。
その後ろ姿を見守るシモンズとチャラヤンの胸中は、複雑な思いで溢れかえっている。
ただひとつ――強くなって、いずれ“その領域”に至ってみせるという誓いだけは一致していた。

100 :62 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:02:11 ID:???

 稲妻がほぼ間をおかずに、連続して地面からその刃を噴出させている。
見方を変えるならば、超高電圧の柱が何本もそびえ立っているともいえる。
 幾度か直撃した。絶命は必至。
しかし――男はなおも前を見据え、揺れる身体を両手で抱え込むようにして歩き続けている。
「な、何、この人間……? 不死身なの?」
 女性の姿をした悪魔、マルコキアスは、その男に底知れぬものを感じていた。
自らが従える三十の軍団をたったひとりで全滅させたのみならず、彼女の造り出した高電圧結界を意にも介さず抗ってくる。
 さらに不可思議なのは、先ほどから、稲妻がその男に直撃しようかという瞬間、突如空間が歪曲し、結果的に回避行動をとっているという事実。
 まさかこの男に、空間を操る能力が備わっているとは思えない。原因は不明。だが、生かしておくと、後に脅威となる可能性がある。
 意を決してマルコキアスは、その手に長刀を召喚した。黒い炎が舞う禍々しい武器を手に、一言言い放つ。
「貴方……危険な存在ね、とても。でも未来は与えない。今――楽にしてあげる!」
 マルコキアスが攻撃に転じると、周囲の稲妻が全て立ち消えた。
そして彼女は一直線に男をめがけて疾走し、その心臓へと刀を突き立てようとした。
「――させません」
“ジュギャギョラッ”!
「なぁっ!?」

101 :63 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:04:02 ID:???

 荒い呼吸を整える。マルコキアスは敵との距離をとり、まずは現状を把握しようとした。
 勝利を確信した瞬間、真紅の輝きが一閃し、気がつけば両手首が切り落とされていた。
復元を待つ。が、なかなか出血は収まらない。傷の痛みとともに、苛立ちが募る。
 多分に油断はあった。だが、それを考慮してもなお、自分にああも容易く接近を許したのは信じ難い。
 前方に目を遣ると、先ほどの男ともうひとり、人間の女性がいた。

102 :64 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:09:05 ID:???

「いいタイミングだったゼ、アン? つーか狙ってたろ、オメー? もーちっと早く援護してくれよナ、まったく」
「あら、こちらにはこちらの事情というものがありますのよ、マルジェラ?
ヴィヴィアンとレイが揃って、私をこの魔界の七次元とやらに強制転移した。つい先ほどのコトです」
「何が何やら……もうワケ分かンねーよ」
 マルジェラはふと、アンの手に握られている真紅の剣に目を遣った。
その中央には、列を為すように六つの穴が開けられている。おそらくは軽量化を目的としたものだろう。
「さて、話はこのくらいにしておきましょう。アナタには為すべきことがあるのではなくて?
もっとも、その体では立っていることさえままならないでしょうね」
 アンはひとつ深呼吸をし、マルジェラに告げた。
「それでは一曲歌わせて頂きます。
“悲嘆にくれて学ぶのよ。息を詰まらせて学ぶのよ。笑って学ぶのよ。選んで学ぶのよ。祈って学ぶのよ。尋ねて学ぶのよ。生きて学ぶのよ”
――歌姫“アラニス”よ、今此処に、悪へ立ち向かう勇気と希望、そして力を――“ユー・ラーン”!!」
 音が消え、そして膨大なる光がマルジェラを包んだ。
遠目で見ていたマルコキアスは、まさに奇跡の目撃者として、驚愕せずにはいられなかった。
「あれは治癒魔法の域を超えているわ……! だとしたら……まさか!? 蘇生魔法!? 何故人間がそのような力を……!」
 マルジェラの傷は完全に癒えていた。それどころか、これまで一度たりとも感じたことのない力が、全身に漲っている。
「さすがはアンだ。これでオレは、もう一度闘える。見てろよ? あの悪魔を一撃でブッ潰してやる!」
「ご健闘を」
 マルジェラはマルコキアスめがけて疾走した。もう一切の怖れなどない。勝利はその手に。

103 :65 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:11:59 ID:???

 距離を詰めさせまいと空間転移を繰り返すマルコキアス。
だがマルジェラは、常に敵の先手を読み、次々と逃げ場を奪っていく。やがてその瞬間が訪れた。
「なっ、こ、これは……!?」
 突然立ち止まってしまったマルコキアス。何度も能力を行使しようとするが、どうしても転移魔法が使えない。
「無駄だゼ」
 前方十メートル手前にマルジェラの姿が。その、およそ人間とは思えないオーラが、マルコキアスに絶大なる恐怖を喚起する。
「まさか空間支配能力で私を上回るなんて……! 貴方、本当に人間なの?」
「空間支配能力? はッ、ンなモンぁカンケーねーンだよ、女王様? オレの極限はもっと別のトコに在る。それを証明してやる!」
「ひぃっ!?」
“バシューギュワギュワギュワンワン”――爆風とともにマルジェラの体が上昇していく。マルコキアスは、破滅を予感せずにはいられなかった。
「女王様にとっておきの曲がある。それを捧げるゼ。
“口に出さずに欲しいものは奪っちまえ。口に出さずに欲しいものは奪っちまえ。
未来なんて無い。未来なんて無い。未来なんて無い、お前にはナ!?”――迸れ、オレの初期衝動! “女王様万歳”!!」

104 :66 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:15:28 ID:???

“メキャルコキュルチュワンズビシューッドッゴアーン”! マルジェラとマルコキアスのいた空間が次元上昇を起こす。
そしてその空間は、次元の壁を突き破り、一度エルゴ球を経由して、静止限界面と事象の地平面に囲まれた場所へと転移を遂げた。
「こ、ここは……? いえ、それよりもさっきの臨界現象は一体……? ――う、あ…………」
 自身の存在が揺らいでいる。それはマルジェラの目からも明らかだった。アルコキアスの体が点滅しているのだ。
「ま、間違いないわね……此処は十次元! 上位の八次元、そして九次元さえもスキップするだなんて、やっぱり貴方、どうかしてるわ」
「言ったろ? 極限を見せてやるってナ?」
 その次元よりも下位に属する者は、存在を否定され消滅する。ましてや此処は、最上位に位置する十次元だ。
 徴候はマルコキアスの身に、顕著に表れ始めている。彼女の存在が徐々に薄らいでいき、今にも消え去りそうだ。
「まさか十次元で散ることになるとはね。それなのに貴方の存在は揺るがない。選ばれし者、といったところかしら。
ふふ、でもこの魔界には、私など足元にも及ばぬ――そう、“魔王”が存在するわ。せいぜいあがきなさい、救世主様」
 その言葉を最期に、マルコキアスの存在は完全に消滅した。同時に、あまりにも強大な力を行使したため、
マルジェラはその場に倒れ込み、昏睡に陥ってしまう。
 そんな彼を見下ろす形で、その身を漆黒で固めたひとりの女性が立っていた。

105 :67 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:20:36 ID:???

「よもや独力で、しかもこの短期間で十次元に至るとは、思いもよりませんでした。天性、などという言葉では片付けられませんね」
 地に伏せたままのマルジェラを見下ろす形で、ひとりの女性が独り言として呟く。
「アナタは運命をひとつ裏切った。これが第一歩。無数に存在する宇宙のひとつ。
大局的な視点から見れば、滅びの道もまた道理なのかもしれません。
しかし私は……“私たち”は救いたいと思うのです。
あらゆる細胞がひとりの人間を生かすために、その短き生をまっとうしている。
ならば私は、血にも骨にも肉にもなりましょう、この幼き宇宙のために。
そしてアナタには……“アナタたち”には超えてもらわなければならないのです。ありとあらゆる因果を。
どうかこの宇宙を、狂った因果律から救って」
「…………壮大なファンタジーだナ、レイ?」
 マルジェラが上半身だけを起こし、消え入りそうな声で言った。
「そうですね。しかしこれは、アナタの物語です。アナタが物語を綴り、正しき終焉へと導くのです。
――さて、時間がありませんね。今はまだ――いずれ真実をお話するときが訪れるでしょう、必ず。ではみなさんによろしくお伝え下さい」
 音もなくマルジェラの姿が消え去った。
次元降下、座標を指定しての空間転移、これら一連の現象に対しレイは、時間的操作を施していたのだ。急を要した理由はすぐそばにいる。
「もう――よろしいですよ」
 背を向けたまま言葉を放つ。
「んー、やれやれ、気付かれているってのは承知の上だったんだけどね、こうもあっさりじゃあちょっと……ね」
「ご用件を伺いましょうか――ベルゼブル」

106 :68 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:26:21 ID:???

 ベルゼブル――ルシファーやサタンに次ぐ魔界の君主。もっとも本人は、自らを魔界の覇者として信じて疑ってはいないようだが。
「随分と久しいね。それでもまだ、あのときの傷痕が疼くよ。ところでさぁ、何を企んでいるのかなぁ?」
「先ほどお話した通りです。この宇宙の救済、ただそれだけが私の望み」
「じゃあ僕の望みも叶えてもらおうかな? 君ね、目障りなんだよ、この魔界にとってはね?」

107 :69 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:29:14 ID:???

 ベルゼブルの体が無数に複製されていく。その数は六万五千五百三十五。
「アナタが得意とする複製能力ですか。以前は二百五十五体が限界でしたね。
この飛躍的な能力の向上は目を見張るものがあります。ですが――」
“シュピッドゴラガガガッグアワーシャッシュドンッドゴンッズゴゴワッ”!
 黒龍、それも天を覆うほどの。
おそらくはレイが召喚したであろうその黒龍が、上空を暴虐的なスピードで駆け巡り、
地上に舞い降りては次々とベルゼブルの複製体を食らい尽くしていく。
「こ、こんなのってアリかよ!?」
 ベルゼブルは、今ここで何が起こっているのか理解を拒もうとしたが、目の前の光景がそうはさせてくれなかった。

108 :70 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:34:58 ID:???

「さて―― 一騎討ちと参りましょうか」
 レイがこの場には相応しくないほどの、透き通った声で告げる。
「自分の最も得意とする能力が通用しない――封じられた気分って分かる? 分からないだろーさ。
いつだって傲慢で尊大な……そんな君が昔から嫌いだったよ!」
「ならばその怒りを私にぶつけなさい。かつてアナタが愛した国の滅亡、その屈辱感と共に。私が、全て受け入れます」
 見ると、レイの手には黒い剣が握られていた。“ムラマサ”――万物を切り裂くと云われる究極兵器。
 それを受けてベルゼブルは、ムラマサを複製してその手に持った。
もちろんオリジナルほどの威力は発揮できない。劣化コピーといわれればそれまでだが、再現、その精度はかなりのもの。
「こうなったらスピード勝負さ。ボクから仕掛けるとしよう。――“極”!」
 十の四十八乗のスピード。“ギンッ”! “キンッ”! 一度二度剣が打ち合う音がした。
だが、実際に交わされた剣撃は途方もない数だろう。
 レイはといえば、顔色ひとつ変えずにこの戦闘に臨んでいる。
「この程度ですか? ならば――“恒河沙”!」
 十の五十二乗のスピード。だが、レイが速度を上げるのを予測していたベルゼブルは、すぐさま応戦する。
「させるかよっ! “阿僧祇”!」
 こちらは十の五十六乗。常人ならば目測など不可能で、光が飛び交っているようにしか見えないだろう。
 それでもレイは、変わらぬ表情でベルゼブルの激しい剣撃をかわしてしまう。
「まだまだのようですね。それでは終わらせましょう、この無益なる争いを。“那由多”!」
 十の六十乗のスピード。これにはさしものベルゼブルも対応しきれなかった。
 一瞬の間を置いてようやっと気付く。
「な……なぁっ!?」
 大量出血。目を遣るとそこには、左腕がなかった。

109 :71 ◆APHEYAlDJU :2007/10/10(水) 23:38:08 ID:???

 魔界でも最高峰の復元能力を持つベルゼブルであるが、切り落とされた左腕が再生する気配は一向にない。
「まさかこんなスピードが在り得るだなんて……」
「この程度で驚いてもらっては困ります。宣言しましょう。いずれアナタは、臨界を越えたスピードによって滅ぼされる。
私ではない、誰かの手によって」
「ふん……そうやって見下していられるのも今のうちさ。僕は人間界で実体化する手段を見つけたんだ。
いずれ君が護ろうとしているもの全て、滅ぼしてやるさ」
「それも一興ですね、可能であるならば」
 レイは背を向けて立ち去っていく。
それを見送るベルゼブルの瞳は、復讐心と、どこか得体の知れない感情が入り混じった光を放っていた。

110 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:43:48 ID:???

 頭痛がする、こりゃヒデェ。視界も定まらないし……第一オレは今、ドコにいるンだ?
 彷徨い歩く。立ち止まったりしないのはやはり、ここが魔界だってコトを無意識で認めているからだろう。
 ――人影? 赤い輪郭。霞む視界が捉えたもの。
「無事でしたか」
 ああ、この声はアンだ。
「ダメージはない。ただ、使った力が大きすぎたようでナ、ちょっとした船酔い状態さ」
「一曲歌いましょうか?」
 ……ありがたい申し出だ。だが、オレは少し躊躇ってしまう。いや――――
「ここは素直に甘えとくかぁ。頼む」
「では――」
 すぅ――と小さく息を吸い込む音。
「“明日は必ずやってくるって信じてる。青い鳥が逃げてしまおうとするなら、わたしたちも追いかけていけばいい。
こんなわたしの生き方をバカだって言われてもかまわない。歌に魔法を。
そして、それがあなたを信じてる理由。これがわたしにできるすべてだから”
――――“超楽観主義者”」
 視界が急速に――正常化されていく。メロディーが全身を駆け巡り、瞬時のうちに新陳代謝をやってのけているようだ。
「スゲェ……ここまでくると芸術だナ、アンの治癒魔法は」
「そうね、アタシもそう思うわ」
「ッ!?」
 マルジェラが振り返る。声の主はひとりの女性だった。
「ナンだ、この感覚……? 魔族……いや、違うナ。もっと異質な“何か”だ」
「その方は人間ですよ、マルジェラ」
「えっ?」
 再度振り返る。アンがどこか寂しそうな表情を浮かべていた。顔を横に背けながら、もう一度口を開く。
「久方ぶりですね、マリナ…………」

111 :73 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:50:00 ID:???

 マリナ――アンは確かにそう言った。ならばこの女性が初代アントワープの六人組のひとり?
オレと入れ替わりになる形で、姿をくらましていたって聞いてたけど……。
「やっぱりアンはこの宇宙の至宝だわぁ。アナタほどの回復系魔法の使い手、ドコを探したって見つからないわよ?」
 どこか飄々としているナ――初対面でのマリナの印象は、概ねそういったものだった。
「天界を離れてもいいのですか? それも、よりにもよってこの魔界を訪れるなどと……
愚行であることには変わりありませんが、何か目的があってのことでしょう?」
「あらあら、手厳しいのね、相変わらず。天界のことなら問題はなくてよ?
ウリエルの堕天、それと、ちょっとした侵入者騒ぎがあったくらいかしら? ところで――」
 マリナは一度言葉を区切って、オレの方へ目を向けた。
「アナタがマルジェラね」
「ああ、相違ない」
「いきなり次元干渉するだなんて前代未聞よ。レイのバック・アップがなかったら、今ごろどうなってたでしょうね?」
「悪かったナ、後先考えねーでよ」
「あら、皮肉じゃないのよ。むしろ評価しているわ、最大限に」
「そりゃどうも。光栄だね」
「さて、そろそろコワ〜イお姉さんがやって来るわね。説教されるの、好きじゃないのよねー。ひとまず退散するわ」
 消え去った。そのコトに気付くのにしばしの時間を有するスピードで。
「なあ……結局あの人、何しに来たンだ?」
 オレはアンに問いかけてみる。
「ただの気紛れでしょう」
 どうもアンは、マリナに関してはネガティヴだ。
“キュワジュキュワッ”!
「あ……?」
 オレとアンの間に、いきなりレイが転移してきやがった。
「一足遅かったようですね。マリナとはコンタクトをとっておきたかったのですが」
 平然としているがしかし、どこかレイには、疲労感のようなものが感じられる。
「まあいいでしょう。あちらがこの魔界を訪れたのならば、今度は私が天界へと赴きましょう。
それよりも――今はアナタたちの方が先決ですね。休息できる場所へ案内します。そこで仲間たちと合流して下さい」
 いくつかの疑問点はあったが、オレとアンは大人しくレイの言葉に従った。

112 :74 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:51:58 ID:???

 レイに案内されて訪れたのは、ここ七次元に造られた固有結界の中にある古い屋敷。
 中にいたのはシモンズとチャラヤン。ベルンもいるという話だけれど、眠ったきり目を覚まさないらしい。
 チャラヤン曰く、『アイツの怠惰は今に始まったコトじゃないから』だそう。
 ひとまず私とマルジェラは、この屋敷で休養することにした。
 多忙なレイは、『ではみなさんの健闘を祈っています。アン、アナタの負担は特に大きくなるかもしれませんが、どうか強く在って下さい』
と私に言い残して去っていった。
 強く在るように――その言葉が今、私の胸中を駆け巡る。

113 :75 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:53:23 ID:???

 チャラヤンが『アン、とりあえずお風呂入りなよ。疲れてるでしょ』と言ってくれて、
マルジェラも『そうだナ、そうしろよ。オレもあとからシャワーでも浴びるかぁ。
ああ、時間は気にしなくていいからよ、ゆったりして来いって』と気を遣ってくれた。
 闘いにおいては男も女もないが、今はこうして、ひとりの女性として扱ってくれる。
 仲間たちのさりげない心遣いには感謝するしかない。
 そして今私は、湯船につかり目を泳がせている。
 ここ最近の出来事に思いを馳せた。

114 :76 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:55:34 ID:???

 魔界……か。あまりにも突然だったので、今でも実感がわかない。ましてや七次元。魔王予備軍も棲息するところ。
 激戦を予想していたし、緊張がなかったといえば、それは嘘。
 私が非力なのは、自分でも分かっている。
 格闘戦においては、いかに強力な剣を持っていようと、それがどこまで通用するかは知る由も無い。
 何より私はまだ、攻撃系の魔法を会得していないから。
 たったひとつ――そう、たったひとつのもの。私の歌声。
 キーをひとつでもはずしてはならない、極端な集中力が要求される。だからこそ、回復魔法の使い手は少ない。
 全てはこのノドに。これまで何度も痛めては、それでもなお歌い続けてきた。
 どうか壊れないで、と願うばかり。
 これからの戦闘では、もっと余裕のない状況が続くだろうから、やはり私は、強く在らなくては。
 新たな決意。そして私は、バスルームをあとにした。

115 :77 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 17:58:15 ID:???

 四人が食卓を囲む。食卓にはそれぞれに鮭とレタスの炒飯が一皿ずつ、それから豆腐とワカメの、日本風のスープが。アンの手料理だった。
「スゲェ……手料理だゼ、手料理?」
「かなり久々だよねー」
 シモンズとチャラヤンの表情には、喜びと安堵感が入り混じっていた。
 最初に料理に手をつけたのはマルジェラだった。炒飯をスプーンでひと口、それからスープに口をつける。
「ん――ああ、美味いじゃねーの。さすがアンだナ」
「いえ、そんな」
 マルジェラに倣ってシモンズとチャラヤンも食事を始めた。
「いいよ……いいよ、ねぇ、シモンズ?」
「ああ、この一週間のレーションに比べりゃ雲泥の差だ」
「レーションって……どういう食生活ですか、それは?」
 呆れ顔でアンが訊ねる。
「いやー、何しろレイが用意した場所だろ? 冷蔵庫とその周辺にあるのは日本食ばかり。
で、しょうがねーからキッチンの上の戸棚にあるレーションばっか食ってたナ。つーか、そもそもオレらは料理とかできねーし」
「まったく……」
 シモンズの開き直った言い様に、アンは深いため息をひとつついた。
「まあここも隔離されているとはいえ、戦場ですからね。致し方ないといえばそれまでですが。ちなみにレーションの中にはFRヒーターも……?」
「ん? ああ、火を使わねーから便利だったゼ?」
「まさかとは思いますが、室内で使用したのですか?」
「あ? ああ」
「そんなことをしたら水素ガスが……」
「なーに、外の……魔界の空気に比べりゃどうってコトぁねーよ?」
 こうした遣り取りを通じ、アンはやっとシモンズがどういう人物だったのかを思い出した。

116 :78 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:02:45 ID:???

 食後、チャラヤンだけはハーブティーを、他の三人は緑茶を飲んでくつろいでいる。
「解らないなぁ……みんなよくそんな苦いお茶を飲めるよね」
「最初は戸惑ったけどナ、慣れるとこれが一番しっくりくる。オメーも早く日本の文化を受け入れろって」
 マルジェラがそう言うとチャラヤンは、
「これでもオレ、英国紳士だからさ。その辺は譲れない」
 と言い返してきた。それが一同の笑いを誘う。シモンズなどは、
「まだまだお子様じゃねーか。生意気言いやがって、ははっ」と軽くチャラヤンを皮肉る。
「ところで――ベルンはまだ……?」
「それがよーアン、一向に目覚める気配がねーンだよ。いつものそれとは違う」
 そう言ってからシモンズは、何か考え込むような仕草を見せた。
 昏睡状態。しかしその原因は分からない。いや、分からなくて当然だろう。
 何故ならベルンの眠りは、ただの眠りではなかったから。

117 :79 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:08:11 ID:???

 恐怖に痛みはともなわないんだな、と思った。
 視界は真っ白。そしてボクは、ひとつの視点。
 夢の中にいるようなもどかしさ。一切の身体性を奪われて、声ひとつ出ない。
 目の前に鏡が現れた。そこにボクの姿はない。痺れた。一瞬感電でもしたのかと錯覚するほどそれは、衝撃的だった。
“ボクは存在しない”――足元でくすぶっていた炎が、とうとう視界を覆い始める。
 怖い。けれども、どこにも逃げ場がない。いや、逃げ場そのもの、つまりボクの心が恐怖してるんだ。
途端に絶望に駆られる。
目には見えないけれど、確かにこの体が震えている。寒いか暑いかさえ分からないというのに。
呼吸が荒い。次第に苦しくなってくる。過呼吸だ。
 頭に浮かんだのは、この世界にはもうそのたったひとつの真理しか残されていないとでもいうような、たった一文字。
“死”――どれだけ抗おうと、けして克服できないもの。

118 :80 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:09:40 ID:???

 誰もが目を背けて生きる――生きている。それは恐怖から逃れるためか、それとも狂気に駆られているからか。
ボクは目を閉じた。音のない世界に鳴り響いていたノイズが遠ざかっていき、今度は静寂が孤独を奏でる。
 ボクはボクだ――心の中で強く念じた。祈りとも呼べる行為。
 闇の中、音もなく、形もなく、それでもボクは祈り続ける。立脚点などない――それでも。

119 :81 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:11:17 ID:???

 鼓動、そして呼応。見つけた。感じるよ、ボクの中に在る、いや、ずっとボクと共に在ったボク。
 本当の孤独を知ったからこそ出会えた。キミはずっと其処にいて、ボクを見守っていてくれたんだね。
 大丈夫、大丈夫さ。ボクはボクをやめたりしない。弱いボクがいるのなら、強い自分で護ってあげればいい。
 生きるというコトは問答無用。絶え間なき闘争だ。
 空間に制限され、時間によって翻弄される、それが人間。有限性と消費との関係。ボクらの居場所はどんどん削られていく。
 けれども、心の在り処だけは広大で無限なんだ。他の誰にも侵されるコトのない絶対領域。ボクは此処に永遠性を見出す。
 生きよう。ボクというこの存在を刻み付けるために。仮初――築き上げた虚構が真実へと至るまで。

120 :82 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:12:55 ID:???

 視界が弾けた。
 真っ白――だが、その空間には奥行きがある。
 球体。その壁には、いくつもの孔が見受けられた。
 ――歌? 透明で翼が生えたかのような歌声。ボクはこの空間の中央へと目を遣った。
 少女。純白に輝く髪と、右は赤、左は青のオッド・アイ。見覚えはあった。けれども何処で……?
「ようこそ十一次元へ。よくぞ独力で此処へ辿り着きましたね」
 少女が口を開く。聞き覚えのある声だ。
「キミは……キミはまさか――――」
「神であり、ひとりの孤独な人間でもある。そういった存在なんですよ、私は」
「一度……会ったコトがあるよね?」
「ええ、ほんの束の間でしたけど」
 思いがけぬ邂逅。いや、これは偶然じゃない。仕組まれていたんだ、他でもない“彼女”に。

121 :83 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:17:17 ID:???

「先ほどまでアナタは、この因果律の外にいました。時間や空間といった概念を踏まえるのであれば、其処はマイナスの世界」
 マイナスの世界……? とすると虚数空間? いや、違うな。時間が逆行していたというのは間違いなさそうだけど。
「アナタが試練を乗り越え此処へやって来る――私は信じていました」
 なおも少女は言葉を紡ぐ。
「アナタは全くの無の状態から、己が存在を証明した。これは驚愕に値することです」
「そうかな? 人間の“想う力”を侮ってもらっては困るね」
 少女は笑みを浮かべこう言った。
「この十一次元で実体化している……それでもまだアナタは、自分が人間だと?」
「人間だよ、ボクは。あくまでも……ね?」
 彼女の欲している答えは分かっていた。それでもボクは、自分の信念を曲げるコトだけはしなかった。
「どうして……? アナタとなら孤独を分かち合うことができると思ったのに……」
「孤独こそが立脚点だよ。孤独ゆえにボクらは存在し、絶え間ない悪夢と見果てぬ夢の狭間で生きてゆける」
「やはりアナタは特別な存在のようですね。己が存在は他者との関わりによってのみ。それなのにアナタは…………」
 彼女は哀しげな表情を浮かべ、目を伏せる。
「ところで、仲間たちが心配してると思うんだ。そろそろ帰ってもいいかな?」
「拒絶……そうですか、またしてもアナタは……。いいでしょう、解放して差し上げます。ですが、私は諦めたりはしませんよ?」
 視界が揺らいでいく。目覚めの刻は近い。朧げな世界が最後に見せたもの、それは神の涙だった。

122 :84 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:20:52 ID:???

 ベルンの姿が消えた。その消失の瞬間をチャラヤンが見ていたのだ。
 屋敷にいた一同にそのことが伝わると、各々に動揺が走った。
 シモンズは比較的落ち着いていて、『ちッ、まあアイツのコトだ。心配ぁいらねーよ?』と言って、一階の居間で待機している。
 レイの仕業か――とマルジェラは思ったが、すぐにその考えを取り消した。自分たちが混乱に陥っている、そのことが根拠だった。
 だとすれば悪魔の仕業だろうか――しかし、それを裏付ける根拠など何ひとつない。結果マルジェラは、椅子に腰掛けたまま沈黙する。
「原因が特定できない以上、徒に行動に出るのは慎んだ方がよろしいかと。ここは時間が解決してくれるのを待ちましょう」
 そう言ってアンも、居間にとどまることにした。
 ただひとり、チャラヤンだけが、ベルンの消えたベッドの前で待ち続けている。
 必ず……そう、必ずベルンはここに還ってくるさ――そう信じて。

123 :85 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 18:22:56 ID:???

「ん――あれ…………?」
 目を覚ます。チャラヤンは、自分でも気付かぬうちに、上半身をベッドの上に突っ伏す形で眠っていた。
「やれやれだよ。これもいらぬ心労を……って……はぁ?」
 目を疑う。ベッドの上には少年の姿があった。
「ベル……ン。確かにベルンだ! おい、おい、起きろって、ベルン!」
 呼びかけには応じない。かといって昏睡している様子はなく、ただ単に起きるのを拒んでいるようだ。
「そうか……なるほど、分かった」
 チャラヤンはベルンの上でマウントポジションを取り、彼の顔面を左右からバシバシと平手打ちする。
「あうあうあう」
 反応はあった。そこでチャラヤンは手を止める。
「おい、分かるか? オレだよ、チャラヤンだ」
「……やあ、久しぶりだね」
「『久しぶりだね』じゃねーよぉ。今までドコ行ってたんだ?」
「えーとね……そうそう、十一次元」
「はぁ? な、何でまた……?」
「神様に逢いに……だよ?」

124 :86 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 21:41:24 ID:???

 私はマリナの独白をただ聞いていた。そう、会話ではなく彼女の独白。
「何もないところよ、そう、何もないところ。そこには自分さえもなくて……だからアタシ、孤独と、それがもたらす精神的な死を経験したのね」
 なおも彼女は続けた。
「アレはきっと……彼女の……神様の原体験。同時に、アタシに課せられた試練でもあったのよ、きっと。
全ての現象が繋がりを忘れ、偶然性の中意味を見失っていく」
 マリナはそこで一度言葉を区切り、ベッドの上で首だけを窓の外へ向け、再度口を開く。
「一貫性など在り得ない世界。支配していたのは逃れようもない孤独。何を以ってして何を信じたらいいのか……アタシには分からなかったわ」
 深いため息をひとつ。マリナは私に向き直り、話を続けた。
「時系列は本来断続性のもの。そこに連続性を……意味を付与するのは、全く逆の方向から訪れる闇」
「なるほど。どうやらアナタが経験してきたことは、私の情報処理能力ではいかんともしがたいもののようですね」
 ここで初めて私は口を挟んだ。
「理解の範疇を超えている、と言った方が適切な表現でしょうか。いずれにせよ、アナタは神と出逢った、間違いありませんね?」
「アナタが信じてくれるのならばそうなるわね、アン?」
 返答の代わりにマリナの瞳を見つめる。それで私の想いは伝わったようだ。
「この宇宙を覆う孤独の母は、紛れもなく彼女よ。だからアタシは闘い、やがては彼女を救済するの」
「救済? ですがどうやって……?」
「残念ながら望みは一縷、希望にすがるしかないわ」
「その一縷の望みとは?」
「スピード、それから――――」
 言葉を躊躇うマリナ。重苦しい沈黙のあと、彼女は私にこう告げた。
「“本当の神様”へとアクセスすること」

125 :87 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 21:43:26 ID:???

 私の過去の記憶。遠い遠い過去。
 そして私は今、あのときと酷似した状況に対面している。
 ベルンが無事帰還することはほぼ確信していたし、実際彼は何事もなかったかのように帰ってきた。
 マリナのときのような副作用は感じられない。
戻ってくるなり皆に質問攻めにあったようだが、『ちょっと神様と遊んでただけだよ』と返答するばかりで、他には何も告げなかった。
 パンとポタージュのスープという質素な食事。それでもベルンは喜んで口に運んだ。
 本当に大丈夫なのですか――余計な言葉は慎む。
 この少年の持つ力、それは当初から私の計り知れぬところに在った。
スピードとの関わり方が、他の誰とも全く異なる。その加速度たるや、ここ最近の戦闘を見る限りでは、実にめまぐるしく、実に危うい。
 いずれ光速にまで達するのは時間の問題。ではその先は? いや、考えるまでもないこと……か。

126 :88 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 21:45:38 ID:???

“その領域”――かつてマリナやレイ、そしてヴィヴィアンが到達したあの。
 彼女らと時を同じくして、ミヤケとヨージもその領域に達していた。それに続く形で私たちアントワープの六人組も。
 だからといって可能性を手にしたまでのこと。何かを変えられる――この因果律を、神の思惑を止揚するには至らなかった。
 確かに世界は崩壊から逃れることはできたものの、現状維持――いえ、果てしない螺旋の渦へと放り込まれる。
 どこかで罪悪感に苛まれながら、時は残酷に流れていった。
 ベルン、チャラヤン、マルジェラ、シモンズ……新たな生命が生まれるはずのないこの世界に、突如姿を現した者たち。
 彼らが何者なのか、何処からやってきたのか、断言はできないけれど――私はこう考える。
 どこか別の宇宙からやってきた者――と。何のために? この宇宙を崩壊へと導くためかもしれない。
あるいは奇跡――救済をもたらすために。
 いずれにせよ、いかなる結末が待っていようとも、彼らを見守り続ける――それが私の……私たちの使命。

127 :89 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 21:52:47 ID:???

「ごちそうさま。いやぁ、身も心も潤ったよ。さーて、じゃあ今度こそ本当に眠ろうっと」
 ベルンが席を立つ。
「おいおい、頼むゼ? 今度消えたら――」
 シモンズの言葉をベルンが遮った。
「分かってるって」
 そう言って二階の寝室に向かう。それに付き添う形でチャラヤンも。
 しばらくすると、シモンズも寝室へと向かい、居間には私とマルジェラが残された。
そのタイミングを見計らっていたかのように、彼が声をかけてくる。
「話せないようなコトなのか?」
 一瞬はっとさせられたが、すぐに返答した。
「……何がです?」
「やれやれ、困ったナ。ずっとひとりで考え込んでいただろう?」
「そうでしょうか?」
「……分かったよ。オレらにぁ相談できねー話ってコトだろ? だったらレイがいるだろう、この魔界には」
 言われて気付く。確かにこの問題は、私ひとりでどうにかできるようなものではない。
「そうね……そうしてみましょう」
「なあ、アン」
「何?」
「これでもオレぁアントワープの六人組のひとり。たまには頼ってくれよナ? まだまだ力不足かもしンねーけどよ?」
「……ありがとう」
 背を向けて、私もまた寝室へと向かう。
 なるべく早い段階でレイに会わなくては。でも彼女は今、どこで何を? 知る由もない。
 ベッドの上、様々な想いが交錯する中、私はゆっくりと眠りに落ちていった。

128 :90 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:00:29 ID:???

「宇宙項というユニークな概念を知っていますか?」
 漆黒に身を染めた女性が、何の前触れもなく口を開く。
 ふたりの男性が顔を見合わせた。
ひとりは夜の闇を想わせる不思議な人物。かつて空を見上げれば、そこには満天の星々が。
しかし今では、全ての星々が墜ちてしまったような――そんな過去を想わせる。
もうひとりの人物は、まさに闇の中の闇といった感じだ。その体躯から発せられるオーラは、自身さえ飲み込みかねないほど深く、重たい。
「重力は引力だけで斥力がない。よって宇宙は潰れてしまう。この場合、電磁力などは差引ゼロになるので、特に考慮する必要はないでしょう。
さて、とある人物が、宇宙が定常状態にあるという前提のもと、自らの仮説の矛盾点を埋め合わせる形で、無次元数を立てました。
それが宇宙項です。ああそういえば、重力場の方程式なるものも考え出されましたね」
 夜の闇が鮮やかに答えた。
「ええ、その通りです、サタン」
「計算は正しくても、前提とか解釈ぁ間違いだらけって話じゃねーか。それに宇宙が膨張しているってのぁ赤方偏移で説明できる。
退屈な話題だぜ、なあ、レイ?」
 闇の中の闇――ルシファーがレイを一瞥する。
「まあそう言わずに。真空のエネルギー、インフレーション説、ビッグバン……夢のあるお話ではありませんか。そしてそれは真実でもあります」
 レイは構わずに続けた。
「しかしこの宇宙は閉じていて、ビッグ・クランチに向かっている。では何故、この宇宙だけが? 貴女はそう言いたいのですね?」
 サタンの言葉に頷き、再び語りだすレイ。
「すぐ隣の宇宙の年齢は百八十億歳。時系列に乱れはありません。事象は繰り返しつつ、それでもそのベクトルは未来に向かっている」
「ちょっと待て。隣の宇宙を観測した……だと? だがどうやって?」
 ルシファーが怪訝な顔で訊ねる。
「“セフィロトの樹”にアクセスしました」
「な、何を言って……? それなら俺やサタンにも可能だ。あの樹に刻まれている因果律は、この宇宙が始まった一万二千年前までだろ?
それがどうして隣の宇宙の話が出てくる?」
「遡ったのですよ、さらに、時系列を」
「まさか――!?」
 驚愕するサタン。それを見てレイは、表情を和らげた。
「ええ。“微”――十のマイナス七乗のスピードを用いました。端的に言いましょう。この宇宙は、隣の宇宙からの分岐を起源としています。
そしてセフィロトの樹には、まだまだ計り知れぬ因果律が刻まれている。もっとも、それがフラクタルな構造をしているというのであれば、
やはり一切における母は孤独、ということになるでしょうが」
 その場に静寂が訪れる。レイは腰掛けているソファーに深く身を沈め、対面にいるふたりの様子を窺った。
 にわかには信じ難い話。だがその情報をもたらしたのは、他でもない、レイだ。彼女は真実の担い手。
サタンとルシファーは互いに顔を見合わせ、頷いた。
「私たちはひとつの現象、可能性。別の宇宙では全く違った存在、または擬似的な存在でもあるということですか」
「そうです、サタン。私たちのこのような在り方もまた、数ある可能性のひとつ。
事実隣の宇宙では、私は普通の人間として、またアナタたちはともに恐怖の象徴――シンボルであり、実体化しておりません。
虚数空間における思念体と言ってもいいでしょう」
「ああ、もういい。別の宇宙のことなんざどうだっていいぜ。俺らにぁ関係ねーだろ? 問題はこの宇宙だ、違うか?」
 ルシファーがうんざりとして言った。
「関係ない? 本当にそうでしょうか? この宇宙がビッグ・クランチに突入した場合、他の宇宙に多大なる干渉をもたらす可能性は多々あります」
「やれやれ」
 レイの言葉に、ルシファーが顔をしかめる。
 サタンが深いため息をつき、それから顔を上げた。
「なんという因果、なんという深い業でしょう。この宇宙に課せられた責務はあまりにも重い」
「ええ。それでも私たちはそれに押し潰されてはなりません。安易に破滅へと傾くよりも、どうしてもこの手に未来を。
それこそが誰しもの願いであり、唯一正しき道ではありませんか?」
「この際理想論はいい。具体的にお前は何をしようとしている、レイ?」
 ルシファーの問いかけに、一瞬の間を置いてレイは答える。
 そこから長い長い、壮大な計画が語られた。そしてその話の中には、ひとりの人間の名が登場する。ベルン――という名が。

129 :91 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:02:08 ID:???

 アンは振り返った。一同の目が一斉にアンに集まる。
「準備はよろしいですね?」
 ベルン、チャラヤン、シモンズ、マルジェラらが頷く。
 八次元へ向かいましょう――アンがそう言い出したのは、ベルンが帰還した翌日のことだった。
 いささか性急な提案ではあったが、この固有結界にある屋敷での安穏とした日々に、そろそろ別れを告げるべきだと誰しもが思っていたのだろう。
異を唱える者は誰ひとりとしていなかった。
 一同は屋敷をあとにする。そしてアンは、転移魔法を唱え始めた。それが次元転移の魔法であったことに気付いた者はいない。
 かくして一同は、一瞬にして八次元へと至ることになる。
 新たなる戦乱の火蓋が今――切って落とされた。

130 :92 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:05:19 ID:???

 悪魔の群を率いているのは、堕天使であるサマエルとマステマ。アンによってもたらされた情報だ。
 一歩踏み出してマルジェラがアンに確認する。
「アンにとってはこの程度の闘いなんざ無意味だろーよ? いや、無益と言った方がいいか。だから手出しは無用だ」
 無言で頷く。そのことはアン自身が一番よく知っていたから。
「それからベルン、オメーの今の戦闘能力は未知数で、なおかつ不確定だ。
自分でコントロールできるようになるまでは、やはり闘いは慎んだ方がいい。分かったナ?」
「そうかもね」
 ベルンは大人しくマルジェラの言葉に従った。
「で、チャラヤンは……引っ込んでろ。ここはオレとシモンズだけで片付ける」
「なんだよー、それー」
 チャラヤンが不満そうな声を漏らすが、場の空気を読んでここは引き下がる。
「さて、行こうか、シモンズ」
「ああ」
 そしてふたりは、悪魔たちに向け、ゆっくりと足を踏み出した。

131 :93 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:07:29 ID:???

「オメーの意図は分かるゼ? どーもオレらー、ナメられてるみてーだしナ?」
「まったくだゼ、シモンズぅ? ここで力を示しとかねーとよ?」
 そう言ってマルジェラは、強く右手を握り締めた。
 ベルンだけが特別視されている状況、それはふたりにとって、あまり心地のいいものではない。
 いや、自らのプライドを刺激せずにはいられなかった。
 類稀なるスピード、何よりも神に選ばれたという事実。
 だからこそマルジェラとシモンズは、己の存在を強く表現したいと願った。
 悪魔の群が近づいてくる。間もなく開戦だ。
「一曲歌ってくれよ、マルジェラぁ」
「ああ、それじゃとっておきのをナ?」

132 :94 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:09:38 ID:???

「“今日こそは見せましょう! 僕が生きてるってことを! アドレナリン! アドレナリン! 体中! 蝕んで! 狂わせて!”
――“アドレナリン”!」
 マルジェラの力強い歌声に、シモンズは全細胞が沸騰するのを感じた。
 そして迷いなく悪魔の群めがけて疾走する。それに続くマルジェラ。
 加速、加速、そしてまた加速。天も地もなくふたりは、光速に近いスピードで悪魔たちを撃破していく。
 それも各個撃破ではない。真紅の炎を身に纏い、その炎と自身の飛び交うスピードによって、一瞬のうちに数百体の悪魔を灰に変えてしまう。
 もちろん悪魔たちには、今何が起こっているのか理解できない。光の軌跡が見えたと思った瞬間、次の標的となったのが己であったから。
 一瞬と一瞬とが重なり、気がつけばマルジェラとシモンズは、一分足らずのうちに数万からなる悪魔の軍勢を、全て灰に変えてしまっていた。

133 :95 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:12:42 ID:???

 仮にもここは八次元。一体の悪魔を倒すことでさえ、容易ではないはずだ。
 やはりマルジェラとシモンズの力は突出している。しかし、彼らはまだ本気ではなかった。
「なるほどナ。人間界にいた頃のオレだったら、返り討ちにあっていたかもしれねー」
「同感だ。天界……それからこの魔界に来て、自分の力がどれだけ飛躍的に突き抜けちまったかが分かるゼ。
それにしてもマルジェラぁ……あんな曲ドコで覚えた?」
「あんな曲……?」
「さっき歌ってただろ?」
「ああ、アレか。日本に立ち寄ったときちょっとナ?」
「ほぅ…………」
 マルジェラとシモンズがそんな会話を交わしていると、二体の堕天使が飛来し、十メートル先に降り立った。
「随分と余裕だな。よもや部下たちが、あそこまであっけなく散るとは思っていなかったが、我々の存在を忘れてもらっては困る」
 最初に口を開いたのはサマエルだった。
「部下たちのことは些事に過ぎん。だが……そうだな、やはり意趣返しはせねばならん。貴様らも等しく葬り去ってやろう」
 続いてマステマが口を開く。
 一瞬のアイ・コンタクト。そしてマルジェラとシモンズは臨戦態勢に戻った。

134 :96 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:16:16 ID:???

 放たれたはずの弓矢が、自らに向かって逆行してくる。身を翻してかわすサマエル。
 何が起こったのか分からない。
前方の人間を見つめる。特に何らかの行動を起こした様子はないが、その存在があまりにも異質であることに気付いた。
 空間が歪んで見える。まるで自分よりも上位の悪魔と対峙しているかのようだ。
「貴様……人間ではないな?」
 呟いたあとに、では何者なのだという疑問が浮かぶ。
「あいにくオレぁ人間をやめたつもりはねーゼ? オレはオレのまま……人間のまま全てを超えていく」
 澱みなく放たれる言葉。マルジェラは揺るがない。その意志は実に強固なものだ。
「よかろう。その想いに最大の業を以ってして応じようぞ!」
 再びサマエルから弓矢が放たれる。
「だから通じねーって……!?」
 一本に見えた弓矢、それがマルジェラの目の前で突如、無数に分裂した。
 右、左、上空に転移し、なんとかかわしたが、どうやら弓矢には追尾機能があったらしく、
何本かがマルジェラの左足大腿部に突き刺さっている。
 そのまま地上に落下するように見えたマルジェラだが、平然と着地した。
 彼の足を貫いたはずの弓矢は、その痕跡すらなく消え失せてしまっていて、また、負傷した箇所もほんの短い間に再生されていた。
「バカな……!? かわすこと困難で、一度命中すれば、即効性と致死性を兼ね備えたウィルスが全身を駆け巡り、瞬く間に砂と化すはず!」
「児戯だナ」
 動揺の色を隠せないでいるサマエルを、マルジェラは心から憐れんだ。
「絶望はさせねーよ。これがオレなりの敬意と慈悲だ」
 そう言ってマルジェラは後方へと距離をとり、魔力を行使し始める。
 息苦しい。鋼鉄を上回る硬度を持つ体が今にも押し潰されそうだ。
そしてサマエルは、自身の周囲に重力子が散布されていることに気付く。
 同時にマルジェラが魔法の詠唱に入った。
「“人生は認識者にとっての一つの実験であってよい。人生は認識のための手段”――降り注げ、“知識”!」
 消失、音もなく。臨界値を超えた重力に、サマエルはそれがどのような現象であったのか理解する間もなく、圧縮され絶命していた。
 完全勝利。だが悦びなどどこにもない。
 ここで、いや、どこまでも満足してはいけないのだ。
自分の中には、まだまだ底知れない力が眠っている。それを引き出すには、もっと強い敵と闘わねば、とマルジェラは思う。
 ふと周囲を見渡すと、遠方では未だシモンズが交戦中だった。
「さて、静観させてもらうか」


135 :97 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:19:19 ID:???

「くっ! では二の八乗は?」
「二百五十六だ! バカにしているのか?」
「では座標つきの四角形の面積は?」
「二百三十八だろ?」
「やるな! 次だ! 百二十角形のひとつの内角は何度だ?」
「百七十七度!」
「即答だと……? ならば百二十角形の外角和は何度だ?」
「決まってる! 三百六十度!」
 一問一答。問いかけているのはマステマ、答えているのがシモンズだ。
 ふたりの間に一瞬の静寂が訪れる。
「ほう……これは少々侮っていたようだ」
 マステマがどこか愉快そうに言った。
「今度はオレからだ。“弱冠”とは何歳のことを示す?」
「なっ、なにぃ……!? それは明確な年齢を表さないはずでは――」
「残念、二十歳のコトだよ。さらに続けるゼ? 冷戦終結を宣言した会談は?」
「そっ、それは……ジュネーブ……いや……」
「マルタ会談だ」
 先の遣り取りからシモンズは、マステマが理系に偏っていて、文系問題に弱いことを悟っていた。
「では電圧イコール電流かける抵抗、これは何の法則だ?」
「オームの法則だ。常識だろーが、おい。ところでアンタの体、透けて見えるゼ?」
 言われて気付く。確かにマステマの体が点滅していた。
「これはどうしたことだ……? まさか!? 存在の確率の変化だと!?」
「ははっ、それは正解だナ。さて、箱を開けたとき、シュレーディンガーの猫はどうなっているのかねぇ?」
「や……やめろ!」
「やめねーよ。安心しろ、これで終わらせる。与えられたモノドロミー群を持つ線型微分方程式の存在証明をせよ!」
「なっ、なにぃ……? それは……それはまさか“ヒルベルト二十三の問題”の二十一番目に位置する問題……!?」
「その通りだ。さあ、答えてもらおうか」
「そんなものは回答不能に決まっている!」
「確かに極度の難問ではあるナ。だが答えはすでに見つかっている」
「貴様ぁーっ!」
 断末魔にも等しい叫び。マステマの体がシャボン玉になって宙に消えていく。
 世にも奇妙な闘い。頭脳戦を制したのはシモンズだった。

136 :98 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 22:27:42 ID:???

 アンたちのもとに戻ってくるマルジェラとシモンズ。その姿に疲労感は見られない。
「いつの間に重力子の操作を?」
 アンがマルジェラに目を向けて訊ねた。
「さあ? 半ば無意識だったしナ。眠っている能力の一部が顕在化したンだろーよ、多分」
「ではカウンター・マジックも?」
「ん? ああ。魔法っていうより意思力かナ? 何とかして弓矢を跳ね返そうと思ったら、敵に向かって反転して行きやがった」
「恐るべき才能です。訓練などではない、実戦でそれを成したのですから。それからシモンズ。アナタのような闘い方をする人は初めて見ました」
「何も剣や魔法を使うだけが闘いのセオリーじゃねーさ。頭脳だって強力な武器になる、そうだろ?」
「さしずめロジック・バトルでしょうか? 実にユニークです。それでこそ歴史の担い手たる資格があるというもの」
 アンの言葉に、シモンズは首をかしげた。
「歴史の……担い手?」
「いずれ理解するときが来るでしょう。さて、それでは先に進みましょうか。この八次元にはまだまだ強敵が揃っています。
しかしそれらを打破していかねば、たとえ九次元に辿り着いたとしても意味がありません」
「確かにナ。ひとつ次元を上昇するごとに、敵の戦力が桁違いだしよ。まさかとは思うが……いや、訊くまでもねーか。
九次元には魔王クラスの悪魔が――」
「います」
 マルジェラの言葉を遮ってアンが言う。
「いかに成長著しいといっても、現時点でのアナタたちでは通用しません。
そして――数的有利ではなく、あくまでも一対一の闘いで勝利する、これがアナタたちに課せられたルールです」
 一同は押し黙ってしまった。アンの目は遥か彼方を見つめている。いつ訪れるとも知れぬ最終決戦のときを………………。

137 :99 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 23:31:44 ID:???

 青い館。入り口から左に弧を描くようにして回ったその先で、人の話し声がする。
「へェ……もう八次元に。オレらのときよか早ェーじゃねーの」
「ま、進行役というか水先案内人がいるワケだし? トーゼンだよ。それよりもボクら、敵を引き付けるどころか、見事にエスケープされちゃったよね」
「無理もありません。一万二千年前のことを踏まえて考えるならば」
 その場には、ウォルター、セーヌ、そしてレイが集っていた。ウォルターとセーヌは用意された白い椅子に腰かけ、
レイは、窓辺の段差に腰をおろし、道行く人々へ目を遣っている。
「なあ」
 ウォルターがレイに声をかける。
「オレらを魔界から人間界に送還したのには何か理由があるンだろ?」
「そうですね……あの言葉が本当ならば、いずれこの人間界にベルゼブルが現れるでしょう」
「うわっ、よりにもよってアイツが……」
 セーヌが嫌悪感を露にする。
「昔闘ったときは、結局決着はつかなかったンだよナ。蝿の王――そう呼ばれる由縁は無限ともいえる複製能力。
加えて本体の戦闘能力が常軌を逸している」
 ウォルターもまた、嫌悪感を隠そうとはしなかった。
「奇しくもボクの超複製と超再生の能力と同等のものだった。いやぁ、あのときはまいったよ。
ボクとウォルターのコンビネーションを以ってしても、なおかつ倒せないだなんてさ?」
 本来なら二度と闘いたくない相手だ――セーヌは心の中でそう思った。
「ところでドリスは? 今ドコにいる?」
 ドリス――アントワープの六人組のひとりで、一撃打倒を信念とする人物。
「気になりますか、ウォルター?」
「そりゃまぁ……ナ?」
「ヒマラヤ山脈にそびえるカイラーサ山に向かっていますよ。ガンジス川が見渡せる、神聖で美しい場所です」
 レイの答えに、ウォルターは苦笑いしながら言った。
「標高は約六千七百メートル。まさに雲の上だ。そうか……シヴァのもとへ向かったか」
「ええ。ルシファーやサタン、それからミカエルに比肩するほどの魔神シヴァ。
彼が相手ならば、ドリスの能力にも磨きがかかることは間違いありません」
「保険ってトコかな? 基本的にボクらは、今回の試みに関しては不干渉だったハズ」
 答えを待つようにレイを見つめるセーヌ。
「純粋に強さを求めているだけでしょう。ドリスとはそういう人物です」
「それじゃあさぁ、ミヤケとヨージは?」
 セーヌの何気ない一言に、レイの心は大きく揺さぶられた。だが話さないわけにはいかない。
 しばしの沈黙ののち、レイは重たい口を開いた。

138 :100 ◆APHEYAlDJU :2007/10/11(木) 23:36:09 ID:???

「ふたりとも……いえ、誰しもがあの闘いのあと放心状態にあったのはご存知でしょう?
そして時を経て、ミヤケ、そしてヨージは自身の変質を知ったのです」
「そりゃそうさ。ボクらだって――」
「いえ、ミヤケとヨージに関しては、根本的に違うのですよ、セーヌ?」
「根本的に?」
「ええ。自らの中に在る時間軸が乱れ狂い、過去、現在、未来と、時系列に束縛されることなく遍在していた。
とはいえそれは、自分の意思で行われたわけではないので、むしろスピードに翻弄されていたと言った方が正しいでしょうか」
「おいおい、それじゃまるで――」
 少し困惑した表情で、オリーブ色をしたスパイクの髪に手を遣るウォルター。
「そうですね……神に等しい力を手にしたと言ってもいいでしょう。しかもその力は今、彼らの制御下にあります」
「ちょっと待って」
 セーヌが口を挟んだ。
「それならレイとほとんど同じ状況じゃない? だったらなんでこの闘いに参加しないの? 水面下で動いているようにも思えないし……」
 セーヌの疑問はもっともだった。力ある者ならば、この闘いがいかに重要か――
――それこそ最後の闘いになるであろうことは知って然るべきもの。
 ミヤケとヨージという頂点を極めた者たちがこの闘いに参加したならば、
天界や魔界の勢力図は変わっていただろうし、制圧も可能だっただろう。では何故?
「同じことを繰り返さないためです。これは運命と、それを塗り替えるための別な運命との闘い。
たとえ彼らが再び戦場に立ち天界や魔界を制圧しようと……そして神を倒したとしても、何も変わりません」
「そりゃまあ、そうかもナ。天界や魔界ってのは、基本的に普遍的なものだしよ。
消滅した生命もすぐに復元するし、世界そのものを壊滅に追い込むと、
今度はマイナスの方向から、オリジナルと寸分違わないコピーが現れて元通り……と」
 そう言ってウォルターはレイに目を遣る。それが真実でなくてもいい、彼は彼女からもたらされる答えを知りたかったのだ。
「破滅と再生の輪廻。事象が向かう先は破滅。
ミヤケとヨージが何らかの形でこの闘いに参加すると、破滅へと向かう事象のスピードが加速される可能性があります」
「そしてまた再生……と。確かに輪廻してるね。けどさぁ、一番重要なのは神の存在……そうじゃない?」
 レイの瞳がセーヌを見つめた。彼女は今、自身が掴み得る真実を話そうとしていた。

139 :101 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:01:44 ID:???

「神を倒したところで何も変わりません。それで彼女が目覚めるわけでもなく、再び最初から夢を見る、ただそれだけのこと。
私たちは神の夢の中に存在しているのですよ」
 静まり返る。レイは再び窓の外へと目を向けた。
「虚構、仮初、メタファー……ボクらはひとつの存在ですらないってコトか。困ったね」
 セーヌもレイの目線を追うように、窓の外へ視線を遣る。
「意味なくして存在は成立しません。逆もまた然りです。しかし、私たちは存在している。
そして、この生命はけして無意味なものではないのですよ」
「らしくないゼ、レイ? 悪ィーけど理想論にしか聞こえねェ」
 レイの横顔に向かってウォルターが言う。
「そこに意味がなければ付与すればよいのです。そして全ての始まりにまで遡れたのなら、改めて意味が賦与されます。
課題は新たなる人材、それからスピードでした」
「それって……マルジェラとかベルンのコト?」
 セーヌが正解を言い当てた。
「ええ。彼らならきっと、この狂った因果律の最果てに辿り着き、誰のものでもない、在るがままの正しき世界を創造してくれるでしょう。
そう、そのときこそ本当の歴史が始まるのです」
「そのとき神はどうなっているのかな?」
 セーヌにとってそのことは、どうしても気がかりだった。あの誰よりも孤独に苛まれている少女の姿が、頭から離れない。
「神を倒したところで何も変わらない――そう言いましたよね?
今回の闘いの目的……それは神を救済すること、ひいてはこの宇宙を救済することにあります」
 壮大な話だった。ウォルターとセーヌは、一言も発せないまま硬直している。
「さて、アナタたちには引き続き、人間界の警戒をお願いします。ベルゼブルの出現予測ポイントは、先にお話した通りです」
 ここでレイは会話を打ち切った。一度の情報量としてはこの程度が限界と感じたからだ。
 よって、隣の宇宙に関する話は伏せられる。それはこの宇宙を救済することと無関係ではない。
 しかし今は全てが憶測に過ぎず、レイ自身、確信には至っていなかった。
 ただひとつ――この宇宙における全ての存在に意味がある、そのことだけは信じて疑わない。
 ふたつの宇宙、因果律、運命。自らを翻弄しかねない大きなうねり、奔流の中、その精神は揺るがない、けして。
 レイとはそういう女性だった。

140 :102 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:04:21 ID:???

 凍える。凍てつくような寒さとは、このような状況を指すのだろうか。
 実際の温度は関係がない。この冷気、おそらく数値化できるものじゃないだろう。
 オレたちの目の前に、紫に染まったプリーツのドレスを身に纏ったひとりの女が現れた瞬間アンは、『ここは私に任せて下さい』と言った。
 その瞬間オレは、これが私闘であるコトを悟った。

141 :103 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:08:22 ID:???

 それにしても何者なンだ、あの女は……?
「厄介な相手に出くわしたね。リリス――魔王だよ、魔王」
 チャラヤンが緊張した面持ちで言った。
 この八次元にも魔王の存在が……? いや、それはいい。
「リリス……どこか聞き覚えのある名前だ。それに、この空気からして並大抵の相手じゃないコトは確かだろう。何者なンだ……?」
 なおも疑問は尽きない。オレの気持ちを悟ったのか、チャラヤンが詳細に解説してくれた。
「そりゃ有名さ、リリスは。なんたってあのサタンの妻だしね? というコトは……どういうコトか分かる?
普段は十次元に棲んでるんだろうけど、わざわざこの八次元に降下してきたのさ。何のために?
うん、きっと因縁があるんだろーよ、アンとはね」
 過去のコトはよく分からねー。だが、チャラヤンの言っているコトがおそらくは真相だろう。
「これからオレらは、魔王との闘いを避けられない。一対一っていう状況を作り出したのも、オレらの規範になろうって魂胆だろーよ?
見逃せないナ、一瞬たりとも」
 やや興奮気味にシモンズが言う。オレも同感だった。
“ガギシャーンッ!”――紫とオレンジの火花が飛び散った。両者の剣が交錯した音。
それを合図に、女性同士の熾烈極まる一騎打ちが始まった。

142 :104 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:10:04 ID:???

 秒間に二万四千回打ち合う。地上で、空中で。
 局所的に火花が飛び交い、そのスピードと衝撃の激しさを物語る。
 一瞬辺りが静まり返った。
「へぇ……武器の形態が変わっていると思ったら、威力重視なのね、それ」
 リリスはアンの手元を見つめている。確かにその手に持っているのは、いつもの真紅に染まった、六つの穴が穿たれた剣ではない。
 色はオレンジの輝きを放ち、形状は鉈と酷似している。確かに威力重視ではあるが、
それはリリスの攻撃力を相殺するため、という理由もあるだろう。
 地上で互いの間合いを測るアンとリリス。先に動いたのはリリスだった。
 それに対しアンは、素早く後退する。近接戦闘は彼女の得意とするところではない。
「相変わらず甘いの――ねっ!」
 リリスが仕掛けた。一瞬で距離を詰め、アンの胴体を横に薙ぎ払おうとする。
 アンは一度、後方にかわす素振りを見せてから空中に転移し、さらにもう一度上空へと転移した。

143 :105 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:12:26 ID:???

“ズダゴガガーンッドボグッズバオシャッ”!
 突如遠方、三キロメートル離れた場所にある、四千メートル級の山脈が粉々になった。
 アンを攻撃する際、リリスの剣が鞭状に変化し、それがどこまでも伸びて、この驚くべき破壊をもたらしたのだ。
 リリスはアンを追って、すぐに上空へと転移する。
「かわされるとは思っていなかったわぁ。でも、驚いたでしょ?」
 リリスが妖艶な笑みを浮かべてアンに話しかけた。
「あの頃とは違う、それは互いに感じ取っていたはずです。だから何の不思議もありません。
しかし……そうですか、ここまで力を増していましたか」
 冷静に分析しているように見えるが、アンの心中は穏やかではない。
一秒にも満たない間に、幾度となく命の遣り取りをしているのだから。

144 :106 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:16:56 ID:???

「いいわねぇ、空は。こうして対峙していると、昔のことを思い出すわねぇ」
 リリスが緊張を解いて話し出す。それでもアンは警戒を怠らなかった。
「魔界の女王であるこのアタシに人間が挑もうなんて健気で滑稽――当時はそう思ったわぁ。
でも――ふふ、“歌姫”という響きに騙されたのよね。貴女は強い……憎いくらい、何度も何度も殺して、それでも赦せないくらい。
心の渇きを潤すには絶好の機会だわぁ」
“リンッリンッリンッリンッリンッリンッ”――リリンを囲む形で、六面体の魔方陣が出現する。
 何か凶悪な魔法を使う気ね――アンも同時に、五つの魔方陣を自身手前、並列に喚び出す。
「貴女のためだけに身に付けたこの業――今こそ紐解く!
“死んだ瞳に未来は見えない。我らは堕落し、本来の居場所へと舞い戻る”――“至上の敵対者”がもたらす死をご堪能あれ!
“デッド・アイズ・シー・ノー・フューチャー”!!」
 この八次元そのものが暗闇に染まっていく。いくつもの重力場が発生し、万物を飲み込もうとしていた。

145 :107 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:19:38 ID:???

「事象の地平面!? いけない! ブラック・ホールが!?」
 事態の異常性を感じ取ったアンはすぐさま魔法の詠唱に入る。
「アナタが死を奏でるというのなら、私は生命を奏でましょう。
“人生はこんなものじゃないはず……つかの間の刺激を追うだけなんて、追えば追うほどダメになっていく……こんなはずじゃとあがきながら。
それが人生なのね。でも……それだけじゃないはず。求めるだけじゃなく”! 世界は在るがままに! “モア・トゥ・ライフ”!」
 アンの魔法が発動した瞬間、ありとあらゆる闇が払拭された。リリスがもたらした多大なる現象も、全て無へと帰していく。
「カ、カウンター・マジック!? 今のアタシの力でさえ凌駕しようというの!? 赦せない……貴女だけは!」
 間をおかずにリリスとアンは、同時に次の魔法の詠唱に入る。

146 :108 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:23:39 ID:???

「アクセス、“至上の敵対者”!」
「アクセス、“アリプロ”!」
「“貴女が聖人で、私が罪人だと言うのね。貴女にわかるはずがない。貴女が聖人で、私が罪人だと言うのね。
決して、貴女が理解することはないのよ”――“セインツ・アンド・シナーズ”!!」
「“愛は万人に希望をもたらす。涙が笑顔に変わるとき、世界は塗り替えられるわ。この世界に私たちは、何を為すべきでしょう。
この星を包む海より深い愛を、人は満たしつづける”――“戦争と平和”!!」

147 :109 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:25:38 ID:???

 今度こそこの八次元は、かつてないほどの危機的状況に陥った。
 時空間が歪み、正常な視界が奪われる。
 あまりにも強大な魔法同士の衝突。拮抗、両者の魔力がなおも。
 生じたエネルギーは、すでに量子論的臨界値をも超えようとしている。
 だが――“ド――――――ンッ”!
地震と呼ぶにはあまりにも常軌を逸した振動が大地を揺るがし、
まるで回転を始めたかのように、全空間が不規則で圧倒的な衝動に駆られている。

148 :110 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 00:28:12 ID:???

 この現象は、アンによってもたらされたものだった。
「そんなっ!? アタシの魔力を凌駕した!? それにこれは……マグニチュード五十の地震? まさか!?
“ポール・シフト”……この次元の自転軸を動かしたんだわ……おそらく十センチメートルも!」
 驚愕。リリスは目の前の光景が信じられなかった。そしてその体に起こりつつある異変さえも。
 消えてゆく。指先から砂のように。次第に八次元の温度が上昇していった。この過酷な状況下で生き延びられる生物はいない。
 リリスは己の敗北を受け入れ、間もなく消滅するであろう自身の体を抱きしめた。
 そして気付く。アンが行使した力は、イザヤ書に記された奇蹟“太陽の逆行”と同等のものであったことを。

149 :111 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 20:43:55 ID:???

「ちッ、囲まれてんゾ?」
「分かってるよ、シモンズぅ……しかしまぁ、見事に恐慌状態だナ」
 八次元のあちらこちらで崩壊が始まっていた。それによって悪魔たちがパニックに陥ってしまったのだ。
「思うに、アンはボクらの存在を忘れていたのでは?」
「あー、それ、在り得るかも。でもさー、ベルン? とりあえずこの状況を乗り越えないと。ちっきしょー、敵は十億っていったところか……」
 チャラヤンが周囲を見渡して言った。異常な熱気に視界が歪む。
 エスケープが優先される場面だが、いかんせん無数の敵に囲まれている。
「とりあえずアンが心配だ。彼女の身柄を確保したら、別の次元に逃げるぞ」
 そのためにもまず、目の前に群がる敵を突破しなければならない。
 誰もが不可能を感じていた。そこで一歩前に踏み出してシモンズが言う。
「ラチがあかねー。こうなりゃデッド・オア・アライヴで――」
“スクワシャッシュピンッ”! 漆黒の巨大な十字架が地面に刻まれた。
 そう思った次の瞬間には――“ズギャラララララガジュグオンッ”! 漆黒の円舞!
半径五十キロメートルの敵が全て、一瞬のうちに薙ぎ払われる。
 消し飛んだ悪魔の数は八億。残りの二億は混乱よりも恐怖の方が勝ったのだろう、逃げ出していく。
 通常技だけでこんな真似ができる人物はひとりしかいない。
「レイ…………」
 マルジェラは、悪魔たちの屍が織り成した道を平然と歩いてくる、漆黒の女性へと目を遣った。

150 :112 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 21:07:01 ID:???

 口から溢れ出た鮮血は、胸を伝い地面に落ちる。立ち上がれない。仰向けで虚空を見つめる。
 立て続けに強大な魔法を使用するべきではない――かつての教訓が今、アンの胸中に浮かび上がっていた。
 足音。敵か味方か。そんなことがどうでもいいとさえ思えるほど、アンの思考能力は低下している。
 浮遊感。否、それは錯覚ではなかった。確かに自分の体が、宙に浮いている。
 少しずつ、少しずつ、呼吸が整っていく。歌が聴こえた。懐かしい歌が。
「“止め処なく願うほど、忘れないでいたいこと。支えてくれる人がいて、夢を見ることができるから。
子供の頃の夢は、色褪せない落書きで、思うまま書き滑らせて、描く未来へとつながる”――――」
“夢想歌”――この宇宙で歌えるのはたったひとり。ヒーリング・マジックの究極形。
「来て……くれたんですね…………」
 漆黒の女性を感じながら、アンは囁いた。

151 :113 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 21:10:45 ID:???

 気がつけば周囲が、何事もなかったかのように静まり返っている。本来の八次元の姿だ。
「これって……? これもレイの力なのかな? 次元の修復? いくらなんでもそんな膨大な――」
 チャラヤンは、これが夢だと錯覚しているようだ。無理もない。
 この八次元が危機に陥っていたかと思ったら、いきなり訳も分からぬまま修復されていた。
 それだけの変化がありながら、魔法が使われたという痕跡はない。
「これを自然修復と考えるほどおめでたくはねーけどよ? 明らかに人為的だしナ。しかし……だとすると改めてレイは底が知れねェ」
 シモンズは半ば呆れたように言う。
「原因が結果として反映されていない……そうか、造ったんだよ、過去を」
「それってまさか……因果律を操作したってコトか?」
「だろうね」
 突拍子もない話だとマルジェラは思った。だが不思議と、ベルンの言葉に納得している自分がいる。
「ああ、そうか。本人から聞けばいいのか。まあ、いきなり転移しやがったから見失ったが。多分、アンのところだと思うンだけどナ」
 マルジェラは周囲を見渡した。禍々しい山脈と、枯れ果てた大地。レイとアンがどこにいるかなど見当もつかない。
「あっちだよー」
 ベルンが指差す。そこには地平線しか見えなかったが、この場にいる全員が、レイが行使している魔力を感知した。
「よし、まずは合流だ」
 マルジェラの言葉に反応し、一同はそれぞれ転移魔法に備える。
 ほんの数秒。転移が終わりそこに見えたのは、アンを抱きかかえたレイの姿だった。

152 :114 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 21:13:43 ID:???

「も、もう大丈夫ですよ」
 恥じ入るような仕草。そしてアンは、レイの手から離れる。
「無事だったんだね、よかった」
「むしろこっちのが危うかったかもナ? 色んな意味でスゲーよ、アンは」
 チャラヤンとシモンズが口々に声をかける。
「あまり彼女を責めないでやって下さい。そもそも先の闘いは、この八次元で行われるべきものではなかったのですから」
 レイの言うことはもっともだった。本来十次元の住人であるリリスが、気紛れで八次元を訪れた――
――ゆえにアンは、この八次元で闘わざるをえなくなったのだから。
「まあいい。それよりもレイ、どうすれば人知れず次元修復なんてマネができる? 端的に説明してくれ」
 マルジェラの問いに、レイはしばしの間をおいて答えた。

153 :115 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 21:16:26 ID:???

「……ああ、なるほど。そうですね……時を遡り、セフィロトの樹にアクセスして、事象の取捨選択をしたまでのことです」
「――うむ、まったく分からん」
 レイの言葉はいつでも自分を困惑させる。危惧していた通りの答えが返ってきたな、とマルジェラは内心、苦笑していた。
 だがベルンの場合は少し違う。
「神の領域だよね、それって。彼女の怒りに触れない? 大丈夫?」
「神といっても全てを感知しているわけではないですからね。それに因果律への干渉というのは何も――いえ、今はいいでしょう。
いずれアナタがたがその力を手に入れたとき、自ずと理解するでしょうから」
 こうまで謎めいた発言が続くと、何か自分たちが大きな陰謀に巻き込まれているように、マルジェラには思えた。
 アンがレイのそばを離れ、マルジェラたちと合流する。そしてレイに問いかけた。
「他の状況はどうなっていますか?」
「変化はありませんね。実際に動いているのはアナタたちだけですから」
「――そうですか、分かりました」
 今の遣り取りで、ヴィヴィアンやマリナがどのように暗躍しているのかを、アンは悟った。
「それでは私たちは、引き続き魔界の制圧を。レイ、アナタは……?」
「私は常に我が道を行くのみです。“真の神”のお導きによって」
「因果律の外へ……そうですか。どうかご無事で」
「アナタたちも」
 漆黒を光が包む。淡く優しい光。そしてレイは、何処とも知れぬ場所へ転移した。

154 :116 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 21:26:16 ID:???

 ミカエルは深いため息をついた。
「正直、君の顔だけは見たくないんだがね。それから、このセフィロトの樹を勝手に歩き回られるのも困ると何度言ったら……」
「まあいいじゃないの。それに今日は、直接転移ではなく、ちゃんと径――パス――を通ってきたわよ?」
 民族衣装で着飾った女性が、悪びれずに言う。
「それはそれで困るのだがね。どこを通ってきたのかな?」
「マルクト、それからネツァフ」
「なるほど、犠牲となったのはサンダルフォンとハミエルか。君の気紛れは病的だよ」
「何とでも言うがいいわ。彼らはこのアタシを愉しませることさえできずに塵と化した。もちろん、すぐに蘇生させてあげたけれどね?」
「マリナ……君ではなく、あのレイという女性が天界を住処としていてくれていたならばと、今さらながらに思うよ」
「アタシも同感だわ。魔界は今、面白いことになっているみたいだしね?」
 マリナは何が可笑しいのか、くすくすと笑い出した。
「魔界……か」
 その響きはいつも、ミカエルに複雑な想いを抱かせる。
 天界と魔界、秩序と無秩序。双方が逆のベクトルを持っているがゆえに、大局的には、宇宙は安定しているともいえる。
「天界では力ある者が支配し、魔界では力ある者が統治し、君臨する。どちらがより自然な形なのかしら?」
 マリナは挑発するように、ミカエルに問いかけた。
「……答えなどない。だがいずれは証明してみせよう。我々がいかに正しいのかを」
「あらあら、さすが大天使長様ね」
 ミカエルは腕組みをし、改めて考える。何故、今このタイミングでマリナがやって来たのか。しかし――
「やはり君の思惑は分からんな。だがただの酔狂ではあるまい」
「アナタには伝えておくべきだと思って。そう遠くない未来に、数名の人間たちが魔界を制圧するわ。そうなると次は――」
「この天界を制圧しようというのか。しかし何故そんな情報を私に?」
「警告よ」
「やれやれだ。そんなことをして君に何のメリットがある?」
「さあ? アナタが言うように、ただの気紛れじゃない?」
 はぐらかされているのは明白だった。ミカエルは、自分が遊ばれているのだと気付き、不快感を隠そうとしない。
「本当に人間というのは厄介な存在だよ。君を筆頭にね」
「あら、それは褒め言葉だわ。さて、これからどうしようかしら」
「退屈をなさっているのなら、わたくしがお相手を務めさせて頂きます」

155 :117 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 22:24:48 ID:???

 ここティフェレトに、ガブリエルが現れた。
 全身からは眩い光を放ち、その手には純白の剣――百合の花を想起させる――が。すでに臨戦状態だ。
「お久しぶり〜。わざわざイェソドから来てくれるなんて嬉しいわ。けれども残念ね。そろそろアタシ、レイと合流しないといけないの。じゃあまたね〜」
 最上位の転移魔法を用いて、マリナはその場から姿を消した。
「いつもながら身勝手な方ですね」
「あれで何らかの目的を持って行動しているのだよ、おそらくはね」
 ミカエルにはそれとなく、マリナのメッセージが伝わっていた。
「そのときが訪れたならば、一切の容赦はするなということかな? 真意は分かりかねるが、無論、そのつもりだがね」
 ミカエルの言葉だけでは話の概要は分からない。
 しかしガブリエルは、やがて訪れるであろう、天界での熾烈な闘争を予感していた。

156 :118 ◆APHEYAlDJU :2007/10/12(金) 23:08:41 ID:???

  一匹の猫が空を飛んでいた。ボディ・タイプはロング・アンド・サブスタンシャル。
 おそらくはノルウェージアン・フォレスト・キャット思われるが、その体毛は大部分が白く、ところどころに灰色の毛が混ざっていた。
 彼は一度、四体の悪魔が話し合いをしている姿を確認し、それから二百キロメートル離れた人間たちのもとへ転移した。

157 :119 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:46:47 ID:???

 最初にその存在に気付いたのはアンだった。
「お久しぶりですね、本当に……ミュー」
 天から舞い降りてくる猫に両手を差し伸べ、そしてその猫を胸に抱きしめるアン。
「私も心の底からお逢いしたいと思っていましたよ、アン。長い……長い年月が流れましたね」
「ええ、本当にそう…………」
 不思議な光景だった。ここ魔界において、一匹の猫と、ひとりの人間の女性が邂逅、その喜びを分かち合っている。
「えーと……その愛くるしい生き物は?」
 チャラヤンが訊ねた。
「ああ、彼はミュルミュール、魔界の大公爵ですよ。かつては座天使に属していました。音楽を司る悪魔でもあるのです」
「そ、そうなんだ……」
 まさか上位の悪魔だとは思わなかった。何しろ外見が猫だしなぁ――チャラヤンはいささか狼狽する。
「こうして再会できたのはまさに僥倖。しかし今、貴女たちに危機が迫りつつあります」
「危機?」
 魔界を訪れてからというもの、危機的状況の連続だった。ゆえに、何を今さらとマルジェラは思った。
「詳しく説明して頂戴」
 アンが促すと、ミュルミュールは落ち着いた声で語り出した。
「遠方にて“四方のデーモン”の姿を確認しました。ウリクス、バイモン、エギュン――マモンだけは、その場にはいなかったようですが」
「彼は戦闘を好みませんからね。例によって、何処かで黄金を愛でているのでしょう。しかし――とうとう魔王クラス、それも複数での登場ですか。
敵は三体……とすると、今回は私が身を引きましょう」
「ああ、そうしてくれ。オレとシモンズ、それからチャラヤンで一掃してやるさ」
「ほう、するとボクに傍観者でいろと?」
 マルジェラの提案に、ベルンはやや不満げだった。
「まだ制御できていないンだろ、スピードをよ? コントロールできるようになるまでは大人しくしとけ。それにちょうど三対三で闘える。
手出しは無用だゼ?」
「つまんないなぁ」
 ベルンが不満を漏らした直後、ミュルミュールが緊張感を顕わにし言った。
「どうやら敵はこちらへと向かっているようです。皆様方、すぐに臨戦態勢を!」
 その一声で、全員が一斉に身構えた。

158 :120 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:47:54 ID:???

「ふむ、五匹……か。数ではこちらを上回っているようだが……」
「バーカ、ウリクス。どれだけ集おうが所詮人間は人間だろ?」
「侮らない方がいいですよ、エギュン。リリス様を破った者が、おそらくはあの中にいるのですから」
「それがどーしたよ、バイモン? 鏖にするまでだろ、違うか?」
「おめでたいな、エギュン。戦略など必要ないと? ここは効率的に各個撃破を――」
「はっ、戦略ときたか、まいったぜ、こりゃ。臆病ってのはお前の専売特許だな、ウリクス?」
「その言葉、聞き捨てならんな」
「へえ……だったらどうしようってんだ?」
「おやめなさい、ウリクスもエギュンも。今は仲間内で争っている場合ではないでしょう?」

159 :121 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:49:32 ID:???

 マルジェラたちは、上空に現れた悪魔たちの様子を窺っていた。
「ど、どーなってんの、アレ…………」
 チャラヤンが唖然として言う。
「いきなり仲間割れとはナ。呆れるゼ」
「同感だ、シモンズ」
 マルジェラにとっても、いきなり士気をそがれる形となった。
 相手の動向が掴めない。チャラヤン、シモンズ、マルジェラの三人は、じっと上空を見つめている。
「――ッ!? みんなッ!?」
 チャラヤンの鋭い一声で、三人は離散する。その場に重力場が発生していたのだ。
 次に、無数の槍が降りかかり、地上に穴を穿っていく。
「あーあ、かわされちまったじゃねーか。誰だ? 先手必勝とかほざいてたのはよ?」
「この期に及んで貴方は……。充分予測できていたことではありませんか」
「もっともだな」
 地上にエギュン、バイモン、そしてウリクスが降り立った。
 それを受けてマルジェラたちは、各々の陣形をとる。戦闘開始だ。

160 :122 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:52:19 ID:???

 マルジェラとエギュン、バイモンとシモンズ、ウリクスとチャラヤンがそれぞれ対峙している。
「なるほど……一対一の状況を作り出した、これが貴方がたの戦略というわけですね?」
「他人の力を当てにするようでは、どうしたって辿り着けねェ領域がある。これがオレたちの流儀でよ?」
 間合いを測りつつ、シモンズはバイモンの出方を窺っていた。
「さっき重力場を形成したのはアンタだろ?」
「おや、何故分かりました?」
「直感さ」
「ほう……では貴方も重力子を操れると?」
「侮られたモンだナ。いいゼ、人間の力を見せつけてやるゼ!」
 シモンズがその能力を行使し始める。ふたりの闘いが今、始まった。

161 :123 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:53:16 ID:???

「ままならねーな。意思の疎通なんざあったもんじゃねえ」
「はッ、いい仲間を持ったじゃねーの。さーて、闘ろうか?」
 マルジェラがエギュンを挑発する。
「見たところ武器を持っていないようだが、それが貴様の戦闘スタイルか」
「まあナ? 信じられるのは己が肉体のみ。コイツぁ美学の問題だ」
「ほう、言ってくれるぜ、人間風情が。いいだろう、肉弾戦に応じようじゃねーか」
 互いに一歩踏み出す。そして――めまぐるしい攻防戦が始まった。

162 :124 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:54:11 ID:???

「見たところ子供のようだが、となると……いささか気が引けるな。しかし滅さねばならん。因果を呪うがいい」
「それはアンタが味わうコトになるよ。超えなければならないスピードがあってさ、いつまでも遅れをとっているワケにはいかなくてねぇ」
 チャラヤンが両手に持った白い剣を構えると、ウリクスも黒い槍を手にし、その矛先をチャラヤンに向ける。
 緊張感が高まっていく。それが最高潮に達したとき、両者は激突した。

163 :125 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:55:55 ID:???

 可及的速やかに戦闘を終わらせよう。それも、先のアンのように、収拾不可能な状態に陥ることなく。
シモンズは冷静に、そして炎にも似た決意を胸に抱いた。
「どうした? 逃げてもいーンだゼ?」
「お戯れを」
 シモンズの言葉を挑発と受け取ったのか、バイモンは軽く受け流した。
 一方で、何も仕掛けてこようとしないシモンズに、バイモンは不気味さを感じていた。
「慈悲……のつもりだったンだけどナ。オレぁ闘いを愉しむ趣味はないンでね。その逆がマルジェラってトコか。
まあいい、最終通告だ。逃げなくていーンだナ?」
 自分が惑わされていることに気付く。同時に、恐怖を感じていることも。それがバイモンのプライドを傷つける。
そう、彼から冷静さを奪ったのだ。
「人間相手に逃げたとあっては、もはや魔界に居場所はないでしょう。私は誇りを持ち、そして貴方を討つ」
「だよナ、やっぱり。それなら瞬時に終わらせてやる。最期の言葉を考えておけよ?」
「どこまでも貴方はっ! ――!?」
 異変。視界の急激な変化。次の瞬間、バイモンは絶句していた。

164 :126 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 02:57:35 ID:???

 真っ白で何もない空間。奥行きは二キロメートルといったところだろうか。
「やはりナ。ま、人間が可能だと思えば、それは起こり得るって話だし」
 バイモンはまだ混乱している。シモンズの言葉が耳に届かない。
 強制転移、それは解る。感覚と照らし合わせると、やはりここは八次元のようだ。だが何かが違う。
「八次元であって八次元ではない……? ならば此処は一体…………」
「パラレルに考えてみろよ。魔界に八次元があって、天界にも八次元はある。
だが、全面戦争など起こらない。何故か? 空間的な繋がりを持たねーからさ。
次元は点在という形で、この宇宙に無数に存在している、というのがオレの仮説だったンだが、さあ、検証してくれ」
 確かめるまでもなかった。バイモンは改めてシモンズの姿を凝視する。
 彼は思った。これが人間の力か――と。

165 :127 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:00:16 ID:???

 沈降とブラウン運動に支配される粒子運動。それはすでに始まっていた。
 自身の身に起こっている異変に気付いてはいるものの、全く抵抗できないでいる。絶望とはこのことを指すのだろうか。
 バイモンの周辺の重力加速度は一定。宙に浮いていた体が、狙いすましたような沈降速度で移動し、
ブラウン運動で拡散するマックスウェル分布となった。
 バイモンという粒子の集合体に対し、拡散係数が大きく働き、やがて沈降界面に達する。すでにバイモンの意識は曖昧だ。
 上空からシモンズの声がする。
「相手に何もさせずに勝利するってのが一番理想的だと思ってね。さて、お別れだナ」
 絶望の声は聞きたくない。だからこそ、考えうる最速のスピードで戦闘を終える必要があった。それこそが、シモンズの言う慈悲なのだ。
 薄れゆく意識の中、太古の記憶が甦る。またしても人間か――バイモンの顔に皮肉めいた笑みが浮かんだ。そして彼は――消滅した。
 誰も知りえないであろう静かな、静かな闘いが今、幕を閉じる。

166 :128 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:03:12 ID:???

 背中を向けたかと思えば、反転しての裏拳が飛んでくる。
 接近戦を挑むと、死角、真下から在り得ない角度で鋭い蹴りが。
 リーチでも手数でも相手に負けている。また、技のコンビネーションにおいても。
 いい相手に回り逢えたナ――マルジェラは笑みを浮かべ、口の端から滴り落ちる血を拭った。
「嬉しいぜェ……傷の痛みさえ悦びに変わるぐれーにナ? こういう闘いを望んでいたンだよ」
「くくく、俺も同感だ。血が煮えたぎってしょうがねえ。まさか人間がここまで闘れるとはなぁ」
 エギュンは余裕の表情で答える。だが、マルジェラの一撃一撃はあまりにも重く、確実に彼にダメージを与えていた。
 両者の間には、彼らにしか解らない空気が漂っている。闘いを長引かせないように、といった考えはどこにもない。
 決着以上の何か――そんなものをマルジェラとエギュンは想い始めていた。

167 :129 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:04:55 ID:???

 ぎゅるぎゅると全身がねじれる音。そして――エギュンがマルジェラに向かって弾けた。
 一直線に飛んでいき、全身のバネから繰り出される右ストレートを、マルジェラの顔面に叩き込もうとする。
「ちぃッ!」
 間一髪のところでかわす。エギュンはそのまま駆け抜けて、振り返り、再度狙いをマルジェラに定めた。
 痛みこそなかったが、マルジェラの左頬からは出血がみられる。裂傷。
「かすってもいねーのにこれかよ。オメーはアレか? 核エネルギーで動いてンのか?」
「軽口を叩けるだけの余裕はある……か。ますます気に入った。――いくぞ!」
 再びエギュンの拳がマルジェラに迫る。それをマルジェラは前に出て片手で受け止めた。
「なっ!? バカな!?」
 その破壊力は中規模の核爆発に相当する。地表に放てば、確実にクレーターができることだろう。
 魔法と違い拡散しないため、カウンター・マジックで相殺するのは不可能だ。一点集中の、いわば奥義に値する業。
「こ、これで人間なのか……!?」
 エギュンは驚愕の色を隠しきれなかった。

168 :130 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:05:47 ID:???

 打ち合う、激しく。近距離でヒジやヒザが飛び交った。
 かわす、互いに。秒間三万発にも及ぼうかという打撃を全て。
 その闘いの中でマルジェラは、自分の中の何かが覚醒していくのを感じた。
 両者が互いに距離をとる。さすがのエギュンも、かなりの疲労を感じていた。
 一方マルジェラは、徐々に呼吸が整っていく。膨れ上がる衝動はもう抑えきれないところまできていた。

169 :131 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:07:49 ID:???

「愉しかったゼ。だがもう……限界だ。この衝動を放出しねーとどうにかなりそーでなぁ……次の一撃で終わらせる!」
 マルジェラは高らかに宣言した。
「限界を超えようとしているのか……? 解った、見せてみろよ、人間の可能性ってヤツをな!?」
 エギュンが受け答えたのと同時に、マルジェラは距離を詰めていく。
「“否定的存在。矛盾と分裂、不幸な意識。居直りの場所――孤独たれ”! うあああああッ! “インテリゲンチャ”!!」
“キュワオーン――――――ズバドゴーンッ”!
 その現象が何だったのか、誰も知る由がない。鮮やかな白光が輝いたかと思った次の瞬間には、すでにエギュンの姿が消失していた。
 マルジェラは自らの右手を見つめる。全てを込めた一撃、その感覚がまだ残っていた。

170 :132 ◆APHEYAlDJU :2007/10/14(日) 03:11:38 ID:???

「――奇妙な現象だね」
 空中でマルジェラの闘いを見守っていたベルンが呟く。 それを聞いてアンは、何のことか解らずに首を傾げた。
「消失、光、そして攻撃の順番でボクの目には映ったけど、アンはどう?」
「え? いえ、私にはちょっと……全ては一瞬だったとしか。アナタのように視認するなどとても…………」
「そう。それにしてもアレは確定した未来? いや、違うね。だとしたらまさか……過去を造った?」
 ベルンの呟いている内容が、アンにはよく理解できなかった。ただ、マルジェラの行使した力が、レイのそれによく似ていたとは思う。
「最後の、そして最初の闘いは、どれだけ時を遡れるか、どれだけ因果律を書き換えられるか……そのような話をレイから聞いたことがあります」
 少し古い記憶を呼び起こして、アンは言った。
「そっか。まあこうして客観的な視点からじゃないと解らなかったからね、いい収穫になったよ。
時間軸がズレてるような感覚……なるほどね、あの意味が理解できた」
「どういうことでしょう?」
 その感覚には、アンも身に覚えがあった。
「うん……要は“マイナスの領域”の問題さ。自覚するのはなかなか難しいんだけどね。
ボクもそうだけど、アンだってその力を行使してきたハズさ」
 マイナスの領域――心当たりはあった。闘いの最中、それを感じたことはあるが、概念として理解するのは難しい。
「まあいいや。さすがはマルジェラってトコかな? それより、シモンズのコトなんだけどね…………」
 珍しく言いよどむ。ベルンはやや深刻な表情をしていた。
「そういえばまだ還ってきていませんね。彼が何か?」
「うん。えっと――――」
 そしてベルンは告げた。アンはその内容に、少なからず衝撃を覚える。
 奇しくもベルンの発想は、マリナやレイと同様のものだった。

171 :133 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:05:17 ID:???

 ブルーの、レインコートにも似たジャケット。下はスノーグレーを基調に、ところどころにブルーのペイントが施されたデニム。
 彼は服というものを大切にしていた。今着ている服も同様だが、やはり激しい闘いが続くと、どうしても痛んでしまう。
 限界だナ――そして彼は倒れた。

172 :134 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:10:00 ID:???

 どこかでこうなるとは分かっていた。急激な発熱や頭痛、それらのディスオーダー。
いつからか彼の体は、得体の知れぬ病に冒涜され続けてきたのだから。
 闘いには常に罪悪感が付きまとった。何が正しくて、何が間違っているのか――何を以ってしてそれを判断すればよいのか。
 得られるものは何もなく、ただひたすらに、身も心も削られていく。
 倒れたまま起き上がれないのは何故か。ああそうか――彼は思う。
 ここが分岐点。

173 :135 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:12:06 ID:???

「アレで生きてるって言うんなら、そこら辺の死体も生きてるってコトになるよね」
 こんな場面でそんな科白を聞くとは思わなかった。アンは自分の耳を疑ったが、宙に浮いたままのベルンを無視して、シモンズのもとへ向かう。
 彼の身に何が起こったのか解らない。この、魔界の八次元に還ってきた瞬間、彼の体は崩れ落ち、倒れ込んだまま昏睡してしまっている。
 額に手を当てた。熱い。とてもではないが、それが人間の体温だとは思えなかった。
「ちょ……っと? シモンズ? アナタ一体……?」
 返事はない。
「どういう……どういうことなのっ! これはっ!?」
 焦燥感に駆られる。呼吸が止まる。アンは、恐怖とも呼べる絶望を感じずにはいられなかった。

174 :136 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:13:35 ID:???

「割り切れない繊細さ……解っていたのに……これは罪ね、私の」
 突然隣に現れた女性。全身を真紅に染めている。すぐに、その人物がヴィヴィアンであることを、アンは悟った。
「彼……シモンズは一体……?」
 問いかける。即答はできなかった。ヴィヴィアンはしばし考えた後、アンを横目でみつめ答える。
「正直、この症状は初めてのケースだわ。とにかく、彼は戦線離脱させます。今後は人間界で療養してもらうことになるわね」
「そう、ですか……いえ、そうする以外にないでしょうね」
 アンは俯いて、シモンズの顔を見た。およそ表情というものが見当たらない。
張り詰めていたものが切れた――シモンズの心境を想いアンは、暗澹たる気持ちにならざるをえなかった。

175 :137 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:17:14 ID:???

 視界の端にヴィヴィアンの姿を見つけ、マルジェラはすぐにその場へ向かった。
「ちわーす。えーと……大丈夫なのか、人間界を離れて?」
「あら、私がいなくても、人間界は安泰よ? 何しろ人材豊富だから。それより、シモンズはこちらで預かることにしたわ」
「え――?」
 いきなりの話で、マルジェラは戸惑ってしまう。だが、アンに上半身を抱きかかえられる形で地に伏せているシモンズを見て、
事態の深刻さを把握した。

176 :138 ◆APHEYAlDJU :2007/10/16(火) 22:19:32 ID:???

 上空から事の成り行きを見守っているベルン。
 こんなとき彼は、何を想っていいのか分からなかった。憐憫――その感情を理解するには、ベルンはまだ幼すぎる。
 ただひとつ――痛み。それだけは理解できた。これまで共に闘ってきた仲間が離脱する。一抹の淋しさと、己の無力感。
 ボクはもっと何かできたんじゃないだろうか――ベルンは思う。
彼にしても、他者の視点というものを獲得していないわけではないが、戦場においてはやはり、自分以外の誰かを気にかける余裕はない。
強くなろう――いや、強くなるしかない。それが今、自分にできる、そしてシモンズに報いるたったひとつのことだと、ベルンは誓いを立てた。

177 :139 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 01:26:36 ID:???

 意識が戻らないシモンズを抱きかかえ、ヴィヴィアンは人間界へ転移しようとしている。
「くれぐれも彼を……よろしくお願いしますね」
 すがるように言うアン。
「分かっているわ」
 それをヴィヴィアンは、真摯な態度で受け止めた。
「それにしてもよ? 次ぁ九次元で闘うコトになるンだろ? 不謹慎かもしンねーが、ここでシモンズを失うとなると、さすがに戦力的にキツイぜ」
 マルジェラの懸念はもっともだった。シモンズほどの逸材がそう簡単に見つかるはずもない。
「それに関しては問題ないわ。代理……と呼ぶにはあまりにも常識外れな人物が今、七次元まで到達しているから」
 ――前もって予備を? マルジェラの怪訝な表情に気付いたのだろう。ヴィヴィアンは補足説明をする。
「その人物――彼はレイの愛弟子よ。その彼を魔界に送り込むよう指示したのは、きっとマリナね。
私は彼女たちほど謀略に長けてはいないもの。ああ、謀略という言い方はよくないかしら?」
「なら策略でいーンじゃねーか? つーかどうでもいいゼ。とにかく、シモンズのコトを頼ンだ」
「ええ。それでは、ご武運をね? 期待してるわよ」
 その言葉を最後に、ヴィヴィアンはシモンズを連れ、人間界へと転移した。

178 :140 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 02:24:20 ID:???

 随分遠くまでやってきたな――ふと、チャラヤンは思う。
 無数の視線。姿は見えないが、酔狂な悪魔たちにこの闘いを観戦されているようだ。
 槍と剣。リーチの差ではウリクスが有利だった。僅かでも間合いを間違えると、チャラヤンはその、音速を超えた突きで屠られかねない。
 よってチャラヤンは、両手に持った白い剣二本の投擲を数度、繰り返した。だがウリクスは、その全てをかわしきってしまう。
 そこでチャラヤンは戦法を変えた。片方の剣で防御、もう片方で攻撃を試みる。
それが功を奏したのか、全く互角、一進一退の攻防へと発展した。
 しかし闘いは膠着状態、長引く一方で、一向に決着がつく気配はない。

179 :141 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 02:31:49 ID:???

「おやおや、これはこれは。お困りのようだね」
 緊張感の欠片もない声。対峙していたチャラヤンとウリクスは、同時にその声の主に目を向ける。
「えっ――ジュ……ジュンヤ?」
「やあチャラヤン、久しぶりだね。成長著しいようだが、まだまだ、といったところかな?」
 そう言って現れた男、ジュンヤは、透明なクリスタルの剣を構える。やや三角形気味に反った、大きな剣だ。
 ステルス性はもとより高いが、そこに空間迷彩、主に天使たちが得意とする光学迷彩、
さらには電波迷彩や重力迷彩、波動迷彩までもが施された剣。
 それを手にしているだけでも、かなりの魔力が消費されるはずだが、ジュンヤは意にも介していない。
「さて、選手交代といこうじゃないか。キミも連戦で疲れているだろう。それに――私が思うにね、このまま闘い続けても決着はつかないはずさ」
 ジュンヤの実力は痛いほどに知っていた。だからチャラヤンは、無言でその場から退く。
「お手並み拝見――というわけにもいかないか。無粋とは思うが、早々に退散してもらおうか、ウリクスとやら」

180 :141 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 02:33:54 ID:???

 それは一瞬の出来事だった。
 ウリクスが槍の一撃を見舞った瞬間、ジュンヤはかわすと同時にステップ・インし、相手の胴体をクリスタルの剣で薙ぎ払い、
返す刀でその首を刎ね飛ばした。
 あまりにも流麗なる動き。誰しもが目を奪われる。
 それは単なる物理攻撃ではなかった。ウリクスの体は再生することを許されず、灰と化して宙に舞う。
 デタラメだ――チャラヤンはそう思わずにはいられなかった。
 膨大なる魔力の行使。それが一瞬で行われたことは驚愕に値する。並の悪魔相手ならば、数億単位を屠ってしまおうかという剣撃。
 ジュンヤ――彼こそはレイの秘蔵とも呼べる愛弟子であり、シモンズの代理人としてこの魔界に送られてきた人物その人だった。

181 :143 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 02:37:08 ID:???

 何か忘れているような気がする。いや、得てしてそういうものなのだろう――マルジェラは思考を切り替えた。
「さて……と、頃合だ。行こうか、九次元にナ?」
 マルジェラの目が、先ほど遠方、地平線の手前に出現した巨大な塔を見据え、他の者たちもそれに倣う。
「ええ。九次元ともなれば、どんな相手であれ困難な闘いになるでしょう。これまでも容易ではありませんでしたが、なおのこと」
「アンは後方支援に徹してくれ。いざってときに回復魔法あると分かっていれば、安心して闘える」
「そうですね。まあ、それが私本来の役割ですから」
 ゆっくりと徒歩で塔を目指す一行。マルジェラとアンの後ろには、無言のベルンが。
 のん気なものだよ――ベルンはどこか冷めた心で、マルジェラとアンの会話をそれとはなしに聞いていた。
 考えてみれば単純なこと。シモンズが欠けるというのは、即ち全体としての戦力が著しく低下するのを意味する。
今や彼は、魔王さえも一対一で葬り去るだけの力を備えていたのだから。
 しかし、マルジェラとアンとて、それは充分に承知していた。
 気付いているからこそ、ともすればネガティヴに傾きがちな思考、そのベクトルを、何とか前向きに修正しようと心がけている。
 そういった心理を汲むには、ベルンはやはり、まだ幼なすぎた。

182 :144 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 02:42:55 ID:???

 やがて一行は、塔の内部まで辿り着いた。半径三十メートルほどのホール。中身といえるものは――
――そう、壁伝いに、延々と螺旋階段が連なっている。
「上空に光らしきものが見えるが……」
 遥か上、おそらくは雲よりも高い処。確かに微弱な光が差して見える。
「かなりの距離だナ、こりゃ。どうする? 転移魔法を使って――」
「いいえ、マルジェラ。この塔が出現するための条件があったように、九次元に至るための条件もまた然りです」
「さすが“経験者”。そうか……大方、転移魔法を使っても、出発点に戻されるってところか?
なるほどねェ……しょうがない、螺旋階段を使うか」
 マルジェラが足を踏み出した。そして九次元に至るまでの長い長い道のりが始まる。

183 :145 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 17:51:57 ID:???

 コツコツ、コツコツと、小さな足音が響く。
 無限を想わせる螺旋階段。
 確かにこりゃ試練だナ――内心でマルジェラは呟く。
 しばらく上っていくうちに、彼の頭の中で様々な単語が浮かんでは消えていった。
 無限、有限、有限なる人間の生における偶然性と無意味さ。古きもの、新しきもの、生命、輪廻。
「マルジェラ」
 ふと、声をかけられる。マルジェラは首を傾け、右後方にいるアンを見た。
「何故私を経験者と……?」
 先ほどからずっと感じていた疑問だ。問いかけずにはいられなかった。
「ん? ああ、別に秘密ってワケじゃねーだろ? アンは、いや、初期アントワープの六人組は、
今回のオレたちみてーに、魔界制覇へ乗り出したコトがある……だろ?」
 いつかは気付かれるだろうとは思っていた。だが、過去の話に自ら触れようとは思えなかったため、アンはこれまで黙っていた。
「さすがですね、マルジェラ。しかし、何を根拠にそう思ったのですか?」
「最初から違和感はあったさ。そう、オレがアントワープの六人組に入った当時から。
仲間たちとは、どこか時間を共有していないっていつも感じてた。
それでまぁ、こうしてアンが魔界へやってきて、オレたちを導くその姿、言動を見聞きして、わだかまりが氷解したってところかナ?」
 やはりマルジェラは特別な存在だ、とアンは思わずにはいられなかった。大胆さと聡明さを兼ね備えている。
「どうせ長い道のりだ。よかったらでいい、話してくれねーか、過去に何があったのか」
「ああ、それ、ボクも聞きたーい。ここにいる以上無関係じゃないでしょ?」
 マルジェラに続き、ベルンからも要請が。
「致し方ありませんね。長く、ともすれば退屈な話かもしれませんが、それでもいいのならお話ししましょう」
「ああ、頼む」
「うんうん」
 マルジェラとベルンは興味津々といった感じで頷いた。
 アンは遠い過去へ思いを馳せ、それからゆっくりと話し始めた。

184 :146 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 17:58:35 ID:???

「全ての始まりは一万二千年前です。人間界にあってはならない存在、天使と悪魔らが現れ、蹂躙の限りを尽くしました。
事実上の崩壊と言っても差し支えないでしょう。そこでマリナの発案により、私たちアントワープの六人組は、
数対の悪魔の転移をトレースし、魔界の四次元へと乗り込みました。
そこからは、アナタたちがこれまで経験してきた経緯とほぼ同様です。
ひたすら無数の悪魔たちを薙ぎ倒し、ひたすら上位の次元を目指した――――」
 マルジェラは、その当時の光景が目に浮かぶようだった。アントワープの六人組――マリナ、アン、ドリス、ビッケン、ウォルターとセーヌ。
 それぞれが奮戦し、激闘を乗り越えていったのだろう。
「ところで――“日本の三連星”は……?」
 マルジェラが核心を突く。アンは、複雑な思いで彼らのことを語り始めた。
「それはもう圧倒的な力でした。レイ、ミヤケ、ヨージ、いずれも神に匹敵する力の持ち主でした。
彼らの協力もあって、やがて私たちは十次元へと辿り着いたのです。ベルゼブルにアンリ・マンユ、そしてサタンにルシファー。
その究極としか言い表しようのない力の前に、私たちアントワープの六人組は、あわや因果律からロストする寸前まで追い詰められました」
「何? すると――そうか、レイたちの出番だナ?」
 直感。マルジェラのそれは正しい。
「ええ。正直、魔界の十次元における闘いの記憶はあまりにも断片的で、説明のしようがありません。
それはともかく、魔界を完全制圧した日本の三連星は、神によって天界の十次元――セフィロトの樹に転送されました。
そして激戦の後、とうとう彼らは神のもとへ辿り着いたのです」
 まさに佳境だ。マルジェラとベルンは、固唾を飲んで次の言葉を待った。

185 :147 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:02:43 ID:???

「結論から言えば、レイ、ミヤケ、ヨージの三人は、神を倒すという暴挙、あるいは偉業を成し遂げました。
何故そうしなければならなかったのかは、当事者にしか分かりません」
「ちょっと待ってよ。神が倒されたっていうんなら、ボクが出逢ったあの少女は何者なの……?」
 ベルンの言葉に、憐れむような笑みがアンに浮かぶ。
「アナタが出会ったのも、紛れもなく神です」
「どういう……コト…………?」
「それはベルン、いずれアナタ自身が自ずと理解することでしょう。私も全貌を把握しているわけではありません。
ですが、改めて言っておきましょう。この闘いは、神を救済し、宇宙を蝕む輪廻から解き放たれるためのもの」
 アンの言葉は重たかった。途方もない話。だが、マルジェラとベルンは、それをしっかりと受け止める。

186 :148 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:04:54 ID:???

 そうこうしているうちに、とうとう長かった螺旋階段も、頂上で途切れようとしている。
 マルジェラが駆け出した。そして九次元に足を踏み入れる。
「な……んだ、ここ…………?」
 真っ白な空間に、広大な緑が添えられている。およそ魔界とは思えない情景。
どこまでも澄んだ空気が、なおいっそうマルジェラの違和感に拍車をかけた。
「パラダイス・ロスト――失楽園なのですよ、此処は」
 追いついてきたアンが、過去を回想しながら言う。
「仮初の楽園だね。むしろ禍々しいくらいさ」
 ベルンが吐き捨てるように言った。
 三人は気付いている。自分たちが無数の目に見つめられていることを。
 臨戦状態。
 彼らに油断という言葉はない。
 静かに時は流れていく。
 それは、間もなく訪れるであろう、稀にみる激戦を予感させた。

187 :149 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:08:49 ID:???

 眩暈。輪郭がおかしい。いや、明らかに空間が――時間さえも――歪んでいる。
 アスタロトは今、信じられない光景を目の当たりにしていた。
 彼女が率いる四十の軍団、それがたったふたりの人間によって、瞬く間に殲滅されていく。
「やるね、ジュンヤ!」
「君こそな、少年」
 一瞬チャラヤンとジュンヤがすれ違い、再び敵の群れめがけて、光の如く飛び交っていく。
 一撃、そしてもう一撃。左右に持った白い剣が煌いた。
 およそ二百万の悪魔たちが、分子はおろか原子にまで分解されていく。
 舞踏――そう呼んで差し支えないほどに、チャラヤンの動きには余裕が見られ、実に流麗だ。
“ジュヴァキューンッ”! 一閃。不可視の剣によるそれは、時空間を歪曲させ、一度に四百万もの悪魔を、レプトン族の電子やミュー粒子、
そしてニュートリノといった超極小レヴェルにまで分解してしまう。
 ジュンヤを前にしては、悪魔たちに逃げ場はなかった。
 強大な一撃を放ったかと思った次の瞬間、彼は転移していて、悪魔たちの死角からさらなる一撃を加えてくる。
 チャラヤンとジュンヤが悪魔たちを解体していくにつれ、最後方に控えたアスタロトとの距離は縮まっていく。
「そんな……これほどまでの現象行使力って……これが人間の成せる業だとでも?」
 認めるわけにはいかなかった。恥辱。自身の体の震えさえ。
 アスタロトは、己が最大の奥義を以ってして人間たちを葬り去ろうと決意した。

188 :150 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:12:45 ID:???

「なっ!? 能力が発動しない!?」
 己の異変に危機感を覚えるアスタロト。その彼女の背後から、少年の声が聞こえた。
「残念。ここに特殊な磁場が発生してるの、分からなかった?」
 振り返る。少年――人間の少年の姿。
「人間が私の力を封じたですって……!?」
「いやまあ、オレら別にアンタをどーこーしよーってワケじゃねーからさ? ただ、厄介なのはカンベンってところ?」
 この会話の間にもジュンヤが奮闘し、残りの悪魔たち全てを完全に分解してしまっていた。
「そ、んな……私の無敵の軍団が…………」
 ほどなくしてジュンヤが、アスタロトのもとへ歩み寄ってくる。
「ほう、無敵か。確かに死人に敵なしとは言うがね。となると……なるほど、弱いのが自慢なのか、それはまた興味深い」
「愚弄するというの……!?」
 アスタロトが刺すような視線をジュンヤに向ける。
「いや、そんなつもりはなかったんだがね。とにかく私たちは話がしたかっただけなんだよ」
「話……ですって…………?」
 アスタロトの警戒は緩まない。だが、多少の混乱を招いていた。相手の意図が全く読めなかったのだ。
「そうそう、話。アンタさー、九次元から次元降下してきたよね?」
 確かにチャラヤンの言う通りだった。アスタロトは、次元崩壊の危機と聞いて、この八次元にやって来た。
「それが何か……?」
 アスタロトは怪訝な表情でチャラヤンに訊ねる。
「いやさぁ、オレら九次元に行きたいんだけど。で、どうにもね、次元転移の場所が見つからなくてさー。
というワケで、連れてってくんない? 九次元まで」
 度し難い。アスタロトは心底そう思った。
「何を馬鹿な……。どこまで堕ちようとも、人間に手を貸すわけにはいかないわ」
「おや、それは困ったね。このままでは手詰まりだ。さて、どうしたものかな、と思ったところに、ちょうどいい相手が。飛ぶぞ、チャラヤン」
「オッケー」
 ジュンヤとチャラヤンが空間転移して、その場から消え去ってしまった。
 置き去りにされる形となったアスタロトは、しばし呆気にとられ、人間の身勝手さを思い知ることとなる。
 そういえば――ふと、古い記憶と連結する。
「人間とはああいったものだったわね。それにしても……そう、またしても人間……か」
 苦笑。アスタロトはしばし、因果というものを感じずにはいられなかった。

189 :151 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:17:44 ID:???

 闘い以外の一切を拒否する、魔界でも特殊な存在。
 魔王のような統率力は持たない代わりに、戦闘能力のみに特化した、いわば魔神の部類に入る三体の悪魔たち。
 アバドン、ビヒモス、そしてリヴァイアサン。彼らが、九次元へと訪れたマルジェラたちを待ち受けていた。
 まず、相対する敵の巨大さに驚く。これまでの悪魔たちがみな人型だっただけに、その驚きはいっそうだ。
「こりゃまた厄介なお客さんだゼ。見ろよ? あの水龍なんか、全長四十メートルはあるナ」
 そしてビヒモスも、それに匹敵するほどの巨大さ、そして比類なき圧倒感を身にまとっている。
 ただし、いつの間にかアバドンだけは、姿を消してしまっていた。
「数からすると二対三。もしかして、またしてもボクの出番はないのかな?」
 少し不満げなベルン。それをなだめるようにマルジェラが声をかける。
「オメーはまだ不安定なンだからよ? 自粛しとけ。なぁに、この先は嫌でも暴れまくってもらうからナ?」
「あっそう」
 ベルンは素っ気なく遥か上空に転移した。
「私はあの水龍――リヴァイアサンと一騎討ちしようと思います。マルジェラ、アナタはもう一方のビヒモスを引き受けていただけますか?」
「ああ、了解だ」
 各々が昂揚感を抑えられないでいる。
 そして――堰を切ったかのように、戦闘が開始された。

190 :152 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:22:53 ID:???

 戦場を駆けている自分の滑稽さに気付き、薄く笑う。
「どうした女。何が可笑しい」
 音の波紋が広がる。リヴァイアサンの言葉は、そのまま超音波となった。
「滑稽だ、と思いまして。後方支援に徹すると言いながら、こうして先陣を切って闘いに挑んでいる己の姿が」
 重大なことを忘れていた。チャラヤンの存在だ。
 だが考えてみるとおかしな点はいくつもある。何故同時に、アン、マルジェラ、ベルンの三人がそれに気付かぬままここまで来てしまったのか。
 チャラヤンの合流を待たず、そしてシモンズという強力な戦力を欠き、そんな状態で九次元にいるというのは、あまりにも不可思議な現象といえる。
 そう、現象なのだ。

191 :153 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:26:14 ID:???

「呆れました。神様はこういったお遊戯もお愉しみになられるのですか」
 神による一時的な記憶操作――アンはそう判断する。
「ほう、そなた、神に所縁のある者か」
 神という響きに興味を示し、リヴァイアサンが問いかけた。
「どうでしょうか。少なくとも私個人においては、あまり好かれてはいないようですが。さて――仕掛けてはこないのですか?」
「我は人間を侮るつもりなどない。ましてや神の力もな。かつては我が能力を解放できぬまま、物理的な攻防に終始した。
過ちを認めるというのは容易ではない。だが、過去というものは誰にも変えられんよ、誰にもな」
 かつてこのリヴァイアサンと対戦したのは、レイを始めとする日本の三連星だったと聞く。
 そういえば――アンはふと、レイの言葉を思い出した。
 何もかもが滅茶苦茶だった――そう彼女は言っていた。
 その言葉の意味を考えていられるような局面ではない。アンは改めてリヴァイアサンを見上げる。
 微動だにしていない。
 違和感。まさか――とアンが思った瞬間、
「頃合だな」
 そう言ってリヴァイアサンが宙に上昇していく。
 アンが改めて周囲に気を配ると、明らかに様相が変化していた。しまった――危機感を煽られる。
 会話に気をとられていた。いや、先の会話自体が伏線といえる。
 闘いはすでに始まっていたのだ。

192 :154 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:30:35 ID:???

 自分の置かれている状況を把握しなくては――アンは、感覚を研ぎ澄ます。
 頭上から何かが降り注いでいた。
視界を覆うそれらは、アルミ箔と希塩酸、そして亜鉛に硫酸。
 アンの頭の中で複雑な化学式が展開されていく。導き出された解は――――
「――まさか!? くぅっ!」
“ドッバグオーンッ”! “ズバドグアッ”! “ダッガラーンッ”!
 局所的な爆発。
 周囲に展開された物質が組み合わさると、水素が発生する。
 そして、おそらくはリヴァイアサンが、広範囲に渡る空間の温度を操作しているのだろう。
総じて、熱反応による爆発が誘発されていると考えられる。
 だが、この程度で済むとは思えない。アンは、アンチ・マジック・プロテクトを幾重にも展開した。
「ほう、抗うか。それもよかろう」
 言葉を発しリヴァイアサンは、大気に発生した水素を融合し、三重水素トリチウムを発生させ、そして今度は、さらなる大爆発を引き起こす。

193 :155 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:32:10 ID:???

 いかに強固なプロテクトを張り巡らせようと、それで防ぎきれるものではない。
 事実アンは、左足のヒザから下を消し飛ばされている。
「さて、この戦いに終止符を打とうではないか。浄化の刻だ」
 宣言。アンから半径三百キロメートルの温度が、急激に、果てしなく上昇していった。
 超高温プラズマ。色鮮やかなオーロラが見えたと思った瞬間、在り得ない規模で、在り得ないほど極大な爆発が起こる。
 それは、それこそが核融合だった。

194 :156 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 18:35:25 ID:???

 爆発の余韻、いや、衝撃は、未だ色濃く残っている。
 さすがにこの時点で、リヴァイアサンは己の勝利を信じて疑わなかった。
「佳き敵と巡り会えた。これで我が溜飲も下がったというもの。さて、ビヒモスの戦況はどうなっているか」
 巨大な水龍がゆっくりと動き出す。
 彼は、リヴァイアサンは気付いていなかった。いや、気付けなかったのだ。
 完全に、自分の勝利に酔っていた。それが驚愕に変わるとは、おそらくアン――そう、彼女以外誰も、予想だにしなかっただろう。

195 :157 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:24:17 ID:???

 麻痺していた感覚が、だんだん回復してくる。弾け飛んだ左半身も、徐々に復元されつつある。
 アンは生きていた。そしてほんの一瞬、その瞬間を待っていた。
 肉体を再生させつつ、リヴァイアサンの周囲にニュートリノを展開させる。
 相手に生体反応を悟らせないように、息を潜め目を閉じた。
 正直、現段階の力で行使可能なのかは分からない。
 できれば、天界にあるセフィロトの樹における最高位であるケテル、
そう、大宇宙との接点、神の意思、思考、創造の源泉純粋存在と呼ばれる場所――
――その聖なる地を守護する最強の天使メタトロンと対峙した際に発動させようと考えていた業。
 それをアンは、ここで紐解こうとしている。
「大丈夫。そう――大丈夫」
 誓いと祈り。
 アンの中に未知の、超絶なる力が宿った。
 そして彼女は決意する。今ならばそれが可能だと確信して。
「アクセス――“AFX”――――」

196 :158 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:26:22 ID:???

 リヴァイアサンの動きが止まる。それが何なのか分からないが、尋常ではない圧迫感を感じたのだ。
「なん……だ、この感覚は……?」
 すぐさま周囲の生体反応を探る。だが、先の爆発による膨大な熱量のせいで、それもままならなかった。
 この状況下で生存可能な者などいない。早計に過ぎなかったか――リヴァイアサンがそう思った次の瞬間だった。
「――っ!? なんだ!?」
 神の再来を想わせる、どこか超越した魔力が加速していく。
 それを感知したリヴァイアサンは、一気に混乱へと陥った。
 そして――アンの神業が行使される。
「鼓動よ、荒れ狂え、限界を超えて! 旋律を破壊する戦慄のノイズ! “ラン・ザ・プレイス・レッド”!!」

197 :159 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:28:34 ID:???

“ズギャギャギャギャドズバババギョギギーッ”!
 カオス。
 時空間の歪曲率が四百パーセントを越える。
 九次元全体にランダムな空間転移が起こり、先ほどリヴァイアサンが引き起こした爆発など児戯に思える凶悪な次元破壊が始まった。
 エントロピーがどこまでも上昇していき、もはや収拾がつかない。
「こっ、これはまさか……大気ニュートリノ同士の対消滅!? レプトン数を破ったというのか!? 存在するはずがない禁断の――――」
 それがリヴァイアサンの、最期の言葉となった。
 瞬時のうちに灰と化し、そのまま消滅してしまう。
 ここに闘いは終焉を迎えた。

198 :160 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:31:58 ID:???

 我ながら恐ろしい力だと、アンは思う。そしてその反動も大きい。魔力が、精神力が、ことごとく削られている。
 在り得ないはずのマヨナラ粒子を用いた二重ベータ崩壊。
 これは、神の領域の現象行使だった。それも、真の神の。
 なおも九次元全体の混乱が続いている。
 アンは仲間たちが気がかりになり、未だカオスを保ったままの世界に身を投じた。

199 :161 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:38:08 ID:???

「ふむ、それでは世話になったね、アザゼル。君には本当に感謝しなければいけないな」
 ジュンヤが穏やかな表情で礼を述べる。それに対しアザゼルは、笑みを浮かべ「礼には及ばんよ」と言った。
 八次元に次元降下してきたアザゼルと交渉したジュンヤとチャラヤンは、無事、九次元への上昇を遂げた。
 アザゼルは、端的に言えば、人間にとって知識の伝承者である。彼のように、人間に対し友好的な悪魔は少なくない。
「あ――――かなり遠くの方だと思うけど、何が起こってるんだろう? 波動関数が乱れまくってるみたいだけどさぁ」
 九次元の異常にいち早く気付いたのはチャラヤンだった。
 それにつられ、ジュンヤとアザゼルも感覚を研ぎ澄ます。
「なるほど、確かにな。これは先を急がないといけないようだね。いや、残念だよ、アザゼル。君とはもう少し話をしたかった。
たとえばそう――ノアの大洪水が惹き起こされた真の理由など」
「はは、酔狂だな。その問題を解く鍵は、人間、そして神の嫉妬、とだけ言っておこうか。まあそれは些事に過ぎん。
今は汝らが為すべきことのみを念頭において行動するがいい」
「ああ、分かっているつもりさ」
「ジュンヤといったな。そしてそちらの少年がチャラヤンか。生きて――最後まで生き延びていることを願っているぞ。
そうしたら、いつの日か心ゆくまで語り合おうではないか」
「そうだね、私もそう願うことにするよ。では、世話になったな」
「じゃーねーぃ、親切な悪魔さん」
 こうして彼らは別れた。
 そしてここから、ジュンヤとチャラヤンの、九次元における闘いが始まる。

200 :162 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:46:22 ID:???

「うわぁ……滅茶苦茶だね、これ」
 未だアンが行使した力の余韻が漂う空間を前に、チャラヤンがしばし唖然とした。
「困ったな。どうやら後先考えない者がいるらしい。それにしても何という惨状だ」
 失楽園然りとしていた周囲一体も、ほんの僅かな時間で荒廃に至ってしまっている。
 緑溢れる山々も大きく抉られ、黒や茶に染まり、また大理石でできた神殿はほぼ壊滅、瓦礫と化していた。
「ところで、あの大地に大きく描かれた黒い部分だがね、元は何だったのだろう。おそらくは、巨大な魔獣だと思われるが」
「あ、ホントだ。多分巻き込まれて消滅しちゃったんだろうね。――――あれ?」
 ジュンヤが指差した方を見つめていたチャラヤンが、そこにうつ伏せで倒れている、人間と思しき者の姿を発見した。
 記憶と照合してみる。
 今は灰色に汚れ、ところどころに裂傷が見られるが、元は真っ白だったことを想わせるデニム・パンツ。
 上はアシンメトリーのシャツ。左半身は白の無地、右半身が白と黒のストライプ。左の方が、若干丈が長い。
 足元には、甲の部分にピンクをあしらった白いスニーカー。
 間違いない、とチャラヤンは思った。このようなファッションをしている人物といえば――――
「マルジェラだ!」
 チャラヤンが駆け出していく。その後をジュンヤが追った。

201 :163 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:49:31 ID:???

 上半身を起こしてみると、やはりその人物はマルジェラだった。ぐったりしている。
「どうやら成仏しているようだね。レスト・イン・ピース」
「なっ、何、祈り捧げてんのさ、ジュンヤ!? 生きてるよ、マルジェラは!」
「とてもそうは見えないが。そうか、生きているのか」
 ジュンヤが何か感心したように言う。
「――――ぐッ……ああ、痛ェ…………」
「マ、マルジェラぁっ!」
「おお、チャラヤンじゃねーか。そういや八次元に置き去りにしちまって……悪かったナ」
「いや、今はそんなことどうでもいいよ。それより大丈夫? 立てる?」
 マルジェラは地面についた右腕に力を入れ、なんとか立ち上がろうというそぶりを見せたが、それもかなわず、
再び上半身をチャラヤンに預ける形となってしまった。
「ちッ、ナンてザマだ。ところで……久々に会ったと思ったら、人を死人扱いかよ、ジュンヤぁ……?」
「いや、悪かったね、マルジェラ。君があまりにも痛ましい姿をしていたものでつい。それより――どうやら首謀者の登場だ」
 一同が、ジュンヤの見据える方向へ目を遣る。そこには人間の女性――アンの姿があった。

202 :164 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:53:07 ID:???

「申し訳ありません。よもやこのような事態を惹き起こしてしまうとは……」
 アンは、恥じ入るように頭を垂れる。
「やあ、久しいね、クイーン・アン。大方、力を暴走させてしまったというところかな?」
「アナタは……ジュンヤ? 何故……いえ、そう――そうなのですね。シモンズと入れ替わりにこの魔界へやって来たのは、やはりアナタでしたか」
「まあそうなるかな? しかし恐ろしいものだね。つくづく思い知らされるよ、女性の秘めたる力というものを。
ところで君は、歌姫としても名高い。言わんとしている事は……分かるね?」
「ええ。せめてもの罪滅ぼしとして、マルジェラのために一曲歌わせて頂きます」
 そしてアンは、魔力を解放し始める。先の凶悪極まる魔法とは打って変わって、今度は癒しの魔法だった。

203 :165 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 20:58:54 ID:???

 美の究極を体現するメロディー。大いなる光がマルジェラを包む。
「“同じ瞬間、同じ空の下で笑ってる、そんな日々がいいな。辿り着く、君と夢と未来。けしてそう―― 一人じゃない愛があるよ”」
 それは日本で身につけた、秘宝とも呼ばれる最上級魔法。
 アンが歌い終えると、マルジェラは全身に力が漲るのを感じた。
 一呼吸おいてから、力強く立ち上がる。
「おーし、完全回復だ。さあ、仕切りなおしといこうゼ? 各員、この場所から半径三百キロメートルの範囲で転移を繰り返し、索敵してくれ。
敵を発見したら、再びこの場所に戻って作戦会議だ、いいナ?」
 マルジェラの言葉に皆が頷き、各々転移し始める。
 九次元での闘いは、早くも佳境へと向かい始めていた。

204 :166 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 21:15:41 ID:???

 体中から毒針を突き出した男が問いかけてくる。
「ドミネ・クォー・ウァーディス?」
 マルジェラは、警戒しながら、距離を保ちつつ考える。
 あの言葉……確かラテン語。意味は『主よ、何処に行かれるのですか?』だったと記憶していた。
「ヨハネの福音書の一節だったか。どういうつもりかは分からねーが、オレぁローマに帰るつもりはねーゾ?
逆十字架にかけられて殉職するのはオメーの方だ!」

205 :167 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 21:19:18 ID:???

 マルジェラが“戦闘的ヒューマニズム”で仕掛ける。
 偶然か否かそれは、対ラウム戦でシモンズが使った技に酷似している。
 クリスカル座標を用いての連続転移、そして全方位からの攻撃。
 粒子に対してのコマンド及びプロテクトは完璧なはずだった。
 だが敵は、マルジェラの打撃ひとつひとつを鮮やかにかわしていく。そう、空間転移が封じられた状況下でなお、転移を繰り返し。
 異変を感じ、マルジェラは攻撃の手を止め、改めて距離をとった。
「――まさかとは思うが……プロテクトを破ったのか? アルファ・ロム級のプロテクトを……?」
 敵は表情を変えずに答えた。
「そう不思議なことではあるまい。バッファ・アンダー・ランに加え、サブ・チャンネルを読み込む――常套手段だ」
「随分と高性能なンだナ、オメーぁよ? まあいい、名乗ってもらおうじゃねーか。さぞかし有名人なンだろ?」
「これは申し遅れたな。我が名はアバドン。ああ、それから何か勘違いしているようだが、私がここに現れたのは戦闘が目的ではない。
どうしても汝に聞いておきたいことがあってな。――――なっ!?」

206 :168 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 21:22:14 ID:???

“ボグシャグオッ”!
「のヴぉぎゃっ!?」
 突如アバドンの側頭部に、辛辣な飛び蹴りが見舞われる。
「ああ!? どうなってンだ!?」
 あまりにも唐突な出来事に、マルジェラは我が目を疑った。
「やあ、危ないところだったね。しかしこうも安易に敵の接近を許すなんてキミらしくないなぁ」
 およそ場違いな発言。こういった、常人とはまるで行動定跡が異なる人物といえばただひとり。
「ベルン……ここぁオメーみてーなガキの出る幕じゃねーンだよ。ちったぁ空気読め!
いいか? これからオレらは理性的な、いわば大人の会話をだナ――」
「ほえ? 見敵必殺でしょ?」
「この際サーチ・アンド・デストロイはどうだっていいンだよ! ったくよぅ……オメーがいると何もかもがややこしくなる」
 マルジェラは頭を抱えた。

207 :169 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 21:30:17 ID:???

「ふむ、いい蹴りであった。おかげで首から上が吹き飛んだぞ」
 そのダメージを負った部分だが、見事に復元されている。しかし、平衡感覚が定まらないようで、アバドンの足元はどこか危うい。
「済まねーナ、うちの若ェモンが余計なマネしてくれやがってよ?」
「いや、構わん。血気盛ん、大いに結構。前途有望な少年ではあるまいか」
「つーかよー? コイツぁどこかおかしーンだ。よし、ベルン。極秘任務を言い渡す。これはオメーにしか成し遂げられねー極めて重大な任務だ」
「うんうん」
「そうだナ……天界に攻め込んでくれ、単身で。できれば十次元がいい。任せたゾ?」
「うん、分かったー」
 嬉しそうに笑みを浮かべ、ベルンは何処とも知れぬ場所へ転移した。疑うことを知らぬ天真爛漫さに助けられた、とマルジェラは思う。
「さて、邪魔者は消えた。改めて、さっきの話の続きを聞かせてもらおうじゃねーの」

208 :170 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 21:34:22 ID:???

 静寂。マルジェラとアバドンは、互いに警戒を解き、二メートルほどの近距離で向かい合っている。
「まあ話というのは、汝ら人間がこの魔界に何を望んでいるかだ。混沌の中にこそ秩序はある。それはもうすでに感じ取っているのではないか?」
「ああ。このプリミティヴな世界は悪かねーゼ?」
 マルジェラは即答した。実際彼は、魔界というものにどこか懐かしさ、居心地のよさを感じている。
「そうか。かといって、魔界の統治者の座を狙っているようにも思えんな。最終的な目的は何だ?」
「ほう……いいトコ突いてくンじゃねーか。ま、そういうコトはレイにでも聞いてくれよ。オレの闘う理由は単純明快さ。
強さの極限を求めている、ただそれだけだ」
 アバドンはふと、通りがかりのイナゴの大群に目を遣って、考える仕草を見せてから、「なるほどな」と言った。
「破壊の限りを尽くしてきたこの私だが、その果てに何を見ていたのか――――。汝ならばその答えを、と思ったのだよ」
「答え……だと? さあナ、オレにも今は分からねェ。ただ、一度走り出してしまったンだ。もう止まれないのさ。
失敗、過ち、そして挫折……。そんなものを繰り返しながらも、常に前進あるのみだ」
 そのマルジェラの力強い言葉は、少なからずアバドンの心中に衝撃をもたらした。
「強いな……汝は。老いた私には眩しいくらいだ。まさに今こそが世代交代の時期であろう。ならば私を乗り越えていくがいい!
今度は汝らの番がきている。私よりもいっそう偉大で、いっそう幸福でありたまえ!」
「ああ、革命だ! それ以外には在り得ねェ。革命以外の一切は欺瞞であり無なのさ!」
 こうしてマルジェラとアバドンは意気投合し、どこか異様な盛り上がりをみせるのであった。

209 :171 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:04:01 ID:???

 光溢れる空間。光子が集い大木を成し、黄金の鳥が宙を舞う。
 渓流には清涼なる水が流れ、ラグ・タイム調の調べ――ピアノのゆったりとした旋律がどこからともなく聞こえてくる。
「ふむふむふーむ、なるほど。どこからどう見ても天界だ」
 ベルンは、周囲を物珍しそうに見渡した。
 さて、どうしたものか。マルジェラの言いつけ通り、本当に天界の十次元までやってきてしまったわけだが、しばしベルンは途方に暮れる。
 そのとき雲の隙間から、浮遊する巨大な神殿が顔を出した。
 あそこになら誰かいるだろう――そう思いベルンは、早速その神殿へと転移する。

210 :172 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:07:17 ID:???

 侵入者がいるというのは分かっていた。だがその天使は、臆せずに玉座に座して、来客を待っている。
 あまりにも神々しい姿。およそ穢れというものがない。
 いかなる天使であろうと、彼の御前では、平伏して敬うのであった。
 客人が神殿に侵入したことを感知する。依然としてその天使は、玉座から腰を上げない。
 彼の想定内にあるのは、マリナ、あるいはレイ。いずれにせよ、武においても、精神性においても、
臨界を突破した者でなければ、このティフェレトに立ち入ることなどできない。
「見つけた。早速だけど――逝っちゃって!」
“ゴガシャーンッ”! 玉座が粉々に弾け飛ぶ。天使は虚を突かれたが、なんとかその場からエスケープした。
 何の前触れもなしに、いきなり襲いかかってくる人物を彼は知らない。
 何者だ――天使が目を凝らした先には、ひとりの、人間の少年の姿があった。

211 :173 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:09:32 ID:???

「またしても人間か、困ったものだな。私は恨まれるようなことをした覚えはないぞ」
「ボクもどうして自分が今ここにいるのか分からないよ」
「やれやれ。あいにく私は多忙でね、君の戯言に付き合っている暇はないのだが」
「ああ、思い出した。極秘任務なんだよね、これって。よーし、悪い天使たちはみんな滅ぼしちゃうぞー」
「まずは人の話を聞きたまえ!」
「ところでキミ、誰だっけ?」
「どういう思考回路だ!?」
「まあいいからいいから」
「ふぅむ、では私から名乗っておこう。この天界を統べる者――ミカエルだ」
「ほほう、ミカエルね。ボクはベルン。短い付き合いになるとは思うけど、よろしくね」

212 :174 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:11:08 ID:???

 ミカエルは、白い抜き身の剣を手にし、ベルンの前に立ちはだかった。かなりの身長差があるため、見下ろす形となる。
「私だけ武器を携帯しているというのも気が引ける。これを受け取りたまえ」
 そう言ってミカエルは、ベルンに向かって白い剣を放り投げた。
「へぇ、紳士なんだ。とはいえ、鞘のない抜き身の剣か。闘いの化身の象徴だね」
 ベルンが受け取った剣を確かめている際にも、ミカエルの手にはどこから取り出したのだろう、再び白い剣が握られている。
「これで心置きなく闘える。さて、先ほど玉座を破壊した蹴りのスピードは極だったな。今度はこちらから仕掛けるぞ。恒河沙!」

213 :175 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:14:47 ID:???

 一気に加速し、無数の剣撃をベルンに浴びせるミカエル。
 だがベルンは、相手の上をいくスピード、阿僧祇で対抗する。
“ズガガガガッシャンシャンッギンガギンッ”! 一秒間に二百万回打ち合った。激しく火花が舞う。
 一度距離をとり、ミカエルが再度仕掛ける。今度は十の六十四乗のスピード、“不可思議”だ。
「止まって見えるよ。――そらぁッ!」
“シュバオウッ”――――ベルンの剣がミカエルの左肩をかすめる。かわすだけで精一杯だった。
「ふぅん、今のをかわす……か。これは愉しくなってきたね。何しろここ最近はずっと、『引っ込んでろ』って言われててさー、退屈してたんだよねー」
 ベルンは無邪気に笑みを浮かべる。一方のミカエルは、危機感が表情に表れていた。
「“無量大数”だと……!? よもや年端もいかぬ子供が、臨界における速度域に棲んでいようとは……。
いや、失礼した。どうやら侮っていたようだ。ならば見せてやろう、“スピードの向こう側”をな?」
「望むところだよ。ボクの限界も、どこか別の領域にある。さあ――来なッ!」

214 :176 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:16:51 ID:???

「お待ちなさい」
 そこへひとりの天使――女性――が現れる。ミカエルは横目で彼女を見ながら言った。
「邪魔しないでくれるかな、ガブリエル。今私は、昂揚感が抑えられないほどに愉しんでいるのだよ」
「そうそう。キミ、無粋って言葉知ってる? ああそうか、まずはキミから片付けてしまえばいいんだ。いくよ――“厘”!」
 それはもはやスピードという言葉で表せるものではなかった。十のマイナス三乗。時系列の逆流、圧倒的なまでの現象行使。
 ところが、ベルンがガブリエルへ迫ろうかという瞬間、異変は起こった。
 ベルンの体にノイズが走ったかと思うと、その場から消失してしまう。
「な、何が……?」
 ミカエル、そしてガブリエルにとっても、その現象は理解の範疇を超えていた。

215 :177 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:54:49 ID:???

「失態ね、間に合わなかったわ」
 新たなる人物の出現。彼女の表情は険しい。
「マリナ……貴女…………」
 めまぐるしい展開に、ガブリエルは混乱している。
「久しぶりね、ガブリエル。それにしても……こうなってしまっては、もはやアタシたちの力の及ぶところではないわ。しばらく傍観していましょ?」
「何を悠長な。まずは説明してもらおうか」
 ミカエルの語気は荒い。
「あら、解らないのかしら? ベルンを連れ去ったのは神に他ならないわ。困ったものね、彼女にも」
 その場にいた三人は、皆同様に押し黙ってしまった。
 神――彼女が何を考えているのかは、知る由もない。

216 :178 ◆APHEYAlDJU :2007/10/17(水) 23:56:20 ID:???

 加速の途中で強制的に次元転移させられたため、ベルンの目には奇妙なものが映っていた。
 本来行われていたであろう事象が、映像として宙に融けていく。同時にベルンは、自分の中から時間が吐き出されていくのを感じた。
 不思議な感覚だった。
 ふと我に返ると、そこは白で支配された空間。見覚えがある。
ベルンは宙に浮遊しつつ、周囲に目を遣った。
「お久しぶりですね、ベルン」
 右上方から少女の声が。凛としたそれが、記憶と一致する。
「――またキミか。そろそろいい加減にしようよ」
 心底うんざりだ――言葉にこそしなかったが、ベルンの胸中は穏やかではない。
 行動と理由が乖離している。それが許される唯一の存在――神。
 翻弄されている自分がいる。思い通りにはさせない――そしてベルンは口を固く閉ざし、神の言葉を待った。

217 :179 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:06:43 ID:???

「ゆるやかな輪廻の刻が、目に見えて狂っていきます。この宇宙が終わるのであれば、それでも構わないと思っていたのですが、
いざこの身が消え去るとなると、やはり恐ろしいものですね」
 呟き、独り言。会話が成り立つ余地はない。
 なおも神は、言葉を紡いだ。
「またしても運命は、我が手が下されるのを拒んだ。しかし、ビヒモスとリヴァイアサンが互いに殺しあう――これはかつてと同様ですね。
結果、ミカエルとガブリエルが掃討に向かうこともなく、伝説をなぞる形となりました。ただし、そこに人間たちが関与していたというのは見逃せません」
「意味不明だよ、キミの言動、その一切はね。そろそろ本題に入ってくれないかな?」
 どうやら我慢の限界だったようだ。たまらずベルンは、言葉を挟んだ。
「ああ、そうでしたね。天界――セフィロトの樹へ訪れるには、厳正なる手順というものがあります。
それをアナタは、中枢部へと直接転移し、あまつさえミカエルとの交戦に至った。これは由々しき事態です。まだ――まだその時ではありません」
「じゃあさぁ、ボクの処遇はどうなるの?」
「遊びましょう、私と。この十一次元であれば、誰の邪魔も入りません」
「なるほどね。けど、戦況が気になるよ、魔界でのね?」
「心配はいりませんよ。あの戦力であれば、やがて十次元に至り、サタン、それからルシファーともども葬り去ってしまうことでしょう。
そのような未来が、私には分かるのです」
 戯言にしか聞こえないが、神の言葉ゆえ、やはりそれはきたるべき真実なのだろう。
 こうなってしまうと、ベルンは一切に興味を失い、脱力し、先ほどから体を包み始めた睡魔に身を委ねることにした。
 宙に浮いたまま眠りについてしまったベルンを、神は微笑ましく思う。
「戦士の休息ですね。今はただ、ゆっくりときたるべき刻を待ちましょう。私にもっとも近しい存在、ベルン。
いずれアナタとひとつになるのが私の願い」
 祈りにも似た呟きが、寂寞とした空間に微かな揺るぎを与える。
 穏やかなる時間。
 一方魔界では、マルジェラたちによる激戦が繰り広げられようとしていた。

218 :180 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:23:52 ID:???

 失楽園。その上空が灰色に染まっている。
 この魔界の九次元に、およそ天候というものは存在しない。
「ふむ、存在を隠そうともしないとはね」
 ジュンヤが剣を水平に構える。
「三体ってトコか? まあいい、オレひとりで片付けてやる」
「待って下さい。サリエル、ラグエル、それにレミエルまで……。いずれも“七人の大天使”に属する者。油断してはなりません」
 先走ろうとするマルジェラを、アンが諌めた。
「いや、いーんじゃない、ここはマルジェラに任せてもさ? それよかー、オレがさっき転移した場所の方がヤバイよ。
超巨大な光の柱が天を突き刺してた」
 どこか愉しげに言うチャラヤン。それを聞いてアンは、しばし回想した後、同様の現象に思い当たった。
「いけません、それは! それ、だけは……。ここは二手に分かれましょう。チャラヤン、アナタはその場所まで私を案内して下さい」
 一時を争う――アンの様子から、一同はそう判断した。
「じゃあやっぱりここはオレに任せとけ」
「勇ましいね、マルジェラ。だが、たったひとりで堕天使の集団に立ち向かうなど、無謀を通り越して愚かですらある」
「あ? 言ってくれンじゃねーの、ジュンヤぁ?」
「戦場ではプライドよりも優先されるべきものがあるということさ。さて、アンとチャラヤンは、早速その場所へ向かってくれ。
私たちもすぐに、転移先をトレースして追いつくよ」
「ええ。それではご武運を」
 そう言い残し、アンはチャラヤンに導かれ、空間転移をする。
 残されたふたりは、互いに目を逸らさず睨み合っていた。
「やれやれ、過小評価されたモンだナ、オレも。いいゼ、見せてやるよ、オレの力を」
「ならば私も証明してみせよう。闘いには常に優雅さが求められている事を」

219 :181 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:25:45 ID:???

“ズバヒュヂュワギュワシュピンッゾドドガーッ”! 天空に光の波紋が広がったかと思うと、数え切れない光の矢が降り注いだ。
「喰らうなよ! 分解されちまうゼ!?」
「君こそな」
 マルジェラとジュンヤは、次々と光の矢をかわしていく。
 すると今度は、垂直ではなく水平の角度から、おびただしい熱量の光線が駆け抜けた。
「ジュンヤっ!」
「ああ」
 ふたりはアイ・コンタクトを交わし、次のアクションを決める。
 宙に舞い上がり、互いに蹴りを放つ。その反動で上空まで上り詰めていた。
「ほう、かわしますか、あれを!」
 ラグエルが歓喜の声を上げる。その首を、背後に回ったマルジェラが掴んでいた。
「な……にぃ!? 地上を這い蹲る虫けら如きがっ!」
 ラグエルは憤怒の表情を浮かべ叫ぶ。しかし、それでマルジェラが怯むことはなく、さらなる憤りを込めて言い放った。
「テメーらはいつもそうだよ。自分は強ェーって信じて疑わずに人間を見下す。とりあえず逝っとけ!」

220 :182 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:26:56 ID:???

 ラグエルの首を掴んでいた左手を手前に引き寄せ、右ストレートを放つ。
 そのマルジェラの拳を、ラグエルの白く巨大な牙が襲った。
 だがマルジェラは躊躇わなかった。ラグエルの大きく開いた口に、マルジェラの迷いのない拳が突き刺さる。
 それは、幾重にも張り巡らされたプロテクトさえ破壊する一撃だった。
 あまりの勢いに、その拳はラグエルの頭部を貫通してしまう。
 大量の血飛沫。
 そしてマルジェラは、すでに絶命しているラグエルの体を投げ捨てて、残りの敵に言い放った。
「まだ遊びだと思ってンのか、ああ? 本気でこいよ!」

221 :183 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:28:01 ID:???

 一方ジュンヤは、サリエルと対峙していた。
「なるほど、やはりエレガントではないね。君のように立場ある者から見て、どうだろう、ああいった闘いは」
 サリエルからの返答はない。いや、それだけの余裕がなかったのだ。
 不可視の剣による一撃。しかも、予備動作など一切ない。
 切り落とされた右腕はすでに復元しているが、このままでは一方的な敗北を喫してしまうだろう。
 近距離での戦闘は分が悪い。相手が追撃してこなかったのは幸いだ。
 余裕のつもりだろうが、それが命取りになる。サリエルはジュンヤから距離をとり、自身の持つ最強の魔法に備えた。

222 :184 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:30:20 ID:???

 邪視――イーヴィル・アイ。サリエルは、見つめただけで相手の動きを封じたり、また、死に至らしめたりする能力を持っている。
 そのサリエルの目がジュンヤを捉えた。死には至らないが、動きを封じることには成功する。
 ここだ、とサリエルは思った。右手を頭上に高く掲げ、「散れっ!」の一声とともにその手が振り下ろされた。
“ピシャオォーズドンッ”! 落雷が天と地を突き刺す。その中心にジュンヤがいた。
 おそらくその一撃だけで、中級悪魔の数億体は葬り去れるであろう威力。加えて、持続時間が長い。
発生した電磁場は未だに、さながら巨大な塔のようなものを形成している。
「不気味な男ではあったが、私と相対したのが不運だったな」
 サリエルは己の勝利を確信し、レミエルの戦況を見に行こうとした。
 ところが、ふと目を遣ると、電磁場の中に男の姿があった。しかも無傷のまま。
「バ……カな……!?」
 あってはならない現象に、サリエルは我が目を疑った。

223 :185 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 00:33:13 ID:???

 ジュンヤがゆっくりと電磁場の中から出てくる。その姿にサリエルは、怖れすら抱いた。
「一方的な闘い、というのが一番効率がいいのだがね、やはり相手に華を持たせるというのも私の美学に沿う」
「なん……だと……!?」
 遊ばれていた――しかしそれをサリエルは、認めるわけにはいかなかった。
「貴様……貴様だけはぁーっ!」
 怒号。右手に剣を構える。
「おや、私の趣向は気に入ってもらえなかったかな? なるほど、では――――」
 ジュンヤの姿がサリエルの視界から消える。
「お別れだ」
 背後からの声。それに気付いた瞬間には、サリエルの首は胴体から分断されていた。
 意識は空白へと突入し、その体は灰になっていく。
 そこにはいかなる苦痛も絶望もない。これがジュンヤなりの慈悲だった。

224 :186 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:09:22 ID:???

 地上を見下ろすと、マルジェラと一体の堕天使、レミエルの姿があった。
 ゆっくり観戦させてもらおうか――ジュンヤは、彼らから少し離れた場所へ降り立つ。
 すると、レミエルの体から、位相の揃ったきれいな物質波が放出されているのが見えた。
「ほう、アレは“ド・ブロイ波”か。マルジェラが何か仕掛けているのかな?」
 予感。身の危険を感じ、ジュンヤはその場所からさらに遠くへ離れる。

225 :187 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:13:16 ID:???

 レミエルは、先ほどから自身の体に異変を感じていた。周期的に存在が揺らぐという危うい感覚。
 それが目の前の敵――マルジェラによってもたらされているのは間違いなかった。
「貴様……何を企んでいる……?」
「なに、優雅さがどうとか忠告されたンでね、意趣返しってトコかナ?」
 マルジェラは、ジュンヤが近くにいることを悟っていた。そしてその言葉は、確かにジュンヤの耳に届いていた。
「ふっ、お手並み拝見といこうか」
 呟く。その瞬間――百フェムト秒――レミエルの体が光ったのを、ジュンヤは見逃さなかった。
「アレは……光の微小共振? となると、敵のエキシトンの実効質量を、水素原子の質量の百万分の一にまで軽量化したことになるな」
 ジュンヤは、マルジェラが行使しようとしている業の全貌が見えてきた。
 しかし、それはあまりにも複雑な業である。もし完遂できるようならば、最大の賛辞を以ってして讃えねばならないな、とジュンヤは思った。

226 :188 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:15:36 ID:???

「エレガントだかなんだか知らんが、やっぱりオレぁブルータル・トゥルース! 喰らいやがれ!
“病人と弱者は、より多くの精神を持ち、より変幻自在で、より複雑で、より興味深く、より悪意がある。病人こそが悪意の発明者であっただろう”――――」
 紡がれる魔法の詠唱。レミエルは為すすべなく、懸命にプロテクトを周囲に張り巡らす。だが、手遅れだった。
「これで終わらせる! 灰になりやがれ! “終わりなきルサンチマンの炎”!」

227 :189 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:16:52 ID:???

 文字通りレミエルは、刹那の時間で灰になってしまった。
「真空中に捕獲された原子に比べ、百万倍も高温の絶対温度四度で“ボーズ・アインシュタイン凝縮”を成し遂げただと!?」
 普段は泰然自若といったジュンヤだが、これには驚かざるをえなかった。

228 :190 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:20:56 ID:???

「お見事。さすがとしか言いようがないよ」
 ジュンヤがマルジェラのそばまで来て、褒め称える。
「それにしても静かな闘いだったね。おそらく敵は、何も理解することなく逝ってしまっただろう」
「これがオレの流儀だゼ。それはいいとして、アンたちが気がかりだ。早速トレースして転移し、合流しようじゃねーの」
「そうだね、もっともだ。その光の柱とやらが敵であるようならば、かなり厄介だからな」
 そしてマルジェラとジュンヤは転移を果たす。待ち構えている敵の圧倒的な戦闘力など、この時点では予想だにできなかった。

229 :191 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:29:53 ID:???

 光の柱とは、言い得て妙だった。まさしく、見る者を圧倒するスケールでそびえ立っている。
 アン、それからチャラヤンと合流したマルジェラとジュンヤだが、誰も口を開こうとしない。
 しばしの沈黙の後、ジュンヤはアンに問いかけた。
「アン、君はこの現象に思い当たることがあるんじゃないのかな?」
 光の柱を見上げながら、アンが答える。
「かつて、四大天使のひとりでありながら、堕天という屈辱を味わった天使がいます。その名はウリエル」
 ウリエルといえば、武勇においてミカエルとガブリエルに次ぐ者。
 名前を聞いただけでジュンヤは、その力の強大さを理解した。
「話の流れからすると……まさかとは思うが、あの光の柱が……?」
「聡いですね、ジュンヤ。まさにあれがウリエルです」
「ナンだと……?」
「まさか……ねぇ?」
 マルジェラとチャラヤンはともに、驚きの色を隠せなかった。
 どう対処していいか分からぬまま、時間だけが過ぎていく。
 いち早く異変を察知し、アンが声を上げる。
「――来ます。各自戦闘に備えて下さい」

230 :192 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:32:40 ID:???

 トランスフォーム。そびえ立っていた光の柱。その光が弾けた途端、人間の三倍はあろうかという巨大な天使が出現する。
 彼は、ゆっくりとマルジェラたちに近づいてきた。
「見たところ人間か……忌々しい。二度に渡り堕天の汚名を受けた我が怒りなど、到底解るまい」
 たちまちウリエルの体に、黒い炎が纏われる。
「禁忌などもはや些事に過ぎん。いずれ必ず、人間界は滅ぼすとしよう。同様に、天界における我が同胞らもまた敵だ。
天使としての誇り、名誉、全て奪い去ってくれようぞ」
 ウリエルの威圧感は、常軌を逸していた。無意識のうちにマルジェラたちは、少しずつ後退していく。

231 :193 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:37:04 ID:???

 どちらが先に仕掛けるか、互いに相手の動向を探りあう。
 その遥か上空には、レイの姿があった。
 衝動に駆られる。確かにレイが戦闘に加われば、ともすれば手にした究極兵器――ムラマサ――によって、
一撃でウリエルを屠ってしまいかねない。
 だが、それでは意味がないのだ。あくまでもマルジェラたちが奮戦し、新たなる領域へと上り詰めなければならない。
 ふと、その場にベルンの姿がないことに違和感を覚える。
 まさか――レイは考え得る可能性を全て並べ、その中から真実を選択した。
 神の気紛れにも困ったもの。この闘いを見届けたなら、天界にいるマリナのもとへ赴こう――そうレイは決意する。

232 :194 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:38:29 ID:???

「まずは敵の攻撃を防ぎきる――いえ、完全に回避することです」
 アンの冷静な言葉に、一同は落ち着きを取り戻す。
「そして反撃か。こうなったらメンドーだ、全員でまとめてボコボコにしてやろーゼ?」
「そうだね、それが懸命だ」
「正直、逃げ出したい気分だけど、この場に居合わせたのが運の尽きってワケね」
 マルジェラに鼓舞されて、ジュンヤとチャラヤンも覚悟を決めた。
「矮小なる人間どもめ! 死が万物を司る平等普遍なるものであることを思い知れ!」
 ウリエルが雄叫びを上げる。それが戦闘開始の合図となった。
 ここに、かつてないスケールの闘いが繰り広げられる。

233 :195 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 18:42:34 ID:???

 ウリエル。その名は“神の炎”を意味する。
 役職は太陽の運行と、人の魂の守護者。
 しかし彼は今、すでに天使などではなかった。怒りで人が殺せるのなら、今の彼がまさにそうだろう。
 膨れ上がる怒気。それは大気を震わせ、地を轟かせる。
 ウリエルの体は、もはや灰色を通り越して暗黒に染まりつつあった。
 彼のシンボルである焔の剣からは黒煙が立ち昇り、禍々しさの象徴と変わり果てている。
 こんな相手とどうやって闘っていいのか――マルジェラたちはほんの一瞬たりとも警戒を怠らず、ウリエルの動向を窺っていた。

234 :196 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:02:51 ID:???

 マルジェラ、アン、チャラヤン、ジュンヤ――四人の姿を確認し、ウリエルは剣を構え攻撃に備える。
 それを見てアンは、その手に持つ真紅の剣、その輝きをオレンジに変えた。
 スピードではなく威力を重視したのだ。
「私が先陣を切ります。敵は恐るべき切り札を持っていますからね、それを阻止しなければ」
「お、おい……まさかアイツと格闘戦やらかそうってのか?」
 マルジェラの問いに、アンは緊張した面持ちのまま答える。
「ええ。それによって相手の出方を見ます」
「それなら私が適任だと思うのだがね。これでも剣の扱いにおいては、レイのお墨付きだぞ」
 ジュンヤの申し出に、アンは首を振らない。
「今アナタたちに出来るのは、自らの持つ最大の業を構築する、あるいは、転移魔法を使い、この場からエスケープを試みること。私に構う必要はありませんよ」
 サクリファイス――その言葉が一瞬、マルジェラの脳裡をよぎる。
 本来後方支援、回復魔法で皆を援護するポジションにいるアンが、何故こうも先走ろうとするのか。
 もしかしたら過去に何か――そう、ウリエルとは因縁めいたものがあるのかもしれないと、マルジェラは考えた。
「分かった……ってコトにしとくゼ? 要は、さっさと決着をつけちまえばいいだけの話だ」
「それは頼もしいですね、マルジェラ。それでは――行きます!」
 そう言い残し、アンはウリエルへと全力で疾走していった。

235 :197 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:05:46 ID:???

“ドンッ”! “ドンッ”! “ガギョラッ”! “メキャギュオンッ”!
 秒間一万六千発打ち合う。
やはりウリエルの戦闘スタイルは、手数よりも威力重視のようだ。それを見越してアンが武器の形態を変化させていたのは、正解だったといえる。
 ウリエルの一撃一撃に、アンの肉が、骨が軋む。
 防御に徹し、敵の隙を突いて反撃しようと思ったが、どこにもそのような余裕などない。
 アンは一度、ウリエルから大きく距離をとった。やや呼吸が乱れている。
「人間め……またしても我に刃向かうか。だがな、女、貴様ごときでは我を阻むことはできまいよ」
 ウリエルが不敵な笑みを浮かべて言う。
「それはどうでしょうか。アナタは己が力を過信しています」
 アンは、ウリエルを真っ直ぐ見つめながら言い放った。
「ほう……言うではないか、人間風情が。よかろう。余興はこの程度にして、瞬時に消し去ってくれるわ!」
 ウリエルの全身から魔力が大量に放出される。
 来る――アンは、ウリエルの奥義に備えた。

236 :198 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:07:58 ID:???

「悪なるかな、悪なるかな、悪なるかな、昔いまし、忌々し、後きたりたもう、主たる不能の神――
――灰燼と帰すがいいっ! “裏サンクトゥス”!!」
「トリスアギオンの歌!? しかも亜流!?」
 超悪性言語による暴力の行使。
 避けられない――アンは絶望に駆られる。
 が、そこにチャラヤンが現れ、瞬時のうちに魔力を展開し始めた。
「チャラヤン……アナタ何を……?」
「ちょっとね、試してみようかと思うんだ、次元転移とやらを。ひとつ下……八次元になら可能だと思う。
ひとまずここは、マルジェラとジュンヤに任せよう。オレらはエスケープしないとね」
 そしてチャラヤンは、自身初の次元転移を試みる。すると彼の姿は、この九次元から消え去った。
 それを見届けて、アンは「ごめんなさい」と呟く。
 何故彼女がその場にとどまったのかは知る由もない。

237 :199 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:14:30 ID:???

「おいおい、磁場が不安定になってきたぞ」
 こうなっては、マルジェラも冷静ではいられない。
「ふむ、磁束管がねじれているようだね。これはいけないな。乱発型フレアが誘発される前兆といったところか」
「この局面でよくもそんな……! ちったぁ危機感を持てってンだ、ジュンヤぁ?」
「確かにこのままでは、灰にされてしまうだろうさ。だが、君には最も安全な場所があることが分からないのかな?」
 ジュンヤの問いかけに、しばしマルジェラは、考えを巡らした。
「――そうか! よし、ウリエルの野郎に一泡ふかせてやろうゼ!」
 相手の業に対抗するでもなく、マルジェラとジュンヤは対魔法プロテクトさえも解除し、転移魔法に備えた。

238 :200 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:17:33 ID:???

 磁束管がねじれて繋ぎ変わる“リコネクション”によって、弾ける光をともなった超極大爆発現象が起こった。
無数の炎の龍が出現し、所狭しと駆け巡る。
“シュワワーンン”! “ビヒュウウッ”! “ギキューン”! “ドドロオオオオーン”!
 オーヴァー・キル――まさにその言葉が相応しい。
九次元全体が混沌の渦に巻き込まれ、生物は消滅し、失楽園は地獄と化す。
「我が怒りは未だくすぶっている。だが、これで多少は溜飲が下がったというもの」
 ウリエルは愉快そうな表情でそう言った。
「そいつぁ重畳」
「気は済んだかね?」
「なっ!?」
 驚愕。背後からの声。ウリエルが振り返ると、そこにはマルジェラとジュンヤがいた。

239 :201 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:27:54 ID:???

 強大な魔力を行使する際には必ず、自らの身を守るための結界、プロテクトを施す。
 だが、ウリエルの作り出した結界は、他者の侵入を許さないほどに強固なものであったはず。
「何故……我が結界内に……?」
「簡単なコトさ。オメーが結界を張る前に、オレたちはすでに背後にいたンだよ、オメーのナ?」
 飄々としたマルジェラの態度に、ウリエルは憤怒の表情を浮かべる。
「ところで、私たちはいいとして、アンは直撃だったのではないかね?」
 ジュンヤの言葉に、マルジェラははっとした。
 確かにその通りだろう。最悪の事態がマルジェラの脳裡をよぎる。
「スマン、ここは任せた。オレは……アンを探し出す、必ずナ!」
 そしてマルジェラは、未だ暴虐が収まらない地上へと身を投じた。

240 :202 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:30:18 ID:???

 両腕、両足が消滅してしまっている。残された胴体も、徐々に融解しつつある。
 そんなアンを目にして、マルジェラは固まってしまった。
 即死を免れたのは幸いだが、今の自分に何ができるだろうか。懊悩。地に片膝をつき、右拳を地面に叩きつける。
 回復魔法――それも超上級の――が求められる場面ではあったが、あいにくマルジェラはそういった力を持ち合わせてはいない。
 怯懦――とでもいえばいいのか。マルジェラは、自らの無力さを呪った。

241 :203 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:31:59 ID:???

 漆黒の女性がふわりと舞い降りてくる。その女性とは、レイに他ならなかった。
「嘆き、哀しみ――ここはそういった局面ですか? アンのことは私に任せて、マルジェラ、アナタは己が為すべきことを」
 光明。解きほぐされる。そしてマルジェラは決意した。
「分かってるさ、レイ。ただ……今のオレは力を抑えるコトができねーと思う。いざってときにぁ……頼むゼ?」
 上空ではジュンヤとウリエルが、剣と剣とで激しく打ち合っている。
 しかしマルジェラは、もはやいかなる状況さえ気にかけようとはしない。
 その胸中にはただひとつ、ウリエルの打倒のみがあった。

242 :204 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:34:53 ID:???

「“それゆえ倫理は、私が、すべての生きんとする意思に、自己の生に対すると同様な生への畏敬をもたらそうとする内的要求を体験することにある。
これによって、道徳の根本原理は与えられたのである。すなわち生を維持し促進するのは善であり、生を破壊し生を阻害するのは悪である”
――“シュヴァイツァー”より紐解く……“文化と倫理”!!」

243 :205 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 20:36:11 ID:???

 マルジェラの行使した魔法は、禁忌の類に入る。途端にレイが青ざめた。
「これ、は……いけない、まさかこの場で“ガンマ線バースト”を!? 銀河系の外の宇宙まで消滅してしまうわ!」
 ふたつの中性子星がこの宇宙に迫る。
 今ここに、超新星爆発が為されようとしていた。

244 :206 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:04:48 ID:???

 音もなく、ビッグ・バンの一ミリ秒後に匹敵する温度に達する。刹那の現象だった。
 そのエネルギーは、通常の超新星爆発の数億倍だろうか。
とにかく、計り知れぬ暴虐の嵐が、ここ九次元のみならず、宇宙全体を覆う。
 すでにウリエルの姿はなかった。危機感を抱く間もなく消滅――あるいは因果律からロストしてしまったのかもしれない。

245 :207 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:05:56 ID:???

 危機に陥った宇宙。その因果律を、レイ、マリナ、ヴィヴィアンが書き換えていく。
 かくして事態は、急速に収拾へと向かったのであった。

246 :208 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:08:56 ID:???

「ふむ、正直どうなるかと思ったぞ。まあこれで、君の私に対するプライオリティが窺えたがな」
 生き残ったジュンヤ。彼の態度は、平時のそれと変わりない。
「あまり困らせないで頂きたいものですね。いくら追い詰められていたとはいえ、禁呪を使用するとは……。
バーストのエネルギーを用いる際は、遠方の宇宙で起きているそれにとどめておくべきです」
 レイはひとつ、大きなため息をつく。
 一方マルジェラは、あまりにも莫大な力を行使したため、放心状態にあった。
「ん…………」
 仰向けで倒れていたアンが目を覚ます。レイによって超高速での回復措置が施されていたため、
その全身は完全に復元されている。そしてアンは皆に問いかけた。
「戦況は……戦況はどうなったのですか?」
 マルジェラが遠くを見据えながら、一言、呟く。
「勝ったよ」

247 :209 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:20:59 ID:???

 十一次元というのは、ベルンにとって非常に居心地のよい場所になっていた。
 酩酊感とまどろみ。
 どれだけ時間が過ぎただろう。ベルンは、未だに眠り続けていた。
 宙に浮き、恍惚とした表情で眠っているベルンに、神が静かに語りかける。
「ウリエルが散りました。これも予定調和に過ぎませんが。それにしても……アナタがここまで怠惰だったとは……。
いいでしょう、遊戯に興じるには相応しい場所があります。そこで――」
「……何をさせる気?」
 ベルンが目を開いた。意識は朦朧としている。
「アナタのためでもあり、また、私のためでもあります」
「ああそう」
 素っ気ないベルンの反応。だが、こんな遣り取りにも神は、すでに慣れ始めていた。
「とある星へ。運命は不確定。そこでアナタがどのような行動に出るかは自由、アナタの思うがままに」
 不可思議な転移魔法。ベルンの反応を待たずに、何処とも知れぬ場所へ誘う。
「前人未到。どうか私を愉しませて下さい。全てを成し遂げた暁にはきっと――」
 神の気紛れか、あるいは……。いずれにせよベルンにとって、最終段階ともいえる試練が待ち構えている。
 いかにして彼がそれを乗り越えるか――神は、久しく感じていなかった昂揚感に、恍惚とした表情を浮かべた。

248 :210 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:26:37 ID:???

 第十惑星セドナ。冥王星より三倍遠い軌道を回り、おそらく氷と岩でできているというのが、多くの観測者の見方だ。
 しかしその実態は、まさに神のみぞ知る。
 惑星セドナの表面は事象の地平面に覆われ、その内部はブラック・ホールと化している。
 つまり絶対零度の世界。
 そこには、魔界でも十四名しかいない魔神と呼ばれる存在のうちの数名、それから、九十九名の魔王、その多くが閉じ込められている。
 無論、そういった強大な力を持つ者のみならず、無名の、そして無数の悪魔たちが同様に封じられていた。
 その数、総勢六百六十六億。
 そしてベルンは今まさに、惑星セドナの内部にいた。

249 :211 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 21:29:52 ID:???

 南極どころじゃないな――氷漬けにされた悪魔たちを横目に、ベルンはそう思った。
「やっと十一次元から解放されたのですね」
 レイが次元転移をし、ベルンの隣に現れる。正直途方に暮れていたベルンにとって、まさに道標の出現といえるだろう。
「この惑星――セドナ自体は、三次元に在ります。しかしその内部は十次元。
さて、アナタの存在によって、この世界は間もなく動き出すでしょう――マイナスの方向へ」
 ベルンは特に口出しするでもなく、淡々とレイの話に耳を傾けていた。
「惑星セドナの出現ポイントは、月の裏側です。このままでは、この銀河系の摂理が狂ってしまうことでしょう。
加えて、一体の悪魔でも逃そうものなら、地球、人間界にどのような害がもたらされるか分かりません」
「これが……悪戯のつもり? 笑えないね。今度逢ったなら、神様には相応の報いをしなければいけなくなった」
 口調こそ穏やかであったものの、ベルンは神に殺意さえ抱いていた。
「刻が――動き出します。アナタに全てを託しましょう。どうかご武運を」
 そしてレイは再び次元転移し、自らの領域へと戻る。
 たったひとりの人間に対し、六百六十六億の悪魔。無謀どころの話ではない。
 だがベルンは、この闘いを通じ飛躍的に覚醒していくこととなる。

250 :212 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:16:45 ID:???

 巨人族、龍――ドラゴンたち。
 いずれも魔界では見かけなかった種だ。その理由がこの惑星セドナにあった。
「なるほど、此処に封じられていたってワケね。かわいそうに、神様の酔狂に弄ばれて。すぐに――解放してあげるから」
 そっと、頭上を覆う悪魔たちに囁きかける。
 そしてベルンは、自らの中に在る時間を解放していった。この星の時間軸にアクセスし、マイナスの方向へ時間を動かそうとする。
 絶対零度の世界。それが今、融解現象を経ずに変化していった。
 静かに――静かに、氷の中に封じられていた悪魔たちが目を覚ます。

251 :213 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:18:01 ID:???

 歩を進めベルンは、比較的低級の悪魔が集う場所へ移動した。
 蠢く闇。
 目覚めた悪魔たちは、自らの置かれている状況が解らないでいる。
ただ――視界の隅に現れたひとりの少年に何か異質なものを感じ、すぐさま臨戦状態に入った。
「生きるというコトが問答無用なら、もたらされる死もまた同様。散るがいいよ、鮮やかに」
 宣告。
「ふ、はは。見たところ人間、それも年端のいかぬ者のようだが、我々をどうしようというのだ」
 無数の悪魔たちの中から、そんな声が聞こえた。
 そのような虚勢に対してさえベルンは、憐憫のひとつも抱かなかった。
 透明な心が選択した言葉はただひとつ。
「ごめんね? さよなら――」

252 :214 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:19:57 ID:???

 惑星セドナの南半球に、極大の光が一閃した。
 それを外部から見つめていたレイに戦慄が走る。
「こんな……こんな規模の現象行使など在り得ない……!」
 星の中では、視界が灰一色に染まっていた。
「これで十億ってところか……」
 ベルンはもはや、物理攻撃や魔法などを超越している。
 原因という枷から逃れ、純粋に結果のみを行使せしめる神の領域。
 ここにベルンは、そのスピードにおいて完全に覚醒しつつあった。

253 :215 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:27:03 ID:???

 ウリエルを倒したことにより、マルジェラたちはこの九次元を制したといえる。
 実際、視界の彼方には、十次元へと誘う螺旋階段が出現していた。
 しかし一行は、その場を動こうとしない。特にマルジェラなどは、仰向けに寝転んでしまっている。
 各々が複雑な想いを抱いているのだろう。これまでの闘いは、確かに熾烈を極めていた。
 だが、十次元に至ってしまえば、それすら凌駕するであろう、想像さえ追いつかないほどの闘いが待っているのは明白だ。
「レイ」
「――はい」
 マルジェラは上半身だけ起こして、つい先ほどこの場に戻ってきたレイに訊ねた。
「話をしてくれ。なんだっていい。そうだナ……できれば“この宇宙”に関して」
 レイは一瞬戸惑う。とはいえ、いつまでも秘密を抱えているわけにもいかない。
 それが理解できる相手になら情報をシェアしてもいいだろうとレイは考え、一度その場にいた全員の顔に目を遣ったあと、ゆっくりと話し始めた。

254 :216 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:30:50 ID:???

「この宇宙が生まれたのは、一万二千年前のこと。幼き宇宙です」
 一同に動揺が走る。ただ、アンひとりだけが冷静に受け止めていた。
「しかし……それだけの期間でこれだけの文明が成り立つとは思えないな。
いや、人間界だけではない。天界であれ魔界であれ、もっと遡った過去があって然りだろう」
 ジュンヤの言葉に「そうですね」と言って、レイは話を続けた。
「宇宙というのは何も、唯一無二のものではありません。
母なる宇宙から子としての宇宙が生まれ、そうやって無数の宇宙が遍在しているのです。
私たちのいるこの宇宙は、隣の宇宙から分岐したもの。そう、百八十億年もの歴史を持つ宇宙から」
 レイの言葉が沈黙をもたらす。彼女は構わずに話を続けた。
「ですから、この宇宙は隣の宇宙のコピーともいえるでしょう。だから見も知らぬ過去を持ちます。
さて、天界と魔界の時系列は、滞りなく未来へと進んでいます。
因果律からロストしない限り、滅ぼされた者もまたすぐに再生されますしね。ところが人間界だけは例外です。“四百年周期”――」
 そこでレイは言葉を区切り、一度空を見上げ再び口を開く。
「人間同士で滅ぼし合うか、または地上にサタンとミカエルが舞い降りて、壮絶なる闘いを繰り広げるか……
いずれにせよ人間界は、四百年に一度滅びをむかえるシステムとなっております。
そして空白期間を挟まずに、すぐさま文明ごと復元され、三次元へと再び姿を現すのです。
輪廻――とでもいうのでしょうか、こればかりは私にも解りかねます」
 冗談としか思えない話だ――マルジェラは内心そう思ったが、どこかでレイの言葉を信じている自分がいた。

255 :217 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:32:39 ID:???

「まあその話の概要は解ったよ……一応。じゃあ今度は、神とは一体ナンなんだってコトを聞かせてもらいてートコだナ」
 レイに問いかけたのは、やはりマルジェラだった。他の三人――アン、チャラヤン、ジュンヤは、その口を固く閉ざしている。
「その前に人間の話をしましょう。天使たちからすれば、いかなる懲罰を以ってしても購えぬ大罪を犯し続ける――
――また、悪魔たちのやむなき破壊衝動の対象、それが人間です」
「なるほど……矛盾しているナ。人間界はその四百年周期とやらを度外視しても、いつ崩壊してもおかしくはない」
「それはですね、マルジェラ。天使と悪魔には、人間という種を滅ぼせない理由があるからです」
「理由?」
「ええ。人間の持つ想像力、信仰心や恐怖が天使、それから悪魔をメタファライズしている――。
つまり、人間は天使や悪魔にとって創造主であるといえるでしょう」
 皆が衝撃を受ける。初めて魔界を訪れたとき以上の。
それだけにレイの告知は想像を超え、抱えきれぬ重たさをともなったものだった。

256 :218 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:33:38 ID:???

「では話を神に戻しましょう。神とはこの宇宙における、最初の人間――最初の感染者です」
「感染者って……?」
 チャラヤンが口を挟む。
「生命にいかにして人格が宿るか……難解ではありますが、言ってしまえばそれは、ひとつの肉体にひとつの人格――ウィルスが宿るからです」
 あまりにも突拍子もない話だった。
 一同は沈黙を保ち、レイもまた、それ以上語ろうとはしなかった。

257 :219 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:50:27 ID:???

 煩わしい言葉さえ通過点。思考を止める。判断ではなく反応で行動。
 偽り、と見下す者の目には映らないほどのスピード。
 輪舞。舞踏会さながら。
 舞い散る闇の輝き。
 悪魔たちは次々とバドロン族、レプトン族などの素粒子にまで分解されていく。
 ベルンの前に山脈がそびえ立つ。龍の群れだ。
「か……加速が止まんなくてさぁ……。今止まったら壊れちゃいそうだよ。けど――違うね! キミらが遅すぎるのさッ!」
 遠くから光が逆流してくる。それはベルンの手によって確定された過去だった。
 過去、という強大な、それこそ神の領域の力に逆らうには、いかにドラゴンといえど不可能である。
 マイナスの時間に侵蝕されて、実に百二十体もの龍が鮮やかに舞い散る。
 分解されたそれは、グザイ粒子、シグマ粒子、ラムダ粒子、K中間子、パイ中間子などになり、もはや肉眼で捉えることはできない。
「びっ、“渺”!? 十のマイナス十二乗のスピード!?」
 十次元へと向かったマルジェラたちと別れ、再びこの惑星セドナに舞い戻りベルンの闘いを見守っていたレイだが、
そのあまりのスピードに驚愕する。
 そう――今のベルンのスピードは、レイが行使可能なそれをも凌駕しようかという凶悪なものだった。

258 :220 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:52:45 ID:???

 ここでなら使用可能だろう――ベルンは陽電子と反陽子を召喚する。
「まさかこんなところで対消滅を!?」
 上空にいたレイは、背筋が凍る思いだった。
「まとめて消えちゃえッ!」
 躊躇いもなくベルンは、現象行使をしてのける。
 莫大なエネルギーを持つ電磁波が放出され、およそ十億は下らない悪魔たちが消滅した。
「この光のエネルギーは……間違いないですね、振動数に比例するもの。
不確定性理論を用いれば、電子の位置が確定すると運動量を見失い、その逆もまた然り。
こうなってしまうと、いよいよプランク定数を以ってしてベルン――彼の惹き起こす現象を理解していかなければなりませんね」
 昂揚感。それは確かに、レイの胸の内に在った。
 目を離せない――レイはこの闘いを最後まで見届けようと決心する。

259 :221 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 22:54:39 ID:???

 自分が周囲から異端だと言われ続けてきた理由が解った。それは、周囲の人間たちとの時間軸がずれていたからだと、ベルンは解釈する。
 見つめていたのは、ずっとずっと――遥か彼方、未来。
 自分にとっての今が、周囲にはあまりにも未来すぎた。
 かけ離れた時間。それは共有されることはなく、ベルンに孤独を与え続けてきた。
 どうして自分だけが――時として滂沱に暮れてきたベルン。
 そんな彼が今、未来の果て――過去の中で生きている。生きて、闘っている。
 覚醒に次ぐ覚醒。陶酔。孤独感はどこかに置き去りに。
 ベルンは誓う。たとえ宇宙にたったひとり残されても、その精神がいかに変容しようとも、最期まで自分のままで在り続けようと。

260 :222 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 23:40:11 ID:???

「さーて、過去に取り残されたいヤツは?」
 ベルンの一言で、三百六十度全ての敵の動きが止まった。
「イマはココにしかナイのさ! ボクのスピードが狂ってるって言うんなら、それを否定してみせなよッ!?」
 ヒザを斜めに折り、左腕は水平に伸ばして、右手は地面へ。
 そのままベルンは、その場で時間軸を歪ませながら回転する。
“ドボチャッグシャッズダラガガガガドバシュグオーンッ”!!  三百六十度全ての敵が、ノイズ混じりにスロー・モーションで破裂して真空と化した。
 まさに神の所業。しかしベルンにとっては、空気を掴むのと変わらない。
 視界に入る全てのものが止まって見える。
 境地。
 此処は静かだな――ベルンは目を閉じる。
 背後から莫大な熱源が迫っているのは分かっていた。両手を組み合わせ、それに供える。

261 :223 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 23:41:23 ID:???

 魔王クラスの悪魔が複数で放った超極大魔法。七色のそれはベルンの背後まで迫った。
 しかし――あるべきはずの爆発が、一向に訪れない。
 止まったかのように見えた時間。直後、光の洪水は方向を変え、天を突き刺し、緑と青の強力な電磁波が地上を穿つ。
「対粒子不拡散!? しかも荷電子と超伝導による攻撃までかわした!?」
 レイにはこの現象が理解できない。ただひとつ解るのは、ベルンがどこか別の次元で闘っていることのみ。
「ちょっと面白かったよ」
 ベルンのその声が、魔王たちに届くことはなかった。
「は、八十体は下らない魔王たちを一瞬で葬り去った!? 単一高結晶フィヨエルの殻を突き破ったというの!?」
 レイが驚くのも無理はない。魔王というのは、基本的に一撃で倒せるような構造はしていないのだ。
 なおも続くベルンによって惹き起こされる超常現象に、レイは半ば、思考停止しかけてしまった。

262 :224 ◆APHEYAlDJU :2007/10/18(木) 23:47:27 ID:???

「こうも常識が……ああっ、嘘っ!? 零振動量子真空特異空間相転移炉が破壊された!?
“悪魔の心臓”と呼ばれるアレを!? 一体どんな……あ、ベルンの体の表面に……
あ、アレはまさか波動直前位相ずらし防御膜!? どうりでどんな攻撃も通用しないワケね……」
 上空からは戦況がよく解る。それだけにレイは、眩暈がした。
 今ベルンが交戦しているのは、魔神クラスに相当する悪魔だ。
 空間迷彩した敵をいとも容易く捉え、一撃の拳で灰に変える。
 加速度影響を相殺し、拡散粒子弾頭弾までをも無効化した。
 無敵とはこのような状態を差すのだろう。
 この時点で六百六十六億の悪魔を、九割以上消滅させていた。
 もはや誰も――ベルンを止められない。

263 :225 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:03:07 ID:???

「やっと――辿り着いたようですね」
 サタンが閉じていた目を開いて言う。長かった瞑想の時間が終わりを告げる。
「奇妙な昂ぶりだな、兄弟? 何が得られるってわけじゃねーが、久々の出陣だ、血液が沸騰しちまうぜ」
 ルシファーは実に愉快そうだ。
「貴方の本領が発揮される、というわけですね。それは私も興味があります。で、誰がお好みで?」
「マルジェラ……だな。どうにも因果めいたものを感じる。小細工なしの戦闘スタイル……ね。こいつぁ面白くなりそうだ」
「ほう、なるほど。私はあのアンという女性が気になります。
妻の敵討ちというわけではありませんが、歌姫と称されながら、その実流麗な剣技を持ち、また、凶悪極まる攻撃魔法まで使用する
――是非、お手合わせしたい」
「となると、残りのふたりはアンリ・マンユにでも任せるか。ふぅ……まさかベルゼブルが消えるとはな」
 ここでひとつ、ルシファーは大きなため息をついた。
「どのような思惑があって……おっと、これは愚問でしたね。人間界ほど強固に作られている世界はありませんよ。
我々でさえ手が出せない。それなのに単独で……愚かですね」
「ふっ、まあな。それよか……お客さんのご到着だぜ?」
 その言葉で、ルシファーとサタンは立ち上がる。
 装飾等は全く施されていない暗黒の城、その階段をゆっくりと下り、ふたりは戦場へと向かった。
 その表情からは、決意と穏やかさが見受けられる。
 そう――聖戦に臨むかのような。

264 :226 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:04:20 ID:???

 覚悟は決めていた。それでも、ルシファーを一目見たとき、マルジェラの中の恐怖心が爆発した。
 筋肉が強張る。どれだけ堪えても、全身の震えが収まらない。
 ただひたすらに真空が広がる宇宙にひとり、放り出されたような感覚。
「待ちわびたぞ。まずはようこそ、と言うべきかな?」
 オーラ。全身に黒い炎を纏った悪魔――ルシファーが、一歩前に出て挨拶をする。そう、ただ挨拶をしただけなのだ。
 ところがマルジェラは、とっさに回避行動に出てしまった。
 後方、二百二十キロメートルまで転移する。
「おやおや、何やら慌ただしい客人だな。これは丁重におもてなしをせねばならんな」
 ルシファーは、マルジェラを追って転移した。
 乗り越えるべき壁はあまりにも大きい。
 それでもなお――マルジェラは立ち向かわなければならなかった。

265 :227 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:06:10 ID:???

「前回の闘いではお逢いできませんでしたね。貴女とならば、心ゆくまで闘える――そう思い、この日を待ち続けていました」
 サタンが想いを告げる。
 だが、アンの警戒心は緩まなかった。
「アナタがサタンですね。確かに先の闘いでは私が非力ゆえ、ここに立つことさえ許されなかった。しかし――今の私は違います」
「なるほど。ではそれを証明してもらいましょうか。――“皮膚粘膜眼症候群”!」
 いきなりサタンが仕掛けた。それにアンがすぐさま応戦する。
「そんな小手先の業をッ! “中毒性表皮壊死症”!」
「“全身性エリテマトーデス”!」
 互いに言語ウィルスによる病魔をぶつけ合う。
 それは、果てなき闘いを予感させた。

266 :228 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:08:45 ID:???

 竦む。相手を目視するごとに。
「うわぁあああぁッ!」
 闇雲に殴りかかるが、その拳には迷いが生じていた。
 当たらない。敵が――遠い。
 フェイントを入れてから攻撃するが、鮮やかなカウンターによって弾き飛ばされた。
 それはモーションなしで放たれた悪辣な蹴り。
 マルジェラは半ば意識を失いかける。

267 :229 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:09:29 ID:???

 どのように立ち向かえばいいのか。逃げ場などない。それは分かっている。
 ではどうすればいいのか――逡巡。
 ここで誰かに頼るようなことがあれば、その先には他者に依存した生き方しか残されていないだろう。
 己の存在感の希薄さが恐怖を生む。
 克己――それはマルジェラの無意識に委ねられた。

268 :230 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:12:14 ID:???

 地に伏せたまま目を閉じ、知らずに口ずさんでいた。
 羽のない天使の歌。
「“ゆるぎない力はここにも在る。信じ続けるから――立ち上がって歌うんだ。より強く、より高く飛べ、怖れてはならない”」
 それは灯台の光にも似て、マルジェラという存在を映し出す。
 生きることが問答無用というのなら闘い続けよう、とマルジェラは誓う。
 ここがマルジェラにとって、新たなる出発点となった。

269 :231 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:20:00 ID:???

 立ち上がる。怯むことなくルシファーを見据える。
「ほう……超克したか。いい目だ。愉しませてくれよ、この俺をな」
「“明けの明星”……おっと、今は“宵の明星”か。ここまでオレに恐怖を与えたのはオメーが初めてだゼ、ルシファー?」
 マルジェラとルシファーは、互いに距離をとった。そしておもむろに――
“ズギャッ”! “ドガラララッ”! “ベグオンッ”!
 拳が、蹴りが乱舞する。その一撃一撃が空間を大きく歪めていた。
 両者互いに譲らず――いや、ややルシファーの方に分があるだろうか。次第にマルジェラは、防戦一方になっていく。
 これが魔界を統べる者の力か――思い知らされた。だがもはやマルジェラは、恐怖から解放され、この闘いを純粋に愉しんでいた。

270 :232 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:22:06 ID:???

 超凶悪乱気流。発生に時間を有していない。
「しまっ……!?」
 既に上空を舞っていた。全身が切り刻まれていく。
 出血のため、マルジェラの視界が赤く染まっていた。
 しかしこれが伏線であることに、ルシファーは気付きようもない。

271 :233 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:26:26 ID:???

 立ち上がるなりマルジェラは、魔法の詠唱に入った。
「“時空間を超越せしめ、あらぬところのものであり、あるところのものではあらぬ”」
 それを耳にしたルシファーは、途端に顔色を変える。
「それ、は……まさか禁呪!? しかも今まで、誰しもが成し得なかったというあの伝説の!?
くっ、すでに力場が形成されている。先の遣り取りの間によもやこのような……!」
 ここから先にどのような現象が生じるのか、マルジェラ本人でさえわからない。
 ルシファーを倒す――彼の頭の中にあるのはそれだけだ。
「この根源的な投企こそ人間だ! お前は過去に囚われているがいい! 人間の脱即自可能性において――弾けろ、“自由”!!」
 それは極爆反転因果律系秘伝奥義。
 惹き起こされたのは、あってはならない破滅的な現象だった。

272 :234 ◆APHEYAlDJU :2007/10/19(金) 23:28:17 ID:???

 変革。
 この、無限を想わせる広大な十次元に亀裂が走った。
 巻き起こる超常現象が超累乗され、破片と化した世界が光速さえも超越し、交錯していく。
 再構築――否、不可逆であることが絶対命題である時間の逆流現象。
 混沌はついに、ルシファーの意識さえも解体し始めた。
 最果て、その向こう側。
 輪廻が再びルシファーを生み出すかもしれない。だが、全く別の可能性もある。
 それを証明しているのがまさに今、この混沌という因果を惹き起こしたマルジェラの力、そして遠く彼方で完全に能力を開花させたベルンの存在。
 彼らは示した。未来が不確定であることを。因果律や神さえも凌駕するであろう、人間の持つ可能性を。
 かくしてルシファーの意識は、因果律の樹の中に融けていった。新たなる生命、その誕生という幻想と共に。

273 :235 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 00:14:00 ID:???

「なっ、何がっ!?」
 アンと交戦中だったサタンだが、突如変貌し始めた世界に戸惑う。
 一切が混沌の渦に巻き込まれていく。それはサタンとて例外ではなかった。
「曲面の位相不変量が!? 空間のトポロジー……くっ、それもこの複雑系と化した操作はどうしたことか!?
これは……このままではいけない! シニフィアンからシニフィエへの向き付けが……
ああ、あらゆるロジカル・タイピングの階層の破壊まで! マテリアがメタファーへと反転する!?」
 マルジェラの現象行使は、あまりにも絶大過ぎた。
 今や魔界全体が渾然一体となり、融合していく。
 一度発動してしまえば、その現象を無効化するのは容易ではない。だからこその禁呪なのだ。
 無数の生物、生命を巻き込んで、魔界は崩壊寸前にまで追い込まれた。

274 :236 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 00:14:54 ID:???

 ここは私が一曲歌わなくては―― 一刻も早くこの事態を収拾しなければならないという危機感が、アンを急き立てていた。
 それに備えようとした瞬間、「ダメよ」という女性の声が。前方正面に目を遣ると、そこにはマリナの姿があった。
「マリナ、アナタ……?」
 何故ここに――言葉に詰まる。
「レイが忙しいらしくてね、そこでアタシのご登場ってワケ。ここはアタシに任せて、アナタはサタンとの闘いに備えなさい」
 アンは無言で頷いた。確かにマリナほどの力がなければ、カオス化したこの世界をフラクタルへと導くことはできないだろう。
「では、お任せします」
「ええ。それじゃ、久々に歌声を披露するとしましょうか」

275 :237 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 02:50:27 ID:???

 深い呼吸を繰り返し、マリナは徐々にその魔力を増していく。
 しかしてその瞬間は訪れた。
「“愛した人を護る勇気。同じ気持ちを捧げたい。いつかキミにまた逢えたとき誇れるように。
誰だって願ってる。悲しむために生まれたんじゃない。愛されるため。
シアワセになるように、祈るような気持ちの中で、生まれ微笑む命”――“心のチカラ”!!」

276 :238 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 02:51:46 ID:???

 止揚。誰もがそれを、奇跡だと信じて疑わなかった。
 絶望的なまでにカオスな十次元が、目に見えて復元されていく。
 アップ・クオーク、ダウン・クオーク、チャーム・クオーク、ストレンジ・クオーク、ボトム・クオーク、トップ・クオーク――
――全てがあるべき場所へ再配置され、瞬く間に、世界に静寂がもたらされた。
 マリナの現象行使力は、もはや圧巻としか言いようがない。

277 :239 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 02:54:42 ID:???

 マリナは、世界が修復されていくのを横目に、サタンのもとへ向かった。
 そんな彼女を、サタンは複雑な表情で迎える。
「なるほど……貴女でしたか……お見事です。しかし、破滅も救済も人間次第とは、何とも業が深い」
「お久しぶりね」
 薄く笑い、どこか懐かしむようにサタンを見つめるマリナ。
「今回のテーマは暴走なの。だからこういう事態に巡り合わせることも承知の上よ」
「“調停者”としての役割……ということですか。しかしなぜ貴女が?」
「ああ、レイは今、特別な場所にいるの。そう、とても特別な場所……。
堕天騒動がない限りアタシは自由に動けるから、代理として……ね?」
「なるほど」とサタンは、ひとつ頷く。
「天界にはガブリエルやミカエル、ましてやメタトロンがいますからね。
確かに貴女が不在でも、あの基盤は動かないでしょう。さて、再会を懐かしんでいる場合ではありませんね。
またしても我が半身を失ってしまった。この痛み、思い知ってもらいましょう」
 そう言ってサタンは、マリナに背中を向ける。
 闘いに赴く彼に、マリナはかける言葉がなかった。

278 :240 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 02:56:37 ID:???

 世界が崩壊を始めた瞬間、アンはある種の覚悟をしていた。
 ところが、まるで時間が巻き戻るかのように世界が復元されていく。
 最初の破滅的な現象を行使したのはマルジェラだとして、その復元を為せる者は、神を除けば三人しか思い浮かばない。
 さすがはマリナ――そう思いアンは、周囲を見渡す。そこでふと、この十次元があまりに静まり返っていることに気付いた。
 まず、人影がない。おそらくルシファーは消滅したのだろうと推測するが、一方のマルジェラの姿もなく、
また、ジュンヤ、チャラヤンの姿も見当たらない。
 事態の異常性にしかし、アンは混乱することはなかった。
 次元内の時空間単位での分裂が行われたのだと、アンは思い当たる。そしてそれは、概ね正しいともいえた。
 静か過ぎる世界。それだけに、異質な存在はいち早く察知できる。
 アンは前方に目を遣った。少しずつ近づいてくる、憂いを含んだ漆黒の男。
 途切れていた緊張を、もう一度その男――サタンに対して意識する。
 ここに極限の闘いが今、再開されようとしていた。

279 :241 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 02:58:12 ID:???

「死とは我ら悪魔にとって最も親しき友であり、同時に最も忌むべきものでもあるのです。
それを知るからこそ、破滅を喚ぶ能力を行使できる。解りますか?
死とは与えるものであって、与えられるものではないのです、私にとっては」
 同様にルシファーにとってもそうだったのだと、サタンは心の中で加えた。
「死を想う……そうですか。ならば私は人間として、生命の価値を問いましょう。
私には――命を賭してでも成し遂げねばならないことがあるのです」
 アンがサタンを正面から見据え、言い放つ。
「ならばそれを証明なさい。果たして貴女ひとりの力で私を超えられますか?」
「全ては不可能を可能にするために――」
 両者の視線が交錯する。
 刹那、サタンから仕掛けた。

280 :242 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:00:22 ID:???

 上空から大地を穿つ拳が炸裂する。それをアンは、軽やかなステップでかわしていく。
 自分の中に生じているリズム。かつてない躍動感、かつてない旋律の予感。
 トーン、トーンと左右に跳ね、リズムを整えていくアン。
「そこですっ!」
「ぐッ!?」
“ズダドゴアッ”! 突如地中から巨大なモノリスが出現し、アンを突き飛ばした。
 彼女は高速で回転しながら宙を舞い、右肩から地面に叩きつけられる。
「変拍子ですか……ならば!」
 すぐさまアンが反撃に出た。
 一瞬でサタンとの間合いを詰め、その正面で立ち止まる。
「なっ!?」
 虚を突かれるサタン。
 次の瞬間アンは、サタンの背後をとり、全力で蹴りを見舞った。
“ゴギャボギョアッ”! サタンはスピンしつつ、悪辣なる勢いで地面を這う。
 ゆっくりと立ち上がり、サタンはアンに告げる。
「まさに魔界での頂上決戦に相応しい。やはり私の本領を以ってして葬らねばならないようですね」
「ええ、手加減など無用です」
 互いに相手の動向を探る。次は間違いなく、言霊を用いた熾烈なる闘いが待っている。
 臨界が突破される瞬間が、すぐそこまで迫っていた。

281 :243 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:02:46 ID:???

「“有機リン系神経ガス中毒”!」
 サタンの放った言語ウィルスが、アンを蝕もうとする。
「“ビタミンB十二欠乏症巨赤芽球性貧血”!」
 すぐさまアンが応戦した。彼女は今、過去にないほどに集中力を高めている。
「相殺した!? ならば――“異所性ACTH産腫瘍”!」
「くッ、“インスリノーマ”!」
「それしきの業でこの私がっ! “炎症性ポリポーシス”!」
 アンの言霊を無効化し、サタンがさらに上位の業を行使してきた。
「私の限界はまだ先に在ります。“カサバッハ・メリット症候群”!」
「ここまでやりますか、人間が! “ソマトスタチノーマ”!」
「それを――待っていました。裏カウンター・マジック発動――“メラノーマ”!!」

282 :244 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:04:20 ID:???

 両者の均衡が破れた。サタンの全身には、悪性黒色腫が広がっている。
「ぐ、う……がはっ! 相殺した上で私にダメージを与えるとは…………」
 サタンが胸を押さえ、苦痛に顔を歪めた。
 畳み掛けるならここしかない――アンはすぐさま次の業を放つ。
「“サイトメガロウィルス感染症”! “塹壕熱”! “トキシックショック症候群”!」
「さっ、三連続!? 立て続けに超上級魔法を!?」
 驚愕するサタンの身に、数々の難病が降りかかった。

283 :245 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:05:54 ID:???

 劣勢に立たされたサタンだが、彼には魔界を統べる者としての誇りがある。
 歪む視界、全身の痛みに逆らって、より上位の業を以ってして立ち向かおうとする。
「“家族性低P血症性ビタミンD抵抗性くる病”!」
 サタンの圧力に、アンは心臓が痛んだ。それが容易ではないと解りながら、必死で抵抗する。
「“酸素親和性異常のある異常ヘモグロビン症”!」
「そんな業が……!?」
 サタンはアンの業を相殺することができず、甚大なダメージを抱え、地面に片膝をついた。

284 :246 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:07:45 ID:???

 ここから先は、互いに奥義の応酬になるだろう――アンとサタンは覚悟を決める。
 そして手負いのサタンが仕掛けた。
「“冷式自己抗体性溶血性貧血”!」
 すぐさまアンが、サタンの業を無効化する。
「“脈なし病”!」
「“環軸変位”!」
 サタンが、脳をターゲットとした強烈な業で対抗してきた。
 だがアンは、さらにその上をいく。
「“新型CJD”!!」
「ぐがっ!?」
 必殺の威力に、サタンは正常な思考を奪われた。
「こうまでサタンを圧倒できるだなんて、アン、アナタってば…………」
 上空で両者の闘いを見守っていたマリナが、呆気にとられ呟く。
 そう――間もなく決着がつこうとしていた。

285 :247 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 03:11:52 ID:???

 サタンの呼吸は荒い。行使可能な業は、あと一度が限界だろう。
 その一撃にサタンは、己の全てをかけた。
「“エブスタイン奇形”!!」
「心臓を狙って……!? ですが私には通用しません! “僧帽弁狭窄症兼肺動脈弁閉鎖不全症”!!」
「ガハッ!? し、心臓まで……?」
 すでにサタンには、抵抗できるだけの力が残されていなかった。その体躯が、ゆっくりと崩れ落ちる。
 地に伏せたサタンに、哀れみを以ってアンが告げる。
「全ての出逢いは必然。アナタは乗り越えるべき壁であり、その存在は私の中に刻まれました。
アナタに敬意を払い、最大の奥義を以ってして解き放ちましょう。
臨界突破中心核破壊――粒子よ、舞い散りなさい。“ミオチュブラーミオバチー”!!」
 サタンの体が一瞬で崩壊する。灰と化したそれは、天に昇っていく。
 こうしてアンとサタンとの激戦は終焉を迎えた。

286 :248 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 22:41:31 ID:???

 ふと、上空に目を遣る。誰かに観られているのは分かっていた。
 浮かぶ人影。揺らいだと思った次の瞬間には、アンの前に姿を現した。
「マリナ……」
 そういえば、とアンは思う。本来此処にいるべきはレイ。マリナはその代理人。
「はぁい、危うい領域へようこそ。終始あのサタンを圧倒するだなんてどうかしてるわ。アタシでもちょっと真似できないわね」
 マリナが弛緩した空気を作り出す。何故魔界にとどまっていたのかを問おうと思ったが、
マリナの行動原理など理解不可能だと判断し、アンは別の話題を振った。
「紙一重の闘いでした。死力を尽くした上での勝利です。それよりもマリナ、天界に戻らずともよいのですか?」
「ああ、心配ないわ。むしろ……そうね、この局面だからこそ、魔界を訪れる必要があったのよね」
 この局面という言葉が示す意味に、アンは思い当たらない。よって彼女は、マリナが語り出すのを静かに待った。

287 :249 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 23:41:26 ID:???

「ルシファーとサタンを倒したんですものね。魔界を完全制圧したと言っても過言ではないわ」
 そう言ったマリナの表情は、どこか嬉しげだ。
 魔界制圧という言葉に反応し、アンは現状を顧みる。そして気付く。
「マルジェラの帰還を確認していません。それからジュンヤとチャラヤンの姿も見失いました」
「マルジェラなら大丈夫じゃない? 自分の行使した力に巻き込まれたようだけど、
あのルシファーを倒した男ですもの、還ってくるわ、必ず。一方のジュンヤとチャラヤンだけど、こちらはアンリ・マンユと交戦中ね」
 アンリ・マンユ――その力は、ルシファーやサタンとなんら遜色がない。
「では、こうしている場合ではありませんね。二対一だからといって勝てる相手ではないでしょう、アンリ・マンユは。私も――えっ?」

288 :250 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 23:56:00 ID:???

 抱きしめられていた。
 マリナの体から伝わってくるぬくもり、あたたかさ、そして優しさに、アンは緊張が解かれていくのを感じた。
「ずっと張り詰めていたんでしょう? もう魔力など一切残っていないはずよ。アナタはどこまでも無理をするんだから、もう。
しっかり休息をとって、それからよく考えた上で行動なさい」
 マリナの普段見せない優しさが、そこにはあった。
 アンは目を閉じて、マリナに身を任せる。
「常に自分の為すべきことだけを考え、止まらない時間に逆らうかのように走り続ける――
――それもひとつの生き方なのかもしれないけれど、心にも体にも、いつだって余裕は必要よ?
もっと仲間を信頼しなさい。アナタはひとりじゃないから」
「そう……なのかもしれませんね…………」
 ゆっくりと解放されていく心。
 立ち止まって考える、それが今の自分にとっては必要なこと。
 アンは静かに、仲間たちの帰還を願い、待ち続けようと誓った。

289 :251 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 23:57:37 ID:???

 全身が痺れ、なかなか立ち上がることができない。チャラヤンの負っているダメージは深刻だった。
「ふふふ、見てはいられんな。ボロボロではないか」
 嘲笑、それさえも美麗に映える青年。彼こそがアンリ・マンユである。
 物理攻撃は一切通用しない。魔法は全て無効化されてしまう。チャラヤンは打つ手を失ってしまった。
 そこで、後方で控えていたジュンヤが前に進み出て言う。
「チャラヤン、君はしばらく仰臥していたまえ。戦術的にな」
 地に伏せたままその言葉を聞いていたチャラヤンだが、己が敗北を認めざるをえないと思う一方で、不吉な予感というものを抱いた。
 それが現実のものへと変わるまでに、そう時間はかからなかった。

290 :252 ◆APHEYAlDJU :2007/10/20(土) 23:59:05 ID:???

「ほう、新手か。しかし私を前にして、よくもまあ躊躇なく闘いを挑めるものだ。これだから人間というものは度し難い」
 言ってから気付く。アンリ・マンユは、ジュンヤの姿をロストしてしまっていた。
「どういう――――うなぁっ!?」
 四千九十六分割。アンリ・マンユの体が無残なまでにバラバラになって崩れ落ちる。
「ほう……ふむ、なるほどな」
 切り裂いてみて初めて分かったことがある。
 ジュンヤは、アンリ・マンユの体から発生した素粒子を見逃さなかった。
「貴様……今の太刀筋、もしや…………」
「ああ、君もレイのことを知っているのかね。それはある意味不幸だな。そう、彼女は私の師にあたる人物だ」
 瞬時に復元されたアンリ・マンユを目にしても、ジュンヤは一向に動じない。
 淡々と、世間話でもするかのように言葉を紡ぐ。
「ならば手加減など無用だな。早々に葬り去ってくれようぞ」
「私も長期戦というのは苦手でね。気の毒だが、君の人生に終止符を打たせてもらうよ」
 アンリ・マンユとジュンヤ、ふたりの視線が激しく――交錯した。

291 :253 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 00:02:48 ID:???

 先の遣り取りでジュンヤは、アンリ・マンユの体を構成しているのは、
テトラ・クォーク、ペンタ・クォーク、ハイブリット・メソン、ダイバリオンであることを把握していた。
 つまり、物理攻撃による破壊はほぼ不可能である。
 また魔法に関しても同様だ。
 だがジュンヤは、不敵に笑う。
「日本人の血脈というのはつくづく恐ろしいものだね、ふふ」
「な、何が可笑しい……?」
「なに、すぐに証明してみせるさ」
 そう言ってジュンヤは、絶大なる魔力の行使に備えた。
 ここにまたひとつ、禁呪が紐解かれることになる。

292 :254 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 00:07:21 ID:???

「“触れる、わずか指の先に。やどる衝動、忘れぬように。刻み込む、胸の奥のほう。細胞の中まで”
――アクセス“発狂”! この一曲に全てをかける! “細胞”!!」
 今、最大のスケールで因果が狂い始めた。
「これは……銀河が急激なスピードで動いている!? これではまるで……百億年前の再現ではないか!?」
 そう、アンリ・マンユの直感は正しかった。
 今やこの天の川銀河と、地球から二百三十万光年離れたアンドロメダ銀河が接近し、衝突しようとしている。
 確定された破滅に、アンリ・マンユは戦慄さえ覚えた。
「貴様……自分が何をしているのか分かっているのか?」
「そのつもりだがね」
「愚かな……これでは我々はおろか、ふたつの銀河が消滅することになるぞ」
「それも一興」
 そのジュンヤの言葉を最後に、ありとあらゆる視界が白く染まっていった。

293 :255 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 00:13:13 ID:???

 マリナは全神経を集中する。
「まったく! 銀河同士を衝突させようだなんてどうかしてるわ!」
 そう叫ぶマリナだったが、内心嬉しくもあった。
 マルジェラに続き、ジュンヤもまた、超一級の現象行使者としての素質を示した。
それは大いなる収穫であり、レイが提唱し、マリナとヴィヴィアンが賛同した計画には欠かせない要素である。
 しかし今は、この未曾有の危機を回避しなくてはいけない。
 因果律に手を伸ばすとマリナは、ふたつの銀河を、宇宙における正しき座標へと戻していく。
 その一方で、訪れていたであろう極大爆発の一部を抽出し、アンリ・マンユを中心に現象を惹き起こす。
 原因をともなわずに、純粋に結果のみが反映されるという、これはマリナならではの神業だ。
「ふぅ……さて、問題はこれからね」
 呼吸を整え、因果律の外から己が宇宙へ目を遣るマリナ。
 最終局面は、すぐそこまで迫っていた。

294 :256 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 00:35:48 ID:???

 爆心地からかなり離れたところで、現象が収まっていくのをジュンヤは眺めていた。その足元にはチャラヤンの姿がある。
「なるほど、手際がいいな。マリナだろうか。ともかくアンリ・マンユは跡形もなく消滅したようだし、ひとまず我々の任務は終了、といったところかな」
 どこか晴れ晴れとした表情で言うジュンヤ。その言葉を聞き、未だ地に伏せたままのチャラヤンは呆れ果てるしかなかった。
「まったくさぁ……こっちは瀕死だってのに。それにしたって、敵を倒すために自分はおろか世界まで破滅に追い込むだなんて、正気を疑うね」
「なるようになるものさ。無論、結果論で物事を語ろうというつもりはないが。さて、この閉じた十次元から抜け出し、元の場所へ戻らねばな」
 ジュンヤが、空間の転移先を探し始める。もちろん、優先すべきは仲間との合流。
「む? これは……アンかな。いや、どうやらマルジェラもいるようだ。よし」
 すぐさまジュンヤは空間転移を果たす、ひとりで。
 その場に残されたチャラヤンは、因果というものを呪うしかなかった。
「ベルンといい、どうしてオレって協調性のないやつと組まされるんだろう。哀しくなってくるね」
 立ち上がる。その姿は健気ですらあった。
「多少は魔力が回復してきたかな。とりあえず自力で戻らないと」
 集中。そしてチャラヤンは、ジュンヤの後を追った。

295 :257 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 00:39:54 ID:???

 屍の上に屍を築き、とうとうベルンは、六百六十六億の悪魔全てを倒しきってしまった。
 不思議と達成感というものはない。突き抜けたスピードが、未だにベルンの体内で燻っている。
 接近してくる人物。それがレイだと、すぐにベルンは感知した。
「やあ先生。神の気紛れによる試練ってやつを乗り越えてみたよ」
 ベルンの正面に立ち、彼を見つめるレイ。そして彼女は、改めてベルンが完全に覚醒したことを悟る。
「前人未到――そして、アナタが最初で最後でしょうね、このような所業を成した人物は。ところでベルン、どこか物足りないといった感じですね」
「ああ、分かる? 実感がないんだよ。時間というものを逆流させて……それで一気に駆け抜けてしまったから」
「無数の敵、ましてや今回は、過去に例がないほどの膨大な数。無理もありませんね。それではアナタには、ウルルに向かってもらいましょうか」

296 :258 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 01:39:45 ID:???

 ウルル――しばしベルンは、逡巡する。
「ああ、エアーズ・ロックのコト?」
「ええ。オーストラリア大陸のほぼ真中に当たるノーザン・テリトリにある――」
「ダーウィンの南約千九百キロメートル、アリス・スプリングズの南西約三百四十キロメートルに位置する、
世界最大級の単一のモノリス……でしょ? 何か異変でも?」
「どのような手段を用いたのかは分かりませんが、魔界でも屈指の実力者であるベルゼブルが出現しました。
現在ウォルターとセーヌが交戦中ですが、戦局は膠着状態にあります」
「ん、理解したよ。ボクの出番ってワケだね?」
「アナタに全てを託します」
 ベルンは「うん」と頷き、ブラック・ホールから難なく脱出し、三次元、人間界を目指した。
 事象はすでに確定している。レイは、ベルゼブルの冥福を心から祈った。

297 :259 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 01:55:55 ID:???

「いい加減キリがねーゼ!」
 ウォルターが忌々しげに言う。
「まったくだね。とうとう不死身になっちゃったのかな、コイツはさ」
 セーヌもまた吐き捨てた。
 複製体が、さらに無数の複製体を生み出してくる。それらはオリジナルとほぼ同等の力を有しており、劣化することなく複製を繰り返す。
 オリジナルとなっているのは蝿の王、ベルゼブルだ。彼は高らかに嗤う。
「ふたりがかりでこの程度だなんて、君たちも進歩がないね。身の程を知って、まとめてくたばりな」
 複製という業を用いているのはベルゼブルだけではなかった。
 セーヌもまた、ウォルターをオリジナルとし、次々と複製体を生み出していく。
 だがこちらは、ベルゼブルのそれと比べて劣化が激しく、必然的に戦力に差が出始めてきた。
 オリジナルとなっているベルゼブルさえ倒してしまえばいいのだが、コピーたちが邪魔をして、接近するのは容易ではない。
「うらぁッ! 消えちまえッ!」
 左拳――その衝撃で突き抜ける。
 撃墜数八百万体。ウォルターの顔には、さすがに疲労の色が浮かんできた。
 戦況は膠着状態から徐々に、ウォルターとセーヌにとって不利なものへと変化しつつある。

298 :260 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:04:49 ID:???

 早く決着をつけ、人間界に滅亡をもたらそう――ベルゼブルがそう思った瞬間だった。
 突如エアーズ・ロック周辺が、ベルゼブルの複製体によって黒く染まる。
 次の瞬間それらは、膨大な光子量によって全て、消滅してしまった。
「こ、れは……まさか!? “ヘイフリック限界”!?」
 複製体の分裂を急激に促進させ、破滅にまで追い込んだ者がいる。
 新たな、そして強力な現象行使者の出現に、ベルゼブルは戦慄を抱いた。

299 :261 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:08:33 ID:???

「遊んでる場合じゃないと思うんだ、先輩たち」
「なッ!? オメー……ベルンじゃねーか!?」
 ウォルターが、見知った少年の姿を見て驚いた。
「遊んでたってさぁ……いきなり毒舌だね、少年。ボクらは必死だったんだよ?」
 やれやれといった感じのセーヌ。
「ふぅん。とりあえず避難勧告。ここはね、ボクだけで片付ける」
 空気が凍った。
 ウォルターとセーヌにはそれぞれ異論はあったが、ベルンの存在そのものが有無をいわせない。
 何があったのかは知らないが、圧倒的な力を身につけているということは理解できる。
「……言っとくけどなぁ、オレらだけでも勝ってたゼ」
 とウォルター。セーヌは無言で魔力を展開し始め、やがてウォルターとともに空間転移を果たした。

300 :262 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:12:48 ID:???

 ゆっくりとベルゼブルに近づいていくベルン。
 相手の姿は、魔王という言葉からは想像もつかぬほど若く、そして美麗に見えた。
「さっきのは……君が?」
 ベルゼブルが静かに、問いかけてくる。
「まあね。コピーってのはちょっと厄介だからさ。封じさせてもらったよ」
「厄介なのは君さ。あれだけ極大な現象行使をしておきながら、それをさも茶飯事のように語るだなんて」
 泰然としたベルンの態度に、ベルゼブルはどこか底知れぬものを感じた。
 正攻法は通じないだろう。もとよりベルゼブルにそのつもりはない。
 ここは得意とする奇策を――ベルゼブルはそう決意した。

301 :263 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:14:25 ID:???

「まずは、そうだね……ファンタシューム結晶を定義せよ!」
「むっ?」
 ベルゼブルの問いかけに、ベルンは一瞬にして思考パターンをチェンジした。
「そうきたか。おや、ボクの存在が不確定なものへと揺らいでいる。これは面白い。
ところで答えだけど、スクリーン面への襞開を通じてひたすらに表面に沿って成長する結晶板……だよね?」
「こた、えた……? なに、どうして……? これはただの問いかけ、ゲームじゃない。
存在の確率変動を惹き起こす必殺の業、それなのに…………」
 まさか即座に答えが返ってくるとは思わなかった。
 ベルゼブルは明らかに動揺している。
「まあ、そんなに驚くコトないんじゃない? ボク、三歳の頃にフェルマーの最終定理を解いてたし」
「キ、キケンだ……ならば! 手加減する必要はないね。いくよ――――」

302 :264 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:18:22 ID:???

「“算術の公理と無矛盾性”!」
 ベルゼブルの発する業に、ベルンの存在は再び揺るぎ始めた。
 だがベルンは、難なく反撃に出る。
「それはもうすでに解かれている問題だね。甘い、甘いよ。喰らいな、陥没縛八式奥義“リーマン予想”!」
「ぼ、僕の上をいく……!?」
 今度はベルゼブルの存在が大きく揺らいだ。一気に劣勢に立たされる。
「くっ、ならば……“ポアンカレ予想”!」
「残念、それも回答済みさ。難問をキミに捧ぐ。紅天宝十六式“リーマン予想”!」
「がぐぁっ!? か、回答不能!」
 ベルゼブルの体が点滅を始めた。
 勝敗はすでに、秒読み段階へと入っている。

303 :265 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:21:19 ID:???

「今、最大の奥義を以って――消えろぉーっ! “与えられたモノドロミー群をもつ線型微分方程式の存在証明”!」
 ベルゼブルはその業に、全てをかけた。
「最大の奥義とやらがその程度? 残念だよ。じゃあ終わらせるね――虐滅絞殺系裏奥義十八式“結晶群・敷き詰め・最密充填”!!」
「そっ、そんな領域が!?」
 ベルンの行使した現象に、ベルゼブルの体が激しく明滅し始める。
 やがてベルゼブルの存在が薄れていき、少しずつ左半身から消滅していった。
「まさかこんな……これだから人間は………………」
 そして――完全に消え去る。
 勝利を確信し、ベルンは心の中でシモンズに感謝した。
 未だ解かれていない難問の数々。それはかつて、シモンズから教わったものであったから。

304 :266 ◆APHEYAlDJU :2007/10/21(日) 02:27:51 ID:???

「全員無事だったというのは幸いでしたね」
 そう言ってアンは、それぞれのステータスを確認する。
 マルジェラは、身体的ダメージこそないが、使用した魔力の消費量があまりに絶大すぎて、見た目にも疲労を感じさせた。
 チャラヤンの呼吸は荒い。相当な激戦だったのだろう、負ったダメージは深刻に思える。
 それと対照的なのがジュンヤだ。彼は、全く平然としている。
 アン自身はといえば、精神的な疲労が大きく、思考に整合性を欠いていた。
 今後、いかに行動するべきかを話し合いたいところだが、まずは休息が必要なのは、誰の目にも明らかである。
「ふむ、我々四人が集まることが発動条件だったようだね。マリナも芸が細かいな」
 ジュンヤの目線を、アンはそれとはなしに追ってみた。
「……えっ、城……? ですが――」
「ああ、オレが吹っ飛ばしたような記憶がある。確かルシファーとサタンの根城だよナ」
 いつの間に、とマルジェラは思った。
 復元、いや、複製だろうか。ジュンヤが言うように、これはマリナの手によるものに違いない。
「ま、助かったじゃねーの。何をするにしても、この状態じゃ誰もマトモに闘えねー。あの城で休ませてもらおうゼ?」
 マルジェラの言葉に、皆が賛同した。
 こうして戦士たちはしばしの休息に入る。

305 :267 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:00:07 ID:???

 青の館。本来三次元、人間界に在るそれが今、十次元へと上昇し、固有結界を形作っていた。
 館の所有者はレイ。その場には彼女とヴィヴィアン、そしてマリナが集っている。
 事実上、魔界、天界、人間界を統べる三人による協議会といっていい。
「話を始める前に、ひとつ気がかりなことがあります。シモンズの容態はいかがですか、ヴィヴィアン」
「心配ないわ、レイ。脳の扁桃体にあるCBI受容体の働きを促進させることにより、トラウマになっている記憶を消去したから」
「ならば一安心といったところでしょうか。さて、マリナ。今後、戦場の舞台となるのは――」
「ええ、分かってるわ、レイ。アタシの管轄下にある天界よね。まだミカエルたちに詳細を伝えてないのよねぇ、これが」
 レイは「はぁ……」と、ひとつため息をついた。
「それは怠慢といえましょう」
「まあいいじゃないの。相変わらずねぇ、レイは」
 ここで重要なのは、神の動向だ。
 それに関して、マリナが少しずつ情報をリークしていく。

306 :268 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:01:54 ID:???

「神は今、休眠状態にあるわ。精神状態も安定しているようだし、特に問題はないわね。
そういえば彼女、ベルンにご執心だったじゃない? アレってやっぱり恋かしら」
 少しおどけたように、マリナは言った。
「そのベルンですが、もはや我々を凌ぐほどの境地へと至ったようです。さすが、神に見初められただけのことはありますね」
「それはそうとレイ、隣の宇宙と衝突するという最悪の事態から免れる算段は?」
 ヴィヴィアンが核心をついた質問をした。
「因果律という真の神、その御心のままに……と言う他ありませんね。そして、マルジェラたちが必ず、在るべき未来へと導いてくれることでしょう」
 様々な憶測が飛び交う。
 新たな世代に運命を託しつつ、彼女たちは自らが為すべきことを模索していた。
 高ぶり、昂揚感。
 レイたちは、未来を懸念する一方で、戦士としての本能を刺激される。
 何しろこれから訪れる現象は、間違いなく未曾有のものであるだろうから。

307 :269 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:03:31 ID:???

 マリナとヴィヴィアンが立ち去りひとりになったレイは、窓辺の段差に腰かけ、物思いに耽っている。
 状況は一万二千年前と似ているが、新しい世代の成長はそのスケールやスピードにおいて、過去のそれを遥かに凌駕していた。
 計画の進捗状況にレイは概ね満足している。同時に、事象の推移というものが、自分の手からすり抜けていくのを感じていた。
 先が見えなくなってきている。ましてやどのような結末が待ち受けているのかなど、想像もつかない。
「――――えっ?」
 違和感。
 レイはまだ、固有結界を解き放ってはいなかった。この空間、青の館は、三次元に実体化していないのだ。
 足音。
 敵意は感じないが、レイは侵入者に備え身構えた。

308 :270 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:05:46 ID:???

 灰色の髪。紅い瞳。少年。
 よく見知った姿だが、その存在は異質なものとして、レイの瞳には映った。
「ベルン、アナタ、どうして…………」
 少年は応える。
「セキュリティ・ホール、脆弱性。固有結界といっても完全じゃないみたいだね。勝手に入らせてもらったよ」
「用件を伺いましょうか」
 警戒態勢のままレイは訊ねた。
「宣言だよ、レイ先生。これまでは思惑に乗ってあげたけど、これから先は好きにさせてもらう。ボクだけじゃない。
マルジェラたちだってきっとそうすると思うな」
「何を、しようというのです……?」
「だから、好きにさせてもらうのさ。といっても、自由意志とは違うかな。もっと大局的なうねりからくる使命に従おうってね。
闘うのに理由なんていらないさ。ボクらはみな、因果律におけるひとつの現象でしかないから」
 ひとつの考えが、レイの脳裡をよぎる。
「まさか――」
「そう、真の神にアクセスしようと思う。今のボクの力では無理だろうけどね。さて、報告も済んだことだし、ボクは行くよ」
 身を翻し、立ち去ろうとするベルン。
 その後ろ姿にレイは言葉を失い、ただ立ち尽くすしかなかった。

309 :271 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:08:03 ID:???

「“重ねた日々が無駄だなんて、哀しいことを言わないで。弱い自分を護るため、強い自分がいたっていいじゃない。
踏み出した一歩、 刻まれていく一秒。それらはみな、誰しもにとっての糧だから”――“ステイ・ゴールド”」
 宙に浮いていたチャラヤンの体が、ゆっくりと、黄金の光に包まれていく。
 そしてふわりとベッドの上に降下した。
「――おや、あら? あらら?」
 チャラヤンは自身の体の感覚を確かめる。
 心地よいあたたかさで満たされていた。つい先ほどまで瀕死の状態だったとは思えない。
「スゲー! 完全回復だよ!」
 そう言ってチャラヤンは、治癒魔法を施してくれたアンに向かって、ようやっと笑顔を見せた。

310 :272 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:10:33 ID:???

「どこにもアクセスしていない? まさか……自己を媒介としたオリジナル・マジック?」
 マルジェラがアンに問いかける。
「ええ。この魔法を使うのは、今回が初めてです」
 いよいよもって既存の枠には収まらなくなってきたな、とマルジェラは思った。
 が、それはアンに限ったことではない。マルジェラもまた、自覚こそないが、そういった規格外の領域にいる。
「やはりいいものだね、言葉というのは」
 感心したようにジュンヤが言った。
 そう、彼らはみな、詠唱なしでも魔力の行使は可能である。
「そうですね、気持ちが乗ります。先のサタンとの闘いではさすがに、詠唱する余裕はありませんでしたが」
 アンがジュンヤの言葉に賛同した。
彼女にとって魔法とは歌である。切り離せるものではない。
 だからこそ“歌姫”と呼ばれているのだろう。
「さて――」
 マルジェラは一度言葉を区切り、ベッドの上のチャラヤンに目を遣る。どうやら熟睡しているようだった。
「ま、コイツはこのまま寝かせておくか。とりあえずオレらも各々休息をとろーゼ? 幸いここぁ城だしナ。寝床には困らねーよ」
「そうだね。いや、激戦の連続で、自分が疲れていることさえ忘れていたよ」
 ジュンヤが軽く笑い、それから、「では適当な部屋を見繕うことにしよう」と言って立ち去っていく。
 アンも一瞬マルジェラと目線を合わせ、それから「では、後ほど」と言って、城内の散策へ向かった。
 緊張から解放されたせいか、マルジェラはいっそその場に倒れこんでしまいたいと思った。
「はぁ……これからどーしたもんかナ」
 ひとり、考えに耽るマルジェラであった。

311 :273 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:13:16 ID:???

 以前のように、天界の十次元へと直接転移してもよかった。
 だがそうすると、またしても神と接触しかねない。そうなったら何かが破綻する。
 まずは自分の狂ったスピードを矯正したいとベルンは思った。
 そのために彼は、天界の四次元へと通じている場所を探し、人間界で転移を繰り返している。
あくまでも正式な手順を踏み、天界を訪れようと考えていた。
 そうして辿り着いたのが、“天国に一番近い場所”と云われるカンタベリー・カテドラル。
 大聖堂前のゲートは、日中ということもあり、人で溢れ返っている。
 ゲートをくぐりベルンは、迷わず大聖堂内へと入っていった。
 ここは人間界であって人間界ではないと、彼は思う。
 重く、厳粛な空気が、その場の神聖さ、特異性を物語っていた。
 ステンドグラスの前に立ち目を閉じる。
 精神を解放し、無となった。
 そうしてゆっくりと――ゆっくりとベルンは、天界の四次元へと次元上昇していった。

312 :274 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 00:14:50 ID:???

 白んだ視界が、徐々に輪郭を取り戻していく。
 楽園。
 耽美ではあるが、どこか作り物めいた違和感を、ベルンは覚えた。
 彼は今、高さ六十メートルはあろうかという巨大な神殿が立ち並ぶ丘の斜面、大草原に立っている。
 清涼な空気で肺を満たすがしかし、違和感は拭えない。
 上空を見上げると、そこには無数の白い翼が飛び交っていた。天使の群れだ。
 一通り景色を見渡して、気付いたことがベルンにはある。
 自分は魔に染まっているのかもしれない――そう彼は思った。
 だからこの天界というのは、いささか居心地が悪い。
 神経を研ぎ澄ます。すると神殿の内部から「侵入者だと?」という声が聞こえた。
 やれやれ、とベルンは思う。
 穏便に済むのならそれでも構わなかったのに、避けられないのであれば闘うしかない――ベルンはそのまま、成り行きに身を任せることにした。

313 :275 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 20:45:14 ID:???

 次々と自分を取り囲む天使たち。
 ベルンは無関心のままだ。
「貴様か、侵入者というのは」
 天使たちの内のひとりが話しかけてくる。
 ベルンはその天使を一瞥しただけで、特に視線を合わせようとはしなかった。
「魔族……にしては妙だな。よもや単独でこの天界を訪れるなどと……どう考えても不自然だ」
「ボクは人間だよ」
 ベルンは天使に向かって、そう言い放つ。
「ほう。とてもそうは見えぬがな。その身に纏った暗黒が全てを物語っている。放ってはおけぬ存在であることは間違いなかろう」
「なら――ボクをどうしようっての?」
「無論、排除するのみ。我らは秩序を重んじるのだ。それを乱そうとする者には、鉄槌を下さねばなるまい」
「好きにするといいよ。それが可能ならばね」
「言うではないか。我ら百億の軍勢を前に何ができるというのだ?」
「へぇ、百億ねぇ。それが百兆であれば、まだ可能性があったのに」
 ベルンは天使に憐憫の眼差しを向ける。それを挑発と受け取ったのか、天使は高らかに叫んだ。
「我が同胞たちよ! この者を排除せよ!」

314 :276 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 20:51:30 ID:???

 天使たちは一斉にベルンに襲いかかろうとした。
 だが、一瞬で百万体にも及ぶ天使たちが灰と化す。
 消費したのは、呼吸するのと同程度の、ほんのささやかな魔力。
だが、惹き起こされたのは、あってはならぬレヴェルの現象行使だった。
「な、何が起こった!?」
「バカな!? このような規模の現象が、それも瞬く間に行使されるなどと……!」
 天使たちの間に動揺が走る。
 原子番号八十三、質量数二百九のビスマス。最重安定同位体、それが天使たちの肉体を構成している。
 それらをごく僅かな時間でα崩壊に導いたのだ。天使たちが驚くのも無理はない。
 相手が怯んだのを見て、ベルンは戦闘意欲をそがれた。
 ここ、天界の四次元に、形容しがたい静寂が訪れる。

315 :277 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 20:53:24 ID:???

 自然に目が覚めた。
 適度な覚醒状態。
 自分がどれくらい眠っていたのかも分かる。ちょうど半日程度。
 こんなに寝覚めがいいのはいつ以来だろうと、マルジェラは思った。
 部屋を出て階段へ向かう。階段を下り、六階から五階へ。
 城の五階中央には、フリー・スペースがあった。
 大きなソファーにひとりの女性が腰掛けている。アンだ。
 手前にある、ダーク・ブラウンのラウンド・テーブルの上には、ティー・ポット、それからふたり分のカップが用意されている。
「そろそろ起きてくる時間だと思いました。紅茶などいかがですか?」
 いつもより穏やかな声、表情でアンが訊ねてきた。
「そうだナ、一杯もらおうか」
 そう言ってマルジェラは、アンの隣に腰掛ける。
 そこには、あたかも人間界であるかのような光景があった。

316 :278 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 20:54:36 ID:???

 カップに口をつけようとした瞬間、独特の香りがマルジェラの鼻腔を刺激する。
 その香りをしばし堪能してから、改めて紅茶を口に運んだ。
「ハーブ・ティーか、美味いナ」
 どこか優しい味。心が落ち着く。
「ローズヒップと、それからハイビスカスをブレンドしてみました」
 マルジェラを横目に、アンは微笑を浮かべた。
 静かな時間が流れていく。

317 :279 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 20:56:52 ID:???

 魔界を訪れてからというもの、ずっと心が休まることはなかった。
 絶え間ない闘争。その中にずっと身を置いてきたのだから無理もない。
 だが、マルジェラはルシファーを、アンはサタンを倒したのだ。もはやこの魔界に脅威などない。
 彼らの胸中に安堵が訪れても、なんら不思議はないだろう。
「そういや寝覚めがスゲーよくてナ。精神的なものもあるだろうが、とにかくベッドの寝心地が最高だったゼ」
「ああそれは」とアンがマルジェラの言葉に応える。
「私も同様でした。マットに使用されている素材は、おそらく低反発ウレタン、それからプロファイル・ウレタン・フォームでしょうね。
耐圧が分散されるため、体に負荷がかからないようになっています」
「な、なるほど」
 アンの知識が豊富なのは知っていたが、それがこういった生活の分野にまで及んでいたことに、マルジェラは少し戸惑った。
「え、えーとだナ、あー、そうだ。ジュンヤとチャラヤンはどうしてる?」
「ジュンヤなら一度見かけました。城内を徘徊しているのではないでしょうか。チャラヤンはまだ部屋で眠っているようですね」
「そうか。じゃあちっとチャラヤンの様子を見てくんゼ?」
 立ち上がりマルジェラは、その場を後にした。

318 :280 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 21:01:07 ID:???

 部屋のドアを開けると、ベッドに腰掛けて何やら考え込んでいるチャラヤンの姿がそこにはあった。
 マルジェラは“コンコン”とドアをノックする。
 それでようやっとチャラヤンは、マルジェラの姿を認識した。
「やあ、おはよ」
「ああ。どうした、考え事か?」
「うーん……まあ、ね。ここ最近の記憶がないっていうか曖昧でさ」
「気にする必要ぁねーンじゃねーか? オレだってそうさ。劇的な体験が重なると、まあ、概ねこういった現象が起こるンだろーよ」
「ふーん、なるほどねぇ」
 そしてチャラヤンは、再び自分の記憶を探る。
 一番新しいものとして、アンリ・マンユとの激闘を思い出した。
 絶対無比な戦闘能力を前に致死的ダメージを負ったのは覚えている。だが、その後の記憶は不確かだ。
 もっと遡って考えてみる。すると、ひとりの少年の姿が浮かんだ。
 長きに渡り行動を共にしていたのだ、忘れようもない。
「あれ……? そういえばベルンは?」
「えッ……?」
 絶句。今の今まで忘れていた。
 マルジェラは、何とかベルンの行方を思い出そうと試みる。

319 :281 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 21:07:53 ID:???

 断片的にではあるが、マルジェラは徐々に記憶を取り戻していった。
「確かどこかに――ああ、そうだ、天界の十次元に攻め込めとか言ったら、どうもナ、本当に乗り込んでいった可能性が高い」
「うわー、それ、シャレにならないよ。きっとベルンは真に受けて今ごろ――」
「だろうナ。容易に想像できる。さぞかし天界は、混乱に陥っているコトだろーよ」
「なら、オレらがするべきコトは決まったようなものだね」
「次ぁ天界かよ。やれやれだゼ。そのためにもまずは、充分に態勢を整えねーとナ。じゃあちっとジュンヤを探してくる」
 マルジェラは部屋を出て、階段へ向かった。

320 :282 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 21:11:02 ID:???

 階段を下り、一階のエントランスまで向かう。そこにジュンヤの姿があった。
「よー、何してンだぁ?」
 歩み寄り話しかけるマルジェラ。
 ジュンヤは振り向こうとはせずに、門の前で「ふぅむ」と唸っている。
「どうやら城外には出られないようになっているようだな」
「ああ?」
 試しにマルジェラは、門を押してみた。びくともしない。
 今度は引いてみる。が、結果は同じだった。
「どうなってンだ、こりゃあ?」
「非常に強固な結界だ。なるほど、これなら外部からの侵入は一切許さないだろう」
「逆に言えば閉じ込められた状況ってコトか?」
 言葉にした途端、それが間違いであることにマルジェラは気付く。
 これは意図的なもの。そう、マリナが故意にこのような仕掛けをしたのだろうと、マルジェラは考えた。
「それはそうと、君は気付かないかね。他にも変わった点があるのだが」
 なんだろう――ジュンヤの問いに、マルジェラは城内を見回してみる。
確かに違和感はあったが、それが何によってもたらされているのかが分からない。
 しばらくして、ジュンヤが淡々と語り出した。

321 :283 ◆APHEYAlDJU :2007/10/23(火) 21:14:07 ID:???

「昨夜――とでも言えばいいのかな。この城はまさに黒一色に染まっていた。だが今はどうだね。
青から紫に変わる寸前の色合いへと変化している。しかし、なかなか凝った演出をするね、マリナも」
 マルジェラは愕然とした。何故今まで気付かなかったのか。
 先のアンの態度からして、彼女はこの変化に気付いていただろう。
 そう思うとマルジェラは、どこか気恥ずかしさのようなものを感じた。
「この黒から青へという変化は、まさにレイを象徴している。マリナは何を想ってこのような趣向を……。
ところで先ほど転移魔法を試したのだがね、弾かれてしまった。
まあ他に手段がないわけではないが、わざわざ強行突破する理由もないしな。さらに疑問は尽きんよ。
例えばそう……私たちもすでに、このような固有結界を造れるだけの力は有しているのではないか、などのね」
 ジュンヤの言うことは最もだった。
 改めてマルジェラは、ジュンヤが自分より、年齢的にも精神的にも少し大人なのだと認識する。
「さて、アンのいた場所へ戻ろうか。そして来訪を待とう」
 そう言ってジュンヤは振り向いて、階段を目指す。
 来訪という言葉が気にかかったが、ひとまずマルジェラは、ジュンヤに従うことにした。

322 :284 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:32:52 ID:???

 五階のフリー・スペースに戻ると、そこにはアンとチャラヤンがいた。彼らは向かい合うように、ソファーに座っている。
 マルジェラはアンの隣に、ジュンヤはチャラヤンの隣に腰掛けた。
 アンがすっと立ち上がりその場を離れ、しばらくしてふたつのティー・ポット、
それからひとつのカップを宙に浮遊させながら戻ってきた。
 こういうちょっとした魔法も、生活の中では実に有効であることを、アンは再認識する。
 彼女は今、人間界で平和な生活を送っていた当時のことを思い浮かべていた。
 全員のカップに紅茶を注ぎ、「さあどうぞ」とアンは勧める。
 一同はそれぞれに茶を愉しんだ。

323 :285 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:34:31 ID:???

「もしかしたら――」
 ふと、マルジェラは思う。
「戦線離脱しろっていう警告かもナ、これは」
「警告とまでは言いませんが、確かに、マリナにも思うところがあるのでしょう」
「アンもそう思うか」
 右を向きマルジェラは、アンと目を合わせた。
「このままいけば、おそらく我々は天界へ向かっていたことだろうな」
「ああ、間違いねェ。けど、それをすんなり受け止めているオレらは、客観視すると不自然じゃねーか、なぁ、ジュンヤぁ?」
「天使たちもまた敵だと、レイに教わったがね。ただし、人間に対してのではなく、そう、確か……因果律に対しての、とか言っていたな」
 多少混乱してきた。
 マルジェラは腕を組み、ソファーに深々と身を沈めて考える。

324 :286 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:36:08 ID:???

「でもさぁ」
 チャラヤンが口を開く。
「こういうのってバランス感覚の問題だと思う。魔界はほら、もうオレらが壊滅させちゃったし。
善と悪の拮抗があってこその世界じゃない? どちらか一方になると、それはもう独裁というか……支配だよ」
「ほう、言うね、少年。君の直感は、おそらく正しい」
 ジュンヤはチャラヤンの髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。
「私は、これからの動向は私たち自身に委ねられた、と感じています。
これまではいわば、主にレイとマリナの思惑通りに動いてきたと言えましょう」
 マルジェラはアンの言葉に、「なるほど」と相槌を打つ。
「ここはひとつ謀反でも起こしてみっかぁ」
 マルジェラはテーブルの上に両手を突き、身を乗り出して言った。
「勇ましいね。だが、具体的にはどうするつもりかな」
「まずはここで充分な休養をとり、それからこの結界を抜け出そう。そして様子を窺いつつ天界へ向かう」
「上出来だ。私に異論はないよ」
 ジュンヤは賛同した。アンとチャラヤンも無言で頷く。
 マルジェラは、彼らが仲間であることに誇りさえ抱いた。
 道は示された。あとはその瞬間を待つだけだ。

325 :287 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:38:03 ID:???

 百億――そう、ちょうど百億からなる天使の軍勢が、ベルンの手によって壊滅させられてしまった。
 ベルンは汗ひとつかいていない。
 彼からすれば、指先ひとつ動かした程度の労力。それでこの超超規模の現象行使だ。
「これじゃ遊びにもならない」
 ベルンは呟く。
 こうして四次元にいるのも戯れに過ぎず、大いなる意思からの逃避ともいえた。
 このまま五次元に進んだところで何になるだろう。
 現時点での最大の敵は、事象の偶然性、無意味さにあった。
「だったら――何もしない方がいい」
 その場に横たわり、ベルンは目を閉じた。
 想いを遠く遠く、遥か彼方に放つ。
 そう――遠く離れた、この宇宙ではないどこか別の宇宙まで。

326 :288 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:44:49 ID:???

「おかしいわね……来るなら真っ先にここだろうと思ったのだけれど」
 人差し指をアゴに当て、しばしマリナは考える。その場にはレイも居合わせていた。
「ある意味最悪の事態は免れた、とも言えますがね」
 それはレイの本心からの言葉だった。
「しかし……まさか貴女方おふたりがこの“マルクト”に揃うとは。
ここまでしなけれなならぬ人物なのですかな、そのベルンという少年は」
 セフィロトの樹の入り口ともいえるマルクト。その神聖なる場所を守護する天使、サンダルフォンが口を開く。
「確かに気紛れで、不可解な面も多々見られますが、少年、という言葉で片付けられる人物ではありません。
戦闘能力だけでいえば、単独でこのセフィロトの樹を制圧するだけの力は有していることでしょう」
 困ったものだ――レイは額に手を遣り、表情をしかめる。
「そうそう。もはや神に匹敵すると言っても過言ではないわ。命拾いしたわね、サンダルフォン?」
 マリナは天使に向けて、おどけたように言った。
 するとその場に、音もなくひとりの天使が現れた。
 女性――そして無数の翼。彼女はガブリエルに相違ない。
 そして彼女の第一声がこうだった。
「四次元にいた百億の天使たちが、全て――壊滅へと至りました」

327 :289 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:46:32 ID:???

「笑えないわね、それ」
 珍しくマリナが、真顔で言う。
 不測の惨劇。
「天界に攻め込むにせよ、どうして直接ここに来なかったのかしら。ねえ、レイ? ……レイ?」
 完全に言葉を失ってしまっているレイ。
「ふぅ、しょうがないわね。まあ、ショックを受けるのは解るわ。ベルンとアナタの関係を考えればね」
「お話の途中ですが」とガブリエルが割り込んでくる。
「我が同胞たちはみな同様に、混乱へと陥っています。畏怖する者もいれば、憤激する者も。
しかしどれだけ数を揃えようと、おそらくはその少年に一掃されてしまうでしょう。ですから私自らが――」
「粛正にあたる?」
 首を右に傾げ、マリナがガブリエルの言葉の先を読んだ。
「その必要はありません」
 レイはきっぱりと言い放った。
 一同の目がレイに集まる。
 そこには、普段とはまるで存在の質が異なる彼女の姿があった。

328 :290 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:48:20 ID:???

 身震いするほどのオーラ。その手にはムラマサが握られている。
 サンダルフォンは、無意識の内に後ずさりしていた。
 うかつに近寄れば切り刻まれ、此方、彼方、那辺、もはや因果律からさえもロストしかねない。
 そう想わせるほど、今のレイの姿は鬼気迫っていた。
「ガブリエル、アナタは“イェソド”へ戻りなさい。マリナはミカエルのもとへ。場合によっては、メタトロンと合流を。
ベルンに関しては、私が全ての責任を負います」
 有無を言わせぬままレイは、瞬時に次元転移する。
 その場を沈黙が支配していたが、やがてマリナが口を開いた。
「ああなった彼女は誰にも止められないのよねぇ。ま、アタシたちは自分が為すべきことをしましょ?」
 少しだけ空気が和らぐ。
 ガブリエルは無言のまま、己が守護する場所へと戻っていった。
「さて、アタシはどうしようかしら。ああ、サンダルフォン、身の危険を感じたら逃げるのよ、必ず」
 そう言い残し、マリナは何処とも知れぬ場所へ転移した。
 マルクトにひとり残されたサンダルフォンだが、彼は心の中で、マリナの言葉に異を唱えている。
 命に代えてもこのマルクトを守護する――その想いだけは、サンダルフォンにとって不動のものだったから。

329 :291 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 02:50:40 ID:???

 神経を研ぎ澄ます。レイは、半径六千三百七十キロメートルもの広大な範囲に感覚を伸ばした。
「い、ない……?」
 生体反応が一切ない。
 視界は大量の灰が舞い散っているせいで遮られているが、熱源であれば感知できる。
 もしかしたら――ふと、レイは思う。ベルンはこの宇宙にはいないのではないか、と。
 わざわざ天界の四次元までやってきたのも、こうして姿を消してしまうのも、全ては早すぎる終焉を回避するため。
 そう考えると、レイは少し納得がいった。
 ベルンの行方は気がかりだったが、今は、最終決戦までの時間が引き延ばされた幸運に感謝しようと、レイは思う。

330 :292 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 20:56:30 ID:???

 長いようで短い眠り。体は未だに眠りを欲していた。
「おい……おい、ベルン、指名されてっゾ?」
 誰かにヒジでつつかれる。
 目を開くとそこには、見知らぬ人物がいた。
「あのさ、キミ、誰?」
「あぁ? 何寝ぼけてやがる。クロエだよ、クロエ。それよかほれ」
 そう言ってクロエは、前方へ目を遣った。つられてベルンも、そちらへ目を向ける。
「ふむ、やっと起きてくれたかね。それではこのゲーデルの論文、
『プリンキピア・マテマティカおよび関連体系における形式的に決定不可能な命題について』だが、
この論文の題名を一言で言い表すとしたら、君なら何と答えるかね」
「あーあー、なるほど。『不完全性定理』だね、それって」
 ベルンはあっさりと答えてしまった。
「ほう、さすがだね。む、時間かな。では、次回からこの論文を、深く読み解いていくことにしよう。
具体的には、人工的な論理記号や数学記号を用いて、推論を厳密に組み立てるといったところかな。今日はここまで」
 初老の男の一言で、その場に弛緩した空気が漂い始める。
 ベルンは改めて周囲を観察した。
 二十名程度の、おそらくは学生であろう若者たち。
 各々に用意された机と椅子。どうやらここは教室のようだ。
 となると必然、先の質問を投げかけてきたのは教師、ということになる。
「おやまぁ。笑っちゃうね、これって」
 現状を把握した上で、なおかつベルンはそれを受け入れた。

331 :293 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 20:59:43 ID:???

 自分は今、元いた宇宙とは全く別の宇宙にいて、その因果律の一部に組み込まれている、とベルンは考える。
「今なら奇跡どころか何だって信じちゃうね」
「はぁ? オメーぁもしかー、電波の受信とか出来ちまうのか?」
 クロエと名乗った青年が呆れたように言う。さらに、彼の隣に座っている女性が言葉を繋げた。
「まあ天才とアレは紙一重って言うじゃない」
「確かにナ、ルフー。なんたってうちの大学初の編入生だしよ?
満点じゃないと不可、ンでもって哲学科っていうコアな文系にも関わらず、
編入試験にぁ数式使うような理系の問題が立ちはだかるっていうし」
「そうね。今回のテーマなんて、フェルマーの最終定理だったんでしょ? どうやって解いたのか興味深いわぁ」
 ルフーと呼ばれた女性が、ベルンに訊ねてくる。
「ああ、えーとね」
 とりあえずベルンは、それとはなしに誤魔化すことにした。
「まずクンマーの理想数まで遡って、それからモジュラー形式、モーデル予想、フライ・セールとかまあ、そこらへんを応用してね」
「分かった、もういい。さ、ランチ・タイムだ」
 クロエの一言で彼らは、大学の正門を出てすぐのところにあるレストランに来ていた。
 目の前のテーブルには、すでに料理が所狭しと並んでいる。
「郷に入りては郷に従え……か」
 早くも自らが置かれている状況に順応し始めているベルンであった。

332 :294 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:06:39 ID:???

「ちっきしょー! 何が立体化学だよ! 配位多面体を描けとか言われて描けるかっての!」
 クロエが憤慨している。
 つい先ほど行われた哲学の講読の授業で、突如小テストが行われたのだ。
「まああの先生は、『現代における哲学とは、科学と並行して論議され、読み解かれるものでなければならない』
ってしょっちゅう謳っているでしょ?」
 ルフーがたしなめるように言うが、クロエの怒りは収まらない。
「まったく、やってくれるゼ、田吾作どんのヤロー……!」
「田吾作どん……?」
 ベルンが首を傾げる。
「ああ、さっきの授業のね、教授の名前。ユニークよねぇ」
「確かに。まあきっと、由緒ある伝統的な、日本古来より通じる名前なんだろうね」
「頼むからプラスに解釈してくれるな、ベルン。ところでよー、テスト開始三分で答案を提出してたよナ? まさかとは思うが……」
「だってさー、あんなの楽勝でしょ? 設問が四つしかなかったし、ただ図を描けばよかったし」
「どうかしてやがんゼ!」
 驚くというよりも、クロエは呆れてしまった。
「そりゃーオレだって四角面一冠三角柱型くらいは描けたけどナ? 他はどうしようもねェ」
「あら、アタシは四方逆プリズム型までは描けたわよ? まあベルンは全問正解でしょうけど。
答案を提出したとき、教授に『おめでとう』って言われたの、聞こえてたわよ?」
「ああ、うん。トランス二面冠八面体型にはちょっと戸惑ったけど、すぐに思い出したし」
 事もなげに言うベルン。
「ええいッ、これだから天才は! まあいい、たまにぁ学食でランチ・タイムといこーゼ?」
「そうね。ただし、前みたいな乱闘はお断りよ?」
「分かってるって、ルフー」
 クロエが人ごみを掻き分け、早足で学食へと向かう。
 その後をルフーとベルンが追った。
 突如放り込まれたキャンパス・ライフだが、いい仲間とも巡り合えたし、こういうのも悪くないなとベルンは思った。

333 :295 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:11:25 ID:???

「なるほど、そういう設定に」
 ベルンがひとり、感心したように頷く。
「設定?」
「ああ、いや……経歴ね、経歴」
 クロエの何気ない反応に、念のためベルンは言葉を修正した。
 クロエとルフーによれば、ベルンは世界各国の有名大学で次々とドクターを取得してきた天才少年らしい。
「しかしなぁ……心理学はともかくとして、M理論まで究めたヤローが、どうしてまた日本の大学なんかに?
しかも三年次編入。ま、オレぁこの大学の哲学科は世界一だと自負してるけどナ?」
 自分がこの世界に、どのように配置されているのかが、クロエの言葉で解っていく。
「さあね? ボクは昔から気紛れで有名でさ。大した理由なんてないんだろうけど……
そうだね、敢えて言えば神のお導きか、それともボクの願望か、あるいは――ああ、これが答えかも。
全ては因果律の流れのままに」
「やれやれ。我が哲学科には、そりゃあ変わり者は多いけどよ?
そこにこんな超越したヤローが加わったってのぁ……面白ェよ、なかなか」
 クロエのその言葉に、ベルンはどう反応していいか分からなかった。
「『歓迎するゼ』って言ってるのよ、クロエ君は。もちろんアタシも大歓迎」
 ルフーが上手く解釈して言葉を並べる。そしてベルンは、
「そう――――」
 とだけ口にした。
 季節は春。
 まだ、肌寒い。
 こちらの宇宙に来て一週間。
 ベルンに、大切な仲間が、出来た。

334 :296 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:15:15 ID:???

 徹夜をして迎えた日曜の朝。
 ベルンはソファーに寝そべって、幸せについて考えていた。
 それは誰のものでもなく、愛と同様、最大多数の人間にシェアされて初めて意味のあるものだとベルンは思う。
 ベイカーズ・トランスフォーメイション、ハミルトン変換、さらに現実的に考えると、
テイラー渦やベナール対流などにおける、流速や物質濃度の不規則な変動。生態系の数理モデル。
 カオスが人の心を蝕むのかな――ベルンは大局的な流れに思いを馳せた。
 元いた宇宙は、いわば狂乱の宴。
 それではこちらの宇宙は?
 魔法などというものは存在していない。
 天界や魔界を交えた抗争というものもないようだ。
 しかしそれが平和と呼べるだろうか?
 身震えするほどの孤独が、もしかしたら――そう、
「全宇宙に波及しているのかもしれないな。もし、生命の母が孤独なら、こんなアイロニックなコトってないよ」
 哀しい、とベルンは思う。
 今の彼には時間が必要だった。
 自分が為すべきことは何か。それを真実と判断し、行動に移すまでの時間が。

335 :297 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:16:56 ID:???

 二週間。休養としては充分な期間だった。
 身体的な、何より精神的な疲労から解放されたのは大きい。
「じゃあ頼むゼ、アン」
 エントランス、門の前でマルジェラが促す。
 アンは無言で頷き、一歩前に出た。そして魔力を行使し始める。
「“オール・イズ・フル・オブ・ラヴ”!!」
 珍しく歌を省いたアン。
 城内に荘厳なメロディーが展開されていく。
 そこに、体を優しく融かしていく、摩訶不思議なノイズが加わった。
 ゆっくりと、城の門が開かれていく。

336 :298 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:20:36 ID:???

 一同は城の外へと出た。
 振り返るとそこには、白い羽が乱舞している。同時に、城の姿も消え去ろうとしていた。
「夢、みたいだ、何もかも」
 純白に染まる視界に心奪われるチャラヤン。
「さっきの魔法――アレって前見せてもらったときは回復魔法だったよね? けど、今度は全く質が異なっていたよ」
「ああそれは」とアンは、チャラヤンの問いに答える。
「マリナの施したプロテクトを解除するには、より上位の魔法を用いなくてはなりませんからね。
音楽というものは少しアレンジを変えただけで、その用途の幅を広げることができるのです」
「全く圧巻だゼ」
「同感だ」
 マルジェラとジュンヤが、なおも続くメロディーの余韻に浸っている。
 境地のそれであろうメロディー。切なく、儚く、それでいて狂おしいノイズ。
 アンの発動した魔法は、聴く者を否応なく別世界へと誘った。
「さて、だいぶ遅れをとってしまいましたね。それでは参りましょうか、天界の四次元へ」
 アンが皆に、手を差し伸べて言う。
 一同は決意も新たに頷いた。

337 :299 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:24:05 ID:???

「感動したよ。カレーうどんがこんなにも美味なものだなんてね。まだまだ日本には神秘がたくさんあるんだね」
「学食のメニューでそこまで……ところでベルン、箸の使い方が上手いじゃねーの?」
「ああ、レイ……っていうちょっとした知り合いに教わってさ」
「ほう。つーかそもそもオメーの人種が分からん。灰色の髪に紅い瞳ねぇ」
「それがね、自分でも忘れちゃっててさ。たぶん……ドイツとかその辺で生まれたんじゃない?」
「すっげー他人事みてーだナ。オメーらしーよ」
「そんなクロエだって国籍不明だよね、見た目が。そのメタリック・アッシュの髪、染めてるの?」
「おう。でもナ? 本来の髪の色だって真っ黒ってワケじゃねーンだゼ? カラスの羽の色みてーだって周りからはよく言われてた」
「名前からしても欧米人っぽいよね」
「おっと、聞き捨てならねーナ。この『クロエ』って名前ぁまさに日本人の証さ」
「ふむふむ。そういえばさー、さっきの……学内での対立の話、詳しく聞きたいな」
「そうか。ちっとメンドくせーンだけどよ? 要するにだナ――――」

338 :300 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:26:31 ID:???

 クロエは一度、頭の中を整理してから話し出す。
「とりあえずオレら哲学科は別格だゼ? 偏差値から何から、他とは格が違う」
「ほー」
 何やらベルンは感心したようだ。
「問題はドイツ文学科の連中と、経済学科のやつらとの対立さ。いや、抗争と言ってもいい」
「ふむ」
 ベルンの記憶によれば、この“テオリア大学”には、哲学科、英文学科、ドイツ文学科、フランス文学科からなる文学部があり、
そして国際教養学部、法学部、経済学部が存在する。
 そこにはヒエラルキーが存在し、頂点は偏差値八十四という異様な数値を誇る哲学科。
 次に、偏差値六十五の英文学科、六十四のドイツ文学科、六十三のフランス文学科と続く。
 それに対し他学部は、大きく偏差値を下回っているのが現状で、
経済学部経済学科に至っては四十三と、哲学科の約半分という有り様だ。
「それで、抗争の原因って?」
「それがよー」
 クロエは話を続けた。

339 :301 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:31:30 ID:???

「ドイツ文学科ってのぁとにかく単位取るのが難しいらしーンだ。だから、三年次に上がるまでに、
全体の二割が留年とか退学するみてーでよ? それに対し経済学科ってのは、ま、この大学の汚点みてーなモンで、
とにかくサークルで暇潰してりゃ単位がもらえるらしい」
「これはまたつまらない。そんなコトで確執が生まれるなんてね」
 ベルンはやれやれといった感じで、前髪に手を遣る。
「オレらには関係ねーって言えばそれまでだけどよ? どーにも学内の空気が悪くてしょうがねェ」
 そう言ってクロエは、テニス・サークルの連中が陣取っているテーブルに目を遣った。
所謂“サークル席”と呼ばれるものである。
 学食というのは当然、在籍する全ての学生たちに対して公共のものだが、彼らは平然とスペースを占領する。
 そのテニス・サークルに属している人間のほとんどが経済学科の学生たちだった。
 ベルンはふと、元いた宇宙を思い出す。
 生命――存在――の遣り取りが平然と行われていたあの宇宙。それに比べればこちらは、至って平和なもののように思える。
「けど――解り合えないのはどこも一緒かな」
 遠くに想いを馳せながら、ベルンはそう呟いた。

340 :302 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:42:46 ID:???

 いきなり十次元を訪れたのではこちらに敵意があると思われてしまうので、まずは四次元から――そう提案したのはアンだった。
 そして今、マルジェラ、アン、ジュンヤにチャラヤンは、天界の四次元に立っている。
 白い、巨大な神殿を見上げ、マルジェラは「いかにもってカンジだナ」と言葉をもらした。
「しかし、どこか違和感が拭えないがね」
 アゴに手を遣り、ジュンヤが思案顔で言う。
「気付きましたか? 人工物から自然に至るまで、全て修復された痕跡があります。それも、ここ最近の内に」
 アンは周囲を見渡してから、「さらには」と続けた。
「間違いなく私たちを待ち受けていると思ったのですが……どうやら不在、のようですね」
「あー……」
 少し考えて、マルジェラはすぐにその人物の名前に思い当たった。
「なるほど、レイか」
「ええ。ですがそれだけではありません。天使たちの姿まで見えないというのは、一体どういうことでしょう?」
 アンの言葉に、一同は顔を見合わせる。何故気付かなかったのか、我を疑った。
「核戦争でもやらかしたかよ、おい」
 マルジェラが身を乗り出して言う。
「いや、放射能反応はないようだがね」
 ジュンヤが真面目に答えた。
 訪れた天界。そこには早くも、暗雲が立ち込めてきていた。

341 :303 ◆APHEYAlDJU :2007/10/24(水) 21:48:08 ID:???

「――そこで弁術論を得意としたギリシアの代表的なソフィストであるゴルギアスは、
『何も存在しない。存在するとしても認識できない。認識できても伝えることができない』という言葉を遺したんだよ。
さて、君たちはどう思うかな? そうだね、ではせっかくだから、ベルン君に答えてもらおうか」
 二十九歳という若さでありながら、すでに学会の権威として知られるデコ教授がベルンを指名する。
 古代、現代問わずに、自由にブリーフィングを行うというのが、このゼミのスタイルであった。
 立ち上がりベルンが答える。
「確かに真理とは懐疑されて然るものだろうけどさー、いささかペシミズムに傾倒しすぎだね。
存在とはそれを証明して初めて成立するってものじゃないでしょ。
それに伝達手段がないだなんて言ったら、何のための言葉って話になるよねー」
「うん、いいね。批判精神は大切だよ。それにしても、君の発言からは言霊思想が窺えたよ。
どうやら日本の文化にも造詣が深いようだね。他の人の意見も聞きたいところだが、頃合かな。
ふむ、それでは今日の講義はここまでとしよう」
 デコ教授の一言で、学生たちは各自、各々に行動を始めた。
 友人たちと雑談に興じる者たち。ノートと筆記用具をバッグにしまい、その場を立ち去る者たち。
 ふと、ベルンにふたりの人物が近づいてきた。クロエとルフーだ。
「よー、ベルン。朝から何も食ってねーからよー、とりあえず学食行ってハンバーグ定食食おうゼ?」
 そう言ってクロエは、ベルンの小さな体にもたれかかってきた。
「えー……まあいいけど、ボク、邪魔じゃない?」
「ンなわきゃねーだろ?」
「そうよ。一緒にランチしましょ?」
 クロエとルフーは、即座にベルンの言葉を否定する。
 悪い気はしなかった。どうしてふたりがこうも自分を気にかけてくれるのか、ベルンには解らなかったが。
「そうだね、そうしよっか」
 そして彼らは学食へ向かう。
 何気ない日常の中に自分がいる。それがベルンには、かけがえのないもののように思えた。

342 :304 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 00:59:52 ID:???

「エドワード・ウィッテンか。いちおー名前だけは知ってるけどナ」
 クロエが、ハンバーグ定食に添えられているパスタに箸を遣りながら言う。M理論の話題を切り出したのは彼だった。
「いやぁ、彼の提唱する理論はどれも難解だからね。物理学の最先端だってコトだけを覚えておけばいいんじゃない?
哲学科の学生としてはさ」
 そしてベルンは、海老ピラフをスプーンで口に運ぶ。
 その味は上々のようで、彼は満足していた。
「哲学科の学生だからこそ、もっと詳しく知っておきたいんだけどな〜」
 ルフーは、シー・フード・カレーをスプーンで弄びながら、ベルンに訊ねる。
「そうだね……サイバーグ・ウィッテン理論とか、シンプレクティック多様体における位相不変量のグロモフ・ウィッテン不変量とか。
それから――」
「いや、もういい」と、クロエがベルンの言葉を遮る。
「食事中にする話じゃねェ。失敗したナ」
「そうね、まさに専門外の話題よねぇ。ランチは美味しく頂きたいわ。あ、このオレンジ・マンゴーのジュース、なかなかイケるわよ?」
 ルフーが、グラスに刺さったストローに口を遣り、さりげなく話題転換をする。
 そこからは、和やかな食事が再開された。

343 :305 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:02:21 ID:???

 どうしたものか――結論が出ないまま時間だけが過ぎ去っていく。
 一同に焦燥感が漂い始めたころ、マルジェラがこう言った。
「とりあえず次元上昇してみねーか?」
 アンが横目で反応する。やはりそれしかないのか、と彼女は思った。
「他に手段がないのであれば、そうですね、致し方ないかと」
 そう言うアンの表情には、懸念の色が見られる。
「私に異論はないよ」
 とジュンヤ。
 続いてチャラヤンが、
「オレさー、あまり深く考えなくてもいいと思うんだ。こういうのってバランス感覚じゃない?
魔界を制圧しちゃったんだ、こうなったらもう天界も片付けちゃおうよ」
 と、どこか能天気なことを言い出す。
「物騒なヤローだナ。一瞬ベルンのコトを思い出しちまったゼ。まあいい。
ここまで慎重に来たンだから、次元上昇といってもひとつ上の五次元ってコトでいいか?」
 マルジェラは一同の顔を見回した。異を唱える者はいない。
「それでは参りましょうか」
 アンが魔力を発動し始める。
 こうして彼らは、天界の五次元へと至った。

344 :306 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:05:03 ID:???

「アクセス! “タレース、ビアース、クレオブーロス”――――あ?」
「やめたまえ。こんなところでギリシア七賢人にアクセスしたらどうなることやら」
 魔法の詠唱に入ろうとしていたマルジェラをジュンヤがなだめる。
「ふむ、敵は、百億は下らないようだね。通常の物理攻撃では通用しないだろうが、私の剣技であれば一掃できる。ここは任せてくれ」
 マルジェラを押しのけるように前に出たジュンヤ。
 ひとつ深い呼吸をして、それから彼は光と化した。
 地上から上空まで縦横無尽に駆け巡る。
「まずは八億といったところか」
 ジュンヤにとってはほんの余興に過ぎなかったが、天使たちからすれば、
その鬼神の如き戦闘能力は理解の範疇を超えたものであり、たちまち恐慌状態へと陥った。


345 :307 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:07:11 ID:???

 ジュンヤに続き、マルジェラたちもまた戦闘を繰り広げる。
 彼らに魔法など必要なかった。剣を、拳を用いて、次々と天使の群を葬り去っていく。
 結局、僅かな時間で白き翼を持つ者たちが灰と化した。ただ一体の天使を残して。
「ふ、人間と侮っていたが、その実、魔に染まっていたか。久々に人間の血肉を味わえると思ったのだがな」
 天使が荒い呼吸のまま言う。
「はッ、何が天使だよ。悪魔以上に好戦的じゃねーか」
 話し合いの余地などなく、いきなり襲いかかられたのだから、マルジェラが悪態をつくのも無理はない。
「このような事態を惹き起こしたのだ。上層部が黙ってはおらんだろう。
ミカエル様、あるいはガブリエル様の手で浄化されるがいい。神よ、この者たちに断罪の光を!」
 その言葉を最期に、天使は灰となって舞い散った。

346 :308 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:09:37 ID:???

 ふとした弾みで立ち寄ったPCルーム。
 何か惹かれるものがあったのだろう、ベルンはキャンパス内の散策をやめ、迷わずその部屋へ足を踏み入れた。
 室内は小教室程度の広さで、完全に静まり返っている。聞こえてくるのはマウスを操作する音、それからキーボードを叩く音だけだ。
 ベルンは黒板から向かって右の、最後列の席へ腰を落ち着ける。
 早速PCを起動させディスプレイを覗き込むと、そこにはID入力の画面が出ていた。
 ふたつに区切られたそれから、まずは学籍番号の入力だなとベルンは推測する。
“カチャラララッ”――テン・キーの上をベルンの右手の指が走った。問題は残りの四桁だ。
 自分に振り分けられたパスワードを、ベルンは知らない。
 試しに自分の誕生日を入力してみるが、すぐに弾かれた。
「困ったなー、うーん。ここはペアノの公理に基づいて……って、アルファベットが混じっていると考えるのが当然か。難敵だなぁ」
 ベルンはすっかり困り果ててしまった。
「どうかしたのか?」
 ふと、隣の席にいた青年に声をかけられる。黒い瞳、そして黒く艶のある、やや長めの髪。どこか中性的な青年だった。

347 :309 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:12:01 ID:???

「うん、ログ・インできなくてさー」
 ベルンがディスプレイに目を遣って答える。
「えーと……ん? パスワード紛失したのか?」
「いや、違うよ? ボクは最近編入してきたばかりだからさ」
「編入? ああ、噂の。しかし天才がこんなところで躓くなんてな。ちょっと待っててくれるか?」
 そう言って青年は、自分のPCに向き直り、“ズダガガララッ”と凄まじい勢いでキーボードを叩き始めた。
「よし、こんなモンだろ。新しいアカウント作成してやったぜ?」
「え――?」
 まだ一分と経っていない。スピードが自慢のベルンだが、これには驚いた。
「いいか? 左に二千四十七、右に千百二十だ、入力してみな?」
 青年の指示に従い、ベルンはテン・キーを操作する。
「えーと、トゥーオーフォーセヴン、ワンワントゥーオー……と。――あ、できたよ、ログ・イン!」
 ベルンは嬉々とした表情を浮かべた。
「キミ、何者なの?」
「えっ? な、何者って俺ぁ――」

348 :310 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:13:34 ID:???

 青年は戸惑いつつも答える。
「俺はただの学生さ。ここの、経済学科のな?」
「ねえ、名前は?」
「ナイン、だ。おっと、ドイツ語じゃねーぞ? 英語の、数字のナイン」
「へぇ。ボクはベルン。よろしくね?」
「あ、ああ…………」
 人見知りしないベルンに、ナインは小動物にでも懐かれてしまったかのような気恥ずかしさを覚えた。

349 :311 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:15:57 ID:???

「ところでキミは、何やってたの?」
 ベルンはナインのディスプレイを覗き込む。
「さあ……単なる暇潰し、さ」
 そのディスプレイには、所狭しと見慣れぬアルファベットが羅列されていた。
 ナインがマウスで画面を下にスクロールさせると、今度は日本語の文章が現れる。
「これは……翻訳? いや、違うね。こういうのは確か……そう、復号化だ」
「ほう、ご名答。ま、海外にダチがいてよ、物好きな。何もメールを暗号化しなくたってなぁ。しかもDESだぜ、今どき」
「ふぅん」
 暗号化、DES。それらの言葉が、ベルンの好奇心に火を点けてしまったようだ。

350 :312 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 01:19:15 ID:???

「ちょっといい?」
 そう言ってベルンは、ナインの手元のマウスを操り画面全体をスクロールさせた後、
新たにテキスト・ファイルを開き、左手だけでキーボードを叩き始める。
「こういう暗号はどうかな?」
 ベルンはナインに訊ねた。「いや、これは」とナインが答える。
「ダブルDESじゃねーか。DESよりも弱い。にしたって……お前、暗号の知識もなくいきなりこんな……?」
「うん、暗号の勉強はしたコトないや。でも、結構面白いかも」
 末恐ろしいな、とナインは思った。
「ま、使うならトリプルDESかな。ワン・タイム・パッドは暗号化した途端に終わりだし、
量子暗号は、とてもじゃねーがネットじゃ使えねー。通信インフラに革命でも起きねー限りはな?」
「なるほど、勉強になるよ」
 元いた宇宙では得られなかった知識が自分に注がれてくる。それがベルンには心地よかった。

351 :313 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:22:33 ID:???

 いいように翻弄される。
 秒間三万を超える剣撃。しかし、その全てがかわされ、相手の蹴り一撃で、剣が宙を舞う。
「なん――!?」
 間髪入れずに、ジュンヤの体に打撃が加えられた。
 天を突き刺さんとばかりに弾け飛び、かと思った瞬間、超急激に降下を始め、地面に落下――中規模のクレーターを穿つ。
 相手は、倒れ込んでいるジュンヤのすぐそばまで来て言った。
「まだまだのようだな、ジュンヤ」

352 :314 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:24:43 ID:???

 まさかここまで差があるとは――マルジェラたちに戦慄が走る。
 ジュンヤは未だ全身が痺れていて立ち上がれなかった。
 頭では解っている。重力を解放され、次に重力子を操られ、地上に叩きつけられた。
 よろめきながらもなんとか立ち上がる。そしてジュンヤは言った。
「衰えるどころか……ますます化け物じみてきましたな、ご老体」
「ご老体、か。ふ、俺は現役を退いた覚えはないぞ、ジュンヤ?」
「お戯れはこのくらいにしませんか――ヨージ」
 少し離れたところからアンが呼びかける。
 たった今ジュンヤを叩きのめした人物こそが、かつて“日本の三連星”と呼ばれ、
その実力はレイとなんら差がないと評されるヨージその人だった。

353 :315 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:28:07 ID:???

 ヨージは、天界の六次元にいた天使たち全てを追い払い、マルジェラたちの来訪を待ち受けていた。
 そして、彼らが次元上昇を果たしたと同時に『軽く遊んでやろう』と宣戦布告。
 面識のあるジュンヤが相手を申し出たが、結果は先の通りだ。
 禍々しさこそ感じないが、魔界で闘ったどの相手よりも強いとマルジェラは判断する。
「ところで――アナタが此処にいるということは、もしやミヤケもまた……?」
 アンの推測……というよりは確信。
「ああ。なんだ、気付いてなかったのか。おい、もういいぞ」
 ヨージの一声で、ミヤケが姿を現す。
「ちっと空間迷彩を施しただけじゃねーの。哀しいねぃ、自分の存在に気付いてもらえないってのは」
「だったら小細工なんかしねーで最初から登場しろってンだ」
 マルジェラが無遠慮に言った。
「ああ、ごもっともな意見だナ。オメーがマルジェラだろ? ちっと味見させろよー」
「伝説だかなんだか知ンねーけどよ、ナメられンのぁ好きじゃねェ。見せてやるよ、現役生の力ってのをよ?」

354 :316 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:32:19 ID:???

 拳を突き出す。だが、それはフェイントだ。
 マルジェラは、相手が後方に引くであろうことを予測し、宙に舞い、空中で一回転し、右足のカカトを振り下ろす。
 相手の頭上に命中した――はずだった。少なくともマルジェラの目にはそう映った。
 だが、何の感触もない。
 地上に着地したマルジェラは、振り返って確認する。
「あ――ああッ! 残像かよッ!?」
「この程度で驚いてもらっちゃぁ面白くねェ。ま、一撃でキメにきたところは認めるがナ?」
 背後からミヤケの声。マルジェラはゆっくりと振り返る。
「可視光線を歪曲させるだと……どういう能力だ」
 度し難い、とマルジェラは思った。
 しかしミヤケの戦闘能力は、もはや神さえも超越していると言っても過言ではないだろう。
 それをマルジェラは、その身で思い知ることになる。

355 :317 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:34:24 ID:???

 全身に電磁的・光学的にほぼ完璧な迷彩を施し、マルジェラを圧倒するミヤケ。
「見……見えねェ……ぐほあッ!?」
 背後から背中に蹴りを喰らう。飛び散った瞬間、今度は頭頂部にヒジでの一撃を加えられた。
 いくら立ち向かおうとも、いいように翻弄されてしまう。
 しかもミヤケは、かなりの手加減をしているのだ。それがさらに、マルジェラの怒りに火を点ける。
「まさに変幻自在、恐れ入ったゼ。だがナ? そのステルス性にも弱点はある。赤外線だ」
「確かにナ。だが、それが分かったところでオメーに何ができるよ?」
 ミヤケは余裕の表情のまま答えた。
「テメェ……このッ! いっそ逃げ場がねーくれー超強力な魔法でブッ飛ばしてやる!」
 マルジェラは呪文を唱え始める。
 だが彼は気付いていなかった。ミヤケもまた、同時に魔法の詠唱に入っていたことに。

356 :318 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:37:59 ID:???

「“国家は特殊な権力の組織であり、ある階級を抑圧するための暴力組織である。
とすれば、プロレタリアートが抑圧しなければならない階級とはいったい何か。
言うまでもなく、ブルジョアジーという搾取階級だけだ”――」
 ここでマルジェラの詠唱に、ミヤケが割り込んだ。
「“勤労者にとって国家が必要なのは、もっぱら搾取者の反抗を抑圧するためである。
そして、この抑圧を指導し、抑圧を実現しうる者は、徹頭徹尾革命的なただ一つの階級であるプロレタリアートだけだ”――」
 マルジェラとミヤケが、同時に“レーニン”にアクセスする。
 そして両者が発動した“国家と革命”が衝突した。

357 :319 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:41:08 ID:???

 心地よい浮遊感に身を委ねる。ああ、これはアンの回復魔法だな、とマルジェラは思った。
 だが何故――?
 思考はすぐに集束へと向かった。目を開き、事態の把握に努めようとする。
「目覚めましたか、マルジェラ」
 アンが安堵のため息をついた。
「これは――どうなって……?」
 マルジェラは戸惑う。一同がマルジェラを囲んでいて、まるで彼の目覚めを待っていたかのようだ。となると、結論はひとつ。
「負け、たのか、オレは…………」

358 :320 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 21:45:31 ID:???

 同一の魔法同士が衝突する場合、より力のある者の魔法が優先される。
 今回の場合、マルジェラよりもミヤケの力の方が勝っていたということだ。
 しかもミヤケは、生じたエネルギーを拡散させることなく、被害を最小限に抑えた。まさに神の領域である。
「そんなに落胆するなよ、マルジェラぁ? こっちだって冷や汗モンだったンだゼ?」
 フォローを入れるミヤケだったが、マルジェラの耳には届いていなかった。
「お聞きなさいマルジェラ」
 アンが一呼吸おいてから言う。
「これは魔界で行なってきた、極限状態の闘いとは違います。
もしアナタがルシファーと対峙したときのような精神状態であれば、勝機はあったでしょう」
 果たしてそうだろうかと、マルジェラは思った。それほどまでに彼は、自信を喪失してしまっている。
「まあ、時間もあることだし、しばらくお前らの修業に付き合ってやる。幸い“上の方”に動きはないようだしな」
 どこか愉しげにヨージが言った。
「あのー、オレ、人間界に帰ってもいいかな?」
 チャラヤンはすっかり怖気づいてしまっている。
「致し方ありませんね。しかし、アナタ方がここにいるというのに、レイが姿を現さないというのは解りかねます」
 アンの疑問に答える者はいなかった。
 こうしてマルジェラたちは、ヨージとミヤケによって、さらに鍛え上げられることになる。
 強さの果て、その向こう側へ至り、神を救済するために。

359 :321 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:04:00 ID:???

「痛い……ですね、さすがに。相手がアナタならばなおさらです――ミュー」
 切り裂かれた左肩に手を遣り、レイが言う。
「その名前なら、とうの昔に棄てました。以後口にしないようにと何度言いつけてもアナタは……。
まあいいでしょう。再度問います。ベルンをどこへ隠したのですか?」
「何度でも言いましょう、ミュー。彼は消えたのですよ、この宇宙から」
“ズバシュオゥッ”! “ドグッ”!
 光の刃が放たれ、レイの胸を穿つ。貫通こそしていないが、その傷は浅くない。
 彼女は避けようと思えば避けられた。だが、自分が傷つくことでミュー
――神の溜飲が下がるのなら享受すべきだと決心し、この場――十一次元にいる。
「私が本当に欲しいものはどうして……アナタもそうでしたね、レイ!」

360 :322 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:06:18 ID:???

 自分と対峙しているときは、レイのよく知る人物の人格が色濃く出るということを、彼女は充分に承知していた。
 半ば犠牲となる形で、神と融合してしまったミューを想うと、レイはいつでも心穏やかにはいられない。
 こうしてすぐそばに立っていると、ますます罪悪感が強まってくる。
「所有欲、ですか。人間としての部分を残しているようで何よりです。ヘルムートやジルは、確かにアナタのものになりましたよね」
“ビュドグッ”! レイの左足太ももに、不可視の刃が突き刺さった。
 思わず片ヒザを付き、顔をしかめるレイ。彼女は気丈にも、なおも神に語りかける。
「『日常を贅沢に飾る』――アナタの言葉ですよ、ミュー」
「――くっ!」
 愛憎が入り乱れ、脳が痺れる。思わず神は、両手で頭を抱えた。
 レイの言葉を耳にすると、必ずこういった現象が起こる。
 それが、神の中でミューという人格が生きている証だった。

361 :323 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:11:51 ID:???

「……任務を言い渡します。ベルンを連れ戻しなさい」
「それは彼自身の意思に委ねられました。私には不可能です」
 きっぱりと、レイは返答する。
「何故です? ベルンはアナタの配下でしょう?」
 昏い瞳で神は、レイの言葉を待った。
「配下、などというものを持った覚えはありません。彼ならばきっと、別の
――おそらくは隣の宇宙で、人間らしい生活を謳歌していることでしょう」
 そうであって欲しいと、レイは願う。ベルンの力を利用しようとしたのは確かだが、今となっては介入の余地はないと彼女は思った。
「ともあれ、こちらの宇宙の終焉は、アナタにも見えていますよね?」
 自嘲気味に微笑んで、神は答える。
「始まりが孤独なら、静かに朽ち果てていくのも一興」
「隣の宇宙を巻き込んでも構わないと?」
「ええ」
 破滅こそが唯一の救いという神の考えに、レイはどうしても賛同できなかった。
「万策が尽きてなお抗うのが人間というもの。さて、私を此処から解放して下さい」
「そう――――――――」
 神がレイの足元に、次元降下のための魔方陣を展開し始める。
「アナタの中にも孤独という深い闇があるでしょうに。しかし今は、その是非を問いません。次こそは吉報を待っています」
 その言葉を最後に、再び神とレイとの道が分かたれた。

362 :324 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:23:09 ID:???

 扉を開けた瞬間、ベルンは戸惑う。
 目の眩むようなアルコールの臭気。床、本棚などに、所狭しと焼酎やウイスキーの瓶が散乱していた。
 ごそっ、と物音がし、ソファーに寝そべっていた女性が上半身を起こす。
「ん……ああ、来てくれたのかよ、悪いな。エイ、ベルン、サップ?」
「ニヒト、シュレヒト、だよ?」
「ちッ、ドイツ語なんて聞きたかねェよ、辛気臭ェなぁ、もう」
 そう言って女性は手前のテーブルに手を伸ばし、タバコをくわえ火を点ける。
「あのさー、レヴィ先生?」
 テーブルの上にある焼酎の瓶と、遣りかけだったと思われるグラスに目を向け、ベルンがその女性に話しかけた。
「心理学とアルコールとの関係性について是非ともご講義頂きたいところなんだけど」
「はッ、知るかってンだ。無我の境地だよ、無我の境地。アンタも一杯遣るかい?」
「冗談を聞きにきたワケじゃないんだけどさぁ」
 ベルンは呆れ果ててしまう。これは何の因果だろうと、本気でそう考えた。

363 :325 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:25:49 ID:???

 レヴィというのは、このテオリア大学で心理学を教えている教授だ。
 ベルンは一般教養の科目の中から恣意的に心理学を選んだのだが、
その心理学の博士号を取得しているベルンが何故今さらと思ったのだろう、
早速レヴィに呼び出され、今こうして彼女の部屋にいる。
 琥珀色の――おそらくは高級な――焼酎をグラスに注ぎ、一気に飲み干すレヴィ。そしてまた、タバコに火を点ける。
「――ふぅーッ……海外の大学で博士号、ね。ドコの?」
「USAだよ」
「そりゃそうだよなぁ、最先端つったらUSA。ま、それ以前に、日本じゃ心理学は学べねーし、教えられもしねー。解るか?
そういう環境は一切整ってないのさ」
 酒のせいもあるのか、レヴィは愚痴をこぼした。
「だろうね。文化も違えば歴史も違うし。ボクの予想だけど、心理学っていうのは、哲学もきっとそうだろうけど、
未来永劫に日本には根付かないんじゃないかなぁ?」
「ああ、違いねェ。とりあえずフロイトを支持していれば、あとはどうだっていいのさ。
ユングに手を出そうモンなら速攻で笑い者。やれやれだぜ、なあ、ベルン?」
「下ばかり見てる後進国だからね、しょうがないよ。ところで先生。その口調は元からなの?
ボクの友人たちと、あ、男のね? どこか被るんだよねぇ。もったいないよ、美女なのに」
「なッ――あ、あんた口説こうっての? ガキのクセに、じゅ、十年早いよ、じゅーねん」
 レヴィの顔が赤く染まっているのは、酒のせいだけではなかった。
 挨拶はこの程度にして、そろそろ本題に入ろうかとベルンは考える。頭の中で情報を整理し、口を開いた。

364 :326 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:27:42 ID:???

「さて――何かボクに聞きたいコトがあったんじゃないの?」
「――なに、大したことじゃないのさ」
 レヴィは身を起こし、改めてソファーに腰掛ける。
「この国にいたンじゃ分からねーことばかり。そこで、だ。海の向こう側はどうなっているかを聞きてーンだよ」
 問われてベルンは、記憶を探った。記憶といっても、こちらの宇宙に辿り着いた瞬間に与えられたものだが。
 もしかしたら、こちらにも“ベルンという存在”がいて、それと融合してしまったのかもしれない。
 その場合における自己同一性の方が気がかりだったが、今はレヴィの問いに答えるのが先だとベルンは考えた。

365 :327 ◆APHEYAlDJU :2007/10/25(木) 23:39:59 ID:???

「日本じゃ考えられないだろうけどさ、新種のデザイナーズ・ドラッグの誕生イコール心理学の発達なのさ、向こうじゃね?
最先端といえばトランス・パーソナル心理学だけど、アレを理解するのにドラッグは欠かせないよ」
「おいおい、アンタ、言い切るねェ」
 レヴィは感心したように笑みを浮かべる。
「こっちで売られている心理学に関する本を読んで驚いたよ。いずれもホフマン博士には触れられていない。
マズロー? グロフ? 呆れたね、ボクは」
「そりゃあご機嫌だ、ベルン。グロフとかいいご身分だよな。三千回に及ぶ臨床実験だってよ?」
「それよりさ、先生?」
 ここでベルンは、話題を転換する。
「どうして日本ではSSRIが普通に薬局とかで手に入らないんだろう? そっちのがよほど問題だよ。誰の心も救えないのなら――」
「ああ、解るさ、ベルン。所詮心理学ってのはあくまでも学問でしかないのさ、この国ではな?
壊れたが最期、誰も助けちゃくれねーよ」
 なるほど、とベルンは思った。救済措置がないのだから、年間三万人を超える自殺者の数にも頷ける。
「愚痴を聞かせて悪かったな、ベルン」
「いや、構わないけど、ボクは。じゃあ帰るとするよ。アルコールは程ほどにね?」
「さあねェ? これとタバコは生きる糧なのさ。じゃあまた何かあったら遊びに来てくれよ」
「うん」
 部屋を出る。
 剣や魔法がなくても、色々と複雑なんだなとベルンは思った。むしろ元いた宇宙の方が、単純明快なのかもしれないとも思う。
 自分が今、何を為すべきなのか。部屋に戻って夜通し考えたベルンだが、結局結論には至らなかった。

366 :328 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 00:22:07 ID:???

「ごきげんよう。愉しそうですね」
 天界の六次元で修行中のマルジェラたちの前に、突然ひとりの少女が現れた。
 おそらくは転移魔法を使ったのだろうが、その出現を誰も予知できなかったところに、少女の力の超絶さが窺える。
「マズイな、こりゃ」
 ミヤケが小声でヨージに囁いた。ヨージは「ああ」と答え、少女へと目を遣る。
 場の空気を読めない者は誰ひとりとしていない。臨戦さながらの緊張状態だ。
 マルジェラは、己の体が震えているのに気付き、そして――動揺せざるをえなかった。
 ルシファーに感じた恐怖とも違う。畏怖――神聖さと邪悪さを兼ね合わせた少女の異常性に。
「お、おい……どういう存在だよ、アレは?」
 マルジェラはアンに問いかけた。
「ミュー……いえ、彼女は、彼女こそが神……なのです」
 そう告げられたマルジェラの全身に戦慄が走った。

367 :329 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:14:06 ID:???

「そう怯えずともよいのですよ。私は闘いにきたわけではありませんので。――お久しぶりですね、ミヤケ、それからヨージ」
 歌うように、神が言葉を紡ぐ。
「よう、ミュー、久しぶり」
 平静を装い、ミヤケが返事をした。
 一方ヨージは、予想だにしなかった展開に、すっかり混乱してしまっている。今の戦力では心許ない。
せめてレイがいれば――と思わずにはいられなかった。
 ふと、神の目がマルジェラを捉える。
「アナタ……アナタもまた異質な存在。この宇宙で生まれし者ではありませんね」
 目を向けられてマルジェラは、鼓動が速まるのを感じたが、どうにか口を開いた。
「戯言はいーンだよ。まさかこの段階で潰しに来るとはナ。いいゼ、相手をしてやろーじゃねーの」
「好戦的ですね。ですが先ほども申したように、私には闘うつもりなどありません。ただ、お話しがしたかっただけですよ」
 身構えていたマルジェラだが、よく見ると少女からは敵意を感じない。
 どうするべきか迷ったが、ひとまずは神の話に付き合ってやろうと考えた。

368 :330 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:18:41 ID:???

「孤独とは何ですか? 私を苛むばかりではなく、この宇宙に蔓延し、全てを蝕む孤独。
距離と拒絶、接触と承認。重なる不条理はガラスの破片。せめてこの狂った世界に終焉を」
 神の呟きが、マルジェラには歌に聴こえた。ゆえに――心に突き刺さる。
「知らねーのか? 孤独の中にはもうひとつ孤独があってよ? それはつまり――“もうひとりの自分”だ。
永久なる存在に、アンタは出逢っていないってコトか」
「これは面白い話ですね。しかし――現状を見て下さい。救いのない世界で誰もが終焉を望んでいます」
「ンなハズぁねーよッ! 人間は、人間ってのは……その程度じゃねェ!」
「ならば見せて下さい、人間の力とやらを」
 その言葉が戦闘の合図になった。
 身を引き裂かれるような緊張感が、その場を支配する。

369 :331 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:35:16 ID:???

「アクセス――“オウテカ”」
 神は両腕を広げ、魔力発動の前段階へ入る。
「オウテカ――ですって!?」
 アンは否が応にも危機感を煽られた。神が接続したそれは、極度の集中力と魔力が求められるため、
これまでにアクセスできた者はいない。
「粒子の乱数と予測不可能性か。いよいよもってたまらんな」
 場の変化というものを読み取り、ジュンヤはため息混じりにそう呟いた。
 見るとそこには、ミヤケとヨージの姿がなかった。
 彼らは何もエスケープしたわけではない。ここでの闘いを全て、マルジェラに委ねたのだ。
「自分の中にとどめておけたなら、それはどんなに幸いなことでしょう。私は常に、私自身の狂気によって裏切られる。
どうか受け入れて――そして超克なさい。いきます――“ガンツ・グラフ”!!」

370 :332 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:36:43 ID:???

 静かに、万物を押し潰そうかというようなプレッシャーを以ってして、神の魔法が発動された。
 上空に転移したアンだが、惹き起こされようとしている事態の異常性に、身も心も凍える思いだった。
「強力な磁場を……!? 常伝導、反強磁性、相境界上に三重臨界点が……!?」
 アンの驚愕をよそに、その下ではネール転移の次数が二次から一次に変化する。
 ジュンヤとチャラヤンの姿は、すでにそこにはなかった。ミヤケとヨージが安全な、おそらくは別次元へと連れ去ってくれたのだろう。
 一方マルジェラは、このような状況下でありながら、なおも神に接近を試みていた。
どうしても伝えなければならない言葉があったから。

371 :333 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:39:18 ID:???

 スーパー・スピン。超伝導と反強磁性。両状態の間の共鳴準位と考えられる励起。中性子が散乱している。
 そんな中マルジェラは、ようやっと神へ言葉の届く場所まで辿り着いた。
「挫折、屈辱。懊悩は孤独をさらに病的なものへと導く。だがナ?
一切は因果律に支配されてるンだ。狂わずにはいられねェ。過去を全て書き換えられるのならそれでもいいさ。
けどオレは、このままの自分でいく」
 そう言い放つマルジェラに神は言葉を失う。
 だが、その想いに答えなければならない。

372 :334 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:41:33 ID:???

「アナタには解りますか? 目覚めるたびに世界が変貌していることを。私の中にいる何者かが、狂気の果てへと誘う。
逃げ場などない。私は知っているのです」
 それはマルジェラにも理解できた。彼は言葉を選び、慎重に自分の考えを述べる。
「一切は揺らぎの中に。過去に囚われ未来を憂いて何になる? オレたちは存在である前に、ひとつの現象だ。
だから祈るのさ。神に、ではなく、自分の中に在るより大きな存在に」
 マルジェラの言葉に、神は少なからず動揺した。
「ですが……そうして命を繋いでいったとしても、待ち受けているのは破滅、終焉です。それこそが救済。あらゆる孤独の解放」
「それでも人間は……全てを超えていける!」
 沈黙。
 そして神は、自らが惹き起こした物理現象を止揚する。
「今日のところはこれで引き下がっておきます。次に逢ったときこそ、決着をつけましょう。
果たして正しいのはアナタか、それとも私か」
 そう言い残し、神は十一次元へと還っていった。
 緊張状態から解放されたマルジェラは、その場に座り込む。
「何が正しくて、何が間違っているのか……か」
 分からない。少なくても現時点では答えなど見えてはいなかった。
 ただひとつ――何故レイたちが神を救済しようとしているのか。
 それだけは、マルジェラなりに答えへと近づいたと、彼は思う。

373 :335 ◆APHEYAlDJU :2007/10/26(金) 01:44:20 ID:???

 上空からゆっくりと降下し、アンはマルジェラのそばに立った。
「アナタの言葉は確実に、神の心を揺さぶったようですね。しかし――
あのような存在と対峙し、なおかつ自分を保っていられるだなんて……強くなりましたね、アナタは、本当に」
 アンの言葉を、マルジェラはどこか上の空で聞いていた。
「神……か。それでもオレには、見たままの少女に思えたゼ。荒れ狂う慟哭は孤独の、淋しさの証。
気紛れで現れたンじゃねーだろうよ?」
 なるほど、とアンは思った。感じ方は人それぞれ。でも、マルジェラの考えには賛同できる。
「実際、遊びに――というか、触れ合いに来ただけなのでしょうね。
あの魔法が完全な形で発動されていたのなら、この六次元など跡形もなく消え去っていたでしょうから」
「だろうナ。だが生きていれば次がある。次があるってコトぁつまり――」
 最終決戦。単独であの神を倒せるとは思えなかった。ましてや救済するなどと。
 しかし、残された時間は僅かであることを、マルジェラは感じ始めていた。
 猶予に甘えていてはいけない――上空を見上げる。早く――早く天界の最上位に至り、全てを終わらせなくては。
 マルジェラは改めて、強く、強く心に誓った。

374 :336 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 01:53:50 ID:???

 天界の五次元に転移してきた四人。ミヤケ、ヨージ、ジュンヤ、チャラヤン。
「どうやら神は十一次元へと帰還したようだな」
 腕組みをしたままヨージが言う。
「さすがに……危うかったナ。しかし向こうから仕掛けてくるなンざ、やっぱりどっか破綻してやがる」
 心底安心したという様子で、ミヤケが深いため息をついた。
「しかし、何も私まで強制転移させなくてもね。相手が神といえど、一刀のもと斬り伏せる自信はあったのだが」
「正気かよ。絶対返り討ちにあってたって」
 ジュンヤの妄言に、チャラヤンが横槍を入れる。
「まあ、その可能性は否めないか。さて、せっかくの機会だ。ここはご老体たちにひとつ、私たちという存在の意義を説いてみよう」
 ミヤケとヨージが顔を見合わせる。
「まあそれも一興か。レイは肝心な部分は伏せるからナ。おし、オレが教えてやんゼ? よく聞いとけよ?」
 ジュンヤとチャラヤンは、ミヤケの言葉に耳を傾けた。

375 :337 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 01:56:54 ID:???

「人間界が四百年周期でループしてるってのぁ……知ってるよナ?」
「ああ」とジュンヤが応答する。チャラヤンは黙って話を聞いていた。
「歴史も人間も全てが繰り返す。同じ人間たちが、同じ歴史を、幾度となく。だがオレらはそれを無意味だと判断しなかった。
周期が近づくと、魔界や天界に身を潜め、ループから逃れてきたンだ」
 ジュンヤは、ミヤケの言葉から何かを掴みかけていた。話の続きを待つ。
「そしたらよー、ここ二十年くれーの出来事か? まずはシモンズ、そしてジュンヤ、オメーだよ。
新しい生命が生まれるハズのねー人間界に、突如現れやがって。こっちが詳細を聞きてーくれーだけど、オレの推測としてはこうだ。
オメーら……ジュンヤからチャラヤンに至るまで、揃いも揃って別の宇宙からやって来たンじゃねーかってナ」
「だから手元に置いておいたと?」
 なおかつ利用してきた――その言葉は、胸の奥にしまう。それ以降ジュンヤは、口を閉ざしてしまった。
「不穏因子……最初はヴィヴィアンとかがそう言っていたナ。けど今は違うゼ?
オメーらの可能性にかける、それがオレたちの総意だ」
「……ループの中にいれば、安穏としてられたのかな…………」
 ふと、チャラヤンが呟く。
「狂った時系列の中に未来はねーよ?」
 ミヤケのその一言で、会話は打ち切られた。彼もまた、自らの正当性を証明できない。
あるいは、一部の人間たちのエゴにしか過ぎないという考えも、頭の片隅にあった。
 だが、革命は為されなければならない。それがミヤケにとっての立脚点だった。

376 :338 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 01:58:36 ID:???

 色褪せた陽光で目を覚ます。体の芯から冷えていた。世界に悪意というものを感じずにはいられない。
「あら、起きたのね、シモンズ」
 真紅のソファーに身を沈め、読書をしていたヴィヴィアンが声をかけてくる。
「ここは……?」
 シモンズは部屋の中を見渡した。造りからして屋根裏部屋のようだ。
「レイの別館よ、白い館の方。この部屋はレイの固有結界の中ね」
 なるほどな、とシモンズは思った。そして療養中である自分を悟る。
 何かが心の中で渦巻いていた。だから――問いかけずにはいられない。
「なあ、ヴィヴィアン?」
「何?」
「オレの泣き言を聞く時間はあるか?」

377 :339 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:00:38 ID:???

「どこか別の宇宙……おそらくは元いた宇宙だ。オレの無意識はそこにアクセスしていた。
誰もが自分だけを護り、自分だけを大切にし、自らの正当性を主張してやまない、そんなバカげた、どこか芝居じみた世界さ。
必然――他者の痛みなどおかまいナシ、言葉は凶器。
蔓延する狂気がいつの間にか常識として居座り、身分の差ってヤツが平等――
そう、人間が社会を形成する上で不可欠なそれをないがしろにしちまう。だから――壊れた」
 ヴィヴィアンは、シモンズの独白を静かに受け止めていた。沈黙の中、機を見計らい口を開く。
「忘れてしまってもいいのよ。いいえ――人に備わっている忘却というシステムがあるからこそ生きていけるの。
大丈夫、きっと――必ずマルジェラたちが革命を起こすわ。この宇宙でのそれは、きっと他の宇宙にも波及していくでしょう。
だからアナタは、それまでゆっくりとお休みなさい」
「そう……だナ」
 ヴィヴィアンの言葉に安心したのか、シモンズは再びベッドに横たわる。
 彼の苦悩に終焉をと、ヴィヴィアンは祈らずにはいられなかった。

378 :340 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:03:59 ID:???

 授業が終わると同時に、クロエは机に突っ伏した。
 デコ教授が執り行った今回の授業は、ハイデッガーから始まりサルトルに至るという、実にハードな内容だったのだ。
「ちきしょー、ゴールデン・ウィーク前だからって容赦なく詰め込みやがって。キャパ超えちまってんゼ?
まさにヤスパース哲学の主要概念、“限界状況”ってヤツだ」
「そういった挫折を経験してこそ自己を超えた超越者と出逢えるとも教わったでしょ、クロエ君?」
 ルフーがクロエをなだめる。
「でもボク、面白かったよ? 死というものに対するハイデッガーの拘りとか。まず一般受けはしないだろうけどね」
 ベルンにとっては、こちらの宇宙での経験全てが刺激となっていた。
 自らの勤勉さを見出した今、彼にしてみれば学生という身分は、何の不満もなく、むしろ悦びですらあるのだろう。
「能天気なヤツめ。まあいい、とりあえず学食行こうゼ?」
 クロエが席を立ち、荷物をまとめ教室から出て行く。
 ベルンとルフーは顔を見合わせ苦笑し、そしてクロエのあとを追った。

379 :341 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:05:48 ID:???

 ゴールデン・ウィークというのは、特にこれといったイヴェントが発生することもなく、淡々と過ぎ去っていった。
 その間ベルンは、眠りの中数多くの宇宙へと意識を遣っていた。
 人類が滅亡した世界に残された若者たち。
 核戦争後の灰色に染まった世界。
 銀河同士が衝突し、跡形もなく消滅した宇宙。
 もちろん幸多き宇宙もあった。
 幾多もの可能性。それを総括するならば、全ては生成と消滅を繰り返しているのだな、とベルンは思う。
 ではあの宇宙――そう、マルジェラたちのいる世界はどうなっているのか。
 気がかりではあるが、今はまだ戻れないとベルンは思った。
 だが、必ず還ることになるという確信はある。彼はきっかけを待っていた。
 それまではこの居心地のいい世界に身を委ねていたいとベルンは思う。

380 :342 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:08:26 ID:???

「さて、写実主義やらゴシックやらは省略しよう。君たちも退屈だろう?
だからこそ今、ここでダダイズムを叩き込んでおこうと思うんだ」
 一般教養の芸術論を受け持っているキスク教授が高らかに宣言する。
「まずはアサンブラージュからだ。いやぁ、レディ・メイドという響きはいいね。
寄せ集め、組み合せという技法を用いて作品化する技法、たまらないじゃないか。
積極的な意味の打破、記号論への徹底したアンチ・テーゼ。夢で溢れているよ、ふふふ」
 ひとり悦に入るキスク。
 結局彼の思想が延々と連ねられ、講義は終了した。
「正気とは思えんが、退屈はしねー」
 クロエが感想を述べる。
「だね。そういえばルフーは? この講義、取ってるんだよね?」
「ん? ああ、アイツなら今日はサボリだ。ゴールデン・ウィークに入ってから海外に逃亡しやがってよー。
まだ帰国してねーンじゃねーか?」
 どこか他人事のように言うクロエだが、それがどこか、ルフーとの信頼関係を想わせた。
「さて、帰ろーゼ?」
 授業は六時限目ということもあり、夕暮れが訪れていた。
「そうだね。帰ったら寝よーっと」
 ベルンがどこか、脱力したように言う。
 平和な世界。だが、このとき誰も気付いてはいなかった。
 日常が、いかに容易く非日常へと変貌するのかを。

381 :343 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:10:35 ID:???

「よー、生きてやがったかぁ。しぶてーナ?」
 それが、天界の六次元に戻ってきたミヤケの第一声だった。
「こら、オッサンよぅ……速攻逃げ出しやがって。こっちは臨界状況に追い込まれてたってのに。ちったぁ男魅せろよ?」
「おいおい、無茶言ってくれやがって。今、オレとヨージが神と闘り合うってのぁ得策じゃねェ。宇宙がどうにかなりそうだからナ。
まあ、勇姿なら一万二千年前に思う存分晒したからよ? 次ぁオメーらの番だ」
 そんなものなのか、とマルジェラは思った。
 そのミヤケとマルジェラの遣り取りの間に、ヨージがジュンヤとチャラヤンを引きつれ、この場へ戻ってきていた。
「アナタ方が退いたのは賢明な判断だったといえましょう。神の意向がまさにそれでしたからね。さて、ミヤケ、そしてヨージ。
これからいかがなさるおつもりですか?」
 アンが訊ねる。ミヤケは「そうだなぁ……」としばし考えに耽ったあと、今後の動向について話し始めた。

382 :344 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:12:55 ID:???

「一万二千年前のコトだ。過去に一度だけ、神が暴走してよー、そりゃもうカオスだゼ、カオス?
人間界に悪魔どもが攻め込んできて、魔法を使える数少ない人間たちで応戦して、その後、少数精鋭で魔界に討伐――
ってこんな話ぁどーでもいいか? とにかく、失敗したンだよ、オレらは。
神というのは特定の存在じゃない。あくまでも普遍的なもので、限りなく遍在している。
倒した――と思ったンだがナ。結局はミューを犠牲にする形になっちまって。孤独がある限り神が消滅したりするコトぁねーだろうよ?
さて……ンじゃちっと肝心なコトを話すゼ?」
 マルジェラたちは集中力を高め、ミヤケの言葉を待った。

383 :345 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:15:58 ID:???

「今回の闘いは神の暴走を止めるなんて生易しいモンじゃねェ。いや、そもそも神は特に目立った動きをしていなかったしナ。
真の目的は、この宇宙と隣の宇宙との衝突を避けるためだ」
 しん――とその場が静まり返る。
「お、おい、隣の宇宙って……? どういうスケールだよ」
 マルジェラが呆気にとられながら言った。
「そうなると、私たちのしていることの意義とは何だろうね。魔界を制圧し、こうして天界にまで乗り込んできている。どうにも解せないな」
 ジュンヤは冷静な口調で告げる。
「驚くのも無理はねーか。まあ端的に言ってしまえば、神に集約し、象徴される孤独が、
隣の宇宙の孤独と重力で惹かれ合ってるってコトだ。だからこそ、神を孤独から解放してやらねーと。
最悪、犠牲になるのはこっちの宇宙だけでいい。所詮は奇異的に発生したものだしナ?」
 重責が一気にマルジェラにのしかかった。自分の中で、どのように解釈していいか戸惑う。
「だったら……それこそアンタらの出番じゃねーのか?」
「それは違う。俺たちは可能性というものを全て使い果たした。いかに強力な力を得ようと、成し得ないことがある。
だからお前たちに全てを委ねようというのだ。我々の役目は他にあるのでな」
 マルジェラの言葉にヨージは、どこか遠い目をして答えた。
「さて、オレたちの役割としてはこんなところか。色々と忙しい身でナ。オメーらは次元上昇を続けるといい。
全てが終わったらまた会おうゼ?」
 そう言い残し、ミヤケはその場から姿を消した。同様にヨージも。

384 :346 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:18:14 ID:???

 クロエに薦められて読んだトルストイの著書、「人はなんで生きるか」を読み、ベルンはかつてない衝撃に、畏敬の念を抱く。
 興奮冷めやらぬまま朝を迎え、そのままベルンは大学に向かった。
「あ――」
 教室に入ると、クロエとルフーが談笑していた。
「帰国してたんだ、ルフー」
「ええ。有意義な休暇だったわ。ベルン君はどこか行った〜?」
「えっとねー、うん、記憶がない。多分部屋でぼーっとしてたと思う」
「あら」とルフーは微笑する。
「アタシはねー、カンボジアで地雷撤去を手伝ってきたの。それから、なんといってもアンコール・ワット!
夕暮れ時に丘の上から見下ろすと、それはもう神秘の極地よ?」
「スピリチュアルってか、なんなんだろーナ。まあ、解らんでもない」
 クロエが、座っている椅子を仰け反らせながら言った。
 そうこうしているうちに、デコ教授が教室に訪れる。ゼミの始まりだ。

385 :347 ◆APHEYAlDJU :2007/10/27(土) 02:22:14 ID:???

「ほう、私も高校生の頃かな? トルストイに傾倒していた時期があったよ。
それじゃあ今日の講義はフランスの作家、ロマン・ロランに触れていこうか」
 デコ教授が黒板に向かい、文字を連ねていく。
「ロマン・ロランというのはね、トルストイの影響を強く受けている。さて、黒板に注目して欲しい」
 そこには、ロシア革命的な被抑圧階級の解放闘争という言葉と、ガンジーの非暴力闘争という文字が、
矢印で対立するように描かれていた。
「彼がどちらを選んだか知っている人はいるかな?」
 デコ教授の問いかけに、ルフーが受け答えする。
「言うまでもないわ、非暴力闘争の道よ。
おそらくはトルストイの、『暴力によって悪人に手向かうな』という言葉に影響を受けたのでしょうね」
「その通り、さすがだね。ちなみに、私がロマン・ロランの著書で気に入っているのは『魅せられたる魂』かな。
未読の人にはお薦めしたいね。ところで彼の戦闘的ヒューマニズムだが――――」
 それからデコ教授は長々と、どこか嬉しそうに語った。
 このゼミに参加しているのはみな変わり者なので、彼の話から耳をそらさずに、それをすっかり吸収してしまう。
 無論ベルンも、興味津々といった様子で耳を傾けていた。
 有意義な時間が過ぎ、授業が終わる。
 そしてもはや恒例となった、クロエとルフーとのランチ。
 平和というものがあるとすれば、まさしくこれがそうなのだろうとベルンは思う。
 終わりなど来なければいい――壊れてしまわぬよう、自分がこの幸いなる時を護ろうと、ベルンは静かな炎で誓った。

386 :348 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:29:57 ID:???

 満月が印象的な夜。
 そこはテオリア大学の敷地ではあったが、開発予定地のため手付かずで、荒野、と呼んでも差し支えない。
 上空を見上げる。星の消えた街は作り物めいて、どこか違和感があるなとクロエは思った。
「まさか経済の連中がオレら哲学科を狙ってくるとはナ。さて――遊んでくれるンだろ?」
 殺意に囲まれた状況で、相手を挑発するように言うクロエ。
 かつて味わったことのない昂揚感が、彼の全身を駆け巡っていた。

387 :349 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:36:00 ID:???

 異変。
 午後九時、大学の図書館が閉館する時間。しかし、待ち合わせの時間を大幅に過ぎてもクロエが現れない。
 胸騒ぎがしてルフーは、大学構内を駆け巡った。
 いない、どこにも。
 彼女はキャンパスを飛び出す。疾走、加速、そして――さらなる異変。
 上空へ転移していた。魔法が存在しないはずのこの世界で、ルフーはクリスカル座標を操ったのだ。
「――いた!」
 ルフーの目がクロエの姿を捉える。彼女は即座に彼のもとへ転移した。
 そこは戦場だった。

388 :350 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:43:40 ID:???

 金属バットや鉄パイプで、ほぼ全員が武装している。規模は総勢百人程度。
 次々と迫り来る敵を相手に、クロエは奮戦していた。
 離れた距離から一気に間合いを詰め、宙に舞いソバットを放つ。
“ドボギャッ”! 壮絶な音がして、敵の延髄が突き割られる。
その反動でクロエは、逆サイドにいた敵の頭上めがけて、カカトを叩きつけた。
「ひっ!?」
 敵は金属バットで身を守ろうとしたが、その凶器もろとも頭蓋骨を粉砕される。
 地上に着地し、周囲を見渡すクロエ。
 自分でも異変には気付いていた。元より格闘技術には長けていたが、さすがにこんなにも人間離れした動きをしたことはない。
「奇妙な夜だゼ……なぁ、オメーら……?」
 一歩前に踏み出す。相手はみな、一歩後退した。
 怯えているのか、それとも誘っているのか。クロエは慎重に場の空気を読んだ。

389 :351 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:46:40 ID:???

「ひぎっぼえあっ!?」
 奇声。振り返る。
 男が仰け反りながら、宙に舞っていた。
 スリー・クォーターから放たれた強烈なスマッシュ。真紅に染まった長い、長い髪。
「ルフー……?」
 目を疑う。いつの間に現れたのか。クロエがそれを問う前に、新たな標的を狙ってひとりの男が襲いかかる。
“ドベグキョッ”! “グシャオベッ”!
 ルフーは相手に何もさせなかった。まず左のヒジを敵のみぞおちに叩き込み、それと連動して、左の裏拳を顔面にインパクトさせていた。
「お前まで……どうなってやがる……?」
 在り得ない動きを見せるルフーを前に、クロエは世界が揺らいでいるのを確信する。
「油断大敵よ、クロエ君?」
 ルフーは紅い瞳で薄く微笑む。その妖艶さが、彼女に変革がもたらされたことを物語っていた。

390 :352 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:49:18 ID:???

 その後もクロエとルフーは、高まる覚醒感の中、尋常ではないペースで敵を撃破していった。
 ものの数分で、九十人は片付けただろうか。残りは約十名。
 だが――変貌を遂げていたのは、何もクロエとルフーだけではない。
 当然敵の中にも、強力な力を得た者がいる。
「将来の事象についての分布の特徴を把握。確率分布のチェック……不確実性の排除」
 敵の中の、何者かの周辺に魔力が集中していく。
「これ、は……?」
 身構えるクロエ。
「魔法の詠唱……? いけない!?」
 同様にルフーも身構えた。
「哲学科の人間め……いつもいつも見下しおって! 偏差値だけが全てではないということを教えてやろう。
喰らうがいい、“ポートフォリオ・セレクション”!」

391 :353 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 02:56:55 ID:???

 空間が歪曲する。その危機を、クロエとルフーは本能で感じ取った。
 敵の発動した魔法は、対象を四次元へと強制排除するものだった。
 全身を襲う重圧に、クロエ、そしてルフーは耐える。
 無論彼らにとって、魔法に抵抗するという経験はこれが初めてだった。
 だが――ふたりはそれを乗り越えた。類稀なる精神力、精神性。哲学科で培われたそれは、やはり伊達ではない。
「はぁ……はぁ……危うかったわね、非常に。けれども、今度はこちらの番よ」
「ああ、そうだナ」
 手と手を取り合うルフーとクロエ。
 そして――彼らは魔法の詠唱に入った。

392 :354 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:00:33 ID:???

「“自然は人類を苦痛と快楽という、二人の主権者の支配のもとにおいてきた。
われわれが何をしなければならないかということを指示し、またわれわれが何をするであろうかということを決定するのは、
ただ苦痛と快楽だけである。一方においては善悪の基準が、他方においては原因と結果の連鎖が、
この二つの玉座につながれている“――アクセス“ベンサム”! “道徳および立法の諸原理序説”!」

393 :355 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:01:49 ID:???

 強烈な言霊。それも、かなりの真理値を叩き出した。
 クロエとルフーのそれによって、残った敵は全て融解していく。
 夜の闇よりも濃い黒へ。流転、そして真理の渦に巻き込まれ、瞬く間に消滅してしまった。
 敵を全滅させたのを確認し、クロエはその場に座り込んだ。ルフーもそれに倣う。
「なあ、ルフー? まるで異世界にでも紛れ込ンじまった気分だゼ」
「アタシも同感よ。どうしちゃったのかしらね、こんな、力が…………」
 彼らは揃って上空を見上げた。しかし、そこに答えなどなかった。

394 :356 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:04:59 ID:???

 天界の六次元。岐路。
「ここも分岐点ってトコか? そろそろ段階やら手順を踏むのにも飽きてきた。
とはいえ、ここで勇んだところでしょうがねェってオレの直感が告げてやがる」
 腕組みをし、考え込むマルジェラ。理性と衝動とがせめぎ合い、彼は自分たちがより正しき選択を迫られているのだと悟る。
「慎重だな、君らしくもない。私としては強攻策を推したいところだが、ふむ、自重しよう」
 さすがのジュンヤも、この重苦しい空気を感じ取った。
「このまま段階的に次元上昇を続けるべきです。この時点でまだレイが私たちの前に姿を現さない――おかしいとは思いませんか?」
「それに付け加えるならベルンもだね」
 チャラヤンがアンの横顔に向かって言う。
「確かに――そうですね」
 アンは、ふと思い出したかのように頷いた。
 彼らにとっては、何もかもが暗闇の中手探りをする状況。そこでマルジェラは決断を下した。
「――まずは七次元に向かおう。立ち止まってらンねーンだよ。レイは必ず其処で待ち受けている。そうじゃなかったら――――」
「破滅を承知で十次元へ、かね?」
 ジュンヤがゆっくりとした口調で告げる。
「ああ、最終手段に出るしかねーだろ?」

395 :357 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:07:42 ID:???

 苛立ちと焦燥感。こんな感覚からは早く解放されたいとマルジェラは願った。
「話はまとまったようですね。では――よろしいですか?」
 アンが全員の顔を窺う。各々が無言で賛同した。
 次元上昇の手続きを始めるアン。かくして彼らは、天界の七次元へと向かった。

396 :358 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:09:48 ID:???

 身悶えするような悪寒。膨張し続ける悪意に、神は絶望さえ抱く。
 隣の宇宙と接近しているのは分かっていた。だが、波及してくる無数の感情、
そして不可避なるふたつの宇宙の衝突――破滅、それは神の心を哀れなほど追い詰めている。
「どうすれば……いいの……?」
 涙。頬を伝う。
頂点に位置する己の存在を呪った。誰が泣き言を聞いてくれよう? そう思うと神は、深淵なる孤独のさらに深くへと沈んでいく。
 自らの命で購われるのならそれでもよかった。だがそうはならない。運命が許さないのだ、おそらくは。
 人間たちに全ての命運を委ねよう――意識を解放し、目を閉じる。
 この十一次元でひとり、神は来るべき時を待った。

397 :359 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:12:34 ID:???

「お待ちして――おりました」
 天界の七次元へと上昇を遂げたマルジェラたちを待ち受けていたのは、漆黒に身を染めた女性――レイだった。
「やっと登場かよ、勿体付けやがって」
「私も同感だね」
 マルジェラとジュンヤが揃って悪態をつく。
「察しなさい。レイにも事情というものがあったのですよ。それを敢えて問おうとは思いませんが」
 ふたりをなだめるアン。
 一方チャラヤンは、ここ七次元の様子に気を配っていた。
「一刻を争う、という段階に入ってしまいました。これは私の落ち度、失態です」
 一刻を争う――その言葉に、全員が反応を示す。
「何かマズイってのぁオレも感じてた。説明して……もらえるか?」
 マルジェラの問いにレイは、しばし間を置いてから答えた。
「この宇宙と隣接する宇宙とが、急激に接近しつつあります。原因をベルンひとりに求めるのは酷というものでしょうが、
しかしこの事象に、彼が大きく関与しているのは間違いありません」
「どうして……ベルンが?」
 チャラヤンが誰よりも早く口を開く。
「彼は今、隣の宇宙にいるのですよ。そのような所業は私とて為し得ません。
よってベルン自らの意思でこちらの宇宙に戻ってきてくれることを願うしかないのです、残念ながら」
 静まり返る。誰もが言葉を失っていた。
 空白の時間が過ぎ、やがてレイは静寂の門を静かに開く。
「アナタ方はこのまま天界の十次元を目指しなさい。段階的に――そう、魔界でもそうであったように」
 レイの言葉に否を唱える者はいなかった。
 道は示されたのだ。天界の十次元を目指しつつ、ベルンの帰還を待つ。
 迷いから解放されたマルジェラたちは、再び闘いの渦中へ身を投じることになった。

398 :360 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:15:36 ID:???

 満月の上空に漂うベルン。哀しげに、地上にいるクロエとフルーを見下ろす。
それが微量な力であれ、魔法が発動されれば全て、ベルンには感知できた。
 こちらの宇宙に変化をもたらしたのは自分のせいだろうかと彼は考える。
 だが冷静な思考は否を唱えた。
 もっと強大な、意思というものを超えた何か。
「因果律、か…………」
 ベルンは呟く。
 隣の――元いた――宇宙が急速に接近しているのは分かっていた。
「還らないと――」
 結局、運命は変わらない。変えようと想うのであれば、自ら動かなければならないのだと、改めてベルンは思い知らされた。
 束の間の逃避ではあったが、闘争もなく魔法もないこちらの宇宙での日々は、何気なく、それでいて優しいものだった。
 記憶ではなく思い出としてベルンは、自らの中に刻みつける。
 猶予というものは考えなかった。必然の別れならば、告げる言葉さえいらないとベルンは思う。
 夜風が凪ぐ。
「頃合かな。さよなら、クロエ、ルフー。でも……きっとまた、いつか」
 急激に痛み出す胸。未練が襲ってくる。それに逆らうようにしてベルンは、マルジェラたちが待つ場所へと宇宙間転移を果たした。

399 :361 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:18:13 ID:???

 一閃。三十億の天使たちが舞う。いずれも、攻撃を受けると同時に消滅してしまった。
 天界の七次元に衝撃が走る。
「『この場は私に任せてくれ』――か。言うだけのコトぁあるナ、ジュンヤのヤロー」
 戦慄を覚えながらマルジェラが呟いた。
 ジュンヤは、超高速転移を繰り返し、同時に極大魔法を行使しつつ恐るべき剣撃を繰り出した。
 魔法と物理攻撃との融合。臨界を突破したその衝撃に、抗える天使など皆無だった。
「まだ……余裕が窺えますね。なるほど、ヨージから一撃打倒の精神と、それを実現するだけの力を学び取りましたか」
 アンが感心したように言う。
「魅せつけてくれちゃってぇ。よし、オレもいくよ」
 チャラヤンが上空に転移した。すかさず彼は、二本の白い剣の投擲によって、無数の天使たちを葬っていく。
 ジュンヤ、そしてチャラヤンが奮戦するのを、マルジェラとアンは静観していた。
 最初から何の杞憂もなかったのだ。それだけマルジェラたちは、強く、あまりにも強くなりすぎていた。
 そして――ほんの僅かな時間で、百億は下らない天使の軍勢が全て、灰と化した。

400 :362 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 03:21:00 ID:???

「こういう感情を憐憫、とでもいうのかね。しかし、天界の悪意は魔界のそれより性質が悪いな。閉じた、熟成された悪意だ」
 戦闘を終え、マルジェラたちと合流したジュンヤの第一声。
「まあそんなモンだろ。重んじた規律の正しさを疑うコトすらしねーのさ、天使たちは。従順ではあるが、愚かでもある」
 これも因果か、とマルジェラは思う。
「でもさ」
 その場にチャラヤンもやって来た。
「オレらの正当性って証明できないよね? これじゃあただの一方的な虐殺だよ」
「いいえ」とアン。
「全てが終わったならきっと――私たちは正しさへと辿り着きます」
 迷わず突き進むだけ――暗にそれを匂わせる言葉。
「そうだナ。それじゃあアン――」
「ええ」
 マルジェラとアンが、言葉少なに意思の疎通をする。
 次に向かうべきは天界の八次元。
 止まることなどできない。彼らの誰もが、残された時間は少ないということを理解していた。
 闘いは続いていく。

401 :363 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:26:54 ID:???

 天界の八次元。ここにも百億は下らない天使の軍勢がいた。
 それぞれの戦闘能力が桁違い。第二階級に属する智天使たち。
 マルジェラたちに向けられる無数の目。捕食者のそれであるか、または全くの空虚であるか。
 いずれにせよ、無条件で、無感情のまま排除しにくるだろう。
「ここはオレひとりに任せてくれるかな」
 チャラヤンが一歩前に踏み出す。
 一様に何故、という視線を彼に投げかける一同。そしてチャラヤンは答えた。
「多分……オレがマトモに闘えるのはここまでだろうからさ。この上のレヴェルとなると、どう考えたって無理だし。
だったらせめて――刻んでおこうと思って」
 自分の限界というものを、チャラヤンは把握していた。
 確かにこの上の九次元には熾天使たちが。さらに十次元ともなれば、
そこにはセフィロトの樹を守護する、圧倒的力を有した天使たちがいる。
 チャラヤンのプライド――覚悟を感じ取り、マルジェラが「分かった」と言って引き下がり、アンとジュンヤもそれに倣う。
 そしてチャラヤンは、一声放って戦場へ身を投じていった。
「有終の美といこうじゃないの。退屈させるなよ、天使ども!」

402 :364 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:28:12 ID:???

「退屈だなぁ」
 真空――電子と陽電子の世界でベルンは呟く。
 ここ天界の九次元には無数の熾天使たちが待ち受けていたのだが、ベルンは己の存在を悟らせることさえせずに、
全ての敵を瞬時にフェルミオンにまで還元してしまった。
 反物質を用いた対消滅を起こしたのは明白だ。おそらくは真空状態を作り出し、そこにガンマ線を照射したのだろう。
 ベルンの凶悪な能力は、もはや神に匹敵すると言っても過言ではない。
「おっと、これじゃ多少息苦しいかな、やっぱり」
 酸素、二酸化炭素、窒素と、九次元全体を通常の空気に書き換えていくベルン。
「まだかなぁ」
 彼は宙に体を浮かべ、マルジェラたちの来訪を待つことにした。

403 :365 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:31:00 ID:???

 チャラヤンは確かに、有終の美を飾った。
 さすがに無傷とはいかず、ちょうどアンの治療を受けている最中だ。
「見事だったゼ? 特に、三つの魔法を並行処理しながら、さらに物理攻撃まで行なったところとかナ?」
 マルジェラがねぎらいの声をかける。
「アレがオレの……ありったけさ」
 掠れた声でチャラヤンが言った。その様子は、どこか脱力している。
「それにしても……まさか百億から成る智天使たちを、単独で全滅させるとはね。君を再評価せねばなるまい」
 ジュンヤもさすがに、チャラヤンの奮闘を讃えずにはいられなかった。
「さて――ダメージの修復も終わったことですし、いつでも離脱していいのですよ。そうですね……やはり人間界に――」
「いや」とチャラヤンは、アンの言葉を遮る。
「それは九次元に行ってからだね。待っているよ、ベルンは。
オレには分かるんだ。それに、できることならレイの指示も仰ぎたいしね」
 なるほど、と一同は思う。
「ま、オメーとベルンの仲だしナ。積もる話もあるだろーよ? オレも失踪後の一部始終を聞きてー。よし、ンじゃあ九次元に向かうか」
 今度はマルジェラが、次元上昇のための魔力を発動し始めた。
 辿り着いた九次元。そこにあるのは静寂だった。

404 :366 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:33:12 ID:???

「やあ、遅かったね」
 果たしてベルンは、そこにいた。この九次元から音を、住人を消し去り。
「ベルン、やっぱり!」
 チャラヤンが駆け寄る。確かにベルンだと彼は思った。
 だが、どこか違和感がある。表面的にはどこか大人びていて、まるで幾月も隔ててきたかのよう。
 そして内面。もはや別人だった。推し量れないほどの透明な力で漲っている。
 チャラヤンも、戦闘能力の面では飛躍的な成長を遂げた。その彼からしても、今のベルンはどこか異様――異質な存在に見えた。
「ところで、天使たちの姿が見当たらないが」
 ジュンヤの言葉に、ベルンを除く一同がはっとする。
「ああ、ボクが残さず分解してやったよ。退屈な作業だったね。まあ、一秒もかからなかったけど」
 それが嘘でも冗談でもないことは、マルジェラたちにも理解できた。
「とりあえず――聞かせてくれよ。ドコをどう間違えばそこまで強くなれる?」
 マルジェラの問いに、ベルンはゆっくりと目を閉じる。
 甦る記憶。走馬灯のように。
「そうだね」
 ベルンはゆっくりと、自分が経験してきた全てのことを語り始めた。

405 :367 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:36:25 ID:???

 天界の十次元に直接、単独で攻め込んだこと。神固有の次元、十一次元に囚われたこと。
 さらには神の気紛れで第十惑星セドナへ送り込まれ、六百六十六億の悪魔と対峙し、全滅させたこと。
 何より話さなければならなかったのは、隣の宇宙のことだった。
「争いもなく、魔法もない世界。ある意味理想だね、アレは。普通の人間として過ごした初めての、宝物みたいな経験さ」
 ベルンが誇らしげに言う。
 それにしても――とマルジェラは思った。
 話の内容は実に荒唐無稽、いちいち常軌を逸していて、それがベルンの口から語られたものでなければ、到底信じることなど不可能だっただろう。
「宇宙間移動……ですか。にわかには信じ難い話です。それが本当だとすれば、量子力学など破綻してしまいますよ」
「本当さ、アン?」
「ですが」とアンが反論する。
「物体の重さ、つまりエネルギーと、過去に戻せる時間との積は――」
「ミクロの世界では可能なコト。エントロピーの増大にさえ逆らって、ボクは成し遂げたんだ。これはM理論の領域さ」
 まだ信じられないといった様子のアンだが、ここは引き下がった。
「とりあえず」ベルンは話を続ける。
「ボクは世界の別な可能性を見てきた。そしてそれは可能性だけにとどまらず、今、この時間も生きているんだ。
だから救いたいと思った。衝突しようとしているふたつの宇宙、こっちと向こう、両方をね」
 救いたい――以前のベルンであれば、出てこなかったであろう言葉。イメージを覆す力強い決意。
 ここにいる誰もが認めざるをえなかった。ベルンの人間的な成長を。

406 :368 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 18:38:57 ID:???

 転移魔法。そしてゆるやかに実体化する。漆黒の女性――レイだった。
「アナタの帰還を心待ちにしていましたよ、ベルン」
 微笑の中に安堵が含まれている。
「これで――全ての準備が整いました。天界の十次元――セフィロトの樹を制したら、
その後に待ち受けるのはいよいよ最終決戦です。覚悟は――よろしいですか?」
 レイは一同を見遣る。アンと目が合ったとき、胸中に複雑な思いが生じたが、それを表面には出さなかった。
「覚悟であれば元より」とアン。
「今さらあとには引けねーだろ。終わらせるさ、全てナ?」
 マルジェラに迷いはない。
「私は極限が見たい。それだけだ」
 ジュンヤはあくまでも我が道を行く。
 ただひとり、チャラヤンだけが異なった返答をした。
「オレ、は……足手まといになりたくないし。還るよ、人間界に。みんなを信じてるから」
「賢明な判断です」
 レイはチャラヤンを引き止めようとはしなかった。
「アナタは自らを誇ってもいい。それだけのことを成し遂げてきたのですから」
 アンが労いの言葉をかける。
「オメーぁ極上だゼ? ま、人間界で待ってろよ。すぐに終わらせるからよ?」
 それがマルジェラなりの誓いだった。
「君と過ごした時間は、なかなかに有意義だったよ。また逢おう」
 その保障はどこにもなかったが、ジュンヤは『また逢おう』――その言葉を選択した。
「私の所有する白の館で待機していて下さい。正しき運命へと導かれるその日まで。それでは――」
 レイが魔法を展開し始め、チャラヤンの足元に魔方陣が出現する。
「じゃあみんな、また……ね? 健闘を祈っているから」
 その言葉を残し、そしてチャラヤンは人間界へと送還された。

407 :369 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:07:56 ID:???

「よろしいですか?」
 レイが全員の顔を見遣る。
「ここから先は止まれませんよ? 十次元――セフィロトの樹というのは、それ自体が完全無欠の固有結界。
よって休息は見込めません」
「望むところだゼ」
「望むところさ」
 マルジェラとジュンヤが、同時に同じ言葉を口にした。
「いいから行こうよ。説明なんていらない。要は立ちはだかる敵を一掃するだけ――これまでと同じだよね?」
 ベルンはすでに臨戦態勢だ。
「それは――頼もしい限りですね。水先案内人としての私の役割は、どうやら終わっていたようです。
もはや十次元へ導く必要もないでしょう。各自の意思に依って転移なさい」
 レイは一度言葉を区切り、そして再び全員の顔を見遣る。
「強く……本当に強くなりましたね、アナタたちは。慣性に逆らい、偶然に対立する宇宙衝動。
絶えず変化し、無限の創造を促すもの。連続的ではなく飛躍的な創造的進化の在り方。
まさにアナタたちは“エラン・ヴィタール”の体現者。きっとすべてを超えていけるでしょう。
それでは――最終決戦の地でお待ちしています」
 一度アンに目を遣り、そしてレイは瞬時に転移していった。
 自らの想いを汲み取ってくれたことに、アンは感謝する。
 本来であれば、ここでアンもレイと共にある場所へ向かう手筈だった。
 だが、彼女は最期まで――そう、残された時間ならば、可能な限りマルジェラたちと共に在りたいと願っていた。
 間もなくセフィロトの樹での闘いが始まる。終焉の刻は近い。

408 :370 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:11:09 ID:???

“マルクト”――セフィロトの樹の第十位。そこにマルジェラたちはいた。
 標識を見つけたマルジェラが、それに目を向ける。
「ルート十九……右か。ん? “太陽に至る真理”……?」
「こちらのパスは二十一だな。“月に至る愛”……か、ふむ、意味ありげな言葉が記されている」
 ジュンヤは左側へ通じる道に興味を示した。
「真っ直ぐ進むならルート二十二か。“地球に至る自由”だってさ」
 ベルンが興味なさげに言う。
「どうやらここは、それぞれ三つの道に分かれた方がよさそうですね。ジュンヤは左、ベルンは中央。
そして私はマルジェラと共に右へ――」
「いや」とマルジェラはアンの言葉を遮る。
「アンは中央に進んでくれ。ベルンの子守りを頼んだゼ?」
 ふと、哀しげに俯くアン。それを見てマルジェラは、多少戸惑ってしまった。
「ま、まあ、これが今生の別れってワケでもねーだろ? どうせ合流するコトになるンだし」
「そう、ですね……」
 こうして一同は、それぞれの道へ踏み出した。

409 :371 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:13:17 ID:???

 実を言えば、このマルクトを守護する天使サンダルフォンがいたのだが、
エンカウントした途端、ジュンヤの剣によって四千九十六分割され、問答無用で灰と化していた。
 けして彼が弱かったわけではない。ただ不幸であっただけだ。

410 :372 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:15:31 ID:???

 全空間を支配するほどに咲き乱れた百合の花。それが永遠を主張してやまない。
 神聖さの極地とでも言うべき場所、それがここ、セフィロトの樹第九位、“イェソド”だった。
「緊張……してる?」
 ベルンはふと、隣にいたアンに問いかけた。
「ええ。何しろこの場を守護する天使はガブリエルですからね」
 そう言って身震いするアン。ガブリエル――その凄絶さは、レイからよく聞かされていた。
 それだけに覚悟をもって臨まなければならないが、アンにとってここでの闘いは、さらに特別な意味を持っている。
 おそらくこれが最後の闘いになるだろう――そうアンは考えていた。
 天界に来てからか、もしくはそれ以前からかは定かではないが、あるひとつの予感というものがアンの中に生じ、
今それが、現実のものになろうとしている。
「ボクにとっては通過点に過ぎないけど。さて、ボクらだけツー・マンセルで行動というのもねぇ。どうしようか?」
「そうですね――」
 気配。アンは会話を打ち切り、神経を集中させた。
 空――上空に白い翼が見える。百四十組から成るそれは、紛うことなきガブリエルのものだった。

411 :373 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:17:49 ID:???

 降り立つ。神秘的な白は、見る者を魅了してやまない。
 美の体現者――ガブリエルは、淡いピンクの唇を開く。
「通過点――そう仰いましたか、貴方は。なるほど、どうやら以前お見受けした時とは別人のようですね。
超えてはならない領域というものがあります。人間のままでいられたのなら、それが最も幸福であったでしょうに」
 憐憫の眼差しをベルンに向けるガブリエル。だが次の瞬間、強烈な違和感に襲われた。
「い、ない……!? そんなっ!?」
 確かにベルンの姿はそこにはなかった。どの瞬間、どういった現象が起こったのか。ガブリエルには知る由もない。
 一方アンには、動揺した様子が見られない。おそらくはこうなることを予想していたのだろう。
「行きましたか。ベルン、アナタらしいですね。これで私は――心おきなく私の闘いができます」
 アンがガブリエルを見つめる。両者の視線が交錯した。
 空気が張り詰めていく。そして――アンにとって最後の闘いが始まった。

412 :374 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:20:13 ID:???

 互いに間合いを計り、時計回りにステップを刻む。
 スピードよりも威力を重視したのだろう。アンの持つ剣は、真紅からオレンジへと変化していた。
 ガブリエルが軽くバック・ステップを踏む。瞬間―― 一直線にアンに斬りかかってきた。
“ギャンッギンガガッメキシャッ”!
 秒間百二十万発を打ち合う。虚を突かれたアンは、この瞬時の遣り取りの中で、致命傷こそ免れたものの、
甚大なるダメージを負った。
 反撃に出るアン。しかし、彼女の足元でドーム状の光が大爆発を起こし、
アンは悲鳴すら上げることを出来ずに上空へと跳ね上げられた。そして――地上に叩きつけられる。
「美を讃えなさい。痙攣的に」
 ガブリエルの凛とした声が響く。彼女はこの一方的な闘いに終止符を打つことにした。

413 :375 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:22:26 ID:???

 裂傷。流血。
 しかしアンは、怖れることなくガブリエルの業を受け入れようとしている。
「貴女もまた高貴なる精神を持っているようですね。ですが――敵対する者は慈悲を以って葬らねばなりません。
せめて苦しまずに逝けるよう、最大の奥義を貴女に捧げます。アクセス、“セフィロト”――“基盤”!!」
 無尽蔵な光が全てを覆い尽くした。
 失われた視界の中、無抵抗なアンがいる。
 その場が莫大な数の光子を同じ振動数、波数、偏光状態に凝縮させた状態となり、超伝導を惹き起こした。
 為すがまま光の洗礼を受けるアン。
 しかし――どのような想いがそうさせたのかは解らないが、彼女は必死で抵抗し、舞い散ることから免れた。

414 :376 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:23:30 ID:???

 どうして――ガブリエルはしばし硬直した。自らが持つ究極の業を行使したにもかかわらず、アンは未だ、其処に立っている。
 ただごとならぬ流血。その身を真紅に染めたアン。ガブリエルはそれを見て、美しいと思うと同時に戦慄を覚えた。
「何故……」とガブリエルは、足を前に踏み出す。
「何故貴女はここまで闘えるのです?」
 言葉の届く距離、そして問いかける。
 ゆっくりと――アンは語り始めた。

415 :377 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:26:34 ID:???

「私が最期を迎えるべき場所は此処ではないのです。アナタには分かりませんか、ガブリエル。
この宇宙にもたらされようとしている変革、そして救済に。悪意は膨れ上がる一方。
半ば自動的に憎しみ合う人々。全ては階級的に。しかしそれに何の意味があるでしょう。
屍の上に屍を築き、その高みを目指したところで、自らもまた死人と化すだけ」
 ちりっ――ガブリエルの眼前で何かが弾けた。瞬間的に彼女は、それがアンの、内なる炎がもたらした現象だと察する。
「万人の万人による闘争のための闘争。その悪しき連鎖を終わらせます。
因果律がそれを望まぬというのなら、私たち人間の意志で。それではガブリエル――」
 アンは両手をそっと胸に添えた。
「私の――最後の歌を聴き届けて下さいますか。アナタに――捧げたいのです。
“私たちはあっという間に二、三年先へと駆け抜けてしまう――ふたり以外は誰も知らないまま。
私は沈黙を求めるアナタの願いを尊重し、アナタはこのことからきれいに関係を絶った”――
――アクセス“アラニス”。これが私の最後の歌――“ハンズ・クリーン”!!」

416 :378 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 19:29:51 ID:???

 一気にイェソドが観測不可能な状態に陥る。アンが行使した力を理解していたのはガブリエルだけだった。
「あ……在り得ない! 中性子の散乱!? この共鳴準位は……電子系で反強磁性体と超伝導状態が励起を……まさか!?
“スーパー・スピン”!? しかも二重臨界点に磁場がかかって……何故このような現象がっ!?」
 見事な洞察だった。
 今やイェソド全体が、超伝導揺らぎ効果でネール転移の次数が一次転移し、途方もない三重臨界点に巻き込まれている。
 ゆっくりと白光に包まれていくガブリエル。そしてアンは上昇していく。
 彼女は目を閉じて、両手を広げた。その姿は、何かを祈っているように見えた。
 それがガブリエルの長い生涯における最期の、そして最も美しい光景となった。

417 :379 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:10:19 ID:???

 ガブリエルが散ったのを感知し、ミカエルは「そうか」とだけ呟いた。
 状況は一万二千年前と酷似している。しかし、今回もまた敗北を喫するわけにはいかない。
 改めてミカエルは、ひとりの少年を見据える。
 先ほどから幾度となく剣撃を浴びせているのだが、ことごとくかわされていた。
 以前一度だけ手合わせしたときのことを思い返す。そしてミカエルは笑みを浮かべた。
「ふっ、見違えたぞ少年。どのような経験を積んできたのかは想像もつかないが、およそ飛躍的に強くなっている」
「使命に対する求心力がボクを加速させたんだ。もう――止まれないのさ」
 ベルンが紅い瞳で、強く、言い放つ。
 この勝負は一瞬で決してしまうなと、ミカエルは思った。
 そう――この闘いにおける最も重要なファクター、それはスピードだった。

418 :380 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:11:23 ID:???

 相手の気配を窺う両者。予備動作を見てから動いたのでは遅すぎる。
 静かな、その実あまりにも激しい遣り取り。
 足音。それは第三者のもの。均衡はそれによって破られた。
「ラファエル……」
 ミカエルが何故、といったような視線を投げかける。そこには確かに、四大天使のひとり、ラファエルが立っていた。

419 :381 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:15:51 ID:???

「ご助力いたします」
 ラファエルは静かに、ミカエルに告げた。
「しかし……持ち場を離れても大丈夫なのかな?」
「ええ、状況が変わりましたから。ガブリエルが散ったのはご存知でしょう。
ならば今、最も脅威に晒されているのはここ、ティフェレトですから」
 そう言ってラファエルは、ベルンに厳しい視線を向ける。
 ラファエル――その役職は人々への癒し。厄介だなとベルンは思った。
ここで回復魔法の使い手――それも最上位の――が加わったら、戦局を左右しかねない。
 そこでベルンは、先手を打っておくことにした。
「無粋というか卑怯だよね、二対一というのは。そこでさ、ラファエル? キミにひとつ問いかけをしよう。いいかな?」
「……いいでしょう、受けて立ちます」
 誠実かつ実直なラファエルは、ベルンの提案を拒むことはしなかった。
「じゃあ始めるよ? ここにランプがあったとしようか。このランプは始めの二分の一分間点灯する。
次の四分の一分間は消えているんだ。そしてまた八分の一分間は点灯する。
そうやって交互に点いたり消えたりを、時間をどんどん半分に割りながら繰り返すのがルールだよ。
さて、それではこのランプ―― 一分後には点灯している? それとも消えている?」
「これはこれは……私に対し頭脳戦で挑むとは。演算処理能力において私に秀でる者はいませんよ。
それでは――十六分の一分間は消えていて、三十二分の一分間は点灯…………」
 熟考に入ってしまったラファエル。この時点で彼の敗北は確定してしまっていた。
「ふーむ、興味深いね、君の戦闘スタイルは。だが、私には小細工は通用しないぞ」
 そう言ってミカエルは、神の武器庫から受け賜わった炎の剣を構える。
「む?」
 ベルンもまた、戦闘モードへと切り替えた。
 お互いに距離を確かめ合い、牽制に次ぐ牽制で相手を威嚇し合う。
 再びその場を、静寂が支配した。

420 :382 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:30:48 ID:???

 秒間一千万を超える剣撃。それはベルンを捉えたかのように見えたが、実際には残像を切り裂いたに過ぎない。
 そこでミカエルは確信した。
「そうか……やはりキミは“タキオン”に目覚めているようだね。
となると……そうだな、これ以上無駄な遣り取りを重ねてもしょうがあるまい。瞬時に決着をつけるとしよう」
 ミカエルのプレッシャーが跳ね上がった。
 相手が超上級の業を行使しているのが分かっていながら、ベルンはその場に、傍観者のごとく立ち尽くしていた。
「時よ、遥かなる永遠よ! その刻みを止め我に祝福を! “一四五六E七A五”、並びに神剣秘奥義“光輝”!!」

421 :383 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:34:31 ID:???

 ミカエルはまず時間を止めた。そしてルシファーやサタンとの闘いにおいて、必ず勝利を収めてきた剣技を繰り出す。
 秒間にしておよそ一億の剣撃。オーヴァー・キルとも呼べる壮絶さ。
 確かめるまでもない――ミカエルは自分の勝利を確信していた。だが――
「渺――十のマイナス十二乗ってところか。遅い、遅いよ」
 背後から声がし、ミカエルは驚愕しながら振り返る。無傷――ベルンは先の攻撃による干渉を全く受けてはいなかった。
 それがどのような現象なのか、ミカエルには理解できない。
「ボクの棲息速度域は“逡巡”――十のマイナス十五乗さ。過去の改変、創造こそ最大の力。
仮にもキミは大天使長だ。キレイな最期を――」
 途端にミカエルの存在が揺らいでいく。ベルンによって彼は過去を書き換えられたのだ。
そう――最初から存在しなかった者として。
 自身の体が消え去っていくのに、ミカエルは抗おうとはしなかった。諦観とは違う何かが、彼の最期を彩る。
「またしても人間に敗れようとはな。これも因果か。さて、少年。どうか神を救って欲しい。彼女の悲痛な歌に終焉を。頼んだぞ」
 その言葉を最期に、ミカエルの体が消滅した。

422 :384 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:37:07 ID:???

「むむ……二の九万九千八百二十一乗分の一分後は……ん? な、何だ……?」
 ひとり、計算式に没頭していたラファエルであったが、ようやく事の重大さに気付いた。
「この静けさは一体……? ミカエル、様……?」
 呼びかけも虚しく、ラファエルの目に映るのはベルンの姿だけだ。
「まさか……いや、しかし…………」
 煩悶。解ってはいても、事実を受け入れられないラファエル。
「さて、と。こちらは概ね順調。他の進捗状況が気になるところだけど、とりあえず先を目指そうかな」
 マイ・ペースなのは相変わらず、ベルンはルート三へと足を向けた。
「お待ちなさい! まだ……まだ私がいます。行かせませんよ、メタトロンのところへは」
 ラファエルの声に、興味なさげに振り返るベルン。
「キミはもう終わってると思うんだけどね。さっきのクイズ、答えは出た?」
「ぐっ……」
 たじろぐラファエル。
「だろうね。一分後は必ずやってくるのに、そのランプは、数学的には永遠に時間を半分に割り続けていくんだ。
一種のパラドックスさ。つまり答えは“どちらでもない”だよ。さて、罰ゲームの時間だね。
さっきの問いに答えられなかった者は、ギャバが枯渇し、ドーパミンやエンドルフィンの過剰分泌が始まる。
キミの負けだよ。それじゃ」
「待っ…………」
 視界が揺らいだ。ラファエルはヒザから崩れ落ちる。
 遠ざかっていくベルンの背中。追いすがるようにラファエルは右手を伸ばすが、力なく中空を泳ぎ、虚空を掴むだけだった。
 そして――彼の意識は途絶えた。

423 :385 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:38:27 ID:???

 ガブリエルとの死力を尽くした闘いの後、アンは脱力し切ってしばらく地に伏せていた。
 そのまま眠りに落ちてしまいたかったが、使命感がそれを拒み、アンは四肢に力を込めて立ち上がる。
 そう――彼女自身の闘いは終わったが、まだ果たすべき使命が残っていた。
「とうとうこの命も……いえ、今は先を急ぎましょう」
 決意も新たにアンは、ティフェレトへと向かった。

424 :386 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:43:10 ID:???

 あまりの静けさに驚く。未だ激戦が繰り広げられていることも考えられたが、
ここティフェレトは、悠久を想わせる静寂に包まれていた。
「そうですか……勝利したのですね、ベルン……あのミカエルを相手に」
 事態を把握したアンは、そのままルート三へ足を向ける。
 ふと、真っ白な石像が目に入った。両手を地につき、うなだれている天使。
 それがラファエルだと気付くまでに、しばし時間を有した。そしてアンに戦慄が走る。
「そんな……四大天使のうちの二人を相手に闘っていたというの……?」
 しかも、勝利まで収めている。このような芸当は、あのレイでさえ可能だったかどうか。
「いよいよもってこれは、常軌を逸してきましたね。桁違いの戦闘能力、もはや想像ですら追いつきません」
 衝撃、歓喜、アンの心の内でない交ぜになる。
 しかし、こうでなくては――アンはそう思った。同時に確信する。神に、宇宙に救済がもたらされる瞬間を。

425 :387 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:44:48 ID:???

「き、貴様……“ネツァフ”を通過してきたというのか……?」
「ああ、そうだが?」
 マルジェラは天使の問いに、それがどうしたと言わんばかりの態度で答える。
「では我が盟友ハミエルは…………」
「んー? ああ、ついさっき化学分解してきたところだ。心配すンな、すぐにオメーも合流――」
「黙れ! 引導を……渡してやる!」
 ここ“ケセド”の守護天使――ザドキエルが臨戦状態に入った。

426 :388 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 20:47:45 ID:???

 自ら仕掛けようと、幾度となく攻撃に移ろうとしたザドキエルだが、その度に躊躇していた。
 隙だらけに見えてその実捉えようがなく、実体のない幻のように幾重にも揺らぐマルジェラを見て、ザドキエルは悟った。
 すなわち、この男は強い――と。
「ふむ、少し趣向を凝らしてみるか。かつて多くの弁論の場が戦場であったように、ここはひとつ“対話戦”といこうではないか」
「なかなかシャレた提案だナ、おい? いいゼ、来いよ」
「ではまず……そうだな、キリストの正体を知っているか?」
「はッ、笑わせるな。ミカエルだろ?」
「即答……か。これは失敬。ならば、認知学者マイケル・デネットは、脳を並列分散型ハードウェアとみなしているが、
それでは心を何と定義している?」
「多次元ソフトウェアの集合体だナ。面白ェ、機械論か。ならこれはどうだ?
生物学者リチャード・ドーキンスは人間をどのように定式化している?」
「利己的遺伝子を運ぶ生存機械だったと記憶しているが?」
「へェ……正解だ。こいつぁ侮っていたナ、悪かった」
 一進一退の攻防が続く。勝負が長引くにつれ、マルジェラとザドキエルとの間に、奇妙な一体感が芽生え始めていた。

427 :389 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:00:10 ID:???

「――以上だ」
 マルジェラがそう告げると、ザドキエルが「ぐっ!」と声をもらし、片ヒザをついた。
「ま、まさかリッチ・フローと統計力学を用いて幾何化予想を解くとは……。私の負けだ、それも完全な、この上ない」
「潔いーナ。なら、オレを行かせてくれ」
 ルート六へ向けて足を踏み出す。そのマルジェラの背中に向けて、ザドキエルが声を放った。
「この宇宙に変革の刻が迫っているのは解っているつもりだ。しかし、多くの者は傍観者に過ぎん。
何故……闘える? 何故、神に挑もうなどと?」
「オレぁもうすでに立ち止まれねーのさ。オレの中の魔法使いはまだ消えていねェ。
未来は自ら作り出していくものだ。運命に翻弄されるだけが人間じゃねーよ?」
「そう、か……。在り得るものなのだな、かくも強靭なる精神というものは。
いいだろう、楽しみにしているぞ、貴様の描く未来とやらを」
「ああ」
 そしてマルジェラは、その場を立ち去った。
 このセフィロトの樹が、次第に静寂に染まっていく。それは同時に終焉の刻が間もないことを告げていた。

428 :390 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:04:05 ID:???

 十一次元、神固有の世界。
 神の慟哭、そしてそれを黙って聞いているレイ。数刻後には敵対するであろう両者にとって、最後の逢瀬であった。
「来る……それはいつか私をひとりにさせた愛する人。死で分かたれて、そして今度は命をめぐって争う。
私には慈悲の心がありません。分かり合おうなどと……ましてや許し合えるだなどとは――――。
全ては私の孤独が生み出した欺瞞に満ちた世界。だから――私が終わらせます。大丈夫、哀しむのは私だけ。
アナタたちの想い……それは無垢な鏡に見た私の姿。自己相似に過ぎません。
こうやって闇に身を沈めていると、怖くて息ができなくて……助けて、下さい……。ひとりは嫌、です。
どうして、私は、いつも……そしていつまでもひとり。どうか分かって下さい、私が淋しいということを。
許して、下さい……私がアナタたちを壊してしまうことを。望まれずに生まれてきた子供などいないのです。
全ての生命に私は願いました。どうか私を殺して――と。これが最期ならどんなによいことか。
繰り返すだけの嘘が嫌になったのです。この奇妙な感覚。神である私にも、今回の結末は見えません。
私とは違う誰か。私以外の生命。自由を身に纏い、愛を知り、真実を告げる……ああ、私の望んだ全て。
解放の刻を待ちましょう。早く……早く此処へ」
 神の長い、長い独白。それがレイの中に在る罪悪感に響いた。
「終焉ではなく始まりのために。闘いましょう、存分に。かつてないメロディーの予感、それは間もなく実現されるでしょう。
アナタに救済を。そして宇宙に福音がもたらされんことを」
 その言葉を残し、レイは十次元へと降下した。
 舞台の幕が開こうとしている。

429 :391 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:11:23 ID:???

「これは……そうか、これが――」
「戦闘中に考え事だと? 万死に値する! 喰らうがいいっ!」
 カマエルの振りかざした剣はしかし、虚しく宙を斬った。
「君には聞こえなかったのかな、神の慟哭が。どうやらさほど猶予はないようだ。ときに君、よく生きていられるものだな、その状態で」
「何を――っ!?」
 ジュンヤの言葉にカマエルは、自らの体に及んでいる異変に気付いた。
 肩から下の左半身が消滅していた。その断面は、超高温で融解したかのように滑らかだ。
「くっ、いつの間に……! だが、この程度でっ!」
 やや緩慢にではあるが、カマエルの体が復元されていく。
「ほう、さすがだね。私の剣にかかれば、いかなるものも再生不可能なはずだが。
本来であれば心ゆくまで剣技で応じたいところだが、この状況では仕方ない。一曲歌わせてもらうよ」
 ジュンヤが歌うというのは珍しいことだ。それだけに、行使される魔法の強力さは稀有なものとなった。

430 :392 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:12:53 ID:???

「“時に私は知る。時に私は天へ、時に私は地へ。時に私は存在せず、時に私は平伏し、時に私は生きる。
時に私は歩き、時に私は跪き、時に私は口を閉ざす。時に私は自らに手を伸ばし、内なる神の声を聞く”
――アクセス“PJ”! 静謐なる刻を捧げん。“サムタイムズ”!!」

431 :393 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:16:04 ID:???

 セフィロトの樹第五位に属するここ“ゲブラー”が、衝撃波遷移領域で励起される微視的不安定性に伴う電場、
磁場揺らぎへと突入していく。
「これは……無衝突衝撃波だと!? しかもイオンのラーマー半径程度よりも小さな空間的スケールで!? 
上流から入射するイオンの一部が衝撃波面で反射される!?  衝撃波面の近傍におけるプラズマを多流体モデルで……
くっ、解析が間に合わない!?」
 カマエルが混乱に陥った。即ちそれは身の破滅を意味する。
 魔力を制限し、限定空間のみでそれを展開したジュンヤの能力はまさに圧巻。
「行かねばならんのだよ、私は。すまんな」
 ジュンヤの呟きと共に、カマエルの体が消滅する。
 そして――その場を静謐が支配し始めた。

432 :394 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:18:31 ID:???

 再度、その問いが繰り返される。
「汝にとっての“しん”とは何か、答えよ」
 逡巡。マルジェラは慎重に言葉を選んでいる。
 問いかけてくる相手はおそらく、ここ“コクマ”を守護する天使。ならば“しん”とは“神”に他ならないだろう。
 試されているのかもしれない――ふと、マルジェラは思う。ならば自分の、人間としての答えを出すしかないと決意した。
「分かった……オレにとっての“しん”、それは“心”だ」
 その言葉を合図に天使ラツィエルが姿を現す。
 敵意は感じられない。ただただ神聖な姿がそこにあった。

433 :395 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:21:17 ID:???

「一万年と二千年前にも聞いた言葉だな。あの者はけして揺るがぬ精神というものを示した。汝はどうかな」
 ラツィエルの問いにマルジェラは、少し間を置いて答える。
「心があるから闘える。心があるから立ち向かえる。心があるからこそ人間は生きられる。心は全てを繋いでいく。
そう――全宇宙が再び統合するその日まで」
 ラツィエルは身震いした。
「何という強固な意志……! 全ては無に帰すのではなく、ひとつになると……?」
「ああ、オレが、そして仲間たちが実現してみせるさ」
「――――恐れ入ったぞ、勇者よ。汝であればあの神の慟哭を止めることもできよう。全てを託すぞ。
さあ、先に進まれよ。難攻不落の“ケテル”へ、そして神の御許まで。どうか……どうかあのお方を救ってやってくれ」
「無論そのつもりだ。じゃあちっと行ってくンぜ?」
 足取りも軽く、マルジェラはケテルへと通じるルート一に足を踏み出す。
 その後ろ姿を見送りラツィエルは、今度こそこの宇宙に変革が訪れることを確信していた。

434 :396 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:25:23 ID:???

「ほう、なるほど……なかなか凝った趣向だな。しかし、悪いが即答させてもらおう。私にとっての“しん”とは“真”を意味する」
 ジュンヤが戸惑うことなく受け答えした。
 それを受けてここ“ビナー”を守護する天使ザフキエルは、しばし言葉を失う。
「それが……貴方の答えですか。かつて不明瞭な答えで私を翻弄した者もいましたが……
そうですか……真、それが貴方の答え。ですが真理とはたったひとつのもの。
それなのに人々は、口々に己の真理を押し付け合う。この矛盾を貴方は、如何お考えですか」
「真理の在処はたったひとつさ。存在するもの全てが内包している。それに気付くだけでいい。
その時こそ我々は、そして神は、孤独から解放される」
「何という困難な道を……しかし、貴方は選んだのですね、自らの意思で。感服いたしました。いいでしょう、通行を許可します」
 ザフキエルにとって、ジュンヤの言葉は信頼に足るものだった。
「そうさせてもらおうか。何しろ時間があまり残されていないようだからね。願わくば君に幸多からんことを」
 そしてジュンヤは、振り返ることなくルート二へ歩を進めた。

435 :397 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:29:40 ID:???

 メタトロンが苦悩し、ベルンが空中に漂いながら眠っている。
 ベルンの問いはただひとつ。鏡は左右を反転させるが、上下を入れ替えることはない。それは何故か、というものだった。
「何だというのだっ!」
“ズドガンッ”! 地に膝をつきメタトロンは、その拳を憤りと共に床へと叩きつけた。
「このような年端もいかぬ少年に惑わされるとは……。古典物理学でもなく量子力学でもない。
おそらくは哲学的な解を有しているのだろうな。だとすると……トーラスの表裏反転か?
トポロジー変容の基点としては……いや、まずはラカンのトポロジーから考えていかなくては。
相互干渉が発生するのは……そう、要求と欲望だ。
だがしかし、向き付け不可能な空間ではシニフィアンからシニフィエへの付会の向きを定める大局的で静的な基準を定めることが
本源的に不可能となる。それを踏まえると……あらゆるロジカル・タイピングの階層、
オブジェクト・レヴェル及びメタ・レヴェルの区別が、同一曲面上へのマッピング操作を通じて短絡、解消される。
……くっ、だが答えには結びつかない……!」

436 :398 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:32:11 ID:???

「ありゃあナンだ? 何がどうなってやがンだろーナ、ジュンヤぁ?」
「さてね。だが、どうやらベルンの方が攻勢、とも解釈できる」
「攻勢? つったってよー、ベルンの野郎、この局面で……遊んでる場合じゃねーだろーが」
 マルジェラは宙に舞い、すぐさまベルンのもとへ飛んでいく。
「おら、起きろ」
“ベシッバシッ”! 手の平、手の甲でベルンの頬を叩くマルジェラ。
「あうあう」
 反応があった。
「んー……おや、マルジェラがいる。はて、ボクはどうしてたんだっけー?」
“ベシッバシッ”! 手の平、手の甲でベルンの頬を叩くマルジェラ。
「あうあう」
「いいか? 今がどういう局面なのか解ってンのか? オメーにぁ聞こえなかったのかよ、神の慟哭が。時間がねーンだよ、時間が」
「ほほう、そうだったのかー。じゃあさっさと終わらせよう」
 するとベルンは、瞬時のうちにメタトロンの前へ空間転移した。

437 :399 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 21:37:11 ID:???

「ぐっ、少年め……このような悪魔的な問いを……! 完全に魔に染まっているな」
「やれやれ。答えってのは見つけるというよりは気付く、あるいは築くもの。問いに臨むには、
まずその問い自体が矛盾してないかを考えるべきさ。
鏡っていうのは、鏡面に垂直に立てた前後軸を逆転させているだけで、実際のところ上下だって入れ替わっているんだよ」
「な、なんだと……!?」
 驚愕。メタトロンは両目を大きく見開き、しばし硬直していた。だがさすがは天界最強の天使、立ち直るのも早かった。
「ならば今度は私の番だな。少年よ、君にとっての“しん”とは何だ?」

438 :400 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:45:07 ID:???

 ベルンとメタトロンの後方で闘いを見守っているマルジェラとジュンヤ。彼らはメタトロンの言葉が何を意味するか即座に理解した。
「ついさっき同じ質問を受けたところだ」
「おや、君もかね、マルジェラ。奇遇だな、私もだよ」
「となると……この問いにベルンが正答を言い当てたなら……」
「通行許可が出ると? それはどうかな。何しろあのメタトロンという天使――」
「ああ、どうかしてやがる。およそ戦闘能力が桁外れだ。避けられないだろうナ、闘いは」
 高まっていく緊張感。そのさなか、ベルンは澱みなく言い放った。
「ボクはスピードの極限、その向こうを目指している。だから答えはひとつさ。“しん”、それは“新”に他ならない」
「なっっ!?」
 思いもよらぬベルンの答えに、メタトロンは絶句してしまった。

439 :401 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:48:00 ID:???

「これは……驚いたな。さすがに因果律を書き換えようとする者は違う。
私が人間から天使になったのも全ては因果律に沿ってのこと。しかしな、そう容易く神への謁見を許すわけにはいかないのだよ」
 そう宣告しメタトロンは、信じ難いスピードで臨戦態勢に入った。
「ぐっ、この圧倒的な熱量……! これが噂に聞く三十六万五千個の燃える目か」
 ジュンヤがその場から大きく距離をとる。マルジェラもそれに倣った。
 ところがベルンは臆することなくメタトロンに突進し、後ろ回し蹴りを放つ。が、三十六枚の翼によってガードされた。
「逡巡――十のマイナス十五乗が通用しないとはね。キミはまさしく天界最強の天使だ。面白くなってきたよ。次は手加減しない」
「手加減だと? この私相手にか。朽ち果てるがいい、此処で、少年よ」
 メタトロンが白銀に輝く剣を掲げる。
 戦局が自分に不利な方に傾いたのは久方ぶりだ。ベルンの中に昂揚感が生じていく。
「たまらないね。愉しもうよ、限界を超えてさぁ」
 心底嬉しそうなベルン。だが、いかに彼といえど、この後の展開は予知できなかった。

440 :402 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:50:21 ID:???

“ガギイィィンッ”! …………時が止まる。メタトロンの振りかざした剣が、漆黒の刀で受け止められたのだ。
「愉しそうですね。ですがベルン、戯れはここまでです。アナタは神との闘いのために力を温存しておかなければならないのだから」
 黒衣の女性――レイが告げる。
「観られてるってのは分かっていたよ。どういうつもりかな?」
「見守っていようかとも思いましたけど、私にも心残りというものがありまして。ここは私に任せて下さい」
 メタトロンは鋭い視線をレイに向けていた。無理もない。それだけの因縁が彼にはあるのだから。
「そうか、私の相手をしようというのか、レイ。待ちわびたぞ。そう―― 一万と二千年もの間な」
「そうですか。では改めて――決着をつけるとしましょう」
 ベルンはその場から退き、メタトロンとレイが対峙する。
 凍りつくような緊張感。そして両者の激戦が開始された。

441 :403 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:51:35 ID:???

 先手を打ったのはレイ。メタトロンの操る三十六万五千個の燃える目が全て、絶対零度のもと氷に閉ざされてしまった。
「これ、は……スピードの問題ではないな。因果律を操ったのか」
 半ば予想していたのか、メタトロンにさして動揺の色は見られない。
「面倒なユニットには眠って頂きました。決着は剣技のみで。私たちにはそれが相応しいとは思いませんか」
「もっともだ。では――いくぞ!」
 疾走。その勢いと共に秒間六千万発の剣撃を浴びせるメタトロン。その全てにレイは応戦した。
 なおも激しさを増すメタトロン。その一撃一撃が尋常ではない重みを持つ。
 正面から受け止めていたのでは、力で劣るレイに勝機はない。だが彼女は、スピード、そしてタイミングで上手く受け流していた。
 鮮やかな剣技――思わず目を奪われてしまうほどの。
 マルジェラを始め、誰しもがその闘いから目を逸らそうとはしていない。
 だが彼らのうち誰ひとりとしてレイの勝利を疑っている者はいなかった。
 何故なら――それがレイという存在だから。

442 :404 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:55:26 ID:???

「どうやら互いにかつての己を凌駕するほどの力を身につけたようだな。では――私の最大の業を以ってして終わらせるとしよう」
 メタトロンは剣を構え直す。プレッシャーが跳ね上がっていく。
「ここで朽ち果てるがいい!」
 刹那――十のマイナス十九乗のスピード。一億二千の剣撃がレイを襲う。
「だからアナタは甘いというのです。臨界を越えた業を今、お見せしましょう。“滅神秘奥義裏の裏九十九式”――“六徳”!!」
 秒間二億という在り得ないレイの剣撃。メタトロンは成す統べなく切り刻まれ、灰となり崩れ去った。
 その圧倒的な戦闘力を目の当たりにしたマルジェラとジュンヤ、そしてベルンは、ただただ言葉を失うばかりだった。

443 :405 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:57:45 ID:???

「一瞬って……だって、メタトロン、アイツの装甲は素材に強化セラミックを中心としたケイ素化合物を……
しかも六重の断層間にマインポリマーが仕込んであっただろうが」
「加えて、オーダイム・ストーンには構造が酷似したハルパス結晶を代用してあったね。
およそ可能な限り限界まで強化されたボディだよ」
 マルジェラ、そしてジュンヤは、未だにレイの行使した力の強大さを理解しあぐねている。
 無理もない。そもそもエノク――メタトロンという存在は、人間が一対一で闘っていい相手でもなければ、
ましてや一瞬で打倒できる相手でもないのだ。
「ま、これで宇宙最強が誰なのか分かっ……レ、レイ……?」
 マルジェラが目を遣ると、レイは片ヒザをついて苦痛の表情を浮かべていた。
 全身に裂傷が見られる。鮮血に染まったレイ。そこに、普段の凛とした彼女の姿はない。
「さすが……メタトロン。最期にカウンターを浴びせていくとは。容易ではありませんね、何事も」
 微笑む、力なく。
「さて――」
 レイは一同の顔を見渡し、諭すように言った。
「私の身を案じている場合ではありません。一刻の猶予も――いえ、最後の闘いはすでに始まっているのです」
 その言葉の意味を、ベルンだけが察知していた。

444 :406 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 22:59:24 ID:???

 子宮を想わせる球体の世界。生々しい白に染まり、其処が世界の始まりの場所であることを如実に物語っている。
「こ、こんなスピードで次元上昇だと……!?」
 マルジェラは驚きを隠せなかった。次元上昇、すなわちそれは十一次元、神の領域に至ったということ。
「この現象行使力、紛れもなく神のものであろう。計り知れんな、まったく」
 身震い。ジュンヤの中に圧倒的なプレッシャーが生じていた。
「六人同時……か。どういった意図があるんだろうね」
「六人……?」
 違和感。ベルンの言葉にマルジェラは周囲を見渡した。
 すると、傷を負ったレイを支えるように、アンとヴィヴィアンの姿がそこにはあった。
「も、もしかして……?」
 マルジェラはひとつの考えに思い当たった。それを肯定するようにヴィヴィアンが言う。
「ええそうよ。ずっと見守っていたの。もちろん先ほどの闘いもね」
「ボクは気付いていたけどね。ところで――本命のご登場だよ」
 ベルンが目を向けた方向に、一同の視線が注がれる。

445 :407 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:03:19 ID:???

「ようこそ、皆様方。待ちわびましたよ。嬉しいものですね、人が集うというのは」
 どこまでも透き通った声。右は赤、左は青のオッド・アイ。
 本来の――そう、戦闘形態における神の姿だとレイは悟る。
神の中に眠るミューの人格が顕在化しているのであれば、その瞳は漆黒に染まっているはずだったから。
 その神の背後にひとりの女性の姿が見られる。マリナだった。
「これで全ての条件が整ったというわけね。長かったわ、本当に……。それでは始めましょう、女の闘いを」
 マリナの言葉にレイ、アン、ヴィヴィアンが頷き、彼女たちは神の前へと歩み寄る。
「一万と二千年ぶりですか。ふふ、胸躍りますね。では――しばしの遊戯へと耽りましょう」
 神の言葉を合図に、森羅万象すら絶するほどの闘いが始まった。

446 :408 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:12:51 ID:???

 臨界点などというものは、瞬きひとつする間もなく突破されていた。
 突如として神が、六つの超極大魔法を並列で行使し始める。呼吸と同様、アクセスをする必要もない。
 レイが刀を振るい、この広遠なる十一次元を覆うほどの衝撃波を生み出す。
それに因って神の行使した魔法のうち三つを無効化した。
 マリナは自身の手前に巨大なブラック・ホールを造り出し、迫り来る脅威をどこか別の世界へと追い遣る。
 ヴィヴィアンは、自らを襲う神の行使した魔法と全く同じものを唱え、相殺してしまった。
 圧巻だったのはアンである。事もあろうか“デンカレ”にアクセスし、暴虐の極致に在る歌を歌い始めてしまった。
 それは禁呪の中の禁呪。しかし、これ以上ないカウンター・マジック。いかに神の力が強大といえど、彼女には通用しない。
 刹那の時間の恐るべき遣り取りだった。銀河系であれば、二桁が消滅していてもおかしくはないほどの散逸が行なわれたのだ。
 それを見守っていたマルジェラたちは、ただただ言葉を失うばかりだった。

447 :409 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:14:09 ID:???

 次々と己の複製体を出現させる神。その複製体全ての首を、漆黒の刀――ムラマサで刎ねていくレイ。
 それは彼女にしか成し得ない芸当。そう――万物の再生を許さない究極の武器を手にした彼女にしか。
 一進一退の攻防が続く。レイとマリナが前線で闘い、後方支援をするのはヴィヴィアンとアン。
 終わりなど見えない。この闘いはいつまでも続くと思われた。

448 :410 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:16:54 ID:???

 どれほどの時間が過ぎただろう。レイは己の疲労と共に、神の変調に気付いた。
「この余興は思いのほか存分に愉しめましたよ。ですが――お別れです」
 神の宣告。来る――レイたちはそれが無駄と承知で身構えた。
 集束。神のもとに宇宙を揺るがすほどの力が。
「まさか……これが“テトラグラマトン”!?」
 レイから話は聞いていた。だが、ヴィヴィアンにとっては初めて目にする現象。否応なく危機感が煽られる。
「やはり使うのね、“神聖四文字”を!」
 マリナは覚悟を決めた。彼女にとってはこれが二度目だったから。
 突如、レイ、マリナ、ヴィヴィアン、アンが底なしの上空に弾き飛ばされる。
 彼女たちの全身を覆うように、“Y”、“H”、“V”、“H”の文字が浮かび上がった。

449 :411 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:18:39 ID:???

 後方で闘いを見守っていたジュンヤが声を上げる。
「“神性の流出”だと!? いかんな、こればかりは。しかし……すでに“サイクロトロン共振”が――」
 そう、レイたちの周辺には十六ヘルツの電磁波が発生している。
それはDNAからカルシウム・イオンを流出させ、螺旋状の遺伝子が解けていくという細胞活動の異常を惹き起こすのだ。
 回避など不可能。レイたちは抵抗の余地など全く与えられぬまま、透明な液体となり消滅した。

450 :412 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:20:00 ID:???

「どうしてあの四人で闘っていたのか……今、理解できたゼ」
 マルジェラが呟く。
「そうだね。どうやら全ては私たちに託されたようだ。おそらく先の業は神の究極奥義。ただし、四人の相手に限定されている」
 ジュンヤもこの事態に動じてはいない、冷静だ。
「ボクたちにしか出来ないコトが明白になったよ。行こう、スピードの境地へ。
唯一それだけがこの絶望的状況を打破する手段だから」
 ベルンが道を示す。
 その場にいる誰もが分かっていた。この宇宙と隣の宇宙とが急激に接近しつつあることを。
 もはや一刻の猶予もない。終わらせなければならなかった。負の因果、一切の破滅を。

451 :413 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:23:05 ID:???

 マルジェラの周辺が黒く、黒く染まっていく。それに伴い、この十一次元が重苦しい空気に包まれていく。
「重力子――いえ、これは……“グラヴィティーノ”!?」
 それは神にとっても未知のものであった。
「とっておきだ、喰らいナ。“未来における未知を暗中模索しつつ自ら創出していくコトに依って、自らの手で既知なるものとしていく!
それ以外に歴史における創造は有り得ない”! これが……オレの“アナキズム”だ!」
 マルジェラは全力を以ってして地上に拳を叩きつける。それが核融合を惹き起こした。
 さらに鉄がガンマ線を吸収し、ヘリウムと中性子に分解される。
「なっ……!? この十一次元を重力崩壊へと追い込むつもりですか!?」
 神の理解をマルジェラは超えた。
「こんなモンぁ序曲に過ぎねェ。人間の持つ可能性をその身に刻みやがれ!」

452 :414 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:24:30 ID:???

「“虚空”――――」
 呟きジュンヤは、十のマイナス二十一乗のスピードで空間、次元、さらには因果律までをも切り裂いていく。
「そのような速度領域が!? 宇宙を崩壊に導くつもりなのですか!?」
 マルジェラとジュンヤのしていることは、まるでこの宇宙の崩壊を早めているよう。
 自らに闘いを挑んでくると思っていた神には、この状況が理解できない。
 そんな中ベルンだけが空を見上げていた。何かを祈っているようにも見える。
 そう――彼は真の神にアクセスしようと、機を待っていたのだ。

453 :415 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:26:29 ID:???

「そういえば私の師、レイは、秒間二億の剣撃を放っていたね。さて、私はどこまでいけるかな」
 剣を構え、ジュンヤは神に向かって疾走する。
 それを神は、真っ向から迎え撃った。
 近接する両者。
「この距離は私の領域だ。いくぞ――“無拍子”!!」
 ジュンヤが仕掛ける。予備動作は一切なし。その心は無。
 すぐさま神がその手に純白の剣を召喚し応戦した。
 ジュンヤは秒間一億八千万。対して神は二億二千万。
 全身を切り刻まれたジュンヤは、遥か後方に弾き飛ばされてしまう。
 上空で戦況を窺っていたベルンが目を細めた。
「“清浄”――十のマイナス二十二乗か。さすがは神といったところだけど、多分アレが限界のスピードかな」
 ベルンの中で、勝機というものが現実味を帯びてきた。
 それはこの闘いの終焉を意味する。

454 :416 ◆APHEYAlDJU :2007/10/28(日) 23:29:06 ID:???

 マルジェラが渾身の拳を神に叩きつけた。それを左手で受け止めた神だが、抵抗し切れず宙に舞う。その左半身は融解していた。
 すぐさま体の復元を行う神だが、その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。
「単なる物理攻撃ではない……?」
 そう、マルジェラの攻撃は、極限に達した右ストレートに加え、
“ピープル・イコール・シット”という在ってはならない魔法を上乗せしたものだった。

455 :417 ◆APHEYAlDJU :2007/10/29(月) 00:10:56 ID:???

 この闘いのさなかにも、隣の宇宙は接近しつつある。
「ふふ、もうすぐ――もうすぐです。一切は無に帰す。このような闘いも、そして永遠とも思われた私の孤独も終わりを告げるでしょう」
 神は諦観に満ちた笑顔を浮かべた。
 今しかないとベルンは判断する。
「機は熟した。今こそスピードの境地を見せよう。アクセス“真の神”、これぞ究曲、“ガール・ボーイ・ソング”!!」

456 :418 ◆APHEYAlDJU :2007/10/29(月) 00:13:44 ID:???

 ベルンの行使した魔法がどのようなものであったかは知る由もない。
 マルジェラたちがいる宇宙、そして接近しつつある隣の宇宙までをも巻き込んで、超超規模な現象が為されていく。
 キリストの昇天以来の“アセンション”――ありとあらゆるところで次元上昇が起こり、一切の隔たりが消えていく。
世界はボーダーレスへ。
 これはもはや神の力をも凌ぐ奇蹟である。
「まさか……十のマイナス二十六乗のスピード――至ったというのですか、“涅槃寂静”へ!?」
 神の言葉は正しい。今やふたつの宇宙がニルヴァーナに依って包まれている。

457 :終劇 ◆APHEYAlDJU :2007/10/29(月) 00:15:40 ID:???

 宇宙同士の融合。それがどのような未来をもたらすのかは定かではない。
 だがおそらくは、ガイア意識のニューマン時代が始まりを告げるだろう。
 万物が消滅し、そして同時に転生していく。
 不思議とマルジェラたちに怖れる気持ちはなかった。
 たとえ生まれ変わっても、人間であるという確信があったから。
 神は自らに課せられた足枷が外されていくのを感じていた。
 新たなる世界では、きっと自分もひとりの人間として生まれ変わる――希望が確信へと変わっていく。
 こうしてマルジェラたちの長い、長い旅は終わりを告げ、永遠とも思われた神の孤独にも、救済という名の光が注がれたのであった。

458 : ◆APHEYAlDJU :2007/10/29(月) 00:25:09 ID:???

や、やっと終わった……。
猿規制さえなければ、もっと事は楽に運んだだろうに。

とりあえず、今はとても清々しい気持ちです。
最初は自分の書いた物語を全否定するつもりだったのですが、
ところどころに光る――可能性を感じる箇所もあり、
改めて自分の書いた小説というのは財産なんだなと思いました。

この先も小説を書くのかと問われれば、
安易に「イエス」とは答えられません。
ですが、心の奥底で燻っている欲求――書きたいという気持ち――があるコトは確かです。

いやいや、それにしても容量が残ってしまいましたね。
どうしたものでしょう。
まあ、今夜結論を出す必要はなく、
また何かに挑戦してみますよ。

それでは、おやすみなさい。

459 : ◆APHEYAlDJU :2007/11/10(土) 02:40:12 ID:???

「エラン・ヴィタール」の続編は書いてあるのですが、
二年前から未完成のまま。

手直しする時間がないんですよねぇ。

というか、時期的にそろそろ新作に取りかからないと……。

460 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:01:04 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

461 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:01:39 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

462 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:08:13 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

463 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:10:12 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

464 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:23:33 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

465 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:24:38 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

466 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:26:08 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

467 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:27:21 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

468 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:28:47 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

469 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 01:29:31 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

470 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:24:05 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

471 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:25:01 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

472 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:28:03 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

473 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:38:22 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

474 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:39:54 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

475 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:42:51 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

476 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:44:53 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

477 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:47:42 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

478 : ◆APHEYAlDJU :2007/12/28(金) 21:49:22 ID:???

                         ,,.,,,‐;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;,,,,,,,
                        ;;;;; _,,.. -──‐- .、..;;;;;;;::::::: .、_
                       (            ``'‐.、::::::`'‐.
                     _.. .、.._.   ,     |   /    \::::::::\
                 ,. ‐''"´     ``'‐.、\  |  /  /    ヽ.;::::::::}
                ,.‐´           `‐..)  / /        i::::::|
           ,.. ─/                 /  /_____  i:::::i
        ‐''"´     ./|     ∧     / /``" '‐- .   ---/;;;'
        `:、   /  / |   ∧ ./ ヽ    ./ /        `‐.、--';;;;;
          `:、i  /⌒ |  / |/⌒ヽヽ  ./ /         /''''''
           i  /    |∧/   |    ヽ、/ /       /
           |ハノ,'⌒ヽ     ,'⌒ヽ  / ./┃ |    /|
          :l┃ !:::::::  、___,   ::::::::  i .ノ ╋ |      |
    .      |╋ l     Y  |      ノ./'' ┃ |      |
           i┃ ゝ    ゝ-'     /./   :|       |
          ノ,--- >、         /./'    |        |
          /( /        /⌒ヽ,/     |       |
         ノ  /          ゝ  ./ /\  .ハ      |
        / /|./          ノへ レ   \/      |
        |/ /                 :::::|      ノ
          i                 :::::::|  /ヽ  /
      γ⌒ヽ!                  :::ノ  /  ヽ'
      l   ヽ          , -- 、   :::::/\/
    _.. ..ゝ            γ   ヽ  ;;;::
 ,,,‐''"´   ヽ、 __ノ`‐、      i     i;;; ''`‐.'
''"            ` '‐.、 _ _ _ ,ゝ    i    '; :,
    ::::::::::::::::            ゝ、__ノ      "'‐.、
     ::::::::::::::::         :::::::::::::::::::      ;;;;:::::::::::::‐.、
                :::::::::::::::::::::::::::::       ::::::::::::::::::
`` ‐-----‐ '"`‐、´       :::::::::::::::::::              `‐.
           `‐、                   , -         "'ヽ
           |` '‐.、 _            _, ‐''"   `‐、--‐ '"`‐__ノ
           ノ      `` ‐-----‐i '"´
          /            ノ
         /            /

502 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

>>1
>>1 >>1 >>1 >>1 >>1 >>1 >>1 ★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)